オーボイスト夏子
新入生が所属するパートが、ボチボチと決まり始めたある日の放課後。ここはおなじみの音楽準備室。
アタシはサチさんと共に、パートリーダー会議に呼び出されていた。
パートリーダー会議とは、各楽器を担当している
ただし、演奏者の少ない楽器については、複数の楽器奏者をひとまとめにして一つのパートにしているところもある。例えば、チューバとユーフォニアム、コントラバスがまとまった『低音パート』とか、オーボエとファゴットを合わせた『ダブルリードパート』とか。
さて、今回の会議では新入生の入部状況について話し合うため、サチさんとアタシも特別に会議への参加が認められたわけだ。でも、正直なところ、別にあえて認めてもらわなくても良かったんだけどね。なんか大変そうだし。
そろそろ会議が始まるようだ。まず最初に、ダブルリードパートリーダー兼部長、ファゴット担当の
「新入生勧誘チームのおかげで、今年は新入生の楽器選びがスムーズに進んだわ。本当にありがとう。ファゴットも経験者が入部してくれて、私は大喜びよ。その子、入部しようかどうか迷ってたそうね? 特に相田さんが積極的に声をかけてくれたとか。本当にありがとう」
満面の笑みを浮かべ、感謝の言葉を口にする
「いえいえ。カンナは部長にいろいろ話を聞いてもらえて嬉しかったって言ってましたから。きっと部長の人柄のおかげですよ」
アタシがそう言うと部長は——
「まあ! 相田さんはおバカだから、きっと裏表なく、心からそう言ってくれてるのよね? 本当に嬉しいわ!」
と、言ったんだけど…… なんか複雑な気分だ。
「オマエ、バカでよかったな」
コソッとつぶやくサチさん。ちっ、ウッセイやい。
次に発言したのは、フルートパートリーダー兼副部長の
「特に演奏者の人数自体が少ない楽器について、早く判断が出来て本当に助かったわね」
それを受けて発言するのは、低音パートリーダーで、コントラバス担当の剛堂先輩。先輩もご機嫌な様子だ。
「コントラバスは経験者がいないと早めにわかったおかげで、積極的に楽器初心者の勧誘に
なんとなく『楽器を吹く』イメージが強い吹奏楽部の中にあって、バイオリンのように弦を使って演奏するコントラバスは、『なんかイメージと違う』と言って、敬遠されることも少なからずあるそうだ。
更に剛堂先輩は続ける。
「そう言えば、毎年なかなか希望者が現れない仲間であるチューバにも、もう希望者が現れているんだろ?」
剛堂先輩がサチさんに尋ねる。
「そんな仲間になった覚えないんスけど…… まあ、チューバはやたらと重いっスからね。チューバも楽器未経験者ですけど、期待できそうな新人が二人ほど入ってくれそうっスよ」
「さて、そこでなんだけど……」
再び
「問題はオーボエなのよね…… コントラバス同様、今年は中学でオーボエを吹いてた子がいないことが判明したのよね?」
と、サチさんに向かって問いかける。
「そうっスね」
答えるサチさん。
「単刀直入に言うわ。私は、いえ、ここにいるパートリーダー全員は、相田さんにオーボエを担当して欲しいのよ」
グッとアタシの目を見て言葉を放つ
「いやいや、ひょっとして、やりたい人がいるんじゃないんですか?」
驚きつつも、遠回しにお断りするアタシ。
そんなアタシに対して
「小学生の時、やってたんでしょ? ならやっぱり経験者優先よね」
と言うんだけど……
これはアレだ。個人情報の流出ってヤツだ、たぶん。
アタシはチラリとサチさんを見る。サチの野郎…… 目を合わせやがらない……
情報の発信源はやっぱりアンタなんだな。
「それにね——」
鷹峯部長の発言が続く。
「——去年、オーボエを担当していた3年生が引退して以来、ウチの部にはオーボエを吹ける人が誰もいなくなったの。吹奏楽コンクールまで、もう時間がないのよ。だから、どうしても経験者にオーボエを担当して欲しいの!」
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! なんか責任重大じゃないですか? でもアタシ、中学に入ってから、ほとんどオーボエにさわってませんよ?」
アタシは必死に抵抗を試みる。
「専門じゃないからよくわからないけど、オーボエはちゃんとした音を出せるようになるまで、他の楽器より時間がかかるんじゃないの?」
と言う
「半年ぐらいかかるって言う人もいるわよ。相田さんは、もうそのあたりのレベルはクリアしてるんでしょ?」
と補足する
「どうなんでしょう? 一応、音ぐらいは出ますけど……」
なんだか、ちょっとマズイ雰囲気になって来たぞ。
更に、
「ファゴットも同じだけど、ダブルリードは、リード選びや調整が特に難しいでしょ——」
オーボエとファゴットは二枚のリード——難しく言うと、楽器の発音源になる薄片——を使うのだ。
「——あなたにはお母さんという、素晴らしい協力者がいるじゃないの。それって羨ましいぐらいよ」
なんだかアタシの家族構成まで情報が漏れているみたいだな。
アタシは自分と家族のために、断固としてプライバシーの保護を訴えるべきなのか? いや、面倒くさいからそれはやめておこう。
それにしても、コノおしゃべりサチさんめ…… アタシはもう一度サチさんを見る。するとサチさんが——
「オマエ、中学でチューバが上手く吹けなかった時、『あれー、アタシ、オーボエなら吹けるんだけどな』、とか、『いや、今のはオーボエの指使いと勘違いしただけだから』、とか、自慢げに言い訳してたじゃねえか」
微妙に似てないモノマネを絡めて攻撃してくるサチさん。
「あん時はまだ子どもだったんだよ! 今はもう大人の階段登ってんだよ!」
「テメー…… 最近調子に乗ってねえか?」
「まあまあ、久保田。そんなに…… あっ、しまった『……許す』 」
剛堂先輩、あなたって人はこんな時まで……
「……忘れてたんなら、無理矢理『……許す』って言わなくてもいいじゃないっスか?」
あきれ顔でつぶやくサチさん。
「そうそう、その無理矢理だ。私は相田に無理矢理ではなく、出来れば納得してやって欲しいんだ」
剛堂先輩はホントにイイ人だな。
でもこのままでは、アタシ、ホントにオーボエを吹かされることになるんじゃないか? アタシはなんとか反論を試みる。
「じゃあ、チューバパートはどうなるんですか? 即戦力バリバリのアタシがいなきゃ、困るでしょ?」
「ふっ」
あ! 今、サチの野郎、鼻で笑いやがった!
「いいか、バカ。3年と2年で今年のコンクールは十分戦えるんだ。むしろオマエの出番はないと言っていい。来年以降、期待の新人二人が間違いなく伸びる。アイツらは逸材だ」
しまった。アタシはライバルをスカウトしてたのか。
「ねえ。なぜ、そこまでオーボエが嫌なの?」
不思議がる
「オーボエをやってると、ウチのお母さんが知らないヨソのおばさんになるんです」
「は?」
「あー、わかるように通訳しますと——」
サチさんが口を挟んでくる。
「——ナツん
おい、通訳ってなんだよ。それから我が家のプライベートをリークしたのは、やっぱりアンタなのかよ。
「なあナツ。でもそれはオマエが小学生の頃の話だろ。オマエも高校生になったんだから、流石に昔のようなスパルタレッスンなんて、おばちゃんも強要しないと思うぞ?」
「たとえお母さんが許しても、おばあちゃんが許すとは思えませんもん」
「えー、また通訳するとですね、ナツの母方のおばあちゃんも、実はオーボエやってたんスよ」
「そう、母方です!」
「……ナツ、今日また一つ大人になったな」
「べ、別に母方って言葉ぐらい知って——」
「……夏子」
今まで黙っていた
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