出入り禁止

「だから着替えをのぞいたりしてないって!」

 さっきからルイは、自分の身の潔白を証明しようと必死だ。


「第一、ナツが一人で着替えてたわけじゃないだろ? 女子はみんなでかたまって着替えてたんだから。だから、ナツ一人だけをのぞくなんて、絶対不可能なんだよ」


「じゃあ、女子全員をのぞいていたのですか?」

「ちょっと…… 武者小路さんだっけ? なんか俺にだけ、アタリが強くない?」


 ここでアンズが助け舟を出した。

「アッちゃんはこれまでずっと女子校だったんだって。だから男子のことよくわからないの。悪気があって言ってるんじゃないんだよ?」


「まあまあ、武者小路。コイツがのぞいてた物的証拠はないんで、この件はこのぐらいにしといてやれ」

「ちょっとサチさん……」


「わかったわかった。オマエはのぞきなんてしてないさ。オマエはパンツを盗んだだけだ。これでいいだろ?」


「ちょっとサチさん! それは俺じゃなくて、リトル時代のコーチの話でしょ! 勝手に過去を改ざんするの、ホントやめて下さいよ! ってあれ? この話、してもいいのかな?」


「ご心配なく。ナツさんの初恋の話は昨日うかがいましたので」

 淡々と答える武者小路さん。

「ならよかったよ。いや、ホントによかったのか?」

 複雑な表情で応えるルイ。


「申し訳ありませんでした。これで着替えの件も、久保田先輩のご冗談だとわかりましたので。疑ってしまったこと、お詫びいたしますわ」


「いや、ご丁寧にどうも……」


 ルイの無罪が確定し、ルイが武者小路さんのキャラに少々戸惑いを見せていたその時、音楽準備室のドアがノックされた。


「どうぞ」

とサチさんが答えると、


「入ってもいいですか?」

と尋ねる男の人の声が聞こえた。


「どうぞって言ってんだろ?」

「本当に入ってもいいんですか?」


「入っていいって言ってんだろ?」

「本当の本当に入って——」


 イライラした様子でサチさんは立ち上がり、準備室の入り口まで行き、力いっぱいドアを開いた。そして——


「入れって言ってんだよ! しつけエぞ、テメーら!」


「「「ヒ、ヒィィィーー」」」

 そこには怯える男子生徒3人の姿があった。


「ああ、ワリーなみんな、驚かせて」

 サチさんはアタシ達新入生に向かって話かける。更に——


「コイツらは、吹部の2年だ。ちなみに、ウチの部に男子はコイツら3人しかいない。手前にいるヤツが男子Aで、後ろにいるヤツらがたぶんBとCだ。まったく…… 入れって言ってんだから、早く入って来いよ!」


「だって……」

 たぶん男子Aだと思われる人が口を開く。そして——


「久保田さん、着替えの途中でわざと入れって言って、ボクのことを変態呼ばわりするじゃないか……」


 ここでルイが口を開いた。

「ちょっとサチさん…… わざとチンコ見せて来る男子はバカだとか言っておいて、サチさんだっておんなじことやってんじゃないっスか。しかも、今までの話は小学生の頃の話でしょ? サチさん、もう高校生じゃないっスか。何やってんスか?」

 あきれた様子のルイ。


「うっ…… ま、まあそう言うな、ルイよ。これはアレだ、そう、一種のコミニュケーションみたいなもんだ」

「……きっとチンコ専門病院先輩も、おんなじこと言ってたと思いますよ?」


「……悪かったよ。チンコ専門病院と同列に扱うのはやめてくれよ。そんなに怒んなって、もうしないからさ」


「「「おおおーーーー!!!」」」

 その時、A B C先輩から驚きの声が上がった。


「あの久保田さんに意見してる!」

「あの久保田さんが謝ってる!」

「あの久保田さんって本物の久保田さんなのかい?」


「ウッセーぞ、テメーら! なんか用があるんなら、サッサと言いやがれってんだ!」


「ヒィー! ち、ちょっと、そんなに怒鳴らないでよ。ボク達は男子の見学者が来たって聞いたから、様子を見に来ただけだよ」

 A先輩の言葉を聞いたルイは、スクッと立ち上がり——


「チワッス!!! 自分は久保田先輩の野球チームの後輩で、谷山塁って言います。よろしくお願いします!!!」

と力強く挨拶した。


「なんて礼儀正しいんだ!」

「あの久保田さんの後輩なのに、ボク達を先輩として扱ってくれるのかい?」

「ああ、ボク達は今、奇跡を見てるんだ、そう、君は——」


「「「ボク達の救世主だ!!!」」」

 え? ナニ言ってんだろ、この人達?


「ねえ、谷山君、この後時間ある? もし時間があるなら、ボク達に吹奏楽部の案内をさせてくれないかい?」

「ボク、コーヒー買ってくるよ!」

「じゃあボクは…… パン買ってくるから!」

 大丈夫なのか、この先輩方は?


「まあちょうどいいか。なあルイ、ホントに時間があるなら、ちょっとのぞいて行かないか? あっ、これは着替えをのぞくって意味じゃ…… わかってるよ、怒んなよ。ウチの部は男子が少ないから、コイツらもきっと仲間が欲しいんだろう」


「時間は全然大丈夫なんですが…… でもいいんですか? 俺、楽器のこととか全然わかりませんよ?」

「ああ。どうせオマエもいろんな部活の見学に行くつもりなんだろ? その中の一つぐらいの気持ちで、気楽にのぞいて行って…… あ、これは…… ハイハイわかりましたよ。オマエはホントに冗談の通じないヤツだぜ」


 こうして、ルイは男子の先輩方に連れられて行ってしまった。今日も3時から始まる合奏練習までは、必要ならば新入生の対応をしてもいいことになっているらしい。

 アタシ達もサチさんに連れられて、いろんなパートの練習場面を見学させてもらうことになった。

「たぶんオマエらはもう、担当したい楽器が決まってると思うけど、まあ、ウチの吹部の全体的な雰囲気を見るのも悪くないと思うぜ」

 サチさんはそう言っていた。


 ♢♢♢♢♢♢


 そうこうしているうちに、合奏練習が始まる時間になった。

「じゃあ、そろそろ合奏練習の時間だから、ナツはここまでな」

「は? サチさん、なに言ってるんですか? アタシも合奏練習見て行きますよ?」


「あのな、ナツ。おまえ合奏練習、出入り禁止になったんだよ」

「え、なんですかそれ? なんでアタシが出禁なんですか?」


「昨日さ、おまえが大ボケかましてくれたおかげで、あの後の合奏練習、ボロボロになったんだ」

「え? アタシ昨日、なんかしましたっけ?」


「ハァー…… おまえはそういうヤツだよ。ナツには悪いと思ってるんだけど、しばらく先輩達の笑いの熱が冷めるまで、そういうことにしといてくれよ。おいルイ、悪いけど、一緒に帰ってやってくれないか?」

「えっと、どうしよう…… 実は今日、部活が終わった後、男子の先輩達に誘われてて…… ナツも一緒にと思ってたんスけど……」


「ああ。じゃあそれ中止ってことで」

「「「ヒ、ヒィィィーー!!!」」」

 サチさんのひと睨みに怯える男子の先輩方。


「もう、アタシ子どもじゃないんですから、一人で帰れますよ!」

 まったくサチさんってば、いつまでアタシを子ども扱いする気だよ。


「いや、オマエの行動、予測不能じゃネエか。小学校の遠足の時、途中ではぐれたと思ったら、なぜか四国山地の中腹で発見されただろ?」


「いつの話してんだよ! いや、してるんですか」


「じゃあ、私が一緒に帰ります」

 そう言ったのはアンズだった。


「いいのかアンズ?」

「はい。今日はいろんなパートを見学させてもらったんで十分満足してます。来週から部活見学週間が始まるんですよね? じゃあ、合奏練習は、来週からまたいっぱい見学させてもらいます」


「アンズ…… あたしはオマエが後輩で、ホントに良かったと心の底から思ってるよ。じゃあ、とにかく今日も、合奏練習が終わる5時までは、ナツの身柄の確保よろしくな。次はルイに頼むよ。とにかくこれから一人ずつ、ナツと一緒に帰ることにしような」


「なんでアタシと一緒に帰る人が、お当番制みたいになってんだよ!」

「まあいいじゃない。ナツ、帰る前に忘れ物がないか一緒に確認しよ?」

 仕方ない。アンズがそう言うんなら、今日はアンズと一緒に帰ることにするか。


「なるほど。帰る前に、忘れ物がないか一緒に確認するんですね」

 武者小路さんが何やらつぶやいている。するとサチさんが——


「ああ、武者小路。オマエは昨日ナツと一緒に帰ってくれたから、次のお当番はもうちょっと先にしてやるよ」

「やっぱり、お当番制になってるじゃねえかよ! うぐっ……」

 また腹にサチさんの拳が……


「なあナツ。わかってくれよ。あたしも辛いんだよ。昨日、あの後、あたしは針のむしろに座らされてる気分だったんだ。この高校に入学して以来、合奏があんなに無茶苦茶になったのは初めてなんだ。合奏が止まるたび、みんなチラチラあたしの顔見るんだよ。な? わかるだろ?」


「ハイハイ、わかりましたよ。アンズと一緒に楽しく帰りますよーだ」


「小学生かよ……」

 サチさんのつぶやきは聞かなかったことにしておいてやろう。


 こうしてアタシは、アンズと一緒に帰ることになったのだ。

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