アンズとの帰り道

「あのね、ナツ。実は今朝、アッちゃんから相談を受けたの」


 アンズと二人で歩く学校からの帰り道。アンズがアタシに向けて話し始めた。


「なんだか詳しくはわからないんだけどね。このままじゃ、これから3年間ナツの奴隷になってしまうとか言って……」

 アンズってばナニ言ってんだ? アタシは昨日、武者小路さんとの友情を深めたんだぞ?


「アタシは昨日、武者小路さんと——」

「待って! 言わないで!」

 珍しく、アンズがアタシの話をさえぎった。


「アッちゃんは、ナツに秘密を握られたって言ってたの。でも、どんな秘密なのか私には言わなかったの。だから、ナツは私にその秘密を喋っちゃダメだよ、いいね?」


「うーん…… アタシ、口が硬いのには自信があるけど、これまでアンズにはなんでも相談してきたんだよね……」


「それでもダメ。他のことならなんでも相談に乗るから、それは言っちゃダメだよ?」

「アンズがそう言うならそうするよ」


「アタシ、ナツのこと信頼してるから、アッちゃんにも大丈夫だよって言ったの。それで良かったよね?」


「うん! アンズの信頼を裏切らないように、アタシも注意するよ」

 でも、エロマンガ持ってることって、そんなに秘密にしたいものなのかね?


 そのエロマンガの中身だって、なんか普通の内容だったんだよね。

 武者小路さんって清風きよかぜ先輩が好きみたいだし、アタシはてっきり女の子同士がイチャイチャするマンガなのかと思ったんだけど、全然違ったんだ。


 きっと、清風きよかぜ先輩に対する気持ちは憧れで、セーテキ? に好きなのは男の子なんだろうな。

 それなら、そんなにムキになって秘密にしなくてもいいと思うんだけど。


 そうだ! そういうことならいっそのこと、アタシが武者小路さんからエロマンガを借りればいいのでは? よし、今後はこの路線でチャレンジしてみよう!



 それにしても、まったくアンズは優しい子だと思うよ。とっても友だち思いで…… って、あれ? もしや……


「ちょっとアンズ! もしかして、この話がしたくて一緒に帰ってくれたの? いや、それ以前に、ひょっとして武者小路さんが心配だから、今日、一緒に見学に来たりしたの?」


「もう、ナツは考え過ぎだよ。私はナツと一緒に帰りたかっただけで、今日、吹奏楽部の見学に行きたかっただけ。それだけだよ」

 まあ、アンズがそう言うなら、そういうことにしておこうか……


「あー、でもよく考えると、アンズと二人きりで学校から帰るのって、初めてかも知れないね」

「そうかな? ナツの家には、よく私一人で遊びに行ったけどね」

 アンズさま…… あなたって人は……


 アンズはよくアタシの家にやって来た。でもそれは遊びに来たんじゃなくて、バカなアタシのために勉強を教えに来てくれたのだ。特にテスト前には、どれほどアンズさまに助けていただいたことか。


「アンズさま、これまでのご恩、決して忘れませぬぞ!」

「なに言ってるの?」


「ん? 改めて、感謝の気持ちを表現したんだけど?」

「なに言ってんだか」


 アンズは、ふふっと控えめに笑い、そしてまた話を続ける。

「それにしても、ナツの家にはよく行ったけど、初めて遊びに行った時のことは特によく覚えてるよ」

「あれは中1の時だね。アタシもよく覚えてるよ。アタシの下の妹のハルが、まだ小学校に入る前だったね」

 アタシには妹が二人いる。中学2年生のかなでと、小学3年生の春音はるねだ。


「うん。まだ幼稚園の年長組だったハルちゃんが真剣な顔して言うの。『アンズちゃんもサチのこと知ってるの? サチはイジワルだから、絶対近づいちゃダメだよ』って」


「クックック…… そうそう。サチさんってば、我が家にやって来て、いきなりハルを抱き上げてさ、『オマエ、名前はなんて言うんだ? 』ってあの顔で言ったもんだから、ハルが大泣きしちゃってさ」


「そうらしいね」


「それ以来、我が家ではハルが言うこと聞かないときは、『悪い子にはサチが来ますよ』って言うようになってね。そしたらハルのヤツ、すぐに『ごめんなさい』って言うようになって…… アッハッハーー!!!」


「ねえナツ…… そのうちサチ先輩に消されるわよって、昨日アッちゃんに言われなかった?」

「その話はアンズも聞いてるんだね。でもなんだかそれって、アタシの悪口ばっかり言ってたんじゃないの?」


「もう、そんなことないって。ねえ、ハルちゃんとナツって年が離れてるけど、本当に仲良しだね。なんだか羨ましいなっていつも思ってたんだよ?」


「まあ、年が離れてると喧嘩もしないからね。ハルはアタシが小学校2年生の時に生まれたんだよ。お父さんが野球やってたから、どうしても男の子が欲しかったんだって」

 ウチのお父さんは、高校生の時、なんと甲子園に行ったことがあるのだ。ああ、もちろん電車に乗って行ったとか、そういうオチはないからね。


「でもナツのお家は3姉妹なんだよね」


「そう。これ以上子どもを増やすのを諦めたお父さんは、自分の子どもを野球選手にするという夢をアタシに託したのでした。だからアタシがリトルで野球始めたの、ハルが生まれて直ぐの頃なんだよ」


「そうなんだ。それは初めて聞いたかも」


「そうかな? まあ、でも結局野球やめちゃって、お父さんには悪いことしたんだけどね。でもお父さんは懲りずに、今度はハルに野球教えてるとこなんだ」


「ナツのお家はお父さんも凄いけど、お母さんも凄いよね。お母さん、高校生のころ、吹奏楽部でオーボエを吹いてたんでしょ?」


「でも、お父さんみたいに全国大会まで行ったとか、そういうレベルじゃないよ? それでもオーボエの練習はやらされたけど」

 小学生だった当時、アタシは野球の方が好きだったから、オーボエをやめたいって言って、お母さんとよく喧嘩になったんだ。


「いやー、アタシ、オーボエの練習、ホント嫌いだったからさ。上の妹のカナデがオーボエやりたいって言ってくれて、ホントに助かったと思ったよ」


「あっ、カナデちゃん元気にしてる?」

 カナデは去年、アタシと同じ中学に入学し吹奏楽部に入った。アンズにしてみれば、可愛い後輩ということになる。アタシに勉強を教えるついでに、カナデにも教えてくれたっけ。


「アンズさま、我ら姉妹が受けましたご恩、姉妹ともども決して忘れませぬぞ!」


「もう、またそれ?」


「ん? 半分本気だけど半分冗談だって。カナデのヤツ、やっとうるさいお姉ちゃんが吹部から出て行ってくれたって大喜びだよ。ああ、でもアンズのことは気になってるみたいで、昨日も『ねえ、部長はどうしてる?』って聞いてきたぐらいだし。でもモモコの話は『あっ、それはいいや』って言うんだよ、クックック……」


「ああ…… モモコったら、カナデちゃんが好きだった男の子の名前、バラしちゃったことあったね……」


「そうそう。でも、アタシはモモコほど口が軽くないから安心してよね。まあ、アタシは野球も楽器もあんまりパッとしなかったけど、でもこうやってアンズとかサチさんとかと知り合えたから、どっちもやってて良かったって思ってるよ」

 そう、これは本当の気持ちだ。でも、こんなこと、サチさんに言うのはちょっと恥ずかしいな……


「それにルイ君だっけ? カッコイイ男の子もいるじゃない」

 ん? アンズってば、なんでルイの話を出してくるんだ?


「うーん、ルイがカッコいいのか? でも、アンズがそう言うんなら、きっとそうなんだろうね」


「どういうこと?」

 不思議そうな顔で尋ねるアンズ。


「アタシさ。小学生の頃からルイのこと知ってるでしょ? なんかカッコいいとか、そういう風には見えないんだよね。ほら、アタシってさ、年上が好みだから」


「……ナツの初恋の話はもういいよ? 今日はもうお昼の話でお腹いっぱいだからね?」


「ちぇ、パンツ泥棒の話、アレ5年ぐらいかけて、ちょっとずつ面白くしていった自信作なのに」


「初恋の話をネタにする人、ナツぐらいだよ…… じゃあ、ルイ君のことは恋愛の対象じゃないの?」


「そうだよ。あれ? ひょっとして、ルイのこと気になる?」


「私は性格をよく知らない人のことを、直ぐ好きになったりしないの。でもルイ君はナツのこと…… ううん、なんでもない。私が言うことじゃないよね。でも、ルイ君、苦労するだろうな……」


「ホントだよね。なんかもう、女子にいっぱい言い寄られてるみたいだしさ。そうそう、モモコなんて、ルイの前だと変に張り切っちゃってさ。モモコってば乙女だよね、プププ………」


「はぁ…… ナツとモモコの仲が悪くならないといいんだけど……」


「え? なんで?」

「もう、そんなバカな顔、モモコの前でしちゃダメだからね」


 こうして、アタシはアンズといろんな話をして心癒されながら自宅へと向かったのだった。でも、なんでアンズはアタシとモモコの仲を心配するんだろう? アンズは時々よくわからないことを言うんだよね。

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