嵐の予感

 武者小路さんとの友情を深めた翌日。


 今日は金曜日。午前中で終業になるのは今日までで、来週からは午後からも授業が行われるそうだ。

 新入生の勧誘も順調に進んでいるので、今日の新入生勧誘会議はお休みになった。


『吹奏楽部に入ったら、たぶん休みなんてないと思うから、せめて今のうちに羽根を伸ばしておけ』

というありが たいお言葉を、剛堂先輩からいただいたのだ。


 でも、アタシの元野球仲間のルイが、今日、野球チームの先輩であったサチさんに会いに行くと言っていた。そこで、アタシはサチさんと相談して、今日のお昼は3人でご飯を食べることにしたのだ。


♢♢♢♢♢♢


 ここは4限目終了後の音楽室前。


「チワッス!!! サチさん、お久しぶりっス!」

「チワッス!!! おお、ルイ。久し振りだな!」


 流石、元野球少年と野球少女。声が大きい、そしてうるさい。


 驚いた顔をして二人を見つめる、武者小路さんとアタシの元吹奏楽部仲間アンズ。今日は午後から二人で一緒に見学をするつもりでいたようだ。



「武者小路さん! 昨日はありがとうね。いやー、ホントに楽しかったよ」

 アタシが武者小路さんに声をかけると、


「げっ! あなた、今日は先輩達とのミーティングは中止じゃなかったの? どうしてあなたがここにいるのよ?!」

と驚きの声をあげた。


 アタシのスケジュールを把握してるだなんて…… この人、よっぽどアタシのことが好きなんだな。アタシは嬉しいよ、うんうん。


 武者小路さんの歓喜? の言葉を聞いたサチさんが、ここで口を開いた。

「今日はあたしら3人で、昼メシを一緒に食おうって約束してたんだ。アンズも武者小路も昼メシ用意してるんだろ? どうだ、あたしらと一緒に食わないか?」


「いいんですか?」

 遠慮がちに、アンズがつぶやく。そして——

「久しぶりに会ったんでしょ? 私達お邪魔じゃないんですか?」


「いいと思うけど? お前らはどうだ?」

 ルイとアタシに尋ねるサチさん。


「俺は全然構わないっスよ。おんなじ高校に入ったんだから、ナツとはこれから毎日会えると思いますし」

「え? アタシとアンタ、クラス別じゃない? たぶん毎日は会えないと思うよ?」

 ルイのヤツ、頭大丈夫か? ちょっと心配だ。


「おい! この台詞、昨日ナツが言ったんだろ! オマエ、昨日言ったことぐらい、ちゃんと覚えとけよ!」

 ルイのヤツがまたモジモジし始めた。仕方ない。


「ねえアンズ。ちょっとルイにティッシュ貸してやってよ。なんだかコイツ、ウンコしたいみたいだし」


「おい、ナツ! オマエ——」

「まあ待てルイ」

 サチさんがルイの話を遮る。


「安心しろ、ルイ。アンズはナツがバカなことをよく知ってるし、武者小路の反応を見ても、どうやら昨日、ナツの洗礼を受けたようだからな」

 洗礼ってなんだ? ひょっとして、アタシ神様だったのか?


「あー、それからだな——」

 サチさんが話を続ける


「——武者小路の反応を見ると、相当ショックを受けてるようだ…… なあ、武者小路。昨日は悪かったな、ナツの面倒を見ろなんて言っちゃってさ。オマエにとてもイヤな役割を無理矢理押し付けちまったようだ。あたしは今、心から悪いと思ってるよ」


「おいサチ、なんだよそれ! アタシは昨日、武者小路さんと、それはそれは楽しい時間を過ごして、うぐっ……」

 は、腹にサチさんの拳が……


「今日は剛堂サンいねえんだ。あんまり調子に乗んなよ、バカナツ」

「…………サーセン」


「まあ、そういうわけで、昨日のフォローも兼ねて一緒にメシを食おうと思ったんだ。ナツはバカだけど、悪いヤツじゃないんだ。ソコんとこ、武者小路にもわかってもらいたいんだよ」

 サチさんがなにやら恥ずかしいことを言い出した。


「サチさんの言う通りっスよ。ナツはバカだけどそんなに悪いヤツじゃないよ」

とルイが言い、

「サチ先輩の言う通りだと思うよ。ナツはバカだけど、結構いいとこあるんだよ」

とアンズが言った。


 アタシのこと褒めてくれるのは嬉しいんだけど…… 三人の中では、どうやらアタシがバカなのは確定しているようだ。まあ、事実だしいいや。


 その後、おなじみになりつつある音楽準備室で、アタシ達5人は一緒にご飯を食べることになった。


 アタシは今日も会議があるのかと思い、自分の分とサチさんの分のお弁当を用意していた。サチさんは自分のお弁当を用意してたので、余ったお弁当はルイにやることにした。

 ルイのヤツ、嬉しそうな顔しちゃって。どんだけ腹減らしてんだか。まったく、食い意地の張ったヤツだ。ん? 違うのか?


「あれ? アンズはお弁当じゃなくてパンなんだ。珍しいね。中学の時はずっとお弁当だったのに」

 アタシがそう言うと、


「うん。アッちゃんが今日も吹奏楽部の見学に行くって言うから、私も一緒に見学することにしたの。だからさっき、購買でパンを買っておいたの」

と答えるアンズ。


 そう言えば、この二人は同じクラスだったな。それにしても、アンズは武者小路さんのこと『アッちゃん』って呼んでるのか。アタシも『アッちゃん』って呼んでみようかな。そんなことを考えていると——


「私は本当にアンズさんと同じクラスになれて嬉しく思っておりますの。アンズさんはとても優しくて素敵な方で、音楽に対する姿勢も素晴らしく、何より、そう、何よりとても上品な方なんですもの!」

 興奮気味に語る武者小路さん。


「あのね、アッちゃん。たぶんそれ、ナツと比べて私のこと上品だって言ってると思うんだけど…… たぶんナツと比べれば、地球上の人類はみんな上品だと思うよ?」


 いやいや、そんなことないよアンズ。アンタはとっても上品だと思うよ、ってあれ? それって、アタシが下品だって言われてるのかな?


「あー、武者小路よ。今のオマエの発言から、昨日ナツがヤラかしたこと、なんとなくわかったよ……」

 すごい、サチさんはひょっとしてエスパーなのか?


「あたしとナツは、小学生の頃から野球チームでずっと男子に囲まれてたんだよ。アタシ達のチームの男子どもは、そりゃもうエロガキばっかりでさ」


「ち、ちょっと待って下さいよサチさん。そりゃ男子の中には、その…… 下品なことを言うヤツもいましたけど、みんながみんな、その…… エ、エロガキだったわけじゃないですからね!」

 慌てた様子で訂正を試みるルイ。


「そうか? オマエ、ナツが着替えるとこコソコソ見てたじゃねえか?」

「ちょっとサチさん! 過去の記憶を勝手に改ざんしないで下さいよ!」


「オマエ、そんなんだから、チンコちっせえんだよ」

「おいナツ! 今はチンコの話、関係ねえだろ! それって、オマエがチンコの話したいだけじゃねえか!」


「チンコの話か…… でもルイよ。確かにオマエはムッツリスケベだったけど、他の男子はもっとオープンなヤツもいたぞ? ほら、わざとチンコ出して、女子に見せてくるヤツとか」

 しみじみと語るサチさん。


「ルイはそんなことしなかったけど、いましたね。チンコ見せてくる男子」

 応じるアタシ。


「ああ。でもあれは面白かったな、ヒッヒッヒ」

「ホント、面白かったですね、エッヘッヘ」


「……ひょっとして、あの話をするんですか?」

 あきれ顔でつぶやくルイ。

「また、あの話ですか?」

 あきらめ顔でつぶやくアンズ。


「え? なんですのそれ?」

 状況がよく飲み込めない武者小路さん。


 ここから、アタシとサチさんによる、怒涛の回想が始まるのだ。

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