秘密の共有

 武者小路さんは、さっきからずっと、薄い本が本棚にあったのは偶然だと力説している。


「わかったってば。その薄い本はたまたま友達が持ってきて、偶然その友達が置いて帰ったんでしょ? アタシもそれで納得してるってば」

 アタシがそう言ってるにもかかわらず——


「不公平だわ……」

 恥じらいから復活した武者小路さんが、今度はなにやらおかしなことを言い出した。


「大丈夫だよ。アタシこう見えて、結構、口は堅い方なんだから。それに、昔、モモコの家に遊びに行った時、モモコのお兄さんが隠し持ってた、もっとスッゴいエロ本を見せてもらったことあるから」

 アタシがせっかくそう言ってあげてるのに——


「そういうことじゃないのよ! 私は不公平だと言ってるの!!!」

「なによそれ? じゃあ、どうやったら公平になるのよ?」

 なんだよ、面倒くさい人だな。


「そ、それなら、あなたの秘密を聞かせてよ」

「え? どう言うこと?」


「あなたの恥ずかしい話を聞かせてって言ってるの! これなら秘密を共有出来るでしょ!」

「恥ずかしいことって言っても、いろいろあるじゃない」


「そりゃあ…… せ、せ、性的なことよ!」

「恥ずかしくて性的なこと? 何よそれ…… もう、わかったよ」

 しょうがない人だな、まったく。


 アタシは武者小路さんに向けて話し始めた。

「これはアタシが野球の試合に行った時の話なんだけど。なんかさ、グラウンドの隅の方で、男子ってチンコ丸出しでオシッコするのよね。男子のチンコ見てたらさ、アタシ無性にヤりたくなったの」

「ちょ、ちょっと待って。あ、あなた見かけによらず、その…… そういう方面にお強いの?」


「で、アタシ、速攻でパンツ脱いだわけよ」

「だ、大丈夫なの? そ、その後、青空の下で初めてのご経験とか?」


「経験? それがさあ、上手くいかなかったんだよね」

「ま、まあ、初めては上手くいかないこともあるって聞いたことがあるわ」


「だってさ、もともとアタシにチンコついてないんだから、立ちションなんて出来るわけないよねーって、みんなで大笑いになって!あーあ、アタシもヤりたかったなー、立ちション。まあ、でもあれはちょっと恥ずかしかったね」


「それは性的に恥ずかしい話じゃなくって、あなたがバカだから恥ずかしかった話でしょ!!!」


「え? こういうのじゃないの? じゃあ、これも野球の試合に行った時の話なんだけどね。サチさんが移動中にお腹が痛くなってさ、途中で野グソしたのよ。それでアタシが男子達を連れて、みんなで見に行ったわけ。もう、サチさんのウンコってば、スッゲーでっかいの、クックックッ……」


「……………………」


「これもダメなの? じゃあ、一度サチさんが学校でお腹痛そうにしてたことがあってさ。アタシ、サチさんがトイレに入る前に、学校中のトイレットペーパー全部持って逃げてやったんだ。そしたらサチさん、なんかエアー着席みたいな姿勢で、学校のなかでトイレットペーパー探しの旅に出ちゃってさ。素直に友達からティッシュ借りればいいのにね。いやー、でも、あの時のサチさんの顔は忘れられないよ、プププ……」


「……あなた、そのうち久保田先輩に消されるわよ」

「え、そうなの?」


「今までの話、特に後半2つはあなたじゃなくて、久保田先輩の恥ずかしい話でしょ? それからあなたはどうやら、『的な話』と『的な話』の区別がつかないようね。それからウンコとかオシッコとか、あなた小学生なの? なによこれ、ツッコミどころ満載じゃないの!」


 なんだよ、せっかく人が熱弁をふるってあげたのに。うーん。でも武者小路さんにはご満足いただけていないみたいだな。


「もう、そういうのはいいわ…… じゃあ恋の話、そう、初恋の話をしてよ」

 期待を込めた顔つきでアタシを見つめる武者小路さん。


「いいよ。アタシさ、同級生の男子とかには昔から興味がなくて、年上が好きだったんだよね」

「そうそう。そういう話よ」


「アタシ、小学生の頃、野球チームのコーチが好きだったんだ。でね、後で知ったんだけど、その人もアタシのことが好きだったみたいなの」


「素敵だわ。ねえ、でもなぜその人が、あなたのこと好きってわかったの? まさか! こ、告白されたの?」


「ん? 違うよ。ある日さ、コーチのカバンの中からアタシのパンツが出てきたんだよ」

「は?」


「いやさあ、最近アタシの着替えがよくなくなるなあって思ってたのよ。そしたらさあ、そのコーチが全部盗んでたんだって」


「今すぐ警察行きなさいよ!!!」


「ん? その人、警察に捕まったみたいだよ? なんかさ、部屋から盗んだパンツが山のように出てきたんだって。でもさあ、クックック…… 盗んだパンツの中に、サチさんのだけは1枚もなかったんだって、アッハッハーーーー!!!」


「…………もういいわ」


「そうなの? もっと面白い話、いっぱいあるよ?」

「本来の主旨すら忘れてるじゃない、このおバカ……」


 武者小路さんが何かを諦めかけたその時。


——コンコン


 部屋のドアがノックされた。


 武者小路さんが、『どうぞ』とつぶやくと、一人のお婆さんが部屋の中へ入ってきた。そして——


「お部屋から大きな声が聞こえましたので…… お嬢様、どうかされましたか?」

 このお婆さん、なんか立派な黒い服着てるぞ。ここで働いてるお手伝いさんかな?


「なんでもありませんわ、おナツさん。ちょっと、そこのおかしな人が大笑いしてただけですから」


 おかしな人ってなんだよ……

 まあいいや。でもちょっと気になったので、アタシはお婆さんに尋ねてみた。

「お婆さん、ココで働いてる人? アタシ、夏子っていう名前だけど、ひょっとして、お婆さんの名前も『ナツコ』って言うの?」


「あら、偶然だねぇ。私の名前も夏子って言うんだよ。でもこの御時世ごじせいに夏子なんて名前、珍しいねえ」


「アタシのお父さん、高校生の時、甲子園に行ったの。だからアタシの名前、夏子なんだ」


「ザックリした説明だけど、だいたいわかったことにしておくよ。それじゃあ、同じ名前の私達は、なんだか不思議な縁で結ばれてるのかも知れないねえ」


「ほんとだね。あれ? おんなじ名前ってことは、ひょっとしてアタシ達の先祖、おんなじかも知れないよ!」


「あんた日本人みたいな顔して実は外国の人なのかい? 本当は『ナツコ』って名前じゃなくてじゃなくて、『ナトゥーコ』とかいう苗字なのかい? 」


「お婆さん面白いね! やっぱり名前が夏子だからかな?」

「あんた今すぐ、日本中の夏子さんに謝っておいでよ」


「ちょっとおナツさん。あなたのおバカを操るスキルの高さはよくわかったから、そのへんにしておいてくださらない?」

「おやおやお嬢様。いくらお友達の国籍が不明だからって、本人の目の前でバカだなんて言っちゃあいけませんよ。おや? そこに落ちてる薄い本は——」


 あっ、出しっ放しにしてた薄い本が、おナツさんに見つかっちゃった。


「こここ、これは違うんです! あの、こ、これは……」

「いいんですよ、お嬢様。お嬢様のご趣味は、このお屋敷で働いてる者なら誰でも知ってますから。奥様も時々来られて、お嬢様のコレクションを興味深くご覧になってますよ」


「え?」

 再び固まる武者小路さん。


 あーあ。なんだかちょっと気の毒だな。ここは心優しいアタシが一言フォローを入れとくか。

「でも良かったじゃない。家族の中に同好の仲間がいて。なんならお父さんにも見せてあげたら? あっ? でも武者小路さんひとりっ子だよね。あんまり現実世界からかけ離れたエロマンガに夢中になりすぎて、弟とか妹とか出来ないのも困るか……」


「ちょ、ちょっと! うちの家族を使って変な想像するのやめてもらえますか? 弟や妹ならコウノトリさんがキャベツ畑から運んで来てくれるのでご心配なく!」

「もう、ナニ言ってんだか。子どもを作るには男の人と女の人がセ——」


「ちょっとあなた! さっきまでチンコとかウンコとか小学生みたいなこと言ってたくせに! なんでそういう知識だけは年齢相応なのよ!」


「まあまあ、お嬢様。最近の小学校では『性教育』なんてこともするそうですから。きっと頭の中が小学生のようなお友達でも、チンコやウンコに混じって、雄しべや雌しべぐらいの知識はあるんでしょう。ああ、ちなみに花弁かべんってのは、花のウンコじゃないよ?」


「もう、おナツさん! おバカに影響されて、童心に帰るのやめて下さい! ハァー、もういいわ。なんだか私、疲れました……」


「なによ、まったく。人が心配してあげてるのに。あっ、もう5時になったからアタシ帰るね。アタシ、ホントに口は堅いから安心していいよ。もしアタシが喋ったら、アタシにチンコがなかった話、みんなにしてもいいからね」


「あなたにチンコがなかった話って、今日の話題の中で、一番どうでもいいことでしょ!!!」


 こうして、よくわからないけど、アタシは高校の吹奏楽部でできた新しい友達との親睦を深めたのだった。

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