エサに釣られた人

 4限目の美術の授業が終わった。


 元アタシの野球仲間のルイはサチさんに挨拶したいと言っていたのだが、なんでもルイのクラスのナントカ進学コースは、この後小テストがあるんだと。いやー、頭のいいクラスは大変だね。


 明日はテストがないそうなので、明日の放課後、音楽室に行くとルイは言っていた。この情報、モモコには内緒にしておこう。うん、それがいい。

 その他一般クラスのアタシは午前中で終業なので、一人でのんびりと音楽室へと向かった。



 アタシが音楽室に到着すると、そこには20人以上の新入生がたむろしていた。


「あっ、ナツ! 遅かったじゃない」

 アタシを見つけたモモコが駆け寄ってくる。


「ねえ、ナツ、スゴイでしょ! この人達、みんな私が連れて来たんだからね」

 アタシの周囲をチラチラ探るような目で見ながら、自慢げに語り出すモモコ。


「で、ルイ君は?」

「ああ、なんかこの後、ナントカ進学コースは、小テストがあるんだって」


「チッ」

「アンタ、ホントにわかりやすいな」

 明日ルイが見学に来ること、絶対コイツに教えてやるもんか。アタシはそう、固く心に誓った。


 この後、今日も楽器見学会が行われた。3年の剛堂先輩が説明をする間、アタシとサチさんは、せっせと参加者の聞き取り調査を行っていたことは言うまでもない。



♢♢♢♢♢♢



 楽器見学会も無事に終わり、現在、昼食をとりながら第3回新入生勧誘会議実施中。参加者はおなじみ、3年剛堂先輩、2年サチさん、1年アタシ、以上。


 サチさんの今日のお弁当は、ウチのお母さんが作ったものだ。昨日、お弁当もらったからね。

 お弁当を食べながら、アタシたちは現状について報告し合った。新入生の多くから、入部したいという言葉が聞かれたそうで、先輩達は嬉しそうだ。ついでに元吹奏楽員調査報告も行った。


「なんだ相田、もうそんなに調べあげたのか? お前、実はエスパーなのか?」

と剛堂先輩は驚いていた。剛堂先輩が天然でよかった。アタシがサチさんの黒い密命を受けたエージェントであることは気付かれていないようだ。


 一通り報告も終わったので、アタシは今まで気になっていたことを、先輩達に聞いてみることにした。


「この学校って、部活推薦があるんですよね? 確かサチさんも部活推薦で入学したんでしょ? 今年、吹奏楽部に入る予定の推薦組は何人いるんですか?」

 あれ? なんか先輩二人とも気まずい表情になったぞ。マズイこと聞いたかな?


「あー、それは私が答えよう」

 剛堂先輩が応じる。


「言ってもいいんスか?」

 サチさんが困惑気味につぶやく。


「仕方ないさ。どうせ隠してもわかることだと思うからな。結論から言おう。今年の推薦組はゼロだ」

「そ、そんなことってあるんですか?」

 剛堂先輩の言葉に驚くアタシ。


「しょーがねーなあ」

 そう言って言って、サチさんが話を引き継ぐ。


「この学校が吹奏楽の部活推薦を始めのは、アタシらの学年からなんだ。アタシらの年は『授業料免除』ってエサで、アタシらを釣ったんだ。だから希望者が殺到したんだ——」


 サチさんって授業料免除されてるんだ。今度なんか奢ってもらおう。まあ、それは今後のお楽しみとして、それから?


「——それで気を良くした学校のエラいサン達が、今年は授業料免除なしの、単なる推薦にしたんだよ。しかも英・国・数、3教科の筆記試験もオマケ付きでよ。そんなことして、誰がこんな学校に入るかってんだよ!」



 なるほど。だいたい事情はわかった。それで、特に剛堂先輩は、申し訳ない気持ちを持ちながらも、実力のある新入部員の勧誘に懸命なわけだ。


「事情はわかりました。いやだなあ、剛堂先輩、そんな顔しないで下さいよ。でもこれって、アタシ達1年にはチャンスじゃないですか! 部活推薦とかされるレベルじゃないアタシ達でも、頑張って練習すれば、コンクールのAメンバーに選ばれる可能性があるってことですよね!」


「……相田。お前ってやつは!!!」


「せ、背骨折れるからもうやめて下さい! 昨日のハグで十分先輩の実力は伝わりましたから!」

 ヤバイ。もう一回あの鯖折りを食らったら、命に関わる。


「あー、なあナツ」

 サチさんが、何か迷っているような様子でアタシに語りかける。


「なんですか、サチさん?」

「このことは、とりあえず黙っとけ。特にモモコには言うな。アイツに喋ると、話に尾ひれが付く可能性がある」


「了解です。ここの学校の吹奏楽部って人気ない、みたいに思われたら嫌ですもんね」

 へー。サチさんもバカなりに、いろいろ考えてるんだな。えらいもんだ。



「おっ、剛堂サン。そろそろ、合奏練習開始30分前っスよ」

 腕時計を見ながらサチさんがつぶやく。


「もうそんな時間か? じゃあ、今日の会議はここまでにしようか。相田、今日はお前も見学していくんだろ? 私はお前が吹奏楽部に入部してくれて、心から嬉しいぞ!」


「はい! アタシもこの学校の吹奏楽部に入部できて、本当に嬉しいです!」

「オマエ、昨日入部届持って逃げようとしてたくせに、よく言うぜ」


「ウッセーな! ココ感動するトコなんだから、黙ってろよ!」

「……テメー。ホント、最近調子に乗りやがって——」

「……許す」


「ちょっと剛堂サン…… それ言いたいだけでしょ?」

「ああ! 今日はまだ一回も言ってなかったからな!」

 どうやら剛堂先輩は『許す』にハマってしまったようだ。どんだけ許したがり屋さんなんだか。


 アタシ達が音楽準備室から出ると、昨日、楽器見学会に来ていた新入生の女の子が待ち構えていた。この人は…… そうだ! アタシのマーチング好きに食いついてきた、吹奏楽意識の高そうな人だ。一回家に帰ってまた来たのかな?


「昨日いただいたスケジュール表に、3時から合奏練習と書いてあったもので…… け、見学させていただいてもよろしいでしょうか!?」

 緊張した面持ちで、新入生が口を開く。


「ああもちろんだとも! 大歓迎だ!」

 両手を広げて、新入生に近づく剛堂先輩。


「危ない! そこの人、逃げて!」

 アタシは叫んだ!

「ちょっと剛堂サン! ナツのバカにアテられて、熱くなりすぎっスよ! 本気でハグしたら、その子、死んじゃいますって!」


 笑顔が引きつる新入生。どうやら一命は取り留めたようだ。

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