闇のエージェントごっこ

 第2回新入生勧誘会議を終えた翌日。


 1限目終了後、アタシは昨日一緒に楽器見学会に行った同じクラスの4人とお喋りしていた。

 その4人とは、すでに吹奏楽部への入部の意志を固めている楽器経験者のヤヨイとサツキ、同じく経験者で現在入部検討中のカンナ、そして楽器未経験だがすでに吹奏楽部の一員気分のヨッシーだ。


 ちなみにヨッシーとはノリの良い吉田さんのことで、本人が、

「私のことはヨッシーって呼んでね」

と言ったのだ。


 アタシはすかさず、

「いいの? そんな小学生みたいな呼び方で?」

と言うと、


「アハハ、ナツに小学生って言われたら、もう私の人生終わりだね」

と言って笑っていた。


「じゃあ、ヨッシーとアタシは二人とも、頭の中身は小学生っていうことにしとこうよ」

「うん、そうだね!」

 ヨッシーは笑顔で頷いた。


 そう、要するにアタシとヨッシーは、あっという間に意気投合したのだ。いや、もうヨッシーと話してるとテンションが上がるんだわ。アタシもバカトーク炸裂って感じで絶好調なんだ。


 そんなヨッシーのおかげもあって、アタシのことをチラチラ見る男子が一人もいなくなった。うん、いつものパターンだ。


 さてそんな中、吹奏楽部の新入生勧誘チームの一員であり、重要な密命を帯びているアタシは、早速、ミッションに取りかかることにした。


「ねえ、みんなの知り合いに、この高校に入学した元吹奏楽部の人っている?」

 アタシがこう切り出すと、


「え? なんでそんなこと聞くの?」

と、やや内向的な性格のヤヨイが聞き返してきた。


 ふふふ、予定通りですよ、サチさん。

 実は昨日の夜、我が家にサチさんから電話があり、アタシはサチさんから秘策を授けられたのだ。


「なんかね、今年は早めに新入生の担当楽器を決めたいんだって」


「なによそれ? それってどう言うことよ?」

 アタシの言葉に反応するサツキ。サツキは結構サッパリしたタイプのようだ。


「なんかさあ、他の学校だと楽器の担当選びって結構いい加減なトコあるみたいで、なんか最後にはジャンケンで決めることもあるとかで——」


「ああ、それわかる! 私も中学の時はジャンケンで決めたから。私、ジャンケンで負けてファゴットになったの……」

 アタシの話に食いついてきたカンナ。カンナの性格は…… まだ知り合ったばかりであんまりわかんないや。


「え? ファゴットってカッコいいのに。ウチの中学なんて人数少なかったから、そもそもファゴットなんて楽器無かったし。むしろうらやましいけどな」


 アタシがそう言うとカンナは、

「そこなのよ! 私が『ファゴットやってます』って言っても、『なにそれ?』みたいな反応しか返って来ないのよね」

と、熱く語る。


「へー、そういうもんか…… ってあれ? アタシってばナニ話そうとしてたんだっけ? 」


 そうだ! 新入生リサーチの話だ。危ない…… アタシは秘密の任務を帯びていたのだった。


「ごめんごめん。楽器決めの話だったね。えっと、そう! 出来れば新入生に納得して楽器を選んで欲しいんで、早めに楽器経験者の存在を押さえときたいんだって」


 よし、ここまで完璧にサチさんの指示通り動けているぞ。


「でも、なんでそんなに急ぐの? 部活見学期間が始まるの来週の月曜日からだよ? 確か見学期間って2週間もあるんでしょ?」

 つぶらな瞳でヨッシーが尋ねてくる。


 ふふ、良い質問だよ、ヨッシー。

 その質問は、サチさんによる『新入生勧誘質疑応答例題集』の中に入っているのだよ。


「なんかさあ、新入生に2週間も見学だけさせとくって、ちょっと可哀想じゃない。アタシもそうだけど、入部を決めたんなら早く楽器にさわりたいよね?」


「わかる! 私、楽器とかさわったことないけど、今、メッチャ演奏してみたいもん!」

 そうか。やっぱりヨッシーはもうやる気のようだ。


「だよね。だから、今年は楽器が決まった1年生から、もう練習に参加してもらおうってことになったんだって」


「えー、でも私いきなり上手に出来るかな?」

「大丈夫! 初心者にはちゃんと初心者用の練習メニューがあるそうだから。ほら、昨日いた二人の先輩って、1年生の指導係なんだって。あの二人がいろいろ教えてくれると思うよ」


「へー、じゃあ安心だね! あの二人の先輩、スっごく面白かったし」

「うん! だから安心していいよ」

 ヨッシーのやる気がなくならなくて良かったよ。そんなことを考えていたんだけど——


「……………………あれ? みんなどうしたの?」

「え? それでナツの話は終わり? 別に続きがないんならそれでいいんだけど?」

 ヤヨイが困惑気味に答える。


「えっと…… アタシ、なんの話してましたっけ……」


「ぷっ、もうあきれた人だね。ナツの話だと、早い者勝ちで楽器を選べるみたいにも聞こえたけど違うの?」

 やっぱりサツキはズバッとモノを言うタイプのようだ。


「あっ、そうだ。続きがあったんだ。なんか見学期間中に、何回かテストみたいなことをやるんだって。それで総合的に判断? なんかそんな感じで、やっぱり上手い人から合格にしていくって言ってたよ」


 うん。間違ってないと思う。それからえっと、えっと——


「ああ、もうアタシ、バカだから最後まで一気に言わせて! そんな感じだから、見学週間の終わりの方で急に実力者が来ても困るでしょ? もう決まってた人に『やっぱりなかったことにしてね』なんて言えないだろうから。だから早めに元吹奏楽部員達の動向を知っておきたいんだって。うーん…… たぶん、これで言いたいことは言いきったと思う!」


「よく頑張ったわね」

と優しく微笑むヤヨイ。


「ナツは自分で思ってるほどバカじゃないよ」

と意外にも褒めてくれるサツキ。


「ジャンケンじゃないのっていいわね」

とアタシに関係のないことを言うカンナ。


「やっぱり上手い人順に決まるのか…… まあ、でもそれなら、見学期間中にいろんな楽器を試してみよっと!」

と前向きなヨッシー。


 よし、これでいいだろう。

 みんなを騙しているようでちょっと悪い気もするんだけど……


 でも昨日、サチさんが電話でこう言っていたのだ。


『いいか、学校でも言った通り、とにかく今、ウチの吹部に必要なのは楽器経験のある即戦力だ。だから一刻も早く、ソイツらの情報をあぶり出せ。そんでもって、ソイツらが他の部活に興味を示す前に、なんとしてでも音楽室まで連れて来い。なんならもう吹部に入ることを決めてるヤツを使って、無理やり見学に付き合わせるってのもいい方法だと思うぞ。積極的に声をかけたり、情報をバラまくのはその後だ、いいな』


 なんだよ、その腹黒な作戦。ここまでの話を聞いた段階では、絶対協力なんてしてやるもんかと思ったんだけど……


『剛堂サンに、こんな嘘をつくようなやり方を提案するわけにはいかないんだ。あの人はスッゲエ良い人だから、絶対また一人で背負い込むんだよ。いいかナツ。あたしとオマエが汚れ役になるんだ! そんでもって、剛堂サンを輝かせるんだ! というわけで、オマエ、明日頑張れよ』


 アタシが頑張るのか?

 アンタは頑張らないのか?

 なんだかそれって、アタシがいいように使われてる気が……


 でも…………


 くぅぅぅーーーー! !!


 カッコいい! カッコいいよ汚れ役! 汚れ役カッコイイーーーー!!!


 一度は言ってみたいよね、『フッ、所詮しょせんアタシは汚れ役さ』みたいなこと。



 でもやっぱり、なんだかみんなに嘘をついてるみたいな気もして…… でもでも、即戦力が欲しいなんて正直に話すことで、『ヘタクソなヤツは必要ない』とか、『上手い人だけ優遇される』みたいに受け取られたら困るんだって、サチさんが言ってたんだ。


 それに、ちゃんと早めに新入生みんなの希望を聞くことで、みんなに公平にチャンスが与えられるんだから、これは新入生全員にとって幸せなやり方だってサチさんが言ってたからね。


 大丈夫だよ、あのサチさんが言うんだから。あのサチさんが………… あのサチさんねえ…………

 よし! 今度しっかり者のアンズに相談してみよう!


 その後、みんなは元吹奏楽部員探しのお手伝いをこころよく引き受けてくれた。アタシのファーストミッションはコンプリートしたのであった。あっ、なんかアタシ今、カッコいいこと言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る