練習の成果

 アタシは吹奏楽部見学者21人を引き連れ、音楽室に到着した。

 音楽室の前には、新入生指導係の3年生剛堂先輩と、2年生サチさんが待ち構えていた。


「早かったな、これから迎えに行こうと思ってたんだよ」

 サチさんが口を開いた。


「ちょっとサチさん。もう教室には絶対来ないでって——」

 サチさんに文句をつけていると、後ろからアタシを押し退けてモモコが、


「サチ先輩、すみませんでした!!!」

と今にも死にそうな顔をして謝った。


「ん? なんのこと?」

 つぶやくサチさん。


 モモコが肘でアタシをつついてくる。もう、なんだよ。自分で言えばいいじゃない。仕方ないなあ、もう。

「ほら、アタシ昨日サチさんに言ったじゃないですか」


「ああ、あのことか」

 なんだ? サチさん、ちょっと微笑んでやがる。そして——


「別に気にしなくていいぞ。そんなことであたしが怒るわけないだろうが。なんたってモモコはあたしの可愛い後輩なんだから」

 コイツ…… 猫かぶってやがる。


「サチ先輩、愛してます!」

 感激するモモコ。

 でも待てモモコよ。今のサチさんは新入生歓迎モードなんだ。アンタが入部届けを出した瞬間に態度が豹変すると思うから覚悟しとけよ。


「やあ、みんな来てくれてありがとう。私は3年の剛堂誉ごうどうほまれだ。楽器はコントラバスをやっている…… と言っても、この中には楽器未経験者もいるのかな? まあ、バイオリンの大きいヤツみたいに思ってくれたらいいよ」


「あっ、それ聞きました!」

と答えたのは、ノリの良い吉田さんだ。そして——


「さっきの自己紹介の時、相田さんがおんなじこと言ってましたから」


 吉田さんの話を聞いたサチさんが、

「おい、バカ、いやナツ、いややっぱりバカ。オマエ、あの紙ホントにみんなの前で読んだのか……」

と、驚きの表情でつぶやく。


「ええ、どこかのバカのせいで遅刻しましてね…… 時間がなかったんで、仕方なく全文読み上げましたとも」


「オマエ、ホントバカだな……」

「いえいえ、どこかのガラの悪い大バカに比べたら、アタシなんてお利口な方ですよ……」

 アタシの視線と大バカの、いやサチさんの視線が交差する。すると——


「ふふふっ……」

 控えめな笑い声が聞こえてきた。声の主はアンズだ。


 アンズが微笑みながら話し始める。

「相変わらず、サチ先輩とナツは仲が良いですね。私、ここでもまたサチ先輩の後輩になるつもりですので、よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げるアンズ。


「おお、このバカはどうでもいいけど、アンズは大歓迎だよ! ってことは、もう吹奏楽部に入部するってことでいいの?」


「はい。ナツはもう入部届を出したんですよね? 私も書いてきました」

 そう言うと、アンズはカバンから入部届けを取り出した。

 そう言えば、今日のオリエンテーションで配られてな、『部活動入部届』ってやつ。

 アンズってば…… もう書いてたんだ。まったく抜け目がない。


 今度はそれを見た剛堂先輩が、アンズに向かって話しかける。

「ああ、その積極的な姿勢、とても感心するよ。でもね——」


 ん? 大喜びで入部届けを受け取ると思ったが、そうでもないのか?


「——私達はちゃんと私達の吹奏楽部を見てから決めて欲しいんだ。楽器も実際に見て欲しいし、先輩達が練習している様子も見て欲しい。そしてなにより私達の演奏を聴いて判断して欲しいんだ!」


 剛堂先輩…… あなたって人は……


「他の部では強引な勧誘をしているところもあると聞いている。でも、吹奏楽部は絶対にそんなことしない。約束する。私達は正々堂々、私達の音楽を聴いて決めて欲しいんだよ!」


 剛堂先輩、すみませんでした! アタシ、あなたのことを、ちょっとだけバカだとか、天然だとか思ってました。


「でも、折角の君の積極性を無駄にしたくない。ここは一つ、この入部届は私が預かるということにしたいのだがどうだろうか?」


「はい。それでお願いします」

 普段無表情なアンズがちょっと感動しながら入部届を手渡した。レアだ。こんなレアシーン見たことない。


「剛堂先輩!」

 アタシは叫んだ! いや叫ばずにいられなかった!


「先輩は、なんて素晴らしい人なんでしょう!」


 すると剛堂先輩は、

「そうか? そう言ってくれると嬉しいよ。いやー、練習してきた甲斐があったよ」

と照れながら答えた。


「は? 練習?」

 意味がわからず聞き返すアタシ。


「今のは、去年先輩が言ってた言葉の使い回しだ。いやー、これ覚えるの大変だったんだから。昨日なんて夜遅くまで練習しちゃってさ」

 

 嬉しそうに話をするド天然、いや剛堂先輩……


「おい、ナツ」

 ニヤリと笑ったサチさん。そして——


「ここが剛堂サンのホントのいいところなんだ。よく覚えとけよ」


 なるほど。性格に裏表のない実に誠実なお方のようだ。


「ふふふ……」

 再び微笑みを浮かべたアンズ。


「私、剛堂先輩ってスゴイ人だなって思いました。剛堂先輩、どうかこれからご指導のほど、よろしくお願いします」

 そう言ってアンズは、剛堂先輩に頭を下げた。


「ああ、こちらこそよろしくな!」

 笑顔で応じる剛堂先輩。


 なんか良い話っぽく終わって良かったけど…… ホントにいいのかアンズ?

 まったく、アンズの懐の深さってば、ホントに計り知れないな。



 この後、アタシは他の新入生の目を盗んで、コソッと剛堂先輩に聞いてみた。

「ねえ先輩、アタシも新入生なんですけど、アタシだけもう入部決定でいいんですか?」


 すると先輩は、

「え? だって相田は面白いから、どう考えても合格じゃないか?」

と、おっしゃるではないか。


 吹奏楽部への入部の可否って、お笑いコンテストとかで決めるんじゃないですよね?

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