自己紹介
「4限目は自己紹介するって言ってただろ? 名簿1番のお前が遅刻してどうするんだ。みんなでお前のこと待ってたんだからな」
担任の中年男性教師が怒っている。
担任の先生の名前は…… さっき聞いたけど忘れた。なんか担当は社会科だって言ってた気がするんだけど…… まあいいや。とにかく、コッチはそれどころじゃなかったんだよ。
「すみませんでした!!!」
とにかく、アタシは大声で謝った。
「うわっ! な、なんだ、お前元気だな。ま、まあいい。今後は気をつけるんだぞ」
「ハイッ!!!」
「お、おう。じゃあ、早速だが相田、自己紹介を始めてくれ」
ふぅ。なんとか危機は脱したようだ。それにしても…… どうしよう、頭の中が真っ白だ。
でも大丈夫! アタシにはサチさんが書いてくれた愛情溢れる手紙があるじゃないか。もう、こうなったらアレをそのまま読んじゃえ。
「コホン、では始めます。えーと『みなさん始めまして。私の名前は相田夏子です』」
なに当たり前のこと書いてんだか。
「私は三中出身で、中学では吹奏楽部に入っていました。約10キロもあるチューバという楽器を担当していました」
お? なかなかいいんじゃない? これならアタシのことが上手く伝わりそうだ。
「チューバというのは金属で出来た楽器で、金管楽器なんて呼ばれています」
でも、ちょっとチューバにこだわりすぎじゃないか?
「チューバをちょっと小さくしたような楽器に、ユーフォニアムという楽器があります。この楽器は最近有名になったから、みなさんも知ってますよね?」
今度はユーフォに行くのかよ?
「吹奏楽部に入ると、なんとこのユーフォニアムが吹けるかも知れませんよ」
なに言ってんだよ、サチさん。大丈夫か? ああもうなんか焦ってきた。ええい、もうこうなったら一気に早口で読んでしまえ。
「他にもフルートみたいな可愛い木簡楽器もあるし、バイオリンを大きくしたような弦楽器もあります。もちろんトランペットとかサックスみたいなカッコいいのもありますよ。吹奏楽部の先輩は優しい人ばかりで、練習時間も和気あいあい。もちろん楽器未経験者も大歓迎。一度、吹奏楽部に見学に来てくださいね…… って、なんだよコレ!!!」
アタシはこのくだらない紙をペシっと机の上に叩きつけた。
「コレって、ただの吹部の宣伝じゃねえか! サチの野郎、ふざけやがって!!!」
あっ、しまった…… アタシはサチさんのことになると、つい自分の本性が出てしまうんだ……
「おい相田。お前、入学初日からずいぶん楽しそうだな……」
「いや、違うんです先生! これはアタシのバカな先輩のせいでして……」
なんてことを思っていたのだが。その後、他の人達の自己紹介を聞いていると——
「私も中学では吹奏楽部でした。吹部に興味のある人が同じクラスにいて嬉しいです」
とか、
「私は吹奏楽部に入ろうと思っています。相田さん、一緒に見学に行きませんか?」
なんて言って、アタシの名前を呼んでくれたり、
「あたし、吹奏楽部には興味なかったんだけど、なんか相田さんの話を聞いてたら、ちょっと興味が出て来ました」
とか言い出す子も出て来たりして。
一通り自己紹介が終わったので、アタシは思い切って叫んでみた。
「アタシ、この後吹奏楽部の先輩に呼ばれて音楽室に行くんで、良かったら興味のある人、一緒に見学に行きませんか!!!」
すると担任の先生から、
「おい相田、調子に乗るなよ。このままだと、お前が行くのは音楽室ではなく、職員室になるぞ?」
と、センスのいいお叱りのお言葉をいただいた。
「……サーセン」
アタシはまた謝った……
とまあ、そんなことがありながらも、なんとか4限目が終了した。
担任からの厳しいお説教をいただいた代わりに、アタシはなんとか入学初日から職員室へ呼び出されるという不名誉な事態を回避することに成功した。
それからなんと! これからアタシと一緒に音楽室に行ってくれる女の子が6人も現れたのだ!
流石、サチさん。やり口は汚ないけど、あの人、やっぱりスゴイな。でもいつか絶対仕返ししてやるからな。
6人のうち3人は吹奏楽経験者で、そのうち2人はすでに吹奏楽部への入部の意志を固めているという。
残りの1人はまだ検討中とのこと。うーん…… 先輩達の狙い目は、やっぱりこの子になるだろうな。
残り3人は、なんだか面白そうなので、ちょっとのぞいてみたいとのことであった。
アタシ達は音楽室に行く前に、モモコ達と合流した。
アタシと同じ中学から来た吹奏楽部仲間のモモコとアンズは、高校でも吹奏楽を続けたいと言ってた。
この二人はサチさんへの免疫もあるので、まず間違いなく吹部に入部するだろう。
アンズはクラスから吹部に興味のありそうな女の子を3人連れて来た。
モモコに至ってはなんと10人も連れて来たではないか。しかもそのうちの3人は男子だし。流石、口から生まれたモモコ太郎なだけはある。
モモコのことだ、入学初日から早くも友達をいっぱい作ったんだろうな。なんだよ、人の苦労も知らないで。
音楽室に向かう途中、同じクラスのノリの良さそうな子が話しかけて来た。確か名前は吉田さんだったな。
「ねえ相田さん。今日ウチのクラスに来た先輩達って、なんだか面白そうな人達だったね」
「先輩達って…… もしかして廊下で待ってた、目つきの悪い方の先輩も見たの?」
「うん、見たよ。なんか相田さん達を見ながら、一人で大笑いしてたよ」
サチの野郎…… 見てたんなら、止めやがれってんだ。
そんなアタシ達の会話を聞いていたモモコが口を開いた。
「ちょっとナツ。サチ先輩のこと『目つきが悪い』なんて言ったら失礼だよ」
「ん? でもアタシは『目つきが悪い先輩』って言っただけだよ? 『目つきが悪い』だけでサチさんだと即断したアンタの方こそ失礼だよ」
「うっ……」
墓穴を掘ったモモコ撃沈。
「パッと見は怖いけど、サチ先輩は良い人だよ」
そう言ったのは、我らが三中吹奏楽部元部長、アンズであった。
いつも
「そ、そう。アンズの言う通りよ。サチ先輩はああ見えて、結構優しい人なんだから」
復活したモモコがつぶやく。なんだよ、この誰にでも好かれたがり屋さんめ。これは少しお仕置きが必要だな。
「あっ、そうだモモコ。アンタ去年、『サチさんって高校で吹部に入部しても1ヶ月ぐらいで辞めそう』って言ってたでしょ? そのこと、昨日サチさんに伝えておいてあげたから」
「えええっ! ちょっとナツ、なに勝手に喋ってんのよ! 」
「アンタ、アタシがナジ高落ちてメソメソしてるって、サチさんに言ったでしょ? これでおあいこよ、って、おい、痛いよ、何すんのよ!」
モモコがアタシの肩をつかんでガシガシと揺すっている。
「アンタ、バカじゃないの? それとこれとじゃあ、問題の大きさが違うでしょっ! ああ、私きっと、サチ先輩に殺されるわ……」
「おい、アンタ今、サチさんは優しいって言ったばっかりじゃないか……」
顔面蒼白なモモコ。アタシ達の会話を聞いて怯える面々。
そんな中、一人で大笑いしているノリの良い吉田さん。
それともう一人、『へえー。相田さん、ナジ高受けたんだ。ってことはマーチングが好きなのね』と言った、吹奏楽意識高い系だと思われる人。
この二人は、きっとこの後サチさんに会っても怖がらないだろう。二人とも、吹部に入ってくれた嬉しいな。
それから、アタシがナジ高落ちたのバレちゃったけど…… まあいいか。口から生まれたモモコ太郎のことだ。きっと放っておいてもあっという間に、情報は広がるだろうから。
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