第二十五話

「摩志常ちゃんの世界の神様もやっぱり、いろいろと好き勝手やってるなぁー!」

「兄さんは、興奮しない」

「私からすれば、神様は自由奔放じゆうほんぽうだから神様なのよ! だいたい、人たちが好き勝手やってるんだから。私たちかみも好き勝手にさせろよ!」

「摩志常ちゃんは、愚痴らない」


 先程までのシリアスな展開はどこ吹く風のように流され、飲み会の席でよく見られる光景であり。下ネタ話ではなく、"神"の苦労話で盛り上がっていた。

 摩志常とマーナガルムのティーカプが空になっていたのに気がついたハティスコルが、ティーポッドからアップルティーを注いでいると。


「あ! 兄さん。摩志常ちゃんと茶飲み話をしに来たんじゃないよ! 摩志常ちゃんに『カーライル』の件を頼みに来てたんだよ!」

「「――――!」」


 二人はハッとして目を大きく見開き、視線と視線を合わせながら。当初の目的ってなんだっけ? という瞬きを繰り返しいた。

 摩志常が愚痴っていた……。

 まさに……、神様は自由奔放じゆうほんぽうという言葉を体現していた……、神様さんにんだった……。


「思い出した!『選定者の因子アポインティー・トロピー』を使用しないで。カーライルと試合してほしいって言いに来たんだった」

「兄さん……。普通に身体能力の以外の力を使わないで戦ってほしいって、言えばいいんだよ……」

「そ、そんな、か、かんじで。よ、よかったの……」


 兄の口から飛び出してきた言葉に。ハティスコルは唖然としながら、駄犬だ、と。

 摩志常は肩肘をテーブルに付き、その手のひらに頭を乗せる。いっけん優しくはかなげな美少女の顔とは相反あいはんして、心の中ではハティスコルと同じ、駄犬だと思っていた。


 マーナガルムとハティスコルの耳に欠伸声が聞こえた。

 見るものを惑わす美しい顔立ちをしながら、その少女は目を閉じたり開いたりをしていた。お腹いっぱになった少女は、だんだんと眠気に誘われ始めていたのだ。このまま少女が完全に目を閉じてしまったら、さぁー大変! 起こしたところで、「今日の試合なし、お昼寝するから」と確実に言ってくること間違いなし。少女の眠気を我慢する力が限界を超えつつあった。ピンクの唇を閉じきれずに、隙間から透明な液体が流れ出しそうになっていた。

 マーナガルムは勢いよく席を立ち、摩志常の身体を力いっぱい揺らしながら叫んだ!


「今日の晩ごはんは! 肉だよーーーーー!!!!!!」

「うぅぅぅぅーーーーー、ウェルダンでお願いします」


 無事に生還した少女は。

 椅子に座りタレ目ながら鋭い瞳で、奥歯を擦り合わせるようにイライラとしていた。一番、気持ちがいいタイミングで起こされたうえに、少女の夢では目の前にはウェルダンに焼かれた肉が存在していたのに、現実では存在していないことに対しての怒りだ。

 そんな少女の姿を見てか。ハティスコルは、赤い色素の前髪の生え際を指で触りながら。


「兄さんの頼みごとを摩志常ちゃんが、上手に達成することができのらなら。僕から報酬を出すよ!」

「ほ・う・しゅ・う?」

「そう、ほ・う・しゅ・う! そ・れ・は、なんと! お肉をプレゼントします!」

「にく!」

「そう、にく、です! それもエン姉さんの牧場の最上級品のお肉です」

「にく! 最上級品!」

「そう、肉で! 最上級品だよ! 僕はね、兄さんのコックをする前は、いろいろな料理を学ぶために、世界中を旅していたんだ。いろいろな肉を食してきたけど、エン姉さんの牧場の最上級品のお肉は、この世界でもトップスリーに入る! 美味しさだと断言するね、僕は!」

「にく! 最上級品! トップスリー! うまい!」

「そうだよ! 美味しいよ! 摩志常ちゃんなら分かると思うけど。ブドウジュースの葡萄ぶどうや野菜スープに入っていた具材の野菜やスープのフォンに使用している鶏肉などは。エン姉さんが経営している牧場から譲ってもらっているだよ。美食家の摩志常ちゃんに僕が何を言いたいのか? 分かるよねぇー」

「頑張ります!」


 摩志常は鼻先にぶら下げられた、人参にくにかぶりついた。この潔さは男顔負けの比ではなかった。摩志常の胃は、しっかり、がっつりとハティスコルに握られていた。

 ハティスコルは、本格的に摩志常の扱い慣れ始めていた。


 ……、……。


 お子さまランチを目の前にしている子どものような、キラキラとした瞳と可愛らしい子どもの表情をしながら。


「なんで? マーナガルムは私の力の確認をしたかったの? ハティスコルが言ってくれたみたいに、身体能力だけで。異能の力は使わないで試合してほしいって、言ってくれたらよかったのに」

「異能の力?」

「……、……。ごめんなさい、私も説明不足ね。私の世界では、さっき見せた"【火之夜藝ひのやぎ】"や"肉体修復速度"を高めたりする力のことを"異能の力"と呼ぶのよ。こっちでは、そんな現象を"引き起こせる力"のことを何って呼んでるのかしら?」

「摩志常ちゃんなら理解してくれていると思うけど。この世界の大多数は、魔法まほうまたは神聖術しんせいじゅつと呼んでるね」

「呼び名が違うってことは。この世界にもそれなりに、複数の宗教概念があるってことか」

「ピンポーン!」

「と、言うことは、獣人族は、その魔法または神聖術が使えない。じゃなくて……、選定者の因子アポインティー・トロピーが使えない種族って言った方がいいってことね」

「摩志常ちゃんの答えは、大筋合っているよ。ただし、使えないんじゃなくて、コントロールが苦手な種族と言った方が正しいね」


 摩志常のまぶたがフワッと閉じ開くと、冷淡な笑みが浮かび上がり。


「人間をベースに獣を入れたんじゃなくて、獣をベースに人間を入れたってことか」

「さすが、摩志常ちゃん」

「それなら……、コントロールが苦手ってことも納得できるわ。でも、『セガラ』クラスが本気を出せば、私が異能の力を使っても、五角以上に戦えるような気がするんだけれども」

「「…………、…………」」


 二人の沈黙から地雷を踏んでしまったと、思いながらも。摩志常にとってはそんなことは、関係ありません。


「あれか……? カーライルってヤツ弱いの……」


 あまりにも鋭いやいばが二人に突き刺さります。

 突き刺さった刃を先に抜いたのはハティスコルでした。そして言葉を濁すように。


「ウーン、弱くはないんだよ。一応、この国ではセガラの次に強い存在ではあるかな……」


 摩志常は小さな溜息を漏らすと。指で唇の輪郭をなぞりながら、ティーカップを見つめ。唇の輪郭を指でちょっど一周なぞり終えると。


「中途半端に強いってことか……」


 マーナガルムとハティスコルは、渋い表情をしながら身体に力が入っていくのだが……。それはすぐにスーッと抜けていく。

 すると、マーナガルムはシルバーヘアーを掻き毟りながら。


「摩志常ちゃんの言うとおり、カーライルは中途半端に強いんだよ。だからこそ彼が本当の強者になってもらうためには、本当の敗北を知っておいてほしいだ。そしてこの国の次の王としての器になれるように鍛えてほしいんだよ。摩志常ちゃんに!」


 酷く真面目なマーナガルムの発言に。

 チャラい態度しているが根は真面目なタイプの神さまなのだろうと、関心した。

 摩志常は知っている。中途半端に強いという意味の怖さを。

 強者の意味は、"力や権力の強い者"である。

 マーナガルムが一番気になっているのは、権力が強いという部分だろう。セガラの次にカーライルが王になってしまった場合……、最悪……、ヒュペオトル王国が失われた国として歴史にしるされてしまうことに。

 

「マーナガルム、私が思っているよりも。ちゃんと神さましてるんだ!」

 

 麗しい美少女が、一瞬にして上品な大人女性のフェロモンを撒き散らし誘うような声音で話すその姿に。


「結婚しよう!」

「断る!」

「じゃ、僕と結婚しようよ。摩志常ちゃん!」

「もっと断る!」


 二匹の牡犬が発情してしまっていた。


 …………、…………。


 両ほっぺたをぷにぷにとマッサージしながら。奇妙な引っ掛かりを摩志常は感じていた。

 なぜ? 自分に"選定者の因子アポインティー・トロピー"を使用しないでと言ったのか? ハティスコルが言ったように、"普通に身体能力の以外の力を使わないで戦ってほしい"と言えば簡単だったはずなのに……。


「ねぇー、マーナガルム。どうして私に具体的に、"アポインティー・トロピー"を使わないでって言ってきたの?」

「摩志常ちゃんが、俺たち破邪の選定ドラゴンと同質の存在だからだよ」


 親指と中指を何回も、何回も、繰り返し、繰り返し、頑張って弾くが……。パチンっと軽やかな音はすることなく、スカ、スカ、と指が擦れ合うだけの摩擦音だけがしていた。そのアホの娘を見ている牡犬、二匹は興奮し発情したのが刹那に冷め、呆れ返りながら笑いを堪えていた。

 ときとして摩志常は非常に優秀なのだが……。デフォルトは……、アホの


 パチンっと軽やかな音が控室に響く。

 指を弾く音を出したかったのが、それができなかった摩志常に気を利かせて。レディースファースを熟知してるハティスコルが、指を弾き終わった格好をしながら爽やかなイケメン顔していた。

 倦怠感を全面に押し出した摩志常が。


「ハティスコルってやっぱり、弦一郎げんいちろうとそっくりね。その余裕しゃくしゃくな態度を見てるとイラッとするわ!」

「よくエン姉さんにも言われるよ。他の破邪の選定ドラゴンたちからも、摩志常ちゃんと同じセリフを言われるしね。そのゲンイチロウという人物と僕は会ってみたいね、気が合いそうだよ」

「あれね、私が前の世界に戻れたら。会わせてあげるわ」

「楽しみにしてるよ!」


 授業中の先生の問いかけに対して、すばやく挙手する生徒がいます。それは、マーナガルムくんです。

 クイッとエアーメガネ上げをしたあと、摩志常先生が指差します。


「はい! マーナガルムくん!」

「先生! 話、戻してもらってもいいですか!」

「兄さん、話、戻す気あるの?」

 

 と、ツッコミが入りました!


 優雅にティーカップに縁に口づけし、香りと味を楽しむ少女がいました。


「摩志常ちゃん、口元にクッキーの欠片が……」


 少女のこめかみに、青筋が浮かび、ピクと動くが。セーフです、我慢できたみたいです。


「マーナガルムさまがおっしゃりたいことは。わたくしが、"選定者の因子アポインティー・トロピー"を無意識に使用してしまう可能性が高いから! そのことを考慮して、戦ってほしいとおっしゃりたかったのですね」

「な、なんだって! に、兄さん! そ、そんな! 深く考えて言っていたなんて……、ぼ、ぼくは。ご、ごめん! に、兄さんのことをバカにしていたよ!」

「マーナガルムさま! その件に関しては安心してくださいませ」

「そろそろ、この茶番劇の幕閉じてもらっていいかな……。おれ、泣きそうなんだけど……」

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