第二十四話

 ところどころボロボに破れ、肌の一部や下着の一部が見え隠れしている作業着を着た。年端も行かぬ少女に、自分が地面に仰向けに倒れている惨めな姿を見下みおろされている屈辱。

 カーライルは分かっていた、自分に向けられている本当の屈辱の意味を。

 自分が大勢の国民の前で仰向けに倒れている姿をさらされている屈辱でもなく、少女が自分のその姿を見下ろしていることに対する屈辱でもなく。

 単純に格下扱い、されているという屈辱にだ。

 王子であり強者だと信じている。カーライルのプライドは乱暴に扱われ、あちらこちらにひびが入れられた。


「ふざけるなぁー!」


 と、カーライルは叫びながら動物特有の毛を逆撫でる勢いで。少女に自分と同じ姿をさせるため、倒れた状態から素早くしゃがみ込んだ体勢をとると、その勢いを利用して足払いをした……。

 少女は立っていた。

 カーライルの足払いはいともたやすく止められていた。

 少女はカーライルの足払いを最小限で最大限に効果を発揮させて防いでいたからである。少女はカーライルが足払いの行動をとったときに、少女もある行動をしていた。

 ――足払い。されてる前に自分からあえて左足を一歩踏み込み、蹴り出されるパワーとスピードが乗っている右足先よりも内側。正確に言えばカーライルの右膝先よりも後ろの右太もも部分に自分の左足を滑りこませ受け止めていた。

 その行動は少女にとっていい意味での癖だった。

 カーライルの強烈な蹴りをまともに喰らい、吹き飛ばされ、その先の岩石に衝突しても。傷、一つもない。少女の異常な身体能力からすれば、カーライルのパワーとスピードが最大限に乗った足払いを受けたとしても。少女が本気で踏ん張れば、軽く受け止めることはできた。

 少女はある人物の伝言にしたがって行動した結果だった。「遊びでも全力で!」だ。

 その伝言とは別に少女はこの試合するなかで、ある仕事の依頼を受けていたからでもある。

 それは、カーライルのプライドを粉々にするという教育的指導依頼だった。依頼した人物は二人、一人は、マーナガルム。もう一人は、カーライルの父親であるセガラ王からだった。

 マーナガルムが言っていた、摩志常を国民に認知させるというのは。あくまでも付属にすぎなかったのだ。


 …………、…………。


 私が控室で準備運動していると、扉のノックが聞こえてきた。私が入室を許可すると。マーナガルムが、気まずそうな空気を背負いながら登場し。私に第一声。

 

「摩志常ちゃんにお願いがあるんだけれども……」


 私はマーナガルムから視線を音速で逸らし、無言のまま入念に準備運動を続けた。すると、超音速で私に飛びついてきて後ろに倒れ込んだ。私の肉体にしがみつきながら、胸の間に顔を埋めながら左右に顔を振りながら感触を楽しでいるのかと思えば。

 急に顔を上に向けると、涙目……、マジ泣きしていた。

 溜め息を、つくことすら忘れてしまう程に、ドン引きしてしまった。

 いかん! 少しずつ、少しずつ、私の顔に向かって。鼻水が垂れそうで垂れなさそうなギリギリ留まりながら、マジ泣きしているマーナガルムの顔が近づいてくる。


「わかった! 分かった! から汚いから離れろ!」


 少しすねるように唇を尖らしながら、「俺、汚くないもん」と呟いて控室の隅っこで、横に寝転んで。コロコロと動いているからマーナガルムの姿を自然に目で追ってしまう。

 ねている理由は簡単だ、私が、「汚いから離れろ」と言ったことを気にしているらしい。コイツは、いったい何をしに来たのか? そして、私に何をさせたいのか?

 あれか! 強者イコール癖が強いという方程式が、この異世界でも存在するか! 前の世界でも強者と言われている者たちは癖が強すぎた。まともな性格したヤツを一人たりとも、私は知らない。

 

 …………。

 

 今、お前もな! と、思ったヤツ。ぶっコロな!


 …………、…………。


 控室の扉の外から声が聞こえたきた。


「ごめーん! 兄さん悪いんだけど、扉、開けてくれるかな」


 ハティスコル、あなたのお兄さん。部屋の隅っこで横たわりながら、コロ、コロ、してるから、蹴飛ばしてもいいですか? と、尋ねようと考えてみたが、諦めることにした。

 私の精神力を無駄にコイツのために使ってやる必要はないし、面倒なことは押しつけるに限る。あと、ハティスコルが、"汚い"という言葉にショックを受けてブツブツと繰り返し呟き、コロコロしている。無様な姿を見たらどんな反応するか少し興味が出てきたのもあった。

 コロ、コロ、という言葉を使っているからと言って決して、可愛らしい動きではありませんよ!


 私が扉を開けると。

 とても不思議そうな顔をしたハティスコルが両手に、昔の外国映画に出てくるピクニックバスケットを両手に持って立っていた。


「あれ!? 兄さんは?」


 私はその質問に指先で答えると。


「に、兄さん……」

 

 私は、ご機嫌であるが猫ではない、ハムスターだ。


「デぇ、ダのみゴどってナにぃ?」

「摩志常ちゃん、一回、お茶飲んで。なんて言っているか? 全然分からないから……」


 ハティスコルはそう言いながらソーサーを私に前に置くと、相変わらず絵になる姿でティーカプにポットから液体を注ぎ込むと。カップをソーサーの上に乗せると。どうぞ! 召し上がりと、手の仕草でそれを表現した。

 この男を見ていると、弦一郎げんいちろうを思い出してくる。このお洒落さんめ!

 私は、クピ、クピ、とそれを飲んでいく。


「しかし……。このアップルティーは、贅沢なアップルティーよねぇー」

「いい味覚しているなぁー、摩志常ちゃんは。料理人、冥利に尽きるよ」

「ありがとう」

「ぅ……、う……、ぅ……」

 

 涙を流しながらこっちを見るな駄犬。おやつタイムが台無しになるだろうが!


「で、頼みごとってなに?」


 しょんぼりとし俯いた顔をクイッと上を向き、ホッとしたのか。いつものチャラ男の顔になっていた。


「カーライルと試合のときに、『選定者の因子アポインティー・トロピー』の力を使用しないでほしいんだ」

「…………。あぽ……? …………、…………。ろぴー……? それってなんなの? アップルティーの親戚?」


 私の最速レスポンスに、マーナガルムは面食らっていた。

 しばらくの沈黙が続いたあと、私は質問された。


「摩志常ちゃんは……、どうやって……、"あの力"を……、使っているの……、かな?」


 ちょっとまて! このシドロモドロな仕方の質問とその微妙な笑みはなんだ? 私が、そこはかとなくアホの娘ぽぃ扱いにされてるぞこれは!

 この世界では、"あぽなんちゃら"って、一般常識で知っていて当然のことなのか……?

 私はそのとき動揺のあまり、奇妙奇天烈な動きを無意識にしていたのだろう。

 慌てて、ハティスコルが助け舟を出してくれた。


「兄さん、忘れてるよ! 摩志常ちゃんは異世界人だから。この世界に構成されている力の一つ、『選定者の因子アポインティー・トロピー』について知らなくて当然なんだよ!」


 ハティスコルのその言葉に私は胸を撫で下ろした。

 助かったぁー。危うく異世界でも、"アホの娘"、設定されるところだった……。前の世界でも周囲にいる人たちや。その他、もろもろからも、本当にアホの娘、扱い、されてたらからなぁー。旅の恥はかき捨てならぬ、異世界転移では前の世界の恥はかき捨てしたつもりだったから動揺したわぁー。

 しかし、あれだよねぇー。できの悪い兄をもつと弟はしっかりしてくるってやつだ。さすがは、ハティスコルだ。

 

 ………………、……………。


 テーブルから煙が立ちのぼってくるのでは? と思える勢いで、おでこを擦り合わせている。マーナガルムの姿を。摩志常が腹の底から湧き出る怒りを混合させた、深い溜息を排気した怪訝けげんな顔をしていた。

 ハティスコルは、摩志常の機嫌をとるために。


「兄さんと僕の分のクッキーも食べていいから。許してあげて」


 ハティスコルは、摩志常の取り扱いに慣れてきていた。


「あぼぃんでぃー・どろぷーっで、ナァに?」

「『選定者の因子アポインティー・トロピー』ね。とりあえず、お茶飲んで」

「私、その選定者の因子アポインティー・トロピーの力って知らないんだけれども?」

「兄さんから聞いた話では、セガラに殴りかかり受け止められたあとに、拳に炎を纏わしたよね。それのことについて少し話がしたいんだ」

「【火之夜藝ひのやぎ】のことね!」

「その力を今、見せてもらっても構わないかな?」

「別に問題ないわよ。【火之夜藝ひのやぎ】」


 摩志常の清楚で美しい白い手は。熔鉱炉ようこうろの中に煮えたぎる、鉄が溶けた赤黒い色素の皮膚に変色し、高温を発していた。

 それを研究者が顕微鏡で、細胞の観察する真剣な眼差しで。ハティスコルが。


「これは、アポインティー・トロピー、そのモノだね。兄さんが僕たちに近いと言った意味が分かったよ」

「さすがと言うべきなのだろうけど……、それが問題なんだ……」


 マーナガルムのヤツ、サラッと会話に加わってきたな。それに、ハティスコルは愛嬌たっぷり表情からいつの間にか、腕組みしながら困ったような表情をしながら。


「なるほど、兄さんが言いたいことが理解できたよ」

「私は理解できてないんですけど! それと、【火之夜藝ひのやぎ】消していい?」

「ありがとう。摩志常ちゃんの力のことをいろいろと、質問しても大丈夫かな?」

「別にいいわよ。私もいろいろと質問させてもらうけど、それでいいならね」

「取引成立だ! 僕から先に質問するね。摩志常ちゃんの力の源は"神"と呼んでもいいのかな?」

「そう神の力ね。正確に答えると"火の神"と呼ばれている。私と同一化しているから。私、自身、その火の神、そのモノね」

「ありがとう」

「じゃ、次は私からの質問ね! 選定者の因子アポインティー・トロピーって、この世界では別の言葉で使われていることの方が、一般的なんでしょ」

「「…………、…………」」


 私の質問に二人は少しだが、表情が変わった。次にサラッと話に加わっていた、マーナガルムが話し掛けてきた。


「摩志常ちゃんはどうして? 選定者の因子アポインティー・トロピーが、別の言葉で使われているって思ったんだい?」

「一つは、私に"神"であるか? と聞いたこと。あと、一つは、私の世界にも選定者の因子アポインティー・トロピーと似た言葉が存在していることから、と、女の感?」

「女の感! か……。摩志常ちゃんは、頭の回転が速いのか? それとも、神として物事を見ているのか? どっちなのだろうねぇー」

「さぁー、どっちかしら。で、私の質問の答えは合っているのかしら」

「正解! この世界では、選定者の因子アポインティー・トロピーと呼んでいるのは。俺たち、『破邪の選定者ドラゴン』だけだからね。この世界に生きている者たちは――――『魔力まりょく』、または、『神聖力しんせいりょく』と呼んでいるよ」

「マーナガルム、ハティスコル、エンは。この世界で"神と呼ばれ――信仰"される存在。だから……、私に対して近いって言ったのね」

「ふぅ、ははははは」


 マーナガルムは突然、高笑いを始めたあと。


「理解が早くて助かるよ、摩志常ちゃん」


 と、いつもと違った落ち着いた口調で私に語り掛けてきた。

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