第二十一話

 私をお姫様抱っこをしている男に対して、マーナガルムは目くじらを立てながら叫んでいた。

 すると、ハッキリとした強い口調で、私をお姫様抱っこしている男は。


「マーナガルム様! あなたの今、座っている席を摩志常ましとこ様に譲るというお考えになれないのですか?」


 その言葉に、目くじらを立てていたマーナガルムは慌てて自分の座って椅子から飛び降り。


「摩志常ちゃんを座らせて」


 セガラと呼ばれる人物は私をマーナガルムの座っていた椅子に私を座らせてくれた。あ! ちょっと温かい、犬だからかな? と思いながら椅子に身体を預けるながら。


「ありがとう」

「女性を大事にすることは、男性しんしとしては当たり前のことですから」

「そうねぇー、女性を大事にできない男性はダメよね。やっぱり。レディーファーストを求めている訳ではないけど、弱者に対して的確な優しさを提供することのできる男性は。高評価よね!」


 私の最後のセリフと呆れた果てた視線という矢がマーナガルムの心に致命的なダメージを与えた。崩れ落ちるように両手と両膝を絨毯じゅうたんにつけ四つん這いになり、唇を噛み締めながら。ポタポタと涙を絨毯に染み込ませていた。

 恋愛ドラマとかでよく見るワンシーンなの……、だが……。目の前で本気で悔しそうに泣いている男性の姿を見た瞬間、私は冷静にドン引きした。

 厄介なこの状況を一旦リセットする必要がある。というか、このままの状況では話が進まない。


「うそ、うそ。冗談よ、マーナガルム! あ・り・が・と・う」


 私は最初の言葉の口調は少し挑発的な高めのトーンにし。最後の言葉は、一音、一音、ネットリとした甘ったるい声でささやく。そして、表情は紅潮こうちょうさせながら自分を求めいざなうよう熱い視線を贈る。

 マーナガルムは、今までの姿が嘘だと思わせる程に素早く、直立の姿勢をし。高級な服の袖で涙を拭い去ると。何事も無かったような、いつもの軽い感じの振る舞いに戻っていた。

 実際、涙は拭えていたけど……、目が充血したままだ……、とツッコミをしたいのだが。それをするとリセットボタンを押した、私の行動に意味がなくなってしまうので止めておくことにします。

 ママがおったら、"ツッコミ"どころがあったら! "ツッコまな"あかん! と。私がツッコまれているところです。

 おっと! ママの口調がうつってしもた。

 さすがは、二人で会話しているだけで、漫才が成立し。生まれたときから笑いに関して英才教育される出身者だけに笑いに関しては厳しかった。

 あかん! だんだん話の筋がそれてきてるわ!


 …………、…………。

 


 男性とは可愛い生き物だと再確認した。

 ママたちから男性の扱いの技術イロハはそれなりに仕込まれていましたが。これほどまでに素直な反応を返してくる男性は、前の世界でもあまりいませんでした。

 あれ? これだと私が男性にモテなかったような雰囲気が漂ってますが。決して男性にモテなかった訳ではありませんよ。顔などはそれなりにいい女だと言える分類に入っていると自負します。性格やその他、諸々もろもろの事情は別にしておいて。

 さらには中学三年に学年が上がってからは、胸の発育も順調でスタイルもよくなり、益々ますます、女としての魅力がアップしていきました!


 け・れ・ど・も!


 前の世界では私の近くにいる人たちは、男女問わずに、一癖も二癖もありながらもプラスあと一癖を加えた人物たちだったがためにその魅力を発揮しても効果がありませんでした。

 真面目な話、私よりも癖が強いからです。

 今でもありますが。劇場版で歴代のヒーローやヒロイン大集合といった感じの映画に出てくるキャラクターの一人だと思ってもらえれば、納得していただけるのではありませんでしょうか……。

 そんな環境で育ってきたので。実を言えば、女性扱いされることは関しては、悪い気はしません。

 マーナガルムが私に対する態度はとても新鮮フレッシュな気分を味あわせてくれています。が!

 何事にも際限さいげんはあります。

 マーナガルムは私の左側に膝を絨毯じゅうたんにつけながら。私の左手をサンドイッチの具のように自分の両掌りょうてのひらで挟み込みながら。緩急をつけな私の手の感触を堪能しながら。


「セガラは、ヒュペオトル王国の王様なんだよ!」


 と、いろいろと饒舌じょうぜつに。セガラのことやヒュペオトル王国ことなど説明してくれています。手はずーっと触りながらですけど。


 説明、云々うんぬんは別にして。

 私がされていることは完全にセクハラなのですが……、ここで手を払いのけると。また、マーナガルムが意気消沈いきしょうちんになり。先に進まないので、そのまま触らせておきます。

 私の場合は、"お触り厳禁"ではなく、"別料金発生"なので。あとが楽しみです。

 そんな取らぬ狸の皮算用どころか、本当にお金を取れない皮算用ができる程度に脳みその揺れは治まってきていたのですが。

 私の視界には、ぴょこ、ぴょこ、と動く二つの物体が見えています。

 子猫の愛らしさが滲み出ています。

 子猫の愛らしさと言いながらも、滲み出していた。という表現が合っていないは当然のことです。

 

 そうです……、私は……。


 ネコ派orイヌ派……。


 イノシシ派です!


「なんでやねん!」、とツッコミを入れてくれた方。ナイス、ツッコミです!

 私はネコ派でもなく、イヌ派でもありません。"うり坊"派! なのです。え!?  "うり坊"を知らない……。猪の子供のことを"うり坊"と呼びます。

 前の世界では、"うりうりうり坊"というキャラクターグッズにあいを注いでいました。そのキャラクターは、"うり坊"と食用の"マクワウリ"を合体させた。超、超、マイナーなキャラクターです。百パーセントと皆さん知らないキャラクターだと思います。

 ふっと思い出したのですが。

 この異世界に転移される日に、担当者に持ち込み可にした物一式とスピードクジで当てた特賞の特大、うりうりうり坊ぬいぐるみを背負って、転移担当者に会いにいったら。特大、うりうりうり坊ぬいぐるみは、没収されました。

 明らかに申告外の物を持ってきた私が悪いのですが。正直な話し、愛読書である女子高生JKシリーズやキャンプ用具やインスタント食品や衣服類などよりも。

 一番、異世界でも文明影響的に無害そうな特大ぬいぐるみがダメ! なのか? という疑問が今でも残っています。

 も、もしか、して……、この異世界には本当に。"うりうりうり坊"という生物が存在しているということの暗示なのでしょうか?

 と、ちょっと頭の中で遊んでしまいました。

 脳みそもいつもの通常に運転に戻ったようです。


 セガラのかたわらには、ふさふさの獣耳、少女が立っていました。

 輪郭は丸顔で愛らしい顔。年齢で言えば、十二歳から十五歳ぐらいの間ぐらい。しかし、目元はキツメに吊り上がっており。まさに、肉食系女子である。

 だが、容姿で一番、目立つのは、髪と体毛の色。

 それは、人の作り出せる色彩の域を超えた神だけが作り出せる! 美しい白銀色シルバーだった。容姿で、二番目に目立つのが、くるっと丸まった、細身のふさふさ尻尾しっぽ

 あとは、その白銀色シルバーの体毛が、身体の重要な部分を保護するように、生えていて。下半身は完全に、体毛に覆われていた状態で。上半身は、顔、首、腹、以外は全て下半身と同様に、体毛に覆われていた。

 

 …………、…………。


 私の頭と胴体を切断しようとした、あの獣耳ケモミミ少女であり。私を助けてくれた、獣耳少女だ。


「『プリシエ』、ご挨拶を」


 ごめんなさい、一つ項目を追加させてください。セガラの娘です。

 

「あのときは失礼いたしました。助けていただきありがとうございます」

「!?」


 私は驚きのあまりに目の瞳孔が大きく広がっていることを取り込む光量でハッキリと認識できた。

 それはセガラと同じように丁寧な挨拶言葉を口にし、片膝をつきこうべを垂れた姿を私が見ているからだ。

 初対面したときに、私の胴体から頭を切り離そうとした、娘と同一人物なのか? と思えるほどに対応が違っていたからだ。

 私自身がマーナガルム血液を摂取したことにより、この異世界の言葉を理解できるようになったのもあったが。言葉が理解できるようになったからといって。この少女が私に対して態度を変えることはなかっただろう。

 助け出した瞬間に問答無用に殺しに掛かってくる獣が易々やすやすと態度を変えるということは……、服従だ。

 破邪の選定者チャラ男、恐るべし。


「気にしないで、私も助けてもらったし。これで貸し借りなしね。それと私、堅苦しいの苦手なのよ。最初に遭ったときのような感じで接してもらってもいいかしら? 『プリシエ』」


 …………。


 これはあれだ。飼い主がイヌに食事を与えるときに、よく言うセリフの"まて! "と"よし! "の意味に捉えたのだろう。

 プリシエの二つのふさ、ふさ、の耳が勢いよく動き、満面の笑みを浮かべながら。猛烈な勢いで飛び掛ッて来た!

 ドン! という音のあとにゴン! という鈍い音。

 そして、ペロ、ペロ、とした粘着音。

 椅子ごと押し倒されたうえに、後頭部を強打し、馬乗りにされながら頬を舐められている。

 これだから動物は嫌いだ、違うな全て含め嫌いが正解か。


 私とプリシエの行為をニコニコと笑顔で鑑賞しながら。


「摩志常ちゃーん、ブトウカイするから明日! よろしくね!」


 と、言いながら。上機嫌にマーナガルムは、投げキッスをしやがった。


 しかし……。


 ま・さ・か……。


 ワ・タ・シの"聞き"間違いで……、"書き"間違いだったとは……。


 舞踏会ぶとうかいではなく、舞闘会ぶとうかいだった……とは……。

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