第二十話

 たたきつけるような物凄い威圧感の空間に、私は吸い込んだ息を吐き出すことができなかった。

 そんな気分が滅入るワタシ……。

 それには理由があった。それは凄い偉い人が自分よりも下の者と会うためだけに用意された場所。

 謁見えっけんの間……、にいるからだ。


 そ・し・て!


 私の存在していた前の世界でたまぁーに、テレビで放送される西洋の王族様が座るような椅子に、どう考えても不釣り合いな男が座っている。この違和感のハンパなさがなんとも言えない。

 その椅子に座っている男は、私がそんなことを思っていることなど頭の片隅にすら浮かんでいないだろう。座っている男の態度を一目見れば分かる。

 ニヤ、ニヤ、と私をいやらしい目つきで見ている。これが犬の姿なら可愛いのだが、いや何か違うな。さすがに二十メートルを超える大きさのサモエドにスマイルされていても、おどろおどろしさしか伝わらないか……。

 現時点では人間の姿なので変質者です。前の世界ならズボンのポケットから、サッとスマホを取り出し画面に表示されている。イチ、イチ、ゼロ、を押しているだろう。

 スマホはこの異世界に転移する前に解約したうえに、この異世界にはスマホは持ってきていません。異世界に転移する前に担当者に確認したところ。一応、私の住んでいた世界とは横繋がりな関係にあるらしいのですが、管理関係上、ダメ! とのこと。

 文明的な差が大きな干渉物は、その世界の文明に大きく影響を与えてしまうために持ち込み厳禁とのこと。

 先に言っておきますが。私の愛読書である女子高生JKシリーズやキャンプ用具やインスタント食品や衣服類も、持ち込み厳禁です。私がゴネて持ち込み可にさせました。

 だいたい、いくらなんでも本当に裸一貫はだかいっかんで、異世界に行って下さいってどうなのそれは? と担当者にいちゃもんをつけたからです。

 最後に私を転移させた担当者に、「自重して下さい」、と言われました。


 そんなことがあったなと思い出すぐらい、今の私は現実逃避しています。謁見の間に同席させられているのも、現実逃避させるには十分な理由なのですが。

 もう一つ理由があります。それは私が立っている位置がもっともその理由を大きく影響させています。

 マーナガルムの右側に、私は三馬鹿さんばか姉弟から渡されたドレスを着せられて立たされています。


 学校で授業中に先生が黒板に書いてある問題に対しての回答を求められ、立たされているのではありませんよ! 私の場合は、「先生、少し気分が悪いのですが……」と言って逃げます。病弱だったので。


 おっと、話を戻してと。


 マーナガルムの右側に立たされているだけで、十分な意味をたしています。

 さらに私の着せられているドレスには、私の地位を誇示する要素がふんだんに盛り込まれています。

 その意味は。

 私が、『破邪の選定者ドラゴン』の三馬鹿さんばか姉弟から気に入られているということの証明です。

 ドレスの純白が、『マーナガルム』を意味しており、真っ赤な靴が、『ハティスコル』を意味し。そして、腰の部分に付けられている大きな淡い緑のリボンが、『エンお姉さま!』を意味しています。

 汚い言葉で言えば、唾を付けられたのだ。いや、犬だけに舐められたと言った方がよかったかもしれない。違うな……、これは……、マーキングの方が正しいかもしれない。


 それと……。


 マーナガルムの前に立っている人物へ。

 私に対しての無礼は、三人の『破邪の選定者ドラゴン』に対しての無礼であるという警告の証でもあった。

 簡単に言えば、脅しだ。この者は特別な存在として扱えという。


 まぁ、いろいろと面倒くさい説明する手間が省けて、助かるのだが。

 正直なところ嬉しくない。虎の威を借る狐になるのは、私の性格上、好かない。というか! これだと、私が弱いみたい見られてるのが嫌なのが本音だ。


 マーナガルムの前に立っている人物は、私と視線を合わせると。

 平静な表情をしながらも、露骨に私に対して殺気を向けてきた。私は脊髄反射的に、猪みたいに突こんだ。


 パーンっと爽快な音が謁見の間に響き渡る。


 露骨に私に対して殺気を向けてきた人物は。顔面目掛けて私の渾身の一撃で繰り出した、右ストレートを左手一本で軽々と受け止めていた。


「…………、…………」


 無言なうえに舐め腐ったような瞳をワタシに向けてやがる。


「【火之夜藝ひのやぎ】」


 男は、私の拳を受け止めていた左手を素早く、手放し、後方に飛び退く。

 それは私の計算通り動きだった。私は男を追従した。


 …………。


 この絨毯じゅうたん、最高に寝心地いいわぁー。


「摩志常ちゃん……、だいじょうぶー?」


 私は、マーナガルムの声に、絨毯に倒れ込みながら手を振って返事した。

 はぁー、あのタイミングで……。あんなに綺麗にあごに、モロカウンターを入れられるとは思わなかったなぁー。この異世界での私の勝敗って、一勝、四敗、一引分か……。

 私って弱くない……。

 望んでこの異世界に転移して来たけど、思っていたよりも自分の実力がこの異世界では通用しない事実に少し凹んだ。

 前の世界では、「お前がこの世界に存在すると、次元が崩壊するから。異世界の関係者に頼んでお前を受け入れてもらことになったから」、と言われてこの異世界に来た。

 そもそも、前の世界では八百万やおよろずの神の頂点に立った私が……。あれか、荘子そうしさんの言葉、「井の中のかわず大海を知らず、されど空の蒼さを知る」が、どんぴしゃりだ。

 私がしみじみとその言葉の意味を深く感じていると。

 

 マーナガルムが大声で。


摩志常ましとこちゃーん! 早く立ってー、下着、丸見えだからー」


 という声援が飛ぶ!


 その言葉に、私は思いきり深い溜め息をつくのであった。

 マーナガルムのヤツ、私が倒れていることを先に心配するよりも、モロパン! になってることを先に言えよ! と思いながら。震える膝で無理やり立ち上がりながら、スカートのまくれてモロパンになっているスカートを直すと。


 目の前には、私に対してクロスカウンターを決めた人物が、ひざまずいてこうべを垂れ。


「ご無礼をお許しください、摩志常ましとこさま


 私は試されたらしい、薄々そんな気がしていた。

 だいたい殺気を出しておいて、殺せる状況になったのに殺さないという矛盾した行動が物語っていた。


「気にするな、『セガラ』よ。俺が頼んだのだから」


 結局のところ、このマーナガルムの仕業か。

 跪いて頭を垂れている。セガラと呼ばれる男から視線をマーナガルムに向けると。

 マーナガルムコイツは、椅子にふんぞり返って笑ってやがるし。

 私は腹立ち紛れにある言葉を呟いた。マーナガルムの耳朶じだにも、聞こえた筈だ。

 マーナガルムが苦悶の表情と数秒の静寂……が証拠だ。「あとで、もふもふ刑ですか。それは、なかなかに手厳しい」と、苦笑くしょうしながら口から言葉が漏れ出ていたし。

 このセガラも、可哀想に三馬鹿さんばか姉弟に巻き込まれている被害者の一人なのがよく分かった。


 …………、…………。


 私が立ち上がり、マーナガルムに向かって一歩足を踏み出した瞬間。

 何もないところで、つまづいた。

 ぁぁ……、また、絨毯に倒れ込んでいくぅー。

 今の私にバランスを崩した身体の支えるだけの力はない、正直なところ立つので精一杯だった。

 すると、私の身体は倒れ込んでいくのが止まりと同時に、フワッと浮く。

 こ、これは、女性が憧れるシチュエーションの一つ、お姫様抱っこを私はされている状態だ。


 し、かーしぃ!


 この女性の憧れる。いろいろなシチュエーションには、一つの共通点をクリアする必要がある。

 そ・れ・は、イケメンに限るだ……。

 厳つい顔のおっさんに、お姫様抱っこされても嬉しくない。それも、外国人トップクラスの筋肉隆々きんにくりゅうりゅうなボディビルダーのような肉体に抱かれるといのは、思いのほか悪くなかった。

 私は、大胸筋を人差し指でツン、ツン、とすると筋肉がそれに反発するように、心地よい弾力で弾き返してくる。そのまま、人差し指で大胸筋に沿って指先を滑らしと、着用している服の生地の感触も相俟あいまって。なかなかの刺激的な感触を私の指先が快感に変換して伝えてくる。

 今の状態を第三者が見たら……。

 確実に、私が野獣に連れ去られているようにしか見えないだろう。と言いたいが。違うな……。私が男性を誘惑しているように見えるかな。


「申し訳ありません、手加減ができなかったもので」


 私が大胸筋で遊んでいるのを意識しているのか? 少し声が上ずっていた。この厳つい顔してエム気質なのだろうか?

 私のエス気質が反応した。

 

「ちょっと……、感じてるのかしら?」

「いえ、そんなことはありません」

「あら? 私ってそんなに魅力ないのかしら?」

「…………、…………」


 厳つい顔が露骨に薄紅色に変わっていた。

 久しぶりの快味だ。

 血湧き肉躍るとはこのことだ。

 私もそれなりにおすの扱いに、なれている。大胸筋の中央に向けて人差し指の指先を滑らしながら、服の上から彼のニップルを探し出す。

 指先が少し引っ掛かりを捉える。

 ここからが腕の見せ所だ。男性だから乳首に対して刺激を与えたとしても、女性よりも性的な感覚が鈍いだけで。決して感じない訳ではない。

 特に鍛えている男性は胸などの部分などは一般男性よりも性感帯が発達しているので、それなりのテクニックを持ってすれば、男を満足させることができます。

 少し強めの刺激を与えて、徐々に刺激を弱めていく。ママたちいわらせ! 男は! という教えである。

 ドクン、ドクン、ドクン、と大胸筋が大きく動くのが目に見えて分かる。それに密着させている私の肉体を通して、体温も少しずつだが上昇しているのが伝わってくる。

 いい感じに男の肉体に悦びを与えることが、できているようです。

 あと、一息で昇天にさせることができるところで。横やりが飛んできました。


「ぎゃぁーーーーー!!!!! セガラ! なに、摩志常ちゃんをお姫様抱っこしてるーーーーー!!!!!! 俺もまだ、お姫様抱っこ! したことないんだぞーーーーー!!!!!」


 椅子から身を乗り出し、嫉妬に狂った女のようなに喚き散らしていた。マーナガルムでした。

 私は椅子から乗り出し、今にも私を奪還しようと考えているマーナガルムに、手をクイ、クイと小刻みに動かし。シッシッと追い払う仕草を、しました。

 犬耳がタレたシュンとした犬の姿が私には見えました。

 今はマーナガルムに興味はありません。

 今、私の好奇心は、お姫様抱っこしている男にありますから。

 白銀色シルバーの髪、あの娘の父親なのだとすぐに分かりました。


「あのの親ね。むすめさんに手加減って、言葉を覚えておくことをオススメするわ」

「それは、摩志常様も同じですよ」


 爽やかな笑顔でも言われても。鋭い牙が見えるから、喰われるむすめの気持ちだった。


「…………、…………。それもそうね」

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