第十八話

 三人プラス一人による喜劇が終了した。

 役者としてのハティスコルから、このレストランのオーナー兼シェフの顔に。

 黒い無地の敷かれた布のカートに銀のトレーに二本のワインボトルと裏返しにされた、二つのワイングラスが乗せられていた。


「僕が用意したワインを兄さんに、飲んでもらう予定だったんだけど。エン姉さんが新しく作ったワインの試飲をさせろって。それと摩志常ちゃんも、エン姉さん特製のブドウジュースの試飲をよろしくってさ」


 そう言いながらハティスコルは、犬のラベルが貼れているワインボトルのコルクを手慣れた手付きで、開けていく。その仕草が、めっちゃカッコイイ! のだ!


「なるほどねぇー、男ならこれを女の前でしたいのが分かるわ」

「ありがとう」

 

 爽やかな声で爽やかな返しを摩志常にしながら。

 マーナガルムの前に置かれた空のワイングラスに注ぎ込んでいく。

 摩志常は、ふっと疑問を感じた。

 高級レストランとかでは、ワインを注文すると。いろいろな手順をしてからグラスにワインを注ぐイメージが、摩志常にはあった。

 だが。

 そんなの関係なしに、グラスの七分目までワインが一気に注がれた。


「ねぇー、ねぇー、ハティスコル? ほら……、えーっとねー。ワインを注文すると! ワインを持ってきた人が、注文した相手に何か? させてなかったけ?」

「あー、テイスティングの事を言っているんだね、摩志常ちゃんは。まぁ、お客様に出すなら確認してもらう為に、テイスティングしてもらうけど。身内が作った物を身内に出すだけだからね、簡略化ってところだね」


 摩志常は、その言葉で納得した。

 確かに、身内が作った物を身内に出すのだから、型通りにする必要がない。

 例えるなら。自分の母親が作った、ご飯をいちいち味見の確認をしてから、食べる人はそうそういないからだ。


 マーナガルムのワイングラスに注ぎ終えると。

 もう一つのワインボトルにハティスコルは手に取りると。先程見せた、惚れ惚れする手付きでコルクを開ける。

 すると、なぜか? 開けたワインボトルのコルクの匂いを確かめるのだった。

 確認が終えると、摩志常の前に置かれたグラスに、七分目まで一気に注がれた。

 そのボトルのラベルの絵柄は、"子犬"だった。


「ハティスコル、私のボトルだけ……、どうして匂いを確認したの?」

 

 苦笑いをしながら。


「確認したんだよ、中身の入れ間違いをしていないかのね」


 その返答に、ハティスコルと同じ苦笑いを摩志常は……、した。


「それで、私のボトルのラベルが"子犬"なのか」

「そうだよ。"犬の絵柄が大人成人用"、アルコールが入っています! お酒ですって意味だね。そして、"子犬の絵柄は子供未成年用"、アルコールが入っていません! ジュースですって意味だね」


 なるほどねぇーっと頭を上下動かし納得した後。

 簡単な提案をハティスコルに投げた。


「でも、ラベルだけじゃなくて、ボトルの形も変えれば。入れ間違いも少なくなるんじゃないの?」

 

 摩志常に投げたボールが返される。


「僕も摩志常ちゃんと同じで。ラベルだけじゃなくて、ボトルの形も変えた方が、入れ間違いが少なくなっていいんじゃないかな? って提案したら。"じゃー、お前がヤれよ! " って逆ギレされてね……ぇ……」

「あなたも、なかなかに大変ね」


 その言葉に、笑顔を取り繕うハティスコルであった。


 そんな、ほのぼのとした会話をしている私達に、ギラッと光る視線が。

 今にもワイングラスを噛み砕く勢いで、飲み口に鋭い犬歯を当てながら。

 追加でギラッ、ギラッと目を光らせて、私達を恨めしそうに見ている。

 マーナガルムがいた。

 

 私は子犬を叱る様に。


「すねないの! マーナガルム!」

 

 私は、子供がお菓子売り場で、母親にお菓子を強請ねだり。母親という名の裁判官に、却下と判決が下された後。それを不服と言わんばかりに、その場に居座る子供に対して、最初に母親が打ち上がる花火の音程度の感覚で、注意したつもりだったのだが。

 

 しかし、マーナガルムは身体をビクッと動かし、硬直してしまっていた。

 その姿を見てた私は。どれだけ注意されるのよ、この人間? いや、犬はと思いながらも……。

 マーナガルムの反応に私は少しだが、共感できた。

 問答無用の鉄拳制裁で肉体的にダメージを与えてくる姉と、完全論破の論理思考で精神的にダメージを与えてくる弟の二人に……。

 私の二人の育て親にタイプがそっくりだったからだ。

 私も同じ様な叱られ方をしてきたので、マーナガルムのあの反応の仕方は分かる。

 ただし、私は殺られたら、殺り返すが基本! なのだ。

 私の場合は仕返しに、黒い色のカードで、高級腕時計を七本、買ってやった。七本、買ったのは毎日、違う時計をしたかっただけだった。そして、一千万円、近くの請求書が購入した翌月に、あの育て親に届くと思うと興奮したわ!

 でも、私に対して、育て親は何も言ってこなかったのだ。確かに請求書は届いている筈なのに……。

 私が、何かヘンだ思った時には……。

 まさに! 時すでに遅しだった。私が個人的に受けていた仕事の報酬用の隠し口座から、"三千万円"が、引き落とされているのを見て。私はこう思った……。

 これなら、自分のお金で買ったほうが安上がりにできたなぁーって。

 あれ、また。だんだん、話の方向が歪んできたわね。

 

 それより、今は、マーナガルムよね。

 シュンと怒られた後の犬の姿にしか見えない……。

 私は食事する場所では行儀よくないけど。マーナガルムの銀髪を優しく触った。

 マーナガルムは瞳をギュッと閉じた後、満面の笑みに変わった。

 相変わらずチャラいヤツだった。

 

 私のその行動を横で見ていたハティスコルは、私に向かって力強く片手でO.K.のサインと出していた。

 お前もマーナガルムの拗ねる原因の一つなんだから手伝えよと口から出かけたが、飲み込んだ。ここで、ハティスコルに話し掛けると……。また、マーナガルムが拗ねる気がしたからだ。

 女の勘だ。


 私はある程度、マーナガルム頭をナデナデしてやった。そして、席に座り直してから。本当に、無難な質問をマーナガルムにした。

 

「ワインの味はどうだったの?」


 ワイングラスの飲み口を噛んでいたのだから、グラスの中身はとっくに胃の中だ。胃の中に入っているという事は、ワインを味わった筈……。

 …………。いや、待てよ……。いくらなんでも、私とハティスコルの会話している事に対して嫉妬しながら、飲んだから、味が分からないというオチは流石にない、と思いたい……。


 マーナガルムは軽く咳払いをした後。見ているだけで、こっちが恥ずかしいくなるポージングをしながら。


「酸味が少なく飲みやすい口当たり、甘味が強いから女性に向いているね。男性は、甘さが強く感じられてしまうから、苦手な人が出てくるかもしれないね」

 

 お前は、テレビ番組でよく見る料理評論家か! とツッコミを入れたくなるのを我慢した私だったが。

 コメントの内容は的確で素晴らしかった。

 素晴らしいコメントした……、マーナガルムが悪いのだ。

 私の好奇心を刺激したそのコメントが……。


「この世界で飲酒基準年齢はあるの?」


 マーナガルムは、躊躇なく。


「十六歳から飲めるよー」


 私は心の中でガッツポーズする。前の世界では未成年だが! この世界では飲酒可能年齢に達しているのだから。

 何の問題もないのだ。


「マーナガルム、私にも飲ませて」


 摩志常は甘えた声で、マーナガルムの空になったグラスを自分に渡す様に、要望しながら身を乗り出す。

 スル、スルと、手がマーナガルムと摩志常を間を遮る。


「摩志常ちゃん、年齢を聞くって? 事は……。摩志常ちゃんの世界では、十六歳では飲酒できないみたいだね」

 

 ハティスコルが咎める。

 摩志常は、ぽっぺに空気を入れては膨らませると、すぐにそれをしぼませるを繰り返しながら。

 不服申し立ての申請するが。

 それは、首を横に振られ即日却下された。

 身を乗り出した、摩志常は席にゆっくりと戻っていく。

 目の前に出された、ブドウジュースを一気飲みした。やけ酒ならぬ、やけジュースだ。

 次の瞬間、ぷぅーふぁーと臭いおっさんセリフが出てくると思えば。


「美味しい! 葡萄ぶどうの甘みと渋みのバランスがいい。口に含んだ瞬間は、葡萄の甘みがしっかりと口の中をいっぱいにする。それを口の中から胃に流し込んだ後には、葡萄の渋みが口の中を、さっぱりとさせる」


 ミイラ取りがミイラになるとはこの事だ。こっちが恥ずかしいくなるポージングをしながら、摩志常は語っていた。

 このミイラ取りがミイラになった料理評論家の口を唸らせてみたい。とハティスコルは料理人のプライドを背負いながら、調理場キッチンへと姿を消していく。


「あれ、本気モードだよ。摩志常ちゃん」

「いいんじゃない。美味しい料理が食べられるんだから」


 そう二人は喋りながら、空のグラスに互いの腕を交差させながら、ワインとジュースを注ぐ。

 そして、グラスを宙に浮かせながら。


「「かんぱーい」」

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