第十七話

 中央に置かれたテーブルには、二人だけしか着席していなかった。

 マーナガルムと摩志常の二人である。

 マーナガルムとハティスコルの姉であるエンは、お持ち帰り不可のサインがでた後。散々、摩志常を可愛がり満足すると。配達が残っていると言って、去っていき。

 ハティスコルは、エンから食材を受け取ると、調理場キッチンへ姿を消した。

 

 ただ、着席している摩志常の髪が四方八方に飛び散っており。顔色も蒼白あおじろくなっていた。

 それは…………。

 二メートルプラス一メートルイコール高い高いに、気を失いかける程の横ジー高速スピンを加えた! ジェットコースター版、高い高いと名付けても問題がない代物に乗ったというよりも、無理矢理に乗せられたおかげだ。

 ボソッと摩志常が。


「スゴイワネ、エンお姉さまあの人……。いろいろな意味で……」

「ごめん、エン姉さんあの人……。加減を知らないから……」


 摩志常にマーナガルムは謝罪すると。


「誰か? お水を」


 キッチンに向かって、呼び掛ける。

 すぐにお持ちいたしますと、キッチンから返事が聞こえると。

 女性が白い無地の敷かれたカートに銀のトレーに裏返しにされた、透明なグラス二つと透明な水差しピッチャーを一つ乗せ姿を現す。


 その女性ウェイトレスを見た摩志常は、ボソッと。


「次は……。妹……、じゃ……、ないわよね……」

「……、……。だいじょうぶ、エン姉さんあの人で最後だから」


 そんな会話しているテーブルに、淡い青色の無地のシャツに黒のパンツ。そして、三匹の犬のアップリケが縫い付けられた、白色の腰下前掛けを着用したウェイトレスが近づいてくる。

 摩志常の目に留まった、三匹の犬のキュートなアップリケなのだが。それがなかなかに、興味をそそられた。

 三匹の犬のキュートなアップリケは。

 正面を向いてお座りしている巨大な犬の姿を正三角形の頂点の上に配置し。そこから正面右側に、太陽を追いかける犬の姿が配置されており。左側は右側に配置された犬の姿をそのまま二つ折りにすれば重なるように配置されているのだが……、追いかけているが太陽でなく月だったのだ。

 テーブルに水を運んできたウェイトレス女性に、摩志常は三匹の犬のアップリケが縫い付けられた、白色の腰下前掛けを指差しながら尋ねる。


「その可愛らしい、三匹の犬のアップリケはハティスコルが作った物なの?」


 その質問にウェイトレスは、笑顔で。


「このアップリケは、ハティスコル様で、なく。マーナガルム様が、お作りになられた物です」

「……、……。ありがとう。手を止めさせて、ごめんなさい」

「お気になさらず」

 

 ウェイトレスは摩志常と会話をしながらも、手際よく作業をし。二人の前に水の入ったグラスと水の入った水差しピッチャーをテーブルに置くと。

 軽く一礼をした後、「御用の際はお呼び下さい」と二人に声を掛けると。その場でクルッとカートと一緒に反転し、キッチンに戻っていった。


 グラスを手に取ると、水を一口、二口、と胃の中に流し込んでいく摩志常。

 蒼白あおじろくなっていた顔色が、しだいに赤みを取り戻し始める。

 グラスが空になるとピッチャーから水を注ぎ込み、胃の中にも水を注ぎ込む。

 胃も落ち着きを取り戻したのだろう。あと少しで口から胃液が出そうになっていた、摩志常の口から出てきたのは……。


「私をSD化えすでぃーかした、アップリケ作ってよ」

「えすでぃーか?」


 マーナガルムは、摩志常がウェイトレスにアップリケの質問をした時から現在に至るまでの間、顔を乙女の様に赤らめていた。

 そして、恥じらう乙女の口調で。


「えーっとね、可愛らしい私をもっと! かわいらしくした感じのデザインよ!」


 抽象的な説明に、マーナガルムは頭の中で摩志常を"かわいらしくした"感じのデザインをイメージした。

 しかし、なかなかに、摩志常を"かわいらしくした"イメージが浮かばなかった。

 それどこか……、イメージすれば、イメージする程。可愛さ余って憎さ百倍のイメージしか思い浮かばなかった。

 その長い沈黙する姿を見ている摩志常は。

 ぁー、絶対にコイツ、"可愛さ余って憎さ百倍"の私のイメージしか思い浮かべてなと、汚い言葉を使いながらも。母性本能をくすぐる頬笑みをしていた。

 そんな表情している摩志常に気づく事なく、マーナガルムは真剣に摩志常のSDえすでぃーかを悩んでいた。


 二人の座っているテーブルからテンション高めの声が聞こえてくる。


「その顔色だと。摩志常ちゃん、だいぶん体調が回復したみたいだね。伊達だてに"人外娘じんがいこ"を"名乗っている"だけの事はあるよ。普通の人間だったら、エン姉さんとの遊びは死を意味するからね」

 

 声の正体は一人しかいない。

 キッチンから姿を現したハティスコルだった。

 言葉とは裏腹に表情は、面白半分、心配半分といった、まさに半笑いだった。


 摩志常は。ふっ、と笑い声が出たが、顔は笑っていなかった。

 なんとなくだが……、ハティスコルの本性が、摩志常には見えてきた気がした。

 面白半分、心配半分といった、まさに半笑いの表情しているが。内心は、面白九割、心配一割が正解だ。まぁ、一割でも心配していくれているのだから、感謝すべきなのだろうけど。

 摩志常は認識を改める事にする。

 性格の悪さでは、ハティスコル>>>>>マーナガルム>エンに変更された。

 

 だいたい、"人外娘じんがいこ"って。それに一回も、自分で"名乗った"事はないし。

 私の知っている人外娘イコールモンスターむすめを意味していた。まぁ、確かに解釈次第で……、私もその分類でピンポンだ。

 しかし今は、私の分類が、人外娘じんがいこでいいのか? それとも……、モンスターむすめなのか? という議論はどうでもいい。

 今は大事なことはハティスコルが。目の前で自分のSD化えすでぃーかを真剣に悩んでいる男と、遊びで殺そうとする女の弟だという事を忘れてはいけないという、ただそれだけの事だ。

 そして、摩志常のハティスコルの認識の更新が終了すると。


 急にマーナガルムが勢いよく立ち上がった。その拍子に椅子も後方に勢いよく倒れた。

 その全ての勢いをそのままに、マーナガルムは。


「そっか! "人外娘じんがいこ"! 摩志常ちゃんの"SD化えすでぃーか”のイメージ基礎部分になる!」


 おそらくだが……。

 摩志常のSD化えすでぃーかを真剣に悩んでいたマーナガルムは、ハティスコルの"人外娘じんがいこ"という言葉ワードにヒントを得て、摩志常のSD化えすでぃーかのイメージが想像できたのだろう。

 

 急に立ち上がり、叫んだ後。マーナガルムは横にいるハティスコルの両手を取り強く握りしめながら。


「"人外娘じんがいこ"! という言葉は、摩志常ちゃんの核心を突いているぞ! ハティスコルおとうとよ!」

「兄さんも、分かってくれるかい!」


 アホ兄弟に摩志常の口からツッコミが発射された!


「さっさと! 飯、持ってこい!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る