第十五話

 マーナガルムから血液を摂取し終えたあと。

 摩志常が案内された部屋は、広すぎず、狭すぎず、まったりするには、丁度いい広さの部屋だった。

 その部屋の中央に一脚のテーブルと二脚の椅子が置かれていた。

 テーブルには清潔を意味する、白い無地のテーブルクロスが敷かれおり。

  どういうわけか? 椅子は木の色合いをあえて、艶消してアンティーク調にさせているにもかかわらず、金色の糸で縫われた座面。

 それが、無意識に中央に置かれたテーブルに、目を向けさせる。

 内装も豪華絢爛ごうかけんらんではなく、落ち着いた雰囲気になっていながら、要所、要所に美しい飾り付けがされている。

 その飾り付けも、派手なものではなく。あくまでも、食事をより美味しく楽しむ様に、考えられた飾り付けだった。

 そして、この部屋の落ち着いた雰囲気を演出している秘密が、足もとに。

 意図的に重厚な作りの絨毯じゅうたんを使用することで、安心感を訪れる者に対して生じさせる工夫がされていた。

 そんな、一つ、一つ、の計算された工夫が、この部屋を最高の空間へと創り上げていた。

 この部屋に案内されたときから、この空間演出した者の感性を高く評価していた。

 

 摩志常は無意識に。


「センスいいわねぇー。この部屋」


 この部屋をデザインした者に称賛の言葉を贈った。

 

 マーナガルムは、摩志常の称賛の言葉を耳にして、驚きの表情を一瞬見せたると。

 自分が褒められているとでもいう、感じの笑顔をしながら。


「この部屋のデザインは、ここのシェフが考えたんだよ」


 マーナガルムのその言葉で、摩志常は腹部を両手で擦りながら。

 

「出てくる料理が楽しみになってきたわ」

「それは、よかった」


 楽しそうに会話する二人の声が聞こえたのだろう。

 奥の調理場キッチンから一人の男性が姿を現わす。

 テーブルに敷かれていたテーブルクロスと同じ清潔を意味する、白い無地のコックコートに。白い無地のコックコートの色を補助する紺色の腰下前掛けを身に着けた。誰がどう見ても、料理人コックと呼ぶだろう。

 ――その男は。


「お待ちしておりました、摩志常ましとこ様。マーナガルム様、専属の料理人コックをしています、『ハティスコル』です」

 

 ハティスコルと名乗った料理人は挨拶と自己紹介を摩志常に終えると、二人に対して深く一礼をした。

 

 今の挨拶と自己紹介でハティスコルという人物の性格がよく理解できた。

 それは……。

 隣にいる男とは正反対の位置にいる人物であると。

 年齢は、マーナガルムより……、一つ、二つ、年下に感じられるが、落ち着き大人という意味ではマーナガルムよりも、確実に上だろう。

 顔立ちは、マーナガルムに見劣りしないぐらいに男前だった。

 大きく違いがあるとすれば、タイプの違いだろう。

 ハティスコルは、爽やか系なのだ。柴犬の赤毛の様な色素で柔らかい髪質でありながらも短髪にしている。料理人コックという職業から、衛生面も考慮しているのだろう。

 非の打ち所のない、いい男なのは確かなのだが…………。

 摩志常の女の勘が囁く。

 ハティスコルの何か? に引っ掛かりを感じて仕方ない、と。


 摩志常は、ハティスコルを隅々まで見る。合コンで女性が男性を品定めするときのよう、に。

 その挙動からハティスコルは、自分にナニか? 疑念を抱いていると安易に推測できた。

 女性の勘とは、なかなかに動物の勘よりも鋭いと改めて意識し。


「どうかされましたか?」


 爽やかなスマイルからの爽やかな声で、疑念を抱いている摩志常の意識の裏側に上手に入り込む。

 マーナガルムよりも、ハティスコルは、女性の扱いに手慣れていた。

 その声と表情に、女の勘がささやく、ハティスコルに対する。摩志常の疑念の意識が、少し薄らいだ。

 おまけに、空腹の摩志常の鼻腔に。彼が今までキッチンで調理していた為に、身体に纏わせた。芳醇な香りで、その疑念は瞬殺された。

 疑念が瞬殺された時点てから、脳は次の行動を摩志常にさせる。



 外面スイッチ、ON!



「失礼致しました、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。ハティスコル様。お初にお目にかかります。天之高神あめのたかかみ摩志常ましとこと申します。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 

 滑らかに動く口から、しっかりとした口調で、丁寧に挨拶をしたあと。

 摩志常は、ゆっくりと右手を腹部の前にもっていくと。同じ動きを左手にさせ、右手の前で重ねる。腰から頭まで一直線になるよう背筋を伸ばし、しとやかに深々と頭を下げる。


 その光景にマーナガルムは仰天し、口がアルファベットのオーの形になっていた。

 

 摩志常がした行動は、愛読書である。『J・Kシリーズ、誰でもできる! ビジネスマナー大辞典』に書いてあった事をそのまま行っただけである。

 所謂いわゆる、社交辞令というヤツだった。のだが……。

 マーナガルムが贈った黒のドレスに、摩志常の見栄えする顔立ちと抜群のスタイルが相乗効果を出し。さらに、摩志常のどこはかとなく、上品なたたずまいが加算された結果! いい意味で、あでやかな女性の姿を見せ、悪い意味で、妖美ようびな女性の姿を見せていた。


 摩志常のその姿に、どう対処していいのか? 混乱した結果が! マーナガルムの口のアルファベットのオーの形である。

 マーナガルムもいつまでも、口の形をオーにしている筈もなく。違う形のアルファベットへと口の形を変えていく。


「摩志常ちゃんって!? アホな子じゃなくて、ちゃんとできる子だったんだね」

 

 しとやかに深々と頭を下げる摩志常の頭が、じわじわと上げっていく。頭を下げる前の背筋を綺麗に伸ばした状態に戻ると。

 身体を微動だにせず、頭だけがホラー映画のワンシーンの如く、不気味にマーナガルムに向いていく。

 マーナガルムを見つめる摩志常の瞳は、深淵しんえんをしながら無表情で。


「何を仰っているのですか、マーナガルム様」


 その二人の会話コントを見ていたハティスコルが。

 

マーナガルム兄さんが、気に入るのが分かったよ」


 …………!

 その言葉を聞いた摩志常は。

 身体を微動だにせず、頭だけがホラー映画のワンシーンの如く、不気味にハティスコルに向いていく。

 ハティスコルを見つめる摩志常の瞳は、深淵しんえんをしながら無表情で。


「…………。に、にぃ……さん……」


 摩志常は、つい最近どこかで見た事のある仕草を、今、ハティスコルがしているの事に気づく。

 短い髪の間を指で掻き分け、頭皮を刺激している。その姿。


「どうだい? 摩志常ちゃん。僕も兄さんに負けず劣らずに男前でしょ」


 そして、どこかで聞いたセリフに、摩志常は。

 深淵の瞳をしながら、二匹のサモエドに口元を鋭角に尖らせながら、頬笑みを浮かべ。重厚な作りの絨毯じゅうたんに、指差しながら。

 摩志常は、天啓てんけいを下す。


「お・す・わ・り」、と!

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