第十四話

 時間の経過というのは、人が考えているよりも早く。そして、楽しい時間ほど、その早さは増していくものである。

 経過した時間を知らせる鐘の音が鳴る。

 マーナガルムと摩志常ましとこの居る部屋というよりは、特殊な空間と言った方がいい。

 そこに、丁度、ボーリングの玉と同じ大きさの水晶玉が、左右対称に一つずつ置かれてあった。

 その置かれている二つの水晶玉の右側の一つが輝き始めると。


「マーナガルム様、お食事の用意が整いました」


 その声に熱の入った語り口調で話聞かせてをしていた、マーナガルムは。

 はぁっ! と我に返るのだった。

 その表情に、飼い主に叱られたときに見せる、シュンとした反省した犬だった。


「摩志常、食事の用意ができたぞ」


 その単語に、摩志常は鋭く反応した。そして、摩志常の身体も、ぐぅーと音が鋭く響いた。


「それでは、私も準備をするかな。摩志常、少し離れてくれんか」


 素直に摩志常は、人をダメにするクッションから身体を起こすと。

 言われた通りに、マーナガルムから数メートルの距離をとった。

 マーナガルムの体長は二十メートルを超える巨体だ。近くにいれば、踏み潰されかねない。


 マーナガルムは、摩志常が十分の距離をとったのを確認すると。

 ゆっくりと、身体を起こすとグイッと背伸びをする。

 すると、全身の真っ白の毛が逆立つと、光り輝き出す。その光は少しずつ、人の形へと変化していく。

 そして、銀髪の三十代後半の伊達男だておとこが姿を現した。

 ぱっと見では、上流階級の貴族に見えるのだが――品がない。

 姿を現すなり、短い髪の間を指で掻き分け、頭皮を刺激しながら。


「どうだい? 摩志常ちゃん。男前だろう」


 摩志常が、胡乱うろんげな表情を浮かべながら。 

 マーナガルムに対して凝視しながら、異様は迫力を発しながら。


「猫被りじゃなくて、犬被り?」


 マーナガルムは、付き合っている女性から浮気をしているのでないか? と問いただされている男性の様に、身を強張らせた。

 摩志常の迫力に負けたというよりも、条件反射的な事なのだろう。

 マーナガルムは人の姿をしているときに、摩志常と同じ様な感じで問いただされている事が多々ある為だった。

 頭を左右に振った後、マーナガルムは。

 軽い口調で。


「だいたい、摩志常ちゃん。薄々、勘付いてたでしょー、俺のせ・い・か・く」


 胡乱げな表情からバレたかと、舌をチョロっと出したお茶目な顔をし。先程、発していた異様な迫力も消え失せていた。

 今でも念波みたいなもので、会話をしている摩志常だが。

 あの泉の中で、マーナガルムと会話をしていたときから、薄々、勘付いていた。

 マーナガルムは――チャラいと。

 そして、摩志常が異様は迫力を発していたのは。

 マーナガルムが思っていたよりも、男前だった事がちょっと腹立たしかったからである。

 そして、今は、自分のお腹を満たす事が最優先事項である。

 摩志常はいつもより、大人びた声音で。


「エスコートしてくれるかしら、マーナガルムさん」


 白く細長く美しい手をマーナガルムに差し出しながら、大人の女のみやびな表情を見せる。

 その摩志常の女の表情で、マーナガルムの口元が緩む。


「本当に……、いい女だねぇー。摩志常きみは」


 摩志常の差し出した、柔らかい手を取ろうとした。

 …………。

 何かを思い出した様に、その手を止め。


「そうそう、摩志常ちゃんに。この世界の言葉を理解できる様にしてあげようと思うんだよ、このままじゃ、不便そうだしねぇ。それに摩志常ちゃんは俺たち、破邪の選定者ドラゴンに近い存在だから、イケると思うんだ。ただし……、俺の血を飲んでもらう必要があるけど? どうする?」


 躊躇する事なく、摩志常は即答で!


「のーぷれ!」


 摩志常がマーナガルムのその申し出を断る事はない。

 実際、言葉が通じない為に、つい最近、大変な目に遭った。

 自業自得なの、だが……。

 

 答えを聞いたマーナガルムは、自分の指を爪で弾き傷付ける。

 指先の傷口部分から、じわり、じわり、と真っ赤な血が染み出す。

 摩志常は、舌を出しながら指先に顔を近づけていく。舌先が指先に触れた感触を脳に伝えると、舌先がマーナガルムの指の形にっていくと。

 追いかける様に、湿り気を帯びた唇が指先に触れる。すると、自動的に唇は上下に開き始め、口の中に指を飲み込んでいく。

 摩志常の味蕾みらいが、マーナガルムの血の味を感じると。口の中から大量の唾液が分泌され、口の中の摩擦係数を下げていく。

 その下げられた摩擦係数によって、指は簡単に口の奥へと挿入される。

 すると――より、血を摂取する為に。

 摩志常は、傷口に甘噛をし、開いた傷口に舌先で刺激を与えながら、ゆっくりと吸引していき。マーナガルムの指から血を搾り、体内に流し込んでいく。

 ある程度の血液が摂取できたと、摩志常の身体が判断すると。

 咥えこんだ指を口から引き抜き始め、口から指が全て姿を現すと。


「マーナガルムの血……、甘い。糖尿病に注意が必要かも」

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