第八話

 街道を二頭引きの馬車と複数の馬に騎乗した護衛の者が、ゆっくりと遊覧する速度でを道を進んでいた。

 馬車は派手さはないが、重厚感があるにも関わらず、丁寧で綺麗な細工が施されいる為か、威圧感をあまり感じさせないデザインになっていたが。威圧感とは違う意味で近寄り難い雰囲気が出ていた。

 それは、神社や教会などの場所で感じる、おごそかで神聖な雰囲気に近いものだった。

 その馬車を取り囲むのは、一糸乱れぬ統制とうせいされた動きを見せる、八名の美しい女騎士おんなきし達だった。

 まず、御者台ぎょしゃだいに二名、馬車の前方に二名、馬車の左右を挟む様に一名ずつ、そして殿しんがりとして、前方と同じ様に二名が配置されていた。

 女騎士達の統制された動きと同じで、装いも統制されていた。

 プレートアーマー、ガントレット、ブーツ、長剣ロングソード、と重装備ではなく、移動速度を考慮した軽装備でありながらも、護衛任務をしゅとしている為、小型の盾バックラーを装備している。それと、女性の華やかさを忘れない為に、リボンのお守りアミュレットを頭部につけている。

 そして、女騎士達の部隊の象徴である紋章エンブレムが、小型の盾バックラーに施されていた。

 それは、太陽の光を背に受ける騎士の姿だった。


 女騎士達が護衛している馬車の中では、一人の少女と一人の女性が向かい合って座っていた。


 進行方向に向かって座っているのは、少女だった。

 年齢は、十六歳前後、摩志常ましとこに近い。

 容姿は異世界ファンタジーのお姫様と言えば。そう……、金髪碧眼きんぱつへきがんで、高飛車、美少女がデフォルト設定であるが……。

 現実はそうではなかった。デフォルト設定なのは、金髪と美少女だけだった。瞳はダークカラーで、自己主張が苦手な、おしとやかな巫女みこ様だったのだ。

 彼女が着用している衣服は、教会のシスター服に似ているが、デザインが全く異なっていた。真っ白な純白のドレスに、金の刺繍が施されている。

 教会のシスターのつつましさを求めるのでなく。巫女という存在を誇示こじする、派手な作りなっていた。


 進行方向に背を向けて座っている女性は、馬車を護衛する女騎士達と基本的な部分は、同じ格好をしている。

 違いがあるとすれば、金の刺繍が入った白いマントを羽織っている事と、リボンのお守りアミュレットの代わりに、中央に白い宝石が埋め込まれたサークレットを頭部につけている事と。それと……、外の護衛している女騎士達よりも、一回り年齢が上な事だろう。

 顔立ちは、それなりに年齢を重ねた事により、妖艶な大人の女性の色香を漂わせていた。

 それに加えて、腰まで伸びた長い黒髪が、より一層、落ち着いた女性を演出させていた。

 

 巫女の少女は、服をパタパタと遊ばせながら、興味本位で向かい合っている女性に問いかけた。


「テュールは知っていますか? この頃、とても凶悪な女性の野党が出没するという噂を」


 巫女の少女に問いかけられた、テュールは。呆れた表情をした後。


「……、……。存じ上げております。しかし、どこで、その噂を……。ルーシュ様」

「あのね、それわね。御側付おそばづきから話を聞いたのよ」


 テュールは眉間にできたシワを押さえながら、大きくて深いため息をついた。

 その姿を見ていた、ルーシュは。


「テュール、あまり眉間にシワを作ると、見た目の老けが早くなるそうですよ」


 ルーシュに向かって、テュールは身体を近づけると。ルーシュの両頬を力いっぱい、横に引っ張るのだった。


「ご、ごめんーーーにゃーーーさーーーぃ」


 巫女様ルーシュ・ジオ女騎士テュール・ヴォルケンの楽しい、ひと時は、閉幕へいまくを迎えるのだった。


 そして、新たな物語へと開幕かいまくする。


 一定の速度で走っていた馬車が、徐々に、その速度を落としていくと。

 馬車の扉がノックされる。

 テュールは小窓を開けると。馬車の右側を護衛している女騎士が馬から身を乗り出しながら、小窓に近づき。


「例の者かと……」

「分かりました、停止を……。あと、手筈てはず通りに行動を。例の者の相手は、私、一人で。あとは、八名、全員で巫女ルーシュ様の護衛を」

「了解しました」


 テュールと女騎士の会話が終わると。

 馬車はゆっくりと速度を落としていき、停止した。


 馬車の行く手を遮る様に、うつ伏せに倒れている女性の姿があった。

 倒れている女性の姿は、腰まで伸びたキューティクルが完全に失われたパサパサの黒髪に、学校指定のスポーツジャージを着ており、右下の腰の部分のネームタグには。

 『天之高神あめのたかかみ』とマジックで書かれていた。


 馬車からテュールが扉を開けて、地面に右足を触れた瞬間。

 馬車の行く先に倒れていた女性が、むくりと立ち上がりながらジャージに付着した砂をはたき落としながら。


「ジョーカーを引いちゃった」


 そう呟きながら、見せる摩志常ましとこの表情は、まさにババ抜きゲームをしていて、ババを引いた時に見せてしまう。独特の何とも言えない表情をしていた。


 テュールが馬車を降り、起き上がる女性の姿を見る。

 女とは噂で聞いていたが……。まさか、少女とは。それも、ルーシュ様と同じぐらいの年齢……。

 テュールは少し複雑な表情をした後。目を一旦閉じ、じわりと目を開けた時には、獲物を狩る鋭い目に変わっていた。

 テュールは少女に向かって、一歩、一歩、地面を踏みしめながら近づく。

 テュールが、前方の二名の女騎士の近くを通り過ぎる時に。


「貴方達、もう少し後ろに下がりなさい。そして、いつでも、この場からルーシュ様を連れて逃げる準備をしておきなさい」

「分かりました、テュール様。ご武運ぶうんを!」

 

 テュールは、その言葉に対して、優しい笑顔で答えるのであった。

 二人の女騎士が下がったのを確認すると。

 テュールは少女に対して問いかけた。


「あなたが、噂の女、野党なのですか?」

「…………」


 テュールは、その問いに対して、少女が沈黙と同時に見せる困った表情が見て取れた。

 この少女……、もしかして……。言葉が通じていない?

 テュールは、再度、確認する。


「あなたが、噂の女、野党なのですか?」

「…………、…………」


 再度、同じ問いに対しても。少女は先程と同じで、沈黙と困った表情をした。


 その瞬間、テュールの表情が一瞬、曇る。

 テュールの心の中では、言葉が通じてほしいかった。それは、この少女との戦闘は絶対に避けたかったからだ。

 言葉が通じるなら、交渉をして戦闘を避けるという手段が行えた。テュールにとっては金品など、どうでもよかったからだ。

 最優先すべき事は、馬車の中の巫女ルーシュ様の身の安全のみ。

 この状況で、戦闘が開始されれば守るべき者を護るどころか、巻き込む事になるからだった。

 テュールにとって……、少女は……、手加減できる相手でなかったからだ。

 それ程の実力が少女にはあった。

 

 そして……。

 

 この状況を心思わしくない人物が、もう一人いた。

 

 それは、学校指定のスポーツジャージを身に纏い、腰まで伸びたパサパサの黒髪を靡かせ、目の前に対峙しいる女性の言葉が理解できないでいる。摩志常だった。


 最悪だ……、ジョーカーよ、ジョーカー。

 調子乗って、高級な感じの馬車を狙ったのが運の尽きだったわね。

 失敗したわ……。

 まさか、あんな、面倒臭そうなヤツが乗ってるとは……、思ってもみなかったわ。

 失敗したわ……。

 言葉が通じたら、ごめんないって言って、退散したいんだけど。何か言った方が、ややこしそうな感じになりそうだし。

 こうなれば、戦闘のどさくさに紛れて、逃げちゃおう。 


 摩志常は、対峙している女性の正面に身体をもっていき、呼吸を整え始める。

 それに、反応する様に、テュールも鞘から剣を抜くと。バックラーを前に突きだしながら、少し半身の体勢に構える。

 

 向かい合い、対峙している、二人の間に、渦を巻く様に徐々に大気が吸い込まれていく。

 摩志常が息を止めた瞬間に、二人の姿が消える。

 そして、四度の大気を斬り裂く音がした後。

 二人は互いに背を向け合い、対峙していた位置を入れ替わる様に、姿を現した。


 姿を現した、摩志常の身体には――三箇所の傷口が開いていた。

 右腕、左首筋、そして、左太もも。

 そして、同じ様に姿を現したテュールは――左頬の一部の肉がえぐり取られていた。


 スピードでは、テュールに分があり。パワーでは、摩志常に分があった。

 

 二人は、同時に振り返ると。


「――バゲモノね……」

「――ジョーカーだわ……」

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