第七話

 百見は一見にしかずよね! そう心の中で言いながらも。摩志常ましとこの顔は思いきり、強張っていた。

 黒い布が掛かった、鉄製の檻から臭いってくる獣臭が。摩志常には嫌な臭いで仕方ないからだ。

 この死体の死臭が充満するこの場所で、それだけの臭気を放っている。

 黒い布が掛かった、鉄製の檻の中身にだ。


「絶対にハズレくじ」


 だるそうに背中を丸めながら、黒い布が掛かった鉄製の檻に近づくと。

 手品師がよく見せる、テーブルクロス引きの様に、黒い布を取り除く。


 体を丸めた少女が横たわっていた。

 その少女を見た、摩志常の第一声は。


「肉食で……、人食、可のタイプか……」


 ある意味でハズレくじで、私の感ではアタリくじ、なんちゃって……。

 私、思ってるよりも、動揺してるわね。

 しかし、流石は異世界……、ファンタジー……、だわぁー。

 あれ……? 前にも同じセリフを言った様な気が……するわ……。


 摩志常の前に横たわっている少女が人間の少女なら。摩志常は、ここまで動揺する事はなかっただろう。


 目を凝らしながら、じーっと少女の顔の両側に付属している、ふさふさを見つめる摩志常だった。

 うわぁー。本当マジ獣耳ケモミミだ。

 少女の顔についている耳は、動物の耳だったのだ。丸みのある形、動物で例えるなら豹の耳の形によく似ていた。

 時折、ふさふさの獣耳が、ピク、ピク、とキュートな動きを見せる。

 摩志常は、体を丸めている少女の顔を見る為に、ふさふさの獣耳少女の顔を覗き込み。

 ふさふさの獣耳、少女の顔は。輪郭は丸顔で、子猫の様な愛らしさがある。年齢で言えば、十二歳から十五歳ぐらいの間だろう。

 しかし、目元はキツメに吊り上がっていた。まさに、肉食系女子である。

 だが、容姿で一番、目立つのは、髪と体毛の色。それは、人の作り出せる色彩の域を超えていた。

 神だけが創り出せる、美しい白銀色シルバーだった。

 容姿で、二番目に目立つのが、くるっと丸まった、細身のふさふさ尻尾である。

 あとは、その白銀色シルバーの体毛が、身体の重要な部分を保護する様に、生えているという事だろう。

 下半身は完全に、体毛に覆われている。上半身は、顔、首、腹、以外は、全て下半身と同様に、体毛に覆われいた。

 

 摩志常は、ショーケースの前で、品定めする勢いで。その、獣耳少女を物色していた。

 隅々の隅々まで、獣耳少女の全てを見た。摩志常の口元は、緩んでおり。若干の唾液が緩んだ口元から漏れそうになっていた。

 じゅる、っと音を出しながら、唾液を口の中に戻し、ごっくんと唾液を喉の奥に流し込むと。


「パッと見は、超派手な中学生かな。でも……、肉体は……、中学生レベルってレヴェルじゃないわね。完全に超一流のアスリートの肉体と……、言いたいけど……。やっぱり、別格よね……。筋肉の質、どう見せて人間の筋細胞じゃ、こんな筋肉の付き方しないしね」 


 無意識の心の声が口に出ていた。摩志常だった。


 さてと、今回は、特別に捨て猫を保護するとしますか。

 摩志常は、捨て犬だろうが捨て猫であろうが、それが雨にズブ濡れになって様が、完全に無視して素通りする人間である。


 少女は体を丸めたまま動かない、死んでいるというわけではない。獣の耳も動いていたし、少女の腹部はゆっくとだが、膨らんだり凹んだりしている。死んでいるというよりも、冬眠に近い状態だった。

 

 摩志常は、鉄製の檻に触れた瞬間!


「ビリっときたー」

 

 摩志常が、鉄製の檻に触れた瞬間、青白く発光したのだ。


 うぇへー。何? トラップのおまけ付き。

 本当に、ハズレくじで、アタリくじで、おまけくじ、だったとは……。

 どうしたもんかな? 私の身体で痛みを感じる強さの電流かぁー。普通の人間なら即死レベルの強さって事になるなぁー。

 解除したいんだけど。この感じのタイプのトラップってゲームで例えるなら、敵を倒して、何か解除するアイテムを入手するタイプよね絶対に。

 でも、野党達、逃亡してるから一緒に解除アイテムも逃亡してるだろうし。

 それに、これだけ厳重に封印されている代物ケモ耳少女を潔く捨てていくって事は……。

 この獣耳少女が、危険人物。あれ? 危険動物? まぁ、どちらにしろ、ろくな代物ケモ耳少女じゃないのは確かね。

 でも、これを片付けないと、私、住めないしね。


 では、始めますか。大掃除。

 

 摩志常は、左手の指先を全てピーンと伸ばし、手刀を形作ると。地面に向けて深く突き刺す。


 都市伝説レベルと思うけど、やらないよりは、いいよね。

 これで、アースとしての機能が発揮される、とは思わないけど。

 そもそも、人間の身体って不純物の集合体だから、一定方向に電流が流れるのかな? やっておきながら、無理な気がしてきたわ。

 これ……。

 そう言いながら、摩志常の右手は赤々と溶鉱炉に匹敵する高熱を宿す。

 高熱を宿した右手で、鉄製の檻の格子の下部の付け根部分を握り込む。


「あ! ちょっとましかも。あれかな、家にあった低周波マッサージ機、ぐらいの強さになってる」


 身体に電流を走らせた状態で、摩志常は、鉄格子を握る。

 数秒もしないうちに、鉄格子の握られた部分が真っ赤に染まりながら、アイスクリームが溶ける様に握られた部分が溶けていった。

 摩志常は、その作業を繰り返しながら、自分がちょうど出入りに必要な分だけの鉄格子を取り除き終え。

 そして、檻の中に身体を入れようとした時だった。

 

 摩志常の左首筋に――熱い痛みが走った。


「殺処分、決定ね。バカ猫!」


 摩志常はそう言いながら身体を反転させ、睨みつけるポージングを獣耳少女に見せた。

 

 睨みつけるというポージングをしたのには意味があった。

 それは、摩志常が今している、姿にあった。

 左首筋を左掌ひだりてのひらでキツく押さえている姿。そして、掌の隙間から、なく、流れる血液。

 摩志常の生存本能が最優先で、止血する事を選択したからだ。

 止血にはそれなりの時間が必要になる。だからこそ、相手にこれ以上、攻撃させない、牽制の意味も含めた威圧的な態度をする必要があった。

 

 摩志常の牽制の意味を込めた、睨みつけは。獣耳少女には関係なかったようだった。

 毛繕いしながら、そのキャットアイで摩志常を睨み返しながら。陽気な声で。


「ちぃ、首、切り落とせなかったよ」


 やはり、摩志常には、この獣耳少女が何を言っているのか? 分からなかったが。

 敵である事だけは、完全に理解できた。


 あのバカ猫の爪! どんな切れ味してんのよ。私の皮膚を斬り裂くって、伝説の武器なの? 魔王を倒す為に勇者が手に入れる、あの伝説の武器なの?

 心の声で文句を言っている、摩志常だったが。押さえている左掌からは、生暖かい液体が絶え間なく溢れ出していた。

 そんな事を考えている場合じゃないわね、血が止まらないわ……。この血の量から太い血管にまで、深く斬り裂かれてるわね。

 思っていた以上に自分の身体に受けた損傷に、焦りを感じながらも。

 

 しかし、あのバカ猫やってくれるわ。という喜びも感じていた。

 

 赤い蒸気が摩志常の左首筋から立ち上がり始める。

 摩志常は、左首筋の出血をしている部分を、火之夜藝ひのやぎで焼いて止血をしていた――焼灼止血しょうしゃくしけつ法。

 一般的に推奨される、止血方法ではない。


 血と肉の焼ける臭いが洞窟内に充満していくと。


 獣耳少女は何かを必死に抑え込む為に、大声で摩志常に罵声ばせいを浴びせるだす。


「くさい、クサイ、臭、いんだよ!」 


 獣耳少女は、その言葉を懺悔をする様に、何度も、何度も、繰り返し。大声で摩志常に浴びせかける。


 罵声を浴びている摩志常だが、やはり、言葉が分からないでいた。分かる事と言えば、猫耳少女が怖気づき始めたという事だ。

 

 摩志常は、空いている右手で。獣耳少女の地面を指差しながら。


「あなたこそ、ここにマーキングして、どうするつもり、なの?」


 獣耳少女も摩志常の言葉は理解できていない。ただ、摩志常が動かした指先を無意識に追いかけただけだ。その追いかけた視線の先の地面に水溜りができていたるなんて知らなかった。

 さらに、その水溜りの正体が。

 自分の股間から漏れ出した、自分の尿だった事など。

 獣耳少女は、未知なる恐怖のあまり、失禁をしてしまっていたのだ。

 その失禁した姿を自分で見た獣耳少女は、静かに自分を取り戻していく。

 自分が大声を出していた意味。それは……、未知の恐怖に負けない為の対抗手段だった事に。

 でも、その未知の恐怖に、負けてしまった。ただそれだけの事だ、自分は生きている。


 獣耳少女は、咄嗟とっさに周囲を確認すると。

 洞窟の上部、目掛けて、力いっぱい飛び蹴りを入れた。

 その衝撃を物語る様に、洞窟内に大きな地鳴りが響き渡り、蹴りを入れた場所が落石を始めた。

 落石のどさくさに紛れて、獣耳少女は、驚くべき速度で洞窟の出口に向かって走って行く。


 それから数秒も経たないうちに、もう一度大きな衝撃が、洞窟内に響き渡るのだった。


 摩志常は、地面に向かい、四つん這いのポーズをしながら。


「人の家、壊しすぎでしょ。私一人で、これ片付けないといけないのか…………」

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