第十一話

 私の帰宅時の「ただいまーーーーー」という挨拶が聞こえたのだろう。

 リビングのドアが勝手に開いていきます。ポルターガイスト現象ではありませんよ。

 ママが私の帰りを出迎えてくれた。

 私と同じ漆塗うるしぬりのようなつやのある黒髪ロングヘアーを、ゆっくりと髪をかき上げると。同じ性別からも見惚れてしまう東洋の神秘という言葉は、この女性のため生まれたのではないかと言えてしまう。

 顔立ちは西洋美人と違い、無表情な造形された日本人形の独特の美しさ。その日本人形に魂が宿り、約三十数年の時間が経ち、その年月で培われて大人の女性の色香を匂わせていた。

 その美しい造形の日本人形の口の端が一瞬、少し吊り上がったように見えたあと。


「おかえりなさい」


 と、耳元でささやかれているのではないかと思える程のママの声は優しくんでいた。

 薄気味悪い、私の背中に寒気おかんが走る。

 男ならこれでイチコロだろう。


「う、うん。ただいまぁー」


 私はママに返事をし。

 玄関に足を踏み入れた瞬間だった。

 私の身体が金縛りにあったように動かなくなり、玄関に入ることができなかった。


「まぁーちゃん! バカだ、バカだと思っていたけど……。本当に、まぁーちゃん馬鹿ばかだわぁー」


 ママはその場で床に座込みながら、床をドン、ドンと叩きながらバカ笑いとしています。


 …………、…………。


 私の身体が金縛りにあったのは、錯覚ではなかったのです。

 "特大うりうりうり坊"を背負っているのことを忘れて玄関に入ろうとして。"特大うりうりうり坊"のサイズが、玄関ドアよりも大きかったために引っ掛かり。その滑稽こっけいな私の姿を見て、ママはバカ笑いしているのです。

 私の背中に寒気が走って、ママの声を聞いて薄気味悪さを感じたのは。ママは私が特大うりうりうり坊を背負っている姿を見て、私が必ず玄関の入り口で引っ掛かると分かっていて、遊ばれたました。

 これが真実です。

 私のママ、『天之高神あめのたかかみ茉莉花まりか』の真実の姿です。


 …………、…………。


 お風呂場の脱衣所で私は服を脱いでいます。

 一枚、一枚、服を脱いでいき、脱衣カゴに入れていきます。

 あれ? 有名な怪談話に似てるような……気が……。

 あれだ! "番町皿屋敷ばんちょうさらやしきのおきくさん"だ。

 確か……、お菊さんが奉公ほうこうしていた。お屋敷の御主人が大事にしていたお皿を割ってしまい。御主人が怒って、お菊さんを追い詰め、死なせる話だ。

 どうしてそんな話を思い出したかと言うと。

 脱衣カゴに入っているハイブランドの服イコール三百万円を想い出せているからだと。来月の私宛の請求書に記入されている数字です。三が一つとぜろつです。

 正直な話、脱衣カゴの中に入っているこの服を着ている状態で汚されたら、"マジギレ"している自分の姿が容易に想像できたからかもしれません。

 たぶんそれで、お屋敷の御主人が怒った気持ちを共感してしまったのかもしれません。でも、皿一枚の代わりに、お菊さんの中指を切り落とし、一室に監禁するというのは。ちょっと、どうなのかな? と思います。

 頭のネジが一本どころか? 数本抜けている気がします。と頭の中で考えていると、私の場合は燃やしているなと考えてしまいました。

 頭のネジが抜けている本数が一本だろうが、数本抜けていようが。ワタシの場合はそもそもネジが取り付けられていません。

 完全な欠陥品ですね。


 そんな欠陥品の私ですが。脱衣場に取り付けられている姿見すがたみには、美少女の裸体が映っています。

 顔はママに似ているのでそれなりに、整った顔をしていると自負じふしています。

 肉体的な部分は、"異能者のランクはB"なのに、"胸のランクはA"です。この結果の意味が、ちょっと分かりません。

 ママたちの"異能者のランクはS"なのに、"胸のランクは、CとD"です。この結果の意味が、ちょっと分かりません。

 ママたちいわく、揉め! 揉んで"刺激を与えろ"とのこと。

 試した結果……、ちょっと変な気分になりました。

 今年から中学一年生になりました、十四歳です。違いますね、計算を間違えました、十二歳になります。

 胸はツルペタですが、身体のラインは官能的よ! って、ママたちによく言われます。とくに、下、天然だしねとのこと。

 姿見に映っている状態で、その場でクルッと一回りしましたが。今ひとつママたちの言っている意味が理解できません。

 じーっと姿見を凝視していたら急に思い出しました。

 一週間前、パッツン前髪にされていたことを。


「まぁーぼう、前髪もう少し短くした方がいいんちゃうか? 私が切ったるわ!」と、言って。一般家庭で使用されているハサミで切られました。

 それもハサミを縦方向に入れずに、そのまま真横にハサミを入れられ、パッツンです。


「ドンマイ、や!」


 大人なのだからそこは、謝罪の言葉がほしかった。それに、「ドンマイ、や!」って言う立場は逆だ! とノリツッコミを返そうかと思いましたが。

 よくよく考えると……、ママの「ドンマイや!」の意味は正解です。

 「don’t mind」の意味は、「気にしないで」、ではなく、「気にしていません」、または、「気にしません」、です。

 ママが私にした行為に対して、まさに! "気にしていません"、または、"気にしません"。まさに大正解!

 

 思い出してきたら急激に疲労が……。

 早く疲れた身体を癒やさなければ。


 …………、…………。


 私は湯船に左手を入れて、湯船に張ってある。ぬるま湯を【火之夜藝ひのやぎ】を使用してかき混ぜています。

 焦る気持ちを落ち着かせながら、ゆっくりとゆっくりとです。火之夜藝ひのやぎの最大火力は摂氏、三千度です。調整に失敗すれば、水蒸気爆発です!

 私の身体は急激に冷え始めているからです。

 シャワーで身体の汚れを洗い流し、湯船に足を入れた瞬間でした……、ぬるま湯……、でした。追い焚き機能を使用すればいいのですが、光熱費を抑えるために頑張ります。

 美味しくなーれ、美味しくなーれの要領で、温かくなーれ、温かくなーれと心を込めています。


「ぐぅがぁーーーーー」


 私は今日の疲れが、口から出てしまいました。

 まさに、汚れた魂が浄化されいきます。あるアニメキャラクターがお風呂に浸かりながら、「歌はいいねぇー」と言ってのも頷けます。

 私は、暗躍あんやくしませんよ。脳筋キャラですので。

 ぐっーっと音が、湯船中から私の腹部と鼓膜こまくを振動させます。


 お風呂場から出てくると、とてもいい香りが私の鼻腔びこうを刺激し、そして食欲をそそられます。

 こ、この香りは、大肉盛り弁当の香りです。

 私の身体は勝手に引き寄せられて行きます。船を沈めてしまうセイレーンの歌声を聞いたように。

 

 食卓テーブルの椅子いすにちょこんとパジャマ姿で座っている私の前には、温められた"大肉盛り弁当"と"お豆腐とワカメのお味噌汁"。そして、"温かい麦茶"が用意されています。

 反対側の席には、ニコニコと微笑ほほえんでいる茉莉花まりかママが座っています。

 私は愛されている。


 私は両手を合わせ。


「いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」


 私はお箸を持ち、タレが掛かっている分厚い肉の塊を口の中に投げ込む。

 口の中に肉汁とその肉汁を引き立たせる甘辛いタレが絶妙なハーモーニーを奏でる。そして、白米を口に含むとより、その味を際立きわだたせた。

 米と肉の相性、さ・い・こーーーーーう!!!!!!

 口の中が肉汁と甘辛いタレで満たされ始める。そこで、すかさず、お豆腐とワカメのお味噌汁を口に流し込む。

 肉汁と甘辛いタレが、口のなから綺麗に洗い流され。その代わりに、口の中に鰹の出汁だしとお味噌の優しい味が口いっぱいに広がりながら、喉を通り、胃の中を温めてくれる。お豆腐を口の中に入れると、歯に触れた瞬間に砕け、大豆の味と香りが。次にワカメのぬるっとした感触を楽しむ。

 また、肉汁と甘辛いタレ、そして、白米、そして、お味噌汁を繰り返す。

 まさに、私は祝福されていると実感できる。食べることのできる祝福を!


 すると、茉莉花ママがのんびりとした口調で。


「まぁーちゃん、今回の仕事頑張ったみたいだから、報酬金額は依頼料の三十パーセントにしておくね」


 私は、茉莉花ママの発言を聞いたとき。繰り返していた動きが止まった。

 そして、唖然あぜんとしたいる私の表情を見ると。


「なんです? 不満でもあるのですか?」


 微笑を浮かべている。

 この笑みは本気の笑みだ。


「ありがたく! ちょうだいいたします!」


 私は頭を浮かぶかとその場で下げた。


「よろしい。思っていたよりも、厄介な相手だったみたいだし。今回は臨時ボーナス加算ということで」

「やっぱり、分かっちゃう?」

「まぁーちゃんが服を着替えて帰ってる相手って、そうそういないでしょ」

「まぁー……、そうだけど……」


 私を見つめている茉莉花ママの眉間みけんしわがより始め。口元がわずかに痙攣すると。


「で! あの服の代金いくら?」


 あの真剣な表情から出てくるセリフではない。娘の心配をするよりも、あの服の代金の方が気になっていたらしい。

 茉莉花ママだ。


「私の服一式の代金が百八十万円で、クライアントの黒服さん四人分のスーツの代金が百二十万円。計、三百万円です」


 食卓テーブルを手で、バシ、バシ、と叩きながら。


「新社長に、まんまとやられたわねぇー。まぁーちゃん」

「茉莉花ママ! 宇迦之うかのの社長、代わっていたの知ってたの!?」

奈義なぎ社長。違うわね、今は会長か。息子をよろしくお願いしますって連絡があったもの」

「わ、わた」


 茉莉花ママは、自分の唇に人差し指を当て私の言葉をさえぎると。


「ご祝儀、ご祝儀。この業界は持ちつ持たれつだから。それに、いろいろ話せたんじゃない。新社長と」


 この業界で仕事をしていくには、信頼関係は必須ひっすだ。

 茉莉花ママは、ママなりのやり方で。新社長、美智春みちはるさんと私の信頼関係を築かせたかったのだろう。

 これは茉莉花ママなりの私に対する優しさの一つなのかもしれない。


「で? どうだった、新社長?」

「この業界せかいでもやっていけるかな。営業マンとしては、奈義なぎ社長よりも上かも」

「それはよかった」


 その言葉を口にした、茉莉花ママの表情は少し安心したという表情をしていた。

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