第十話

 深夜四時、違うな、早朝四時だ。

 今日はもう学校を休むことにする。一応、学校には"病弱"という設定にしてもらっているので、休んでも問題ない。

 背中がぬくい。後ろから誰かに抱きしめられるようだ。実際は抱きしめられているのではなく、無理やり私の背中に抱きつかされていると言った方がいい。

 今、私の背中に抱きつかされているのは、私の身長と変わらない。"特大うりうりうり坊"のぬいぐるみだ。

 一番くじの特賞です。

 さとるさんは私に気遣って、「他の景品と一緒に家に自動車で運んであげるよ」と、言ってくれましたが。どうしても、この"特大うりうりうり坊"のぬいぐるみだけは自分で持って帰りたかったのです。

 私の今日の仕事の疲れを癒やすためには、この特大ぬいぐるみは必須なのです。

 

 え? どうやって、ぬいぐるみを身体に抱きつかせているかというと。

 まず、私がぬいぐるみを背負います。そして、ビニール紐を使って、私の身体とぬいぐるみを悟さんに頼んで固定してもらいました。子どものおんぶ紐の要領です。

 その状態で、前カゴにお弁当とラムレーズンアイスが入ったビニール袋を入れ。自転車に跨ぎ、自転車で家に向かって走っている最中です。

 五分も自転車を走らせていると、建ち並ぶ雑居ざっきょビルの一つの前で私は止まった。

 

 私の家に到着です。


 古くもなく新しくもない、一般的によく見る雑居ビルです。

 ちょっと作りが特殊な感じもするのですが。ママたちの説明にはラブホ、ラブホよ! とのこと。

 入り口が地下にしかないのです。

 なんでも、クライアントの守秘義務しゅひぎむを考慮すると、これが一番ベストな手段らしいです。まぁ、一階に入り口があったら確かに車から降りて、入る必要があるために顔を見られたりするのでにかなっていると思います。仕事の内容が内容なだけに。

 地下一階の広さは、ママたちの車とお客様用の駐車スペースが二台分と一般的な大きさのバイクが二台程度置けるスペースの広さです。

 私はバイクが二台程度置けるスペースに自転車を停め、一応チェーンを後輪して前カゴからビニール袋を取り出し。

 そして、一台だけ用意されているエレベーターに向かいます。

 私はエレベーターの上向きの矢印のボタンを押します。今、現在、エレベーターは二階に止まっているようです。

 エレベーターが現在どの場所にあるかを知らせる表示ランプが一階に灯り。そして、B1に表示ランプが灯って数秒後、エレベーターの扉が左右に同じスピードで開いていく。

 私は、普段どおりに前向きでエレベーターに乗った。


 …………。


 そして、ゆっくりとエレベーターを乗り込んだ態勢で、一旦降りた。


 ……………………。


 背中に特大ぬいぐるみを背負っているのをすっかり忘れていた。普段どおりに乗り込んで、エレベーターの中で反転してボタンを押すという動作ができなかった。

 ルーチンワークも、善し悪しだなぁー。

 自動車のバック駐車のように首を後方に向けるのだが、特大ぬいぐるみというだけのことはある。後方の視界はぬいぐるみによって確認できない。

 そうだ! ママが車を駐車するとき、窓から首を出して後方確認していることを思い出した。

 思い出したのは、駐車場に駐車されているママたちの車が、嫌でも目に止まるからです。

 

 どちらも、カラーリングが奇抜きばつすぎるうえに、特徴的なデザインをした自動車だからです。

 

 普通の自動車を一回りコンパクトにした車で、カラーリングはメタリックシルバーです。目立って仕方ないし。正直、この車も私はあまり乗りたくありません。

 この車の助手席に乗ると。ママはいつも"人馬一体"をコンセプトにした、ワインディングロードを駆けるためだけに生まれた車なのよ! といいながら峠を疾走します。

 荷物を入れる部分の上にウィングと呼ばれる物が取り付けられており、後輪にトラクションを掛けるために取り付けていると言っていました。

 私にはその意味があまり理解できません。

 大人なのだから、そろそろ落ち着いてほしいところです。

 たしか……、車種名は、"ロードなんちゃら"って車です。

 

 そして、メタリックシルバーの隣に駐車されている車は、普通の自動車よりも一回りサイズアップした大きな車です。車のカラーリングは、メタリックゴールドです。色も目立つうえに、デカイからより目立ちます。正直、この車も私はあまり乗りたくありません。

 この車の助手席に乗ると。ママはいつも"サーキットで勝つ"ために生まれ、そして公道最速の車なのよ! といいながら首都高を爆走します。

 このは、車重が弱点なのよと説明され。軽量化? のために、ボディーの一部パーツをドライカーボン製に交換しようかしらとか言っています。

 私にはその意味があまり理解できません。

 大人なのだから、そろそろ落ち着いてほしいところです。

 えーっと、車種名は、"ジーティーなんちゃら"って車です。


 私は身体を自動車の窓から頭を出すように、身体を傾けながら開いているエレベーターに向かってバックして行きます。

 いい感じでバックできている気がします!


 ゴン!


 という鈍い音が地下駐車場に響く。

 

 人身事故発生です!


 私は身体を傾けながら開いているエレベーターに向かって、バックしていたのは、よかったのですが。私の身体が傾いているということは、特大ぬいぐるみも私と一緒に傾いているということを頭の中で意識していなかった。

 私は頭の中の意識は、この特大ぬいぐるみを自分の部屋に置き、もふもふして、今日の疲れを癒やすということだけが、頭の中を駆け巡っていたからだ。

 私の身体を傾けている右側後方の視界は良好だったのですが、左側後方は全然確認していなかったのです。そのため、ぬいぐるみのお尻がエレベーターの正面から見て開いているドアの右側の角。ちょうど、バック状態だと左側後方になります。

 ぬいぐるみのお尻がその角にぶっかった反動で、私は前方に押し出されてしまい。バック状態なので右側のエレベーターの角に頭部が直撃したのです。

 

 今、現在、私は頭部を両手で押さえながら、しゃがみ込んでいます……。

 

 声には出しませんが……。

 ――痛いです!

 

 え!? 仕事のときに地面に叩きつけられても、平気そうだったのに。何を"いまさら"と思っている人もいると思いますが!

 私も人間です! 

 戦闘時のように意識している場合は、異能の力が発動されているため。肉体的なダメージの軽減されたり、受けなかったりします。

 ほとんどの人が勘違いしているのですが。

 異能者が常に異能の力を発動しているわけではありません。必要なときに必要な分をだけを使います。無限にエネルギーがあるのならいいのですが、そんなに都合よくありません。それこそ、常に異能の力を発動させ、エネルギーを消費していると。"いざ"、と言うときに異能の力を使うことができませんから。

 ママたちの自動車の話をしていたので、自動車で例えることにします。

 自動車のエンジンを掛けた状態で走らずに、ずーっとそのままにしていてもガソリンは減っていきますよね。それと同じです。

 走ってガソリンが減るならまだしも、走らずにガソリンを減らしていたら勿体ないだけです。だから、今の車にはアイドリングストップという機能が付いていますよね。

 それと同じで、私たち異能者も異能の力は、基本停止状態、もしくはアイドリングストップ状態にしているため。私が頭をぶつけて痛がっている意味が理解していただけると思います。

 エスランクのママたちも、テーブルの脚に足の小指をぶつけて、倒れていることもありますし。紙で指先なども切ったりしますよ。

 異能の力以外は、普通の人間とあまり変わりませんよ……、た、たぶんです……、けど……。 


 え! アイドリングストップは思っているよりも、燃費に関係ないとか。エンジンを再始動するときの方が、ガソリンを大量に消費するからアイドリング状態の方がいいとかのツッコミは、なしです。

 私は、そんなに車に詳しいわけではありません。

 ママたちがそんなことを言っていたのを聞いて話しているだけですから。


 エレベーターの角に頭をぶつけた痛みは徐々に和らいできた。

 押さえている手のひらで触れた感覚で、たんこぶらしきものはできていない。手のひらに温かい液体も感じないから、頭皮を切っている様子もない。

 気を取り直して、エレベーターに再度、乗ります。

 サラリーマンの方々に頭が下がります。


 私はエレベーターの扉が開くと同時に押し出され、"歌舞伎かぶきの飛び六方ろっぽう"のように一つのドアに向かって歩を進めます。

 そのドアの横には、名前が刻まれたプレートが貼られています。

 『摩志常ましとこ』、これは私のことです。そして、私の名前が刻まれた上に、『天之高神あめのたかかみ茉莉花まりか』と、刻まれています。私のママの名前です。そして、私の名前が刻まれている下にも名前が刻まれています。『蘆屋あしやひめ』と、刻まれています。名字は違いますが、私のママです。


 ……………………。 

 

 皆さん、一瞬。複雑な家庭環境だと思ったでしょうけど。そんに複雑じゃないですよ! 皆さんが思っているよりも……。


 私はドアの取っ手を持ち下に力を入れ、ドアを引きながら。


「ただいまーーーーーぁーーーーー」

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