第五話

 私のブーツには、血がへばり付く、肉片がへばり付くで、緊急事態発生中だ! あとは、大量の血溜まりができてるぐらいかな。

 このブーツで歩いてる姿を見られたらお巡りさんに職務質問されること間違いなしだ。あ! でも、中学生が深夜に徘徊していることの方が先になるか。

 それにしても踏んづけたのは、間違いだったな……。

 でも、先にコイツの方が私の頭を踏んづけようとしたのだから。仕返しのつもりが大惨事になってしまった。

 

 私が踏んだ位置も悪かった……な……。


 額の位置を踏んだのが失敗だ。

 頭蓋骨が砕け散り、脳みそらしきモノが周辺に散らばるし。その踏んだ勢いで両目がポンと飛び出し、コロ、コロ、と。どっかに転がって行ってしまうし。

 中途半端は位置で踏みつけたから、眼球から下は綺麗に残っているので。逆に気持ち悪い。これなら、しっかりと顔の中央を踏みつけて綺麗に粉々にすればよかったかもしれない。

 

 反省。

 

 一応、死体と言えど。ヤナシタさん、ごめんなさい! と両手を合わせておいた。

 これで許してくれると思う、おそらくだが。というか、ヤナシタさん一月前に死んでるんだから私が殺したというよりも。ただ、死体を損壊しただけ。

 私のした行為は罪にならないと思いたいのだが……。死体損壊したいそんかい遺棄罪いきざいが法律上存在しており。私の行為はそれに適応される。

 まぁ、これは非日常の出来事で、日常の出来事とは違うのだ。だから私は無罪放免になるのだ。

 このヤナシタさんの死体処理は、クライアント側に任せておけば問題ないしね。

 何はさておき、これでお仕事は終了と。

 ゲロ塗れで失神している。男たち四人を起こして、クライアントから依頼料を受け取って家に帰るとしますか。


 私は、ヤナシタと呼ばれていた人物を見下しながら。

 自分の命と家族の命を奪える度胸があるのなら、復讐相手の命を自らの手で奪えばよかったのにと思った。

 そうすれば、確実に復讐できていただろうに。

 その後、報復で殺されようが、刑罰で死刑が言い渡されようが、自殺しようが。

 そのときには、自らの手で確実に、復讐は果たされた後なのだから。意味のある命の使い方をしたことになる。

 本当に、ヤナシタという人物は、命の大切さを分かっていない人物だと心の底から私は哀れんだ。


 そう思いながら、私はゲロ塗れの男たちに歩み寄って行く。正直な話、近寄り難い……。


 私が一歩、一歩、前進して行くと。


「クソ、小娘がーーーーー!!!!!」


 と罵倒された。


 振り返った私の視界には、脳みそが空の筋肉ダルマが仁王立ちしていた。

 中途半端に踏んづけたおかげで、罵倒された。しっかりと、頭全て粉々にしとけばよかったと。再度、後悔した。


「はい、はい。クソ、小娘ですが? 問題でも」


 私のかったるいさを前面に出した返答に。

 

 脳みそが空の筋肉ダルマは身体が怒りに震えているが見てとれた。肥大した筋肉の血管が異常なまでに浮き上がっていた、今にも血管が切れて血が噴出してもおかしくないぐらいだ。

 いっそう、血管が切れて出血死してくれると。こちらはとても助かるのだが……。そんなに上手くことが運ぶことはない。

 やっぱし、中身を引っ張り出して、殺るしかないか。


 私は、両腕をだらんと垂らしながら、軽くステップを踏む始める。

 その私の姿を見た、脳みそが空の筋肉ダルマは、怒りをますます高まってきているのを肌で感じることができる。

 普通なら顔を真っ赤にして怒りを表現しているところだが……。頭部が半分が欠損しているうえに、死体だ顔色が変わることはない。

 私はそれでもリズミカルにステップを踏む。

 面白いことに、脳みそが空の筋肉ダルマは、それなりに学習したのだろう。怒りを冷静にコントロールしていた。

 つい先ほどのように、力任せに私をその豪腕で殴ってくることはしなかった。

 それは、彼にとって合気道という"未知の武術"に翻弄され、憑依しているヤナシタの肉体に大きなダメージを受けてしまった。

 大失態を繰り返さないという意志の表れなのかもしれない。


 私は敵ながらも彼を高く評価した。


 それは私が、二つの言葉を座右の銘にしているからだ。

 一つは、"中立"。そして……、もう一つは、"矛盾"である。

 座右の銘の中立としの私は、彼の行動を本当に高く評価できる。実際、部下として欲しいぐらいだ。私の知っているヤツらのほとんどは、怒り任せに自爆するからである。

 世間一般によく言われる、死亡フラグを自ら勝手に立てていく。

 もう、一つの矛盾という座右の銘からは、どんなに高く評価できたとしても"敵"であることには変わりないからだ。

 今は、"矛盾"を選択する。


 私は半身の姿勢を左右交互に入れかえながら軽やかにステップして、脳みそが空の筋肉ダルマに近づいて行く。

 脳みそが空の筋肉ダルマは軽やかにステップをしている私のか弱い細い足に、ローキックをしてきた瞬間に合わせて、私の右足のブーツの底が脳みそが空の筋肉ダルマの蹴り脚が伸びきる前の膝を受け止めながら。その勢いを利用して私は宙に浮きながら、左足の回し蹴りを首の根元に叩き込む。

 

 グッチャという音が工場のコンクリート壁の方から聞こえてくる。


 首の一部を残し頭部は綺麗サッパリ、ヤナシタの肉体から消え失せ。消え失せた頭部はコンクリートの壁に衝突して、元が人の頭部だったのか分からない状態になっていた。

 私は地面に降り立つと。再度、軽やかなバックステップをしながら、ヤナシタとの間合いをはかる。


「クソ、小娘がーーーーー!!!!!」


 本日、二度目の罵倒だ。

 

 違いがあるとすれば、一回目はヤナシタの声帯でだ。二回目はヤナシタに取り憑いているモノの声だった。

 声のトーンが高すぎるのか、一回目のセリフのときよりも。二回目の方が小悪党こあくとうが叫んでいるようにしか聞こえなかった。

 見た目の第一印象も大事だけど、声の印象も大事だなっと思ってしまったために。私の口から……。


「急に雑魚っぽく、なっちゃったわねぇー。あなた!」


 その言葉を聞いた瞬間!

 意味の分からない叫び声を上げながら、私に突進してくる。

 残念だ。最後の最後で、強者に一番必要なことを放棄してしまったのだ。

 それは私の知っているヤツらと同じ、怒り任せの自爆。世間一般によく言われる、死亡フラグを立ててしまった。

 

 私を捕まえようと太い両腕が左右から襲いかかってくるが、私の身体は小さいうえにスピードは完全に私の方が速い。

 太い両腕を掻い潜りかいくぐり。私は作業着の胸元を両手で掴み自分に向かって引っ張ると同時に、ムキムキになった腹部の鳩尾みぞおち右膝みぎひざを打ち込む。

 グッと身体が前屈みになる。

 その体勢の崩れたタイミングで地面に滑り込むようにしゃがみ込み、その場で独楽こまのように回転して両脚を払うと。

 ヤナシタの身体は少し浮き、そのまま地面に対して横に倒れる。

 私はすぐに倒れたヤナシタの右足を膝の部分を踏みつけ破壊した。足の部位破壊は基本である。

 悲鳴は全然聞こえない。死体をいくら攻撃しても、憑依しているモノにはダメージを与えることはできない。

 私の異能の力がショボいと言うか、不便なために。

 まず相手を動けなくする必要がある。それに憑依しているモノから、いろいろ聞きたいこともあるしね。

 次は左足を踏みつけようとしたとき、その左足で私に足払いをしてきた。

 私は、後ろにピョンと軽くジャンプしてそれをかわした。


 しかし、人が四足歩行の体勢をすると不気味さが半端なく上昇する。

 同じ、四足歩行の赤ちゃんのハイ、ハイの可愛らしさが微塵も感じられない。

 どっからどう見ても。某、ホラーアクションゲームのラスボスにしか見えない……。


「その首、引きちぎってやるー!」


 いや……。あんたの方が私の蹴りで、首、引きちぎられてるんですど。と言ってしまいそうになるのを飲み込んだ。

 四足歩行ではなく、実のところ三足歩行で。私に向かって駆けてるく。右足は私が破壊したので動かない状態だ、地面に右足の引きずった跡を残しながら。

 勢いよく飛びかかってくる。

 私は勢いよく頭を掴まれ、地面に後頭部が叩きつけられる。これが噂の壁ドンなのか? 違うな地面にドンだ!


「うぎゃあぁぁぁぁぁーーーーー!!!!!」


 その叫び声には、動揺と恐怖と苦痛。そして……、死が混じり合っていた。


 私を押し倒した、筋肉ダルマの肉体が真っ赤な炎に包まれていた。


「あつい、アツイ、熱い! どうしてだ! どうしてだーーーーー!!!!!」


 叫びながら焼け焦げる皮膚を掻きむしりながら剥がしていく。それでも、炎は止めどなく肉体に纏わりつきながら、肉体を焼け焦がしていく。

 筋肉ダルマは、最後地面に肉体を擦り合わせるようにしながら、炎を消火させようと、もがき苦しみ暴れる。

 しかし、筋肉が焼け凝縮していくために、少しずつ動き鈍くなり、最後は肉体が縮こまり動かなくなった。


「人の焼ける臭いは……、慣れないわねぇー……」


 これが私の異能の力、【火之夜藝ひのやぎ】だ。

 私は両掌りょうてのひらに、最大、摂氏せっし三千度までの高熱を宿すことができる。

 凄い! それがそうでもない。

 超能力の一つで、炎を発生させることのできる能力者を『パイロキネシス』と呼ぶ。異能の力としては同種だが……。

 私の場合は、掌の皮膚に接触して初めてその効果が発揮される。

 パイロキネシスのように、自分が定めた目標物に対して発火をさせたり。炎の塊を創って投げるたりできないのだ。

 遠距離攻撃ができないうえに、近距離攻撃するにも相手に接触する必要があるので。超超接近戦をしないといけない悲しき異能の力なのだ……。

 

 え? それなら最初から高熱を掌に宿して触ればいいのでは? と思うだろう。

 それができれば苦労しない。

 私も何度か試したが、掌の皮膚が何かに触れてない状態で意識しても高熱が宿ることはなかったのだ。実際問題、掌の皮膚は常に大気中に含まれている物質に触れているのだからできそうな気もするのだが……。できないのだ……。

 でも、水は可能だった。そのためにお風呂沸かすのに、ガスが必要ないという家庭の経済にとっては、この異能の力は高評価を獲得している。

 おそらく、自分の意識の中で大気中に含まれる物質に触れている感覚がないからだと思っている。それが今のところ、私が試行錯誤しこうさくごして辿り着いた結果だった。

 

 そのために、相手の動きを止める必要性が出てくる。まぁ、思ったよりもタフだったから、カウンター狙いで故意に私はあえて倒され。掌を筋肉ダルマの腹部に触れたという訳だ。

 補足としてなのだが。私の火之夜藝ひのやぎは、"浄化"の能力も備わっているので。魑魅魍魎ちみもうりょうとかのたぐいや悪霊、悪魔や幽霊などに、ダメージを与えることができます。

 これができないと。"特殊案件とくしゅあんけん"及び"異特殊案件いとくしゅあんけん"のお仕事はできません。

 だって、掌に高熱を宿して触れたら燃やせますって異能者だったら。最悪ただの放火魔か殺人犯でしかない。

 まぁ、手品師や奇術師とかで生計を立てていくにしても、燃やすことしかできないのでアウトかな……。

 

 私はそんなことを考えながら。背中に付着した土を落とすために服を脱ごうとしたとき。

 

「惜しかったな、お嬢さん」


 私に雑魚が話しかけてきた。

 その雑魚の声が聞こえてくる方向に視線をやると。

 ゲロ塗れになっている男たち四人の頭上に、黒いもやが見えていた。


 はぁー。まだ、仕事終わっていなかったみたいだ……。

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