第四話

 ヤナシタは、微笑みながら私に向かって走ってくる。正しいく言えば、ヤナシタとう人物の肉体に取り憑いているモノがだ。

 怖いもの知らずと言ったところだろう。

 実際、一トン近い工作機械を蹴り飛ばした、私に向かって無防備に飛び込んで来ることは、普通の人間なら絶対にしない。

 私に蹴られた瞬間に肉体は粉々になることはないと思うが、生きていないだろう。


 ヤナシタが私の前蹴りが届く範囲に、飛び込んで来たタイミングで牽制の前蹴りをヤナシタの肉体にくり出した。


 しまった!


 前蹴りは、ヤナシタのクロスした両腕に受け止められてしまった。

 嫌な予感が……。


「お嬢さん、ダメだよ!」


 落ち着いた低い声で私は注意された、次の瞬間!

 ヤナシタの姿が、私の視界からスーッと消えると。

 私、穴の空いた工場の天井を見ていた。すると、作業靴の底が私の視界に入ってくる。

 仰向けに倒れた状態からとっさに両手を地面につけて、勢いよく! 後転した。


 頭があった位置に、窪みができていた。


「お嬢さん、いまの動きは合格だよ!」


 "コイツ"、人間の肉体の能力を限界まで引き出しているうえに、"コイツ自身の異能"の力も、こちらの世界でも完全に使えている。

 死んだ者の肉体を一カ月以上、腐食させない状態で保っていたのだから。それなりに力があると判断していたが……、判断を誤ったかもしれない。


 雑な攻撃をしては、ダメだ。


 私は、ふぅーと息を口から吐き出し、ゆっくりと鼻から新鮮な空気を肺に入れると。


 身体を半身にし。


 剣道の構えで例えるなら"中段の構え"、に近い。ただ、私は竹刀、木刀、刀、などの武器は持っていない。

 代わりに、私の右手と左手の肘を軽く曲げた状態にし、正中線をイメージしながら身体の前に置いた。


 私が構えると、ヤナシタは目を細める。そして先程見せていた、微笑みは消え。


「遊びはお終いだ」


 工場内に残っている複数の工具類が、私に向かって飛んで来る。

 それを身体の前にある両手で迎撃する!

 複数の工具が同時に向かって来ているが、飛んでくる工具の位置はバラバラだ、その時間差を利用する。

 

 最初に飛んできたのは、よく自動車工場とかで見かける銀色の工具だった。それを私は左手の甲で優しく触れ、飛んできている軌道を変える。

 そして、次に飛んできている工具、これは私でも知っているプラスドライバーと呼ばれている工具だ。それを右手の甲で飛んできている軌道を変える。

 右手の甲で軌道を変えた工具と左手の甲で軌道を変えたプラスドライバーは、別方向から飛んできている工具にぶつかり合う。すると、ぶつかり合った工具は次々と別の工具に当たる。


 私の周辺には飛んできた、全ての工具は地面に落ち散らばっていた。


「遊びはお終いにしましょう」


 と嫌味ったらしく言ってやると。


 ヤナシタの顔は険しい表情をした。

 ざまぁー見ろだ。

 私が本気を出せばこんなもんよ!


「やるねぇー。お嬢さん、聞いたとおりだよ」

「誰さんから聞いたのかしら」


 私が問い詰めると。


 ヤナシタの肉体が赤紫色に変色し始め、肉体からは、異臭が漂いだした。


 まぁ、とりあえず臭いとしか表現できなかった。私にとってこの臭いは嗅ぎ慣れているために、生臭いとか、あ! これ腐ってるとか程度でしかない。人の慣れとは恐ろしいものである。

 ……、……。でも、私の後ろで気絶寸前の彼らにとっては違ったらしい、耐え切れない臭いだったみたいだ。男、四人、地面に向かって胃を空にする勢いで、中身を撒き散らしていた。


 彼らも玄人くろうとだ。いろいろな臭いを嗅いできたと思う。


 血の臭い、腐乱した人の臭い、焼けた人の臭いなど、あらゆる死臭を嗅ぎ慣れている。そんな人間でも、この臭いには耐えなれなかったみたいだ。

 正確に言えば、臭いで彼らは嘔吐している訳ではではない。これは彼らの生存本能が危機的状況を本人たちに知らせているだけなのだ。


 実際、異臭と言っても死臭に比べれば、たかが知れてる。


 正直な話、子供のときからいろいろな死に立ち会ってきた、私でも死臭は苦手だ。死臭に関して言えば、警察関係者や医療関係者や死に関する仕事をしている人。そして彼らのような裏家業の人間たちの方が慣れているだろう。


 彼らが嗅いだのは"異臭"という名の"死"の臭いを嗅いだ結果なのだ。


 死というのは人にとって絶対的恐怖であると同時に絶対的安堵でもある。いや、違うな"全ての生命"にとってだ。

 そして、死はいろいろな"手段"で感じることができる。

 視覚だったり、聴覚だったり、触覚だったり、味覚だったり、嗅覚だったり。


 五感のうち、人が最も情報収集に使用しているのが、視覚である。人は八割近くの情報収集を目でとり行う。

 だからこそ、一番、死を感じることが容易な感覚器官になる。

 あなたの目の前に包丁を持っている人が立っていたら、自分が殺されることが。すぐに理解できるだろう。


 そして、二番目に死を感じることが容易な感覚器官が、聴覚になる。

 あなたの近くで、"殺される助けてー! "という悲鳴が聞こえたとしたら。あなたは逃げるか隠れるかするだろう。それは自分が次に殺されるかもしれないと、間接的だが死を感じたことになる。


 三番目に死を感じることが容易な感覚器官が、触覚である。

 あなたはハサミの刃を素手で触れようとしないでしょ? 熱い鍋を素手で持ったりしないでしょ? そうねぇー……、自傷行為をする人や自殺をする人などは別にして。


 なんと言うか……。


 四番目と五番目は、敏感でありながらも。死に関しては、とても鈍感な器官になる。それが、味覚と嗅覚である。

 私に言わせれば、面白い器官でもある。

 毒ガスが無臭なら平気で吸うし、摂取しないと毒だと分からない。"死に対しては"、微妙な器官だと私は思っている。


 その……。


 人の五感で、死に関して鈍感な器官の二つのうちの一つが、彼らに"死"を伝えている。その恐怖が嘔吐として身体を反応させている。


 それだけに……。


 ヤナシタに取り憑いているモノは、かなり強い……、分類に属する。



 そんなことを頭の中で独り言のように呟いているうちに。



 某、サバイバルホラーゲームを思い出させるような変身した姿に、ヤナシタはなっていた。

 身体は一回り……、二回り大きくなっていた。人のパンプアップどころの筋肥大レベルではない筋肉の膨張率だ。

 ヤナシタの着ている丈夫な作業着が紙を破る如く、簡単に破けていた。

 作業着の破けた部分から見える肉体は。

 血管が鮮明に浮き上がっていた。それは、顔にも達していた。醜い人の顔ではなく、モンスターと呼ぶに打って付けの顔だ。

 某、サバイバルホラーゲームのモンスターの方が、可愛く見えてくる。実際、あのモンスターが私の目の前にいたら、そっちの方が醜いのだが……。それはゲームの中の話だ。


 今、私の目の前にいるモンスターは、現実世界に存在する本物ということ。可愛い訳がない。


 見た目も可愛いくないし、"ドーーーーーン!!!!! "という可愛くない音も出すし。

 太い筋肉の腕の塊が、工場の支柱の一つをへし折る。

 変身が完了の合図。


 …………、…………。


 第二ラウンドの開始の合図だ。



「ギィギャーーーーー!!!!!!」


 吠える、吠える。弱犬程、よく吠える。

 私がその叫び声に歓喜の喜びに打ち震える間に……。

 気絶寸前だった私の後ろの四人の男は、本当に気絶してしまったようだ。

 工場を支える太い支柱すらへし折る、剛腕が私に向けて繰くり出された。

 モンスターは、穴の空いた工場の天井を見た後、すぐに私の顔を見た。


「な、なに……、を……、した……」


 私は、説明してやることにした。


「合気道って知ってる?」

「ア・イ・キ・ド・ウ?」

「そう、合気道。相手の力を利用した、攻防一体にした武術よ」


 このモンスターには、"なに"をされたのか? 意味が分からないだろう。私も合気道をママに習うまで、"なに"をされたのか? 意味が分からないまま、ゴロ、ゴロ、ゴロ、と転がされていたからだ。


 この合気道という武術は、本当に腹が立つ武術なのだ!


 たとえて言えば、操り人形のように扱われるこの惨めさ。ママは合気道の達人なうえに、異能者だ。私の力を持ってしても遊ばれる。


 それほどに、合気道とはたちが悪い武術なのだ。


 "なに"をされたのかの説明を終えたので、私はとどめを刺すことにした。


「さようなら」


 私はブーツの底で、モンスターの顔面をフルパワーで踏みつけてやった!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る