エピローグ


 エピローグ



 今宵もまた夜のとばりが下りるべき時刻を迎え、世界各国からの観光客や地元民達が家路に就いた浅草の街の裏通りはひっそりと静まり返り、出歩く人の姿もまばらであった。

「よっしゃ! ツモ! 三槓子嶺上開花サンカンツリンシャンカイホードラ2で上がり!」

「おいおい、マジかよ!」

「畜生! もうこれで素寒貧すかんぴんじゃねえか!」

「やってらんねえよ! 糞! もう半荘ハンチャン! 負けっ放しじゃいられねえから、もう半荘ハンチャン勝負だ!」

 鮮やかな緑色のラシャ生地が張られた雀卓を囲んで違法な賭け麻雀に興じていた四人の男達は、勝者も敗者も思い思いに各自の心境を口にしながら点棒を交換し合い、次の一局に備えてじゃらじゃらと洗牌シーパイを始める。

「さっき頼んだピザ、未だ届かねえのか? 遅くね?」

 雀卓を囲む四人の男達の内の一人が、自身の左手首に巻かれた腕時計でもって現在の時刻を確認しながらそう言うと、よっぽど宅配ピザが待ち遠しいのかぶるぶると貧乏揺すりが止まらない。

「今夜は混んでるんで、ちょっと時間が掛かるって電話で言ってたからな。もうちょっと気長に待とうぜ」

 そう言いながら牌を並べる男達が賭け麻雀に興じているこの部屋は、浅草の街の裏通り沿いに建つ雑居ビルの一室であり、また同時に広域指定暴力団福代組の組事務所でもあった。そして広域指定暴力団の組事務所であるからには、居並ぶ四人の男達は誰も彼も、如何にもヤクザ然とした強面こわもてばかりである。

「♪」

 その時不意に、組事務所の室内と雑居ビルの廊下とを繋ぐインターホンが、軽快なチャイム音を奏でた。

「お、来た来た」

 すると四人の男達の内の一人であるアロハシャツを着た男が待ってましたとばかりにそう言うと、雀卓を囲む簡素なオフィスチェアから腰を上げ、組事務所の玄関の方角へと足を向ける。

「随分と早かったな、未だ電話で注文してから三十分も経ってないぜ?」

「きっとお前の声が怖かったから、急いで作ったのさ」

 雀卓を囲む男達が口々にそう言いながらげらげらと笑い合う一方で、玄関に足を踏み入れたアロハシャツの男は宅配ピザを受け取るべく解錠し、重く頑丈なスチール製の扉を開けた。

「ご苦労さん、やけに早かったじゃ……」

 しかしながら、アロハシャツの男は労いの言葉を言い終える事が出来ない。何故なら彼の口が閉じ切る前に、その頭部が手斧の一撃によって真っ二つに叩き割られてしまったからだ。

一成かずなり!」

「カズがやられた!」

 仲間が殺されたと知って一斉に立ち上がる三人の男達の言葉から察するに、どうやらアロハシャツの男は『一成』と言う名前で、一部の仲間達からは『カズ』と言う愛称でもって呼ばれていたらしい。そしてそんな一成の死体を踏み越えながら組事務所内へと足を踏み入れたのは宅配ピザの配達員ではなく、黒い三つ揃えのスーツと駱駝色のトレンチコートに身を包んだ浅黒い肌の大女、つまり裏稼業のならず者達を統率する非合法組織『大隊ザ・バタリオン』の執行人エグゼキューターたる始末屋であった。

福代千里ふくしろせんりはどこだ?」

 組事務所内へと足を踏み入れた始末屋はぶっきらぼうな口調でもってそう言うが、彼女の狙いが福代組の組長である事を悟った三人の男達はジャケットやジャンパーの懐から短刀ドス拳銃チャカを抜き、始末屋の疑問に答えている暇は無い。

「てめぇ! 親父に何の用じゃ!」

「さてはカチコミに来やがったな!」

「カズのかたきじゃ! ぶっ殺してやる!」

 手に手に得物を構えた三人の男達は口々に怒声を張り上げ、まるで警戒する様子も見せずにこちらへと歩み寄って来る始末屋に襲い掛かる。

「死に晒せ!」

 三人の男達の内の顔に疵がある男が腰撓こしだめの姿勢でもって短刀ドスを構え、先陣切って始末屋に襲い掛かるが、その短刀ドスを回避した始末屋は手斧の一撃でもって彼の素っ首を刎ね飛ばした。

「糞! この黒んぼの雌豚め!」

 ややもすれば人種差別的な表現でもって悪態を吐きながら、残る二人の男達は揃って拳銃チャカを構えると、始末屋の急所に照準を合わせつつ引き金に指を掛ける。

「ふん!」

 しかしながら彼ら二人が拳銃チャカの引き金を引き絞るより早く、始末屋が左右一振りずつの手斧を素早く投擲し、それら投擲された手斧の切っ先が二人の頭部を真っ二つに叩き割った。

「さて」

 四人の男達を屠り終えた始末屋は投擲した手斧を回収すると、ぐるりとこうべを巡らせ、組事務所の内部をつぶさに観察する。そして今現在彼女が居座っている部屋の奥にもう一つ部屋がある事を確認すると、その部屋へと続く扉のノブに手を掛けた。この扉の向こうに、今回の依頼の標的ターゲットである広域指定暴力団福代組組長、福代千里が身を隠しているに違いない。

「!」

 すると次の瞬間、鼓膜が破れんばかりの凄まじい轟音と雑居ビル全体が崩れ落ちんばかりの衝撃を伴いながら、始末屋が居る部屋とその奥の部屋とを隔てる壁が一瞬にして破壊された。そして粉々になったコンクリート造りの壁の破片を踏み越えながら、一際大きな人影が姿を現す。

「誰だ?」

 そう言って手斧を構えた始末屋の眼前に姿を現したのは、ケルト文様が施された鎖帷子チェーンメイルと毛皮のベストを身に纏い、同じくケルト文様が施された円形の大盾と巨大な戦鎚ウォーハンマーを手にした天を突くような大女だった。

「あたいの名はアダルボルジ! 天下に轟く『不撓不屈の女ヴァイキング』とはあたいの事さ!」

 大声を張り上げながらそう名乗った大女、いやさアダルボルジは始末屋以上の長身であると同時にその四肢も胴体も丸太かドラム缶の様に太く逞しく、まるで北欧神話に登場する巨人族もかくやと言うべき恵体ぶりを始末屋に見せつける。

「アダルボルジ先生! どうかそいつをやっちまってください!」

 すると壁を破壊してこちらの部屋へと侵入したアダルボルジの背後、つまり組事務所の奥の部屋から一人の中年男性が顔を覗かせながらそう言って、始末屋を撃滅すべく彼女をけしかけた。どうやらこの中年男性こそアダルボルジを用心棒として雇った張本人であり、また同時に始末屋の標的ターゲットたる広域指定暴力団福代組組長、福代千里その人らしい。

「福代千里、そこに居たか」

 抹殺すべき標的ターゲットの所在を確認した始末屋がそう言って、彼女の得物である手斧を構え直した。だがしかし、そんな彼女の前に巨大な戦鎚ウォーハンマーを構えたアダルボルジが立ちはだかる。

「おっと、あんたの相手はこのあたいさ! もっとも、ここで尻尾を巻いて逃げ帰るって言うんなら、見逃してやってもいいけどさ!」

 戦鎚ウォーハンマーを構えながらそう言って立ちはだかるアダルボルジを前にしても、始末屋は一歩も退かず、むしろ決意を新たにするのであった。

「悪いが、一度引き受けた依頼は何があろうと完遂するのがあたしのモットーだ。例外はあり得ない」

 左右一振りずつの手斧を構え、駱駝色のトレンチコートを翻しながらそう言った始末屋の戦いは、決して終わらない。


                                    了

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始末屋繁盛記:1st impression 大竹久和 @hisakaz

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