第十二幕
第十二幕
「ねえ始末屋、本当にもう行っちゃうの? せめて怪我が治るまでゆっくりして行けばいいんじゃないかしら?」
しとしととそぼ降る雨に濡れる漁港の一角で、アオザイ姿のグエン・チ・ホアが気遣わしげにそう言って再考を促せば、マスター大山との死闘によって右太腿と胸部に負った傷が未だ癒えていない始末屋はそれを否定する。
「既に依頼は完遂した。これ以上長居するつもりは無い」
やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋の背後の埠頭では、これから彼女が乗り込む漁船が係留されており、もやい結びにされたロープがゆらゆらと揺れていた。
「そうなの、それは残念ねえ?」
グエン・チ・ホアが溜息交じりにそう言うと、今度は
「これでお別れなんだね、始末屋」
「ああ、そうだ。おそらく貴様とあたしは、もう二度と会う事は無いだろう」
始末屋の返答を耳にした
「始末屋さん、この度は本当にありがとうございました」
続いて
「おい
始末屋がそう言って問い質せば、頭を上げた
「ええ、その点でしたら問題ありません。
「そうか。任せたぞ」
そう言った始末屋に、再び
「なあ、始末屋」
「何だ?」
「お爺様に内臓を提供するためのクローンとして生み出された僕は、当のお爺様が死んでしまった今でも本当に生きていてもいいのかな? この先の僕の人生に、お爺様に内臓を提供する事以上の新たな生きる意味が見出せるのかな?」
この
「生きたければ生きろ。死にたければ死ね。
「僕は……生きたい! 生きて生きて生き延びて、お爺様のそれとはまた別の、新たな
「良し。よく言った」
やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋は
「なあ、そこのでかい姉ちゃん! お取込み中のところこう言っちゃなんだけど、そろそろ俺らも出港したいから、お別れの挨拶は早めに切り上げてくれよ!」
すると四人の背後の埠頭に係留された漁船の船長らしき中年男性がそう言って、始末屋に乗船を促す。
「それでは、これでお別れだ。達者でな」
最後にそう言った始末屋はくるりと踵を返し、背後を一度も振り返る事無く埠頭を縦断すると、彼女の次の目的地へと向かう漁船に乗り込んだ。すると船長らしき中年男性が埠頭の
「始末屋!」
次第次第に漁港から遠ざかりつつある漁船と、その舳先に立つ始末屋に呼び掛けるような格好でもって、埠頭の端まで駆け寄った
「僕は絶対に立派な大人になって、あの娼館で会ったまことを嫁に貰ってから、お前も妾として養ってやるやるからな! 覚えてろよ!」
「その時を楽しみにしているぞ、
沖に出た漁船の舳先に立つ始末屋はそう言って、少しだけ嬉しそうに微笑んだ。そしてそんな彼女の笑顔を、常雨都市フォルモサのそぼ降る雨が濡らす。
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