第六幕
第六幕
翌日の夕刻、始末屋ら一行を乗せた漁船は、しとしとと小雨がそぼ降る常雨都市フォルモサの漁港へと辿り着いた。
「降りろ」
漁船がもやい綱によって埠頭に係留されると、始末屋がそう言って下船を指示し、指示された
「四日ぶり、いえ、五日ぶりのフォルモサかしら?」
始末屋と
「ご苦労だった。これは約束の報酬だ」
そう言った始末屋はトレンチコートのポケットから丸めて輪ゴムで結わえた札束を四束ほど取り出し、船長に投げ渡すと、彼は慣れた手付きでもってそれらを受け取った。
「また来な」
寡黙な
「行くぞ」
やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋は、しとしととそぼ降る雨の中を傘も差さず、残る三人と一頭を背後に従えながらフォルモサの街の中心部の方角へと足を向けた。そして埠頭から続く街道沿いの遊歩道をぞろぞろと連れ立って歩き続ければ、互いの手首を鋼鉄製の手錠でもって繋ぎ合った
「……なあ始末屋、僕は一体、これからどうなっちゃうの?」
おどおどと怯えながらそう言った
「貴様はこれから
ややもすれば冷酷かつ冷淡が過ぎるとも受け取られかねない口調でもってそう言った始末屋に、
「僕はお爺様の、いや、
「まあ、その時は確実に死ぬだろうな。内臓を失っても生きていた人間の話など、少なくともあたしは、古今東西聞いた事が無い」
始末屋が彼とは眼も合わさずにそう言えば、がっくりと肩を落とした
「……あの、えっと、始末屋さん? このままでは遠からず、
彼女の機嫌を窺うような口調でもって言葉を選びながらそう言ったのは、一行の最後尾を歩く
「
トレンチコートの懐から取り出した手斧の切っ先を突き付けながら、眼光鋭くそう言った始末屋。彼女に睨み据えられた
「それで始末屋、その
「さほど遠くはない。このまま徒歩で、一時間から二時間ほどだ」
「それは、充分遠いのではなくて?」
徒歩での長距離移動を屁とも思わない始末屋の返答に呆れ返りながらも、彼女に問い掛けたボニー・パーカーは、暮れなずむ雨空の下を歩き続ける。彼女が連れた正体不明の獣であるクライドがぶるぶると身体を震わせ、全身を覆う毛皮にこびり付いた雨粒を弾き飛ばした。そして埠頭を出発してからおよそ一時間後、次第にフォルモサの街の中心部に近付きつつあるのか、当初は疎らだった通行人や背の高いビルディングの影が視界を覆い尽くし始める。彼女らが通過する夜の街は活気に満ち溢れ、雨に濡れた街路を行き交う人々の顔は日々の生活の充足感でもって生き生きと光り輝いていたが、彼らとは対照的に
「腹が減った」
すると不意にそう言った始末屋がぴたりと足を止め、
「ちょっと始末屋、どこに行くつもりですの?」
「依頼を完遂する前に、この先の店で飯を食う。貴様らも一緒に来い」
ボニー・パーカーの問い掛けに対して振り返りもせずにそう言うと、始末屋は手錠で繋がれた
「ここだ」
やがて夜市の一角でそう言うと、始末屋は一軒の小さな食堂の前で足を止め、他の三人と一頭の了承を得る事無くその食堂の店内へと足を踏み入れた。
「おい店主、人数分の
食堂内の手近なテーブル席に腰を下ろした始末屋はそう言って注文を終え、その注文内容を伝票に書き留めた店主を急かす。
「こんな大事な時に急に食事にしようだなんて、あなたと言う女は、なんて無軌道で自由奔放な人間なのかしら?」
嫌味とも皮肉とも受け取れる愚痴を漏らしつつ、肩を竦めたボニー・パーカーは深く嘆息すると、始末屋と同じテーブル席に腰を下ろした。勿論鋼鉄製の手錠でもって始末屋と繋がれている
「お待ちどうさま」
始末屋ら四人と一頭が無言のまま待ち続けること数分後、そう言った食堂の店主と店員の若い女性がお盆を手にしながら姿を現したかと思えば、そのお盆の上に乗せられていた人数分の丼をテーブルの上に並べた。
「いただきます」
これで何度目になるのか、意外にも行儀良くそう言った始末屋は眼の前に並べられた丼に箸を付け始め、ボニー・パーカーと
「やはりフォルモサに来たら、これを食っておかないとな」
独り言つようにそう言った始末屋は一心不乱に
「ごちそうさま」
程無くして二つの丼を空にした始末屋は、行儀良くそう言って箸を置いた。しかしながら彼の隣に座る
「どうした貴様、食わないのか?」
「こんな時に、食欲なんて湧く訳が無いじゃないか! 僕はこれから、わざわざ殺されるためにお爺様の所まで連行されるんだぞ!」
始末屋の問い掛けに対して、
「そうか。だがしかし、あたしは貴様と違ってこれから一戦交えるつもりなのだから、戦の前の腹拵えはさせてもらった」
そう言った始末屋は「貴様が食わないのなら、あたしが貰うぞ」と言って
「本当に、よく食べる女ですこと。……ところで始末屋、今あなたが仰った、その「一戦交えるつもり」と言うのはどう言う意味なのかしら?」
「それは、じきに分かる。今は只、その時に備えて英気を養え」
「ごちそうさま」
そして数分後、合計四つの丼を空にした彼女はボニーと
「おい店主、会計だ。早くしろ」
そう言った始末屋はトレンチコートのポケットから取り出した現金での会計を終え、鋼鉄製の手錠でもって繋がれた
「今度こそ、
「ああ、そうだ」
相槌を打った始末屋は夕食を買い求める地元民や観光客でもってごった返す夜市から立ち去ると、再びビジネス街の方角へと足を向け、黒光りする革靴の踵を鳴らしながら歩き始める。漁港に辿り着いた際には夕暮れ時だった空もすっかり陽が落ち、常雨都市フォルモサの名に恥じないそぼ降る雨の中を歩き続ける彼女らの胸中は、死地に赴く戦士のそれに他ならない。
「着いたぞ」
やがてフォルモサの街のビジネス街の中心部へと辿り着いた始末屋は、行き交う人も疎らな夜の街路に佇む一棟のビルディング、つまり
「お待ちしておりました、始末屋様! 本日はご足労いただき、誠にありがとうございます!」
すると、その
「この度は、保護対象である
「御託はいい。一刻も早く、
その顔に作り笑いを浮かべ、胡麻を摺るような口調でもって始末屋を労う
「成程、成程。左様でございますか! でしたらどうぞ皆様、屋内へと足をお運びください!」
「ここから先は、エレベーターにて移動していただく事となります!」
やはり妙にテンションの高い口調でもってそう言った
「
不審に思った始末屋が尋ねれば、
「ええ、ええ、確かにその通りでございます! しかし残念ながら、
「成程」
得心した始末屋ら一行は先頭に立つ
「それで、モニターと言うのはあれの事かしら?」
ボニー・パーカーがそう言いながら、レセプションホールのステージの中央上段に据え付けられた、およそ400インチから500インチばかりの大きさの大型LEDディスプレイを指差した。
「ええ、ええ、そうです、その通りでございます! どうぞ皆様、モニターの前にお集まりください!」
「始末屋様、こちらのお方が
黒光りするタキシードに身を包んだ
「……女か。しかし始末屋とは、また妙な名だな」
最初に口を開いたのは、
「この度は
ややもすれば声を出すのも苦しそうな口調でもってそう言った
「お爺様は、僕をずっと騙していたんですね……」
「……何だと?」
「僕はお爺様の孫でも息子でもなく、ましてや
一歩前に進み出た
「そうか
「……否定しないんですね、お爺様は」
「その事実を、どうしてお前が知り
人工呼吸器を装着した
「全ての真相は、私が
「はて? 誰だ、お前は?」
「私の顔をお忘れですか、会長? あなたの主治医である
「おお、そう言われてみれば、確かにその顔に見覚えがあるぞ。いつも回診の際に
「ええ、その点に関しましては、申し開きのしようもありません。しかしながら私は一人の医師として、倫理的にも人道的にも、
背筋を伸ばし、姿勢を正しながらそう言った
「それで、
「僕は……」
自らの意思を主張しようとした
「
「ならぬ。そこに居る
「そんな……」
泣き崩れたままの
「そうと決まれば、そこの始末屋とやら、お前には
「さあ、始末屋。
重ねてそう言った
「そうだ、それで良い」
己のクローンである
「始末屋、あなたは本当に、これで納得しているのかしら?」
しかしながら問い質された始末屋はその場に立ち尽くしたまま、眉一つ動かさない。
「ああ、そうだ。何度でも繰り返すが、一度引き受けた依頼は何があろうと完遂するのがあたしのモットーだ。例外はあり得ない」
「あなた、思っていた以上に頑固で意固地で冷酷な女ね。見損なってよ」
ボニーがそう言って
「あたしが助けるのは、自ら助かろうとする者だけだ」
するとその言葉が彼の耳に届いたのか、それとも単に生存本能によって喚起された最後の悪足掻きなのか、項垂れたまま泣き崩れていた
「始末屋、僕を助けろ! これは命令、いや、僕からお前への正式な依頼だ! お前が一度引き受けた依頼は何があろうと完遂すると言うのなら、例外はあり得ないと言うのなら、僕の依頼も完遂してみせろ! 」
肺の中の空気を限界まで振り絞り、有らん限りの大声でもって
「ふん!
そう言って不快感を露にした
「なあ始末屋、これからはお箸もちゃんと持つから、食事の際はいただきますもごちそうさまもちゃんと言うから、僕の依頼を引き受けてくれよ!」
私設軍隊の兵士達によってエレベーターへと連行されながら、尚もそう言って、始末屋に助けを求める
「誰だ」
始末屋が内ポケットから取り出したスマートフォンを耳に当て、応答ボタンをタップしてみれば、聞き慣れた声が受話口越しに彼女を労う。
「おめでとうございます、始末屋様! 依頼達成でございます!」
「ああ、貴様か」
スマートフォンの向こうの通話相手は、始末屋やボニー・パーカーの様な裏稼業のならず者達を統率する非合法組織『
「今回の依頼の報酬をあなた様の口座に振り込んでおきましたので、どうぞ、ご確認ください!」
妙にテンションの高い声と口調でもってそう言った
「確認した」
素っ気無くそう言った始末屋は、やはりぶっきらぼうな口調でもって、今度は彼女から
「引き受けた依頼を完遂したため、これより、新規の依頼人である
「かしこまりました、始末屋様!」
そう言って快諾した
「
「おい、何だお前は!
突然駆け寄って来るなり依頼内容を確認した
「それで、
「……一万ドルだ……」
私設軍隊の兵士達によって拘束された
「僕の口座に、米ドルで一万ドル貯金してある! それを全部持って行っていいから、僕を助けてくれ!」
「かしこまりました、
「ひいっ!」
まずは始末屋から見て最も近い位置に立っていた兵士に彼女は襲い掛かり、自動小銃を構え直す暇も与えず、カミソリ同然の切れ味を誇る手斧を常人離れした膂力でもって振り下ろす。するとケブラー製のヘルメットとガスマスクに覆われていた兵士の頭部が、それらの装備ごと真っ二つに叩き割られた。
「糞!」
叩き割られた頭部の断面から真っ赤な鮮血と薄灰色の脳髄とが零れ落ちるのを眼にした二人目の兵士が、悪態を吐きながら自動小銃の銃口を始末屋に向けて引き金を引き絞ろうとするものの、一介の兵士に過ぎない彼よりも始末屋の方が反応が早い。剣術に於ける返す刀の要領でもって彼女が手斧を振るえば、兵士の左右の腕が日本刀を前にした大根さながらにすぱっと切断され、自動小銃を構えた格好のままの両腕がレセプションホールの床を転がる。
「ぎゃあああぁぁぁ!」
両腕を切断された事による苦痛と恐怖、それに身体欠損がもたらす喪失感と絶望感が引き金となり、断末魔の悲鳴にも準じた絶叫が二人目の兵士の喉から漏れ聞こえた。しかしながらその絶叫も、そう長くは続かない。間髪を容れずに再び襲い掛かった始末屋の手斧の切っ先が、彼の首をあっさりと切断してしまったからだ。切断された二人目の兵士の首から上が、まるで運動場に置き忘れられたサッカーボールの様にごろりと転がるが、ガスマスクに覆われたその表情を窺い知る事は出来ない。
「さて」
これで残る私設軍隊の兵士は
「!」
ところが次の瞬間、動物的な直感でもって迫り来る危機を察知した始末屋は素早く身を翻し、トレンチコートの裾を靡かせながらその場から飛び退った。するとたった今しがたまで彼女が立っていた地点目掛けて缶コーヒーくらいの大きさの物体が飛び来たり、その物体が床に接すると同時に爆発したかと思えば、耳を
「始末屋、無事でして?」
ボニー・パーカーがそう言って気を揉めば、爆風の煽りを喰らった始末屋は、まるで何事も無かったかのような素振りでもって素早く起き上がった。そしていつでも飛び掛かれるように腰を落として警戒態勢を維持しつつ、左右一振りずつの手斧を改めて構え直すと、先程の缶コーヒー大の物体の発射地点の方角を睨み据える。
「誰だ?」
始末屋が問い質せば、
「よう始末屋、五日ぶりの再会だが、元気してっか?」
馴れ馴れしくも砕けた口調でもってそう言いながら姿を現したのは、肌と言う肌に真っ黒な
「……グレイブキーパーか。どうして貴様がここに? まさか、あたしの獲物を横取りする気か?」
警戒態勢の始末屋が重ねて問えば、グレイブキーパーはへらへらと薄ら笑いを浮かべながら答える。
「なあに、今回の合同コンペティションがあんたの勝利で終わったと聞いて、俺様は鞍替えさせてもらったのさ。だから今ではこうして、
「成程、つまり貴様は
「言ってくれるね」
やはりへらへらと薄ら笑いを浮かべながらそう言ったグレイブキーパーの手には、南アフリカのアームスコー社が製造する六連装のグレネードランチャー、ダネルMGL-140が握られている。
「それで、貴様はこれからどうするつもりだ? たとえ旧知の仲であろうと、貴様があたしの邪魔をすると言うのなら、その時はこの手斧でもってその素っ首を
「面白い。やれるもんならやってみせろよ、始末屋」
そう言ったグレイブキーパーは肩に担いでいたダネルMGL-140を両手で構え直し、その銃口を始末屋に向ける。そして続けざまに五回、素早く引き金を引き絞れば、ぽんぽんぽんと言う軽快な銃声と共に直径40㎜の五発の弾頭が始末屋目掛けて射出された。
「!」
すると始末屋は左右一振りずつの手斧の斧腹でもって自らの急所を覆い隠し、射出された
「スモークか!」
咄嗟にそう言った始末屋の言葉通り、グレイブキーパーがダネルMGL-140から射出したそれら五発の弾頭は、煙幕を張って敵を牽制するためのスモークグレネードであった。そのため始末屋個人の視界は言うに及ばず、レセプションホール全体が見る間に真っ白な煙に覆われてしまい、彼女がその素っ首を
「これであんたは手も足も出ない筈さ、始末屋!」
そう言ったグレイブキーパーはダネルMGL-140のシリンダー内の空薬莢を排出し、新たな
「さあ、踊れ踊れ! 踊り狂え! 俺様の掌の上で翻弄されながら、その身体を爆散させろ!」
勝利を確信したグレイブキーパーがダネルMGL-140の引き金を引き絞れば、その銃口から次々と射出された榴弾が始末屋の足元で爆発し、視界を奪われた彼女は咄嗟に身を守る事も出来ない。
「くっ!」
始末屋は舌打ちを漏らしながらも、それでも前後左右に素早く移動しながら的を絞らせない事によって、グレイブキーパーの榴弾による一撃を回避し続けた。
「どうしたどうした! そのままじゃジリ貧だぞ!」
尚もそう言って、煙幕の中を逃げ続けるばかりの始末屋を煽るグレイブキーパー。だがしかし、そんな彼の耳に予想外の声が届く。
「あら、そうかしら? あなたも身を隠した方がいいのではなくて?」
そう言ったのは、『猛獣使いとその下僕』と呼ばれるボニー&クライドの主犯格とも言うべきボニー・パーカーその人であった。そして次の瞬間、彼女が連れている正体不明の獣であるクライドが象か恐竜かそれに類する何かかと見紛うほどの筋骨隆々とした巨体へとその肢体を変貌させたかと思うと、『
「ファック! この糞ガキと薄汚い野良犬め!」
グレイブキーパーは舌打ち交じりに悪態を吐き、ごうごうと言う雄叫びと共にこちらへと迫り来るクライドにダネルMGL-140の銃口を向けると、引き金を続けざまに引き絞った。次々と射出された
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
身の丈四mにも達する猛獣による原始的な攻撃に、悲鳴を上げるグレイブキーパー。彼の右腕はクライドの牙によって見る間に噛み千切られ、
「如何かしら、グレイブキーパー? あたくしの
もうもうと立ち込める煙幕の中から姿を現したボニー・パーカーは、失った右腕の腋の下を押さえて止血しながら跪いたグレイブキーパーの眼前に立ちはだかり、既に勝利を確信したかのような口調でもってそう言い放った。
「……この糞ガキと薄汚い野良犬め……絶対に……絶対に許さねえぞ……そのちんちくりんな身体を、俺様の手で爆散させてやるからな……」
跪いたグレイブキーパーは呼吸を荒げながらそう言って虚勢を張るが、利き腕である右腕を失った時点で彼の敗北はほぼ確定しており、幾ら強がってみせたところで形勢逆転は見込めない。
「あらあら、野良犬以下の負け犬のくせに、随分と吠えてくれますのね? だとしたらこのまま見逃してあげるのは、後顧の憂いを無くすためにも得策とは言えないのかしら?」
ボニー・パーカーはそう言うと、彼女の次の命令を待っていたクライドに命じる。
「クライド、やっておしまいなさい!」
猛獣使いたるボニー・パーカーに命じられた下僕であるクライドは、獣臭い吐息と涎にまみれたその口からごうごうと言う雄叫びを上げながら、再びグレイブキーパーに襲い掛かった。
「ぎゃああぁぁぁっ!」
容赦無く襲い掛かったクライドは、再びの悲鳴を上げるグレイブキーパーの残された左腕と両脚をあっと言う間に噛み千切り、四肢を失った彼は達磨か芋虫さながらの姿でもってペルシャ絨毯の上をばたばたとのたうち回る。
「糞! 糞! 畜生! 畜生! 殺してやる! 絶対に殺してやる!」
「あら? そんな姿になっても未だ未だ生きて減らず口が叩けるだなんて、あなた、随分としぶといんですのね? それとも只単に、往生際が悪いだけかしら?」
「……殺してやる……絶対に殺してやるからな……」
尚も虚勢を張るグレイブキーパーの醜態を嘲笑ってやろうと、ボニー・パーカーがホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥きながら一歩接近した、まさにその時。
「死ね」
最後にそう言ったグレイブキーパーが、奥歯に仕込んだ自爆装置の起爆スイッチを舌で押し込むと同時に、蓄光塗料でもって人間の頭蓋骨が描かれたその顔に末期の薄ら笑いを浮かべた。すると彼の体内に埋め込まれたプラスチック爆弾が起爆したかと思えば、凄まじい轟音と爆炎と爆風を伴いながらその肉体が爆散し、迂闊に接近したボニー・パーカーがその爆発に巻き込まれる。
「!」
グレイブキーパーの自爆攻撃によって発生した猛烈な爆風と衝撃波、それにプラスチック爆弾に事前に練り込まれていた金属球がレセプションホールの全ての窓ガラスを叩き割り、鼓膜に突き刺さるかのような破砕音と共に飛び散ったガラス片が
「ひいっ!」
煙幕が晴れると同時に最初に声を上げたのは、始末屋やボニー&クライドの背後で頭を抱えながら床に伏せ、自らの身を守る事に全力を費やしていた
「無事か、ボニー?」
左右の手斧の斧腹でもって急所を保護し、どうやらグレイブキーパーによる自爆攻撃を無傷のままやり過ごしたらしい始末屋が、爆心地に歩み寄りながらボニー・パーカーの身を案じる。
「ええ、無事でしてよ。ですが、あたくしの身代わりとなったクライドが……」
不安げな口調でもってそう言ったボニーの傍らで、彼女の下僕であるクライドが分厚い毛皮で覆われた背中を真っ赤な鮮血で濡らしつつ、くうんくうんと苦悶の鳴き声を上げていた。
「迂闊に獲物に近付いた、あたくしの責任ですの。あの『
唇を噛みながらそう言って、自責の念に駆られるボニー・パーカー。彼女の頬を伝い落ちる熱い涙を、顔を上げたクライドが濡れた舌でもってぺろぺろと舐め取り、主人であるボニーを慰めるべく尽力する。どうやらグレイブキーパーの体内の自爆装置が爆発する直前、クライドが身を挺して彼女を守ったおかげでボニーは無事だったらしいが、その代償は決して看過出来る規模ではない。
「クライド、立てて? 無理しなくてもよろしくってよ?」
だがしかし、その身を案じるボニー・パーカーに見守られつつ、それでもクライドは四本の脚で大地を踏み締めながら立ち上がった。身を挺して彼女を守る際に盾にした背中には、無数の金属球やグレイブキーパーの骨片などが深々と突き刺さり、真っ赤な鮮血がその毛皮を伝い落ちる。
「えっと、それで、
やがてレセプションホールに充満していた煙幕が完全に消え失せた頃、ようやく立ち上がった
「逃げられた。どうやら煙幕でもって文字通り
「でしたらもう一回、
「この状態で、どうやって?」
始末屋はそう言って、ペルシャ絨毯が敷かれた床を転がる大型LEDディスプレイの残骸を、黒光りする革靴の爪先でもって蹴り飛ばした。つまりグレイブキーパーの自爆攻撃に巻き込まれた結果として、現状、
「それで始末屋、これからあなたはどうするつもりなのかしら?」
「決まっている。このまま最上階を目指し、
そう言ってボニー・パーカーの問い掛けに返答した始末屋は、トレンチコートの裾を靡かせながら踵を返し、
「あら? そう言えば、さっきまでここに居られた
きょろきょろと周囲を見渡しながら、ボニー・パーカーが
「ああ、あの男なら、いつの間にか姿を
ボニーの疑問に答えた始末屋は、彼女らに問う。
「それで、貴様らはこれからどうする?
始末屋はそう言って、手負いの身であるボニー&クライド、それに一介の医者に過ぎない
「……本当にいいのか?」
駱駝色のトレンチコートに身を包んだ始末屋が重ねて問えば、二人と一頭は答える。
「ええ、始末屋。覚悟ならとっくに出来ていましてよ? 以前お伝えした通り、あたくしとここに居るクライドの二人は、
「私も、最後までご一緒させてください! 勿論、こんな私ごときがお二方のお役に立てるとは思えませんが、
迷い無くそう言って、決意の程を示してみせたボニー・パーカーと
「そうか。ならば行くぞ、貴様ら」
やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋を先頭に、
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