第七幕
第七幕
始末屋ら三人と一頭を乗せたエレベーターは、
「それで始末屋、何か作戦はあって?」
ボニー・パーカーが尋ねれば、彼女の隣に立つ始末屋はトレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま、ぶっきらぼうな口調でもって答える。
「そんなものは、無い。このまま真っ直ぐ最上階を目指し、途中で邪魔が入れば力尽くでもってこれを排除しつつ、可能な限り迅速に
「つまり、無策って事ですのね? 呆れた。……でもまあ、それでこそ始末屋らしいと言うべきなのかしら?」
溜息交じりにそう言ったボニー・パーカーが呆れ果てながらも得心していると、彼女らを乗せたまま上昇し続けていたエレベーターが不意に停止した。
「ど、どうしたんでしょうか?」
がくんと言う軽い振動と共に停止したエレベーターの籠の中で、度の強い眼鏡を掛けた
「どうやらあちらさんも、このまま真っ直ぐ最上階へ行かせる気は無いようね?」
そう言ったボニー・パーカーを他所に、エレベーターの扉へと歩み寄った始末屋はその継ぎ目に左右の手を掛け、常人離れした膂力でもって力任せに抉じ開けた。しかしながらエレベーターはちょうど階層と階層の狭間で停止しており、眼の前にはコンクリートの壁が立ちはだかるばかりで、このままでは外に出る事が出来ない。そこで始末屋は、頭上に眼を向ける。
「え? もしかして、そこから出るつもりですか?」
やはりそう言いながらおろおろと狼狽する
「ひいっ!」
始末屋による上段蹴りでもって頭上のハッチが弾け飛び、その際の音と衝撃にビビった
「行くぞ、貴様ら。ついて来い」
そう言った始末屋が先陣を切って籠をよじ登り、鉄とコンクリートに覆われたエレベーターシャフトが一望出来る真っ暗な天井裏に出てみれば、大型犬サイズにまで収縮したクライドを連れたボニー・パーカーとへっぴり腰の
「さて、ここは何階だ?」
エレベーターの籠をよじ登ってから天井裏を移動し、手近な階層の扉を内側から抉じ開けた始末屋が、周囲を見渡しながらそう言った。すると抉じ開けた扉を潜って新たに足を踏み入れた階層のエレベーターの操作パネルに『69』と書かれていたので、どうやらここは、
「とりあえず、階段を探すぞ」
冷静沈着を旨とする始末屋はトレンチコートの襟を正してからそう言うと、六十九階のエレベーターホールから続く廊下を堂々とした足取りでもって歩き始め、最上階を目指すための階段を探す。
「人の気配はありませんし、随分と暗くて寒々しい雰囲気ね。一体ここは、何をしている階層なのかしら?」
駱駝色のトレンチコートのポケットに両手を突っ込んだまま脇目も振らずに歩き続ける始末屋とは対照的に、そう言ったボニー・パーカーは興味深げに周囲の様子を窺いながら、手近な扉のノブに手を掛けては解錠を試みた。しかし当然の事ながらどの扉も内側から電子ロックされており、解除キーを兼ねたセキュリティカードを持つ
「扉と言う扉にこそこそと鍵を掛けて回るだなんて、一体この財閥と
ボニー・パーカーは嫌味ったらしい口調でもって皮肉を込めてそう言うと、彼女がずっと背負っていた楽器ケースを開け、その中から何やら長大なる鉄の塊を取り出した。そしてその鉄の塊、つまり通称『BAR』ことブローニングM1918自動小銃の銃口を手近な扉の電子ロックの操作盤に向け、引き金を引き絞る。すると耳を
「さあ、
そう言ったボニーはBAR自動小銃を楽器ケースに納めて背負い直し、電子ロックが破壊された扉のノブに手を掛けて押し開け、室内へと足を踏み入れた。
「これは……何かしら?」
彼女が足を踏み入れた部屋は広壮だが照明が落とされているために薄暗く、部屋の奥に行けば行くほど視界が効かなくなるが、そんな暗闇の中に何やら薄緑色の光でもって照らし出されたガラスの筒が見て取れる。
「まさかこれって……」
胴回りが十mばかりはあろうかと言う巨大なガラスの筒に歩み寄ったボニー・パーカーはそう言って、透明な液体によって満たされたその筒の中に浮かぶ巨大な獣の死体を凝視した。そしてその獣の死体、つまりホルマリンか何かの薬品に漬けられた何らかの生物の標本は、彼女の下僕であるクライドが巨大化した姿に瓜二つである。
「クライド!」
ボニー・パーカーはそう言ってガラスの筒に駆け寄るが、勿論その中に揺蕩う標本は彼女の下僕たるクライド本人ではなく、彼によく似た全く別の個体に他ならない。そしてそのクライド本人もまたボニーに続いて入室すると、自分とよく似た獣の標本が揺蕩うガラスの筒を神妙な面持ちでもって見上げながら、くうんくうんと悲しげな泣き声を上げて同胞の死を悼む。
「やはりクライドは、
独り言つようにそう言ったボニー・パーカーが改めて周囲を見渡してみれば、暗闇に慣れて来た眼に映る室内の様子から推測するに、どうやらここは医学か生物学に関与する何らかの研究施設の一つだと思われた。
「おい、ボニー。クライドが
研究施設と思しき部屋に遅れて入室した始末屋が尋ねると、ボニー・パーカーは大型犬サイズにまで収縮したクライドの頭や背中を優しく撫でてやりながら、彼女ら一人と一頭の身の上話を語り始める。
「あたくしはここ常雨都市フォルモサの、健全なる市民社会からドロップアウトした落伍者達の吹き溜まりであり、人生の最終処分場とも呼ばれた貧民窟の外れで生まれ育ちましたの。つまり、俗に言うところの浮浪児の一人でしてよ? 物心ついた時には一人ぼっちで身寄りも無く、住む家も無いままふらふらと貧民窟の内外を放浪し、毎日毎日フォルモサ中に捨てられるゴミを漁って食べられる物を探しながら、辛うじて生き永らえていましたの」
そう言ったボニー・パーカーの眼は悲しくも寂しげな愁いの色を帯びていたが、また同時に、己の出自に関して絶対的な自信と誇りを抱いているかのような力強さにも満ち満ちていた。
「そして、そんなゴミ漁りでもってどうにかこうにか食い繋いでいた、ある日の事じゃないかしら? とある企業の産業廃棄物の集積場に侵入した浮浪児のあたくしは、そこで一匹の子犬を拾いましたの。その子犬は今にも餓死してしまいそうなほど痩せ細り、自力で立ち上がる事も出来ず、
「成程。そしてその拾った子犬と言うのが……」
「ええ、その通りでしてよ、始末屋? その瀕死の子犬と言うのが、未だ幼い頃のクライドですの」
ボニー・パーカーはそう言うと、彼女の隣に座る大型犬サイズのクライドに眼を向けるが、当のクライドはガラスの筒の中を揺蕩う彼によく似た獣の標本をジッと凝視し続けている。
「あたくしはクライドと名付けたその子犬を、まるで我が子を慈しむ母親の様に可愛がりましてよ? ゴミ山の中から必死で掻き集めた僅かな食料を惜しみなく分け与え、寒い冬の夜には一枚の毛布の中で互いの心と身体を温め合い、文字通りの意味でもって寝食を共にしましたの。すると成長するに従って、只の小犬だと思っていたクライドの肉体に、顕著な変化が見て取れるようになったのではないかしら?」
「つまり拾った時には只の小犬だと思っていたのが、
そう言った始末屋もまた、首を縦に振りつつ「ええ、その通りでしてよ」と言って彼女の言葉を肯定したボニーの隣に座るクライドに眼を向けるが、やはりクライドはガラスの筒の中の標本から眼を離さない。
「クライドと言う名の最強かつ最愛のパートナーを得たあたくしは、フォルモサの街の貧民窟の浮浪児達を一手に束ねる、ある種のリーダーにも似た存在となりましたの。昼となく夜となく繁華街に出没しては商店や銀行を襲い、強奪した金品を浮浪児達に配って回るあたくし達二人は英雄的に扱われ、一時はフォルモサ中の新聞紙面を騒がせたものでしてよ?」
そう言ったボニー・パーカーは過ぎ去りし栄光の日々を思い出してか、ホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥きながらほくそ笑んだ。
「そしてすっかり成長したあたくしとクライドは揃って貧民窟を抜け出し、非合法組織たる『
「それが『猛獣使いとその下僕』と呼ばれる、獲得報酬ランキング第十二位のボニー&クライドの生い立ちと言う訳か。……それで、そんな貴様らの過去と
始末屋がそう言えば、ボニー・パーカーは天を仰ぎながら肩を竦める。
「まったくもう、呆れ果ててしまいましてよ、始末屋! あなた、鈍感にも程があるのではなくて?」
「と、言うと?」
「浮浪児だったあたくしがクライドを拾いました『とある企業の産業廃棄物の集積場』と言う件の『とある企業』と言うのが、
「ああ、成程」
始末屋がそう言って首を縦に振りながら得心すれば、ボニー・パーカーは深く嘆息せざるを得ない。
「ですからあたくし達はクライドの正体と、何故に
「そのために貴様ら一人と一頭は、
「ええ、まさしくその通り、相違無くってよ」
始末屋とボニー・パーカーがそう言って言葉を交わし合っていると、最後に入室した
「過去に何度か、私も風の噂に聞いた事があります。
「それが、この標本と何か関係があると?」
トレンチコートに身を包んだ始末屋が尋ねれば、
「それは……果たして如何なものでしょうか。はっきりと断定は出来ませんし、正直言って、私には判断致しかねます。しかし関係あるか無いかのいずれにせよ、社員であった私が言うのもなんですが、
「成程。まあ何にせよ、こんなグロテスクな標本が今の今まで保存されていたと言う事は、ボニーが言っていた通りクライドが
始末屋がそう言えば、今度はボニー・パーカーが決意を新たにする。
「ええ、ええ、全くもって相違無いのではないかしら? ですからあたくしことボニー・パーカーは
静かな声で淡々と、しかしながら言葉の一つ一つからも意思の固さが見て取れるような口調でもってそう言ったボニー・パーカーは、彼女の隣に座ったままのクライドに眼を向けた。するとクライドもまたこちらを向き、自らの命の恩人であり、また同時に彼のパートナーでもあるボニーと視線を絡め合う。
「よし、寄り道はここまでだ。先を急ぐぞ」
すると始末屋はそう言って踵を返し、ボニーがBAR自動小銃によって電子ロックを破壊した扉へと足を向けた。
「そうね、始末屋。いつまでもこんな所でぐずぐずしてないで、先を急ぐ事にしましょうか。そして
そう言ったボニー・パーカーも始末屋の後に続き、彼女のパートナーであるクライドと
「敵襲でして?」
銃声を耳にしたボニー・パーカーがそう言って警戒する間も無く、彼女より先んじて廊下に身を置いていた始末屋が数多の自動小銃から射出された銃弾の雨に襲われ、一瞬にして蜂の巣となる。
「始末屋!」
ボニーは彼女の身を案じるが、そこは百戦錬磨を誇る始末屋。銃撃される寸前にトレンチコートの懐から引き抜いた手斧の斧腹でもって急所を保護し、銃弾の雨をその全身に浴びながらも、結果として彼女は無傷であった。さすがは殺し屋評価サイト『ヘッドショット』の月間獲得報酬ランキング第四位、トップクラスの
「誰だ?」
一旦銃撃が止んだその隙を見計らい、左右一振りずつの手斧を構えた始末屋はそう言いながら眼を細め、薄暗い廊下の様子をつぶさに窺った。すると廊下の端々の柱の陰や曲がり角に身を隠しつつ、都市型迷彩服と防弾仕様のタクティカル装備に身を包み、ヘルメットとガスマスクによって頭部を隙間無く覆った
「雑兵か」
ふんと鼻を鳴らしながらそう言った始末屋はフェルト地のカーペットが敷かれた廊下の床を蹴り、常人離れした膂力と跳躍力でもって、私設軍隊の兵士達に襲い掛かった。
「ふん!」
まずは手近な柱の陰に身を隠していた複数の兵士の内の一人の頭部を、丹念に研ぎ上げられた手斧の切っ先でもってヘルメットやガスマスクごと叩き割ったかと思えば、そのまま身体を一回転させた際の遠心力を利用して二人目に切り掛かる。
「動くな! 動くと撃つぞ!」
二人目の兵士はそう言って警告しながら自動小銃を構え直し、始末屋の腹部に照準を合わせると、躊躇無く引き金を引き絞った。耳を
「ぎゃあああぁぁぁっ!」
両腕を骨ごと切断された二人目の兵士が、真っ赤な鮮血に濡れる自らの腕の断面を凝視しつつ、身体欠損による喪失感と絶望感を含んだ苦悶の声を上げた。しかしその声も、そう長くは続かない。何故なら彼の悲鳴が最高潮に達するその前に、始末屋の手斧の切っ先が薄暗い廊下の空気を切り裂いたかと思えば、彼の素っ首を
「始末屋! 加勢して差し上げましてよ!」
すると赤毛の髪を二つ結いにしたそばかす面のボニー・パーカーもまたそう言って廊下に躍り出るや否や、背負っていた楽器ケースの中からBAR自動小銃を取り出すと、最前線で戦う始末屋を手助けすべく援護射撃を開始した。彼女の愛銃の銃口から射出された口径7.62㎜の小銃弾が宙を舞い、それらを回避しようと兵士達が曲がり角に身を隠せば、今度は始末屋の手斧が彼らを屠る。所詮は
「ひいいいぃぃぃっ!」
やがて十人余りの兵士達のほぼ全員が鏖殺の憂き目に遭ったかと思えば、最後の一人となった兵士がその場からの逃走を開始し、恐慌状態に陥ると同時に屠殺場に送られる豚の様な悲鳴を上げながら廊下を駆け出した。少しでも身軽なろうとした彼が放り捨てた自動小銃が床を転がり、その衝撃でもって
「ぎゃっ!」
始末屋の常人離れした膂力でもって投擲された手斧は兵士の背中に命中し、硬く分厚い肩甲骨と肋骨を易々と突き破れば、早鐘を打つ心臓を真っ二つに切り裂くほどの威力を発揮して憚らない。そしてそのまま兵士の胸部を貫通したかと思えば廊下の壁に深々と突き刺さり、真っ赤な鮮血にまみれながらようやくその動きを止めると、
「これで、全員片付いたのかしら?」
「ああ、どうやらそうらしい。しかしこんな所でぐずぐずしていては、すぐに敵の増援が来る。先を急ごう」
始末屋はそう言ってボニー・パーカーの疑問に答えると、最後の一人となった兵士が逃走しようとした方角へと足を向けた。そして廊下の突き当たりの扉を開けた彼女らの眼前に、上階へと続く非常階段がその姿を現す。
「行くぞ」
そう言った始末屋を先頭に、彼女ら三人と一頭は
「し……始末屋さん……今……何階でしょうか……? 最上階には……未だ到着しないんでしょうか……?」
何度目かの私設軍隊による襲撃を難無く排除し終えた頃、ぜえぜえと呼吸を荒げながら汗をびっしょりと掻いた
「たった今、八十二階に辿り着いたところだ。どうした
「ええ……その……どうも、申し訳ありません。なにぶん私は、一介の医者に過ぎないものですから……お二方の様に鍛えてはいないものでして……ここで少し、休ませてはいただけないでしょうか……」
始末屋の問い掛けに、
「まったく、いい歳して軟弱な男ですこと。普段から汗を掻いて運動し、もっと心身を鍛えるべきなのではなくて?」
そう言って呆れ返るボニー・パーカーは汗一つ掻かず、呼吸一つ荒げずに平静を保っており、それは彼女が連れているクライドも始末屋も同様であった。普段から命の遣り取りを生業とする彼女ら
「立て、
やがて数分間ばかりの小休止の後に、非情にもそう言った始末屋が黒光りする革靴の爪先でもって、しゃがみ込んだまま微動だにしない
「ああ……はい……分かりました……立ちます……」
未だ回復し切っていない
「本当に仕方が無い奴だな、貴様は」
すると溜息交じりにそう言った始末屋が、生まれたての小鹿の様に膝を震わせる
「これは……その……私としては、少々恥ずかしいのですが……」
大の大人、しかも自立した社会人が手荷物の様に運搬される事に対して羞恥の念を抱いた
「黙れ。強がっている場合か、この軟弱者が」
しかしながら始末屋はそう言って彼の主張を一蹴し、
「さあ、行くぞ」
再びそう言った始末屋ら三人と一頭が非常階段を駆け上がり始めたが、意外にも私設軍隊による襲撃も無いままに、一行は八十五階へと辿り着いた。するとこの階層でもって階段は途切れ、最後の踊り場に足を踏み入れた彼女らの前には行き止まりとなる壁が立ちはだかり、そこには一枚の鉄扉が見て取れる。
「どうやらここから先は、また別のルートでもって最上階を目指さなければならないようね?」
鉄扉を前にしたボニー・パーカーがそう言えば、彼女の隣に立つ始末屋が一歩前に出るなり片足を上げ、その鉄扉を無言のまま蹴り開けた。すると蹴り開けられた鉄扉を潜った三人と一頭の眼前に、広壮なる空間がその全貌を現す。
「あら? またホールかしら?」
そう言ったボニーの言葉通り、その広壮な部屋は一見すると、何らかの式典などを開催するためのホールか何かかと思われた。しかしながらこの
「いや、違う。これはやたらと広いだけの、只のリビングだ」
駱駝色のトレンチコートに身を包み、
「それで、これからどうしまして?」
「取り敢えず、最上階へと向かうための階段を探そう」
始末屋がそう言ってボニー・パーカーの疑問に答えた次の瞬間、不意に暖炉の上の壁面に設置されていた大型液晶ディスプレイに火が灯り、何者かのご尊顔が厳かに映し出される。
「
思わずそう言った
「如何にも、
液晶画面の向こうでベッドに横たわり、人工呼吸器を装着したままそう名乗った
「彼からの依頼を完遂すべく、
やはりぶっきらぼうな口調でもって始末屋はそう言うが、当然の事ながら
「馬鹿な事を言うでない。
「成程。つまり力尽くでもって貴様の呪縛から
「ああ、その通りだ。出来るものなら、やってみせるがよい」
真っ白な頭髪と顎髭を生やした
「ちょっとよろしいかしら、
ボニー・パーカーがそう言って問い掛ければ、
「……誰だ、お前は?」
そう言って小首を傾げるばかりの
「あたくしの名前は、ボニー・パーカー。あなたが
「……ほう? それで、その
「ええ、そうね。あなたに用があるのはあたくし自身ではなく、こちらに居るこの子でしてよ? ……さあクライド、こちらにいらっしゃい?」
そう言って、ボニー・パーカーは正体不明の獣であるクライドの名を呼んだ。すると今は大型犬サイズにまで収縮したクライドが彼女の背後からその姿を現し、暖炉の前で鎮座すると、そんな彼を液晶画面の向こうの
「どうかしら、
ボニー・パーカーはそう言うが、
「いいや、知らんな。そんな薄汚い野良犬が、この
「でしたら、こちらの恰好ではどうかしら?」
重ねて問い掛けるような口調でもってそう言ったボニー・パーカーがぱちんと指を打ち鳴らせば、彼女の隣で鎮座していたクライドの肉体が見る間に膨張し始める。そして身の丈四mにも達する、象か恐竜かそれに類する何かかと見紛うほどの筋骨隆々とした巨大な獣へと変貌したかと思えば、暖炉の上の大型液晶ディスプレイに向かってごうごうと吠え立てた。
「ほう?」
巨大な獣へと変貌したクライドの姿に、
「その怪獣の様な異形の姿、どこかで見た覚えがあるぞ? 確かあれは……そう……もう二十年近くも昔の話だな。部下に命じて不老不死の研究のために、
「あなたの細胞を融合させる実験ですって? だとしたら、ここに居るクライドもまた
「ああ、ああ、そうだとも。
「なんて勝手な理屈を……」
「たとえあなたの細胞から作られた複製体や実験体だとしても、
ボニー・パーカーはそう言うが、液晶画面の向こうの
「馬鹿を抜かせ、この小便臭い毛唐の小娘が。お前が何と言おうと、
「
怒髪天を衝く勢いでもってそう言ったボニー・パーカーはBAR自動小銃を構え直し、
「……決して許されない逆鱗に触れた、だと? 小便臭い毛唐の小娘のくせに、大口を叩きよる」
ところが粉々に砕け散った液晶画面が暗転してしまっているにもかかわらず、音声の入力端子とスピーカー周りの機器は未だ生きているのか、大型液晶ディスプレイからは
「この
大型液晶ディスプレイのスピーカー越しに
「!」
只ならぬ気配を感じ取った二人と一頭は散り散りになって飛び退り、それぞれがそれぞれのやり方でもって、迫り来る脅威から距離を取る事に尽力する。ちなみに気配を感じ取る事が出来なかった
「ふはははははは! 遠からん者は音に聞け! 近くば寄って眼にも見よ! 我こそは地上最強として知られる暗黒闇空手の使い手、その名を世に轟かせた『空手百段』と言えばこの
マスター大山を名乗る空手着の大男の出現に、一度は飛び退って彼から距離を取った始末屋は
「マスター大山、貴様、生きていたのか?」
そう言った始末屋の瞳は輝き、生死を賭して戦うべき好敵手を前にした誇り高き戦士の色を湛える。
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