第三幕
第三幕
「……頼む……どうか殺さないでくれ……俺は未だ死にたくない……」
ぶつぶつと命乞いの言葉を呟き続ける
「ふん!」
やはり何の感慨も無く扉を蹴り開けると、始末屋はロイヤルスイートルームの中へと足を踏み入れ、ぐるりと
「な、何だいあんたは? ここはあたし達の部屋だよ! 関係無い奴は今すぐ出てっておくれ!」
するとリビングに相当する部屋の暖炉の前に設置されたソファの上で寝転んでいたぶくぶくに肥え太った醜い中年女性、つまり
「さてはあんた、あの老いぼれ爺に雇われた殺し屋だね! 覚悟おし!」
「ちいっ!」
弾倉内の残弾を全て撃ち尽くしてしまった
「ぎゃあっ!」
手首から先を切り落とされた
「そこまでだ、
狼狽する
「なるほど、そこか」
そう言った始末屋はずかずかと室内を縦断し、
「誰だ?」
扉を蹴り開けて入室してみれば、真っ暗な寝室のベッドの上から誰かがそう言って問い掛けて来たので、始末屋は眼を凝らす。
「お前、
ロイヤルスイートルームの寝室のベッドの上から繰り返しそう言ったのは、年端も行かない一人の少年であった。背はさほど高くなく、比較的痩せ型で、どこにでも居るような平凡な顔立ちの少年である。そしてその少年は、身動きが取れないように鋼鉄製の手錠によって左手首とベッドの天蓋の柱とが連結されており、つまり彼こそが誘拐されたと言う
「貴様が
寝室に足を踏み入れた始末屋はベッドの脇へと歩み寄り、やはり顔色一つ変えずにぶっきらぼうな口調でもって、そのベッドの上に横たわる
「そうとも、僕が
「ああ、そうだ。待ってろ、今すぐ自由にしてやる」
そう言った始末屋は、自らが
「ふう、助かった」
手錠から解放された
「貴様の祖父である
「なるほど、お前はお爺様に雇われて、僕を助けるためにここまで来たんだな? 道理で、警察の人間にしては奇妙な風貌だと思った」
ベッドから床へと降り立った
「
夫婦を眼にした
「おい、そこの黒んぼの大女! こいつら二人に、眼にもの見せてやれ!」
「ひいっ!」
悲鳴を上げる間も無く、始末屋が振り下ろした手斧の丹念に研がれた切っ先が、
「あんた! あんたあああぁぁぁっ!」
眼の前で夫を殺された、しかも頭部を真っ二つにされると言った無残な惨状を見せつけられた
「お、おおおお願いだよ! あんた、あたしだけは殺さないでおくれ! 金なら幾らでも払うし、何なら土下座でもするし靴だって舐める! だからお願いだよ、命だけは、命だけは助けておくれ!」
「あたしは連れ去られた
しかしながら始末屋はそう言うと、再び手斧を振りかぶり、その照準を恐れ
「ま、待っておくれ! ほら、ほら
実の甥である
「いいよ、大女。もういいから、こいつもやっちまってよ。……やっちまえって言ってるだろ!」
無情にもそう言い放った
「ひんっ!」
アーカンソー州産の天然砥石によって丹念に研ぎ上げられた手斧の切っ先が、必死に命乞いを繰り返す
「本当に、これで良かったのか?」
獲物を屠り終えた始末屋は、隣に立つ
「ああ、そうとも。これでいいんだ。こいつら二人は次期会長候補の僕に表では媚び諂い、裏では延々と嫌がらせを繰り返してばかりいた、本当に性根が腐ったどうしようもない馬鹿夫婦だったんだからな! だからこいつらは殺されて当然なんだ! そうだそうだ、ざまあ見ろ!」
実の伯母とその婿の殺害現場に遭遇しながらも妙に興奮し、鼻息荒くそう言った
「はぁ……はぁ……はぁ……」
やがて積年の恨みを晴らし終えたのか、
「気は済んだか?」
呼吸を整え終え、脳漿まみれの靴を絨毯に擦り付ける事によって汚れを拭き取ろうと試みている
「うん、そうだね。もういいよ、気は済んだ。それで大女、お前はお爺様に言われて、僕を助けに来たんだろう? だったらこれから僕を、お爺様の所まで送り届けてくれるんだろうな?」
「ああ、安心しろ。言われずともそのつもりだ。あたしが引き受けた依頼は、貴様をフォルモサの
「そうか。だったらこんな所は、とっとと出て行こう。こいつらの血と香水の匂いが強烈過ぎて、これ以上我慢出来そうもない」
鼻を摘みながらそう言って廊下へと続く扉を指差した
「よし、行くぞ。ついて来い」
やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋が、背後に
「あら? もう喧嘩は終わってしまったのかしら?」
錠前や蝶番と共に飛び散った扉の残骸を乗り越え、入室すると同時にきょろきょろと周囲を見渡しながらそう言ったのは、縦に細長い楽器ケースを背負った一人の小柄な少女であった。
「貴様、誰だ?」
たとえ相手が年端も行かない少女であろうと侮らず、決して容赦も油断も手加減もしない始末屋が、左右一振りずつの手斧を構えながら問い質した。
「あら始末屋、まさかあなた、あたくしの顔を忘れたなんて事は無くってね?」
そう言ってペルシャ絨毯を踏み締めながらロイヤルスイートルームへと足を踏み入れた少女は、二つ結いにした赤毛の頭髪にそばかすが浮いた赤ら顔が特徴的な白人の少女であり、その傍らには鎖で繋がれた一頭の大型犬が付き従っている。いや、よく見れば、その毛むくじゃらの動物は犬ではない。犬に似てはいるが微妙に犬とも狼とも虎とも熊とも違う、何とも形容し難いが、見るからに獰猛そうな一頭の獣であった。
「あたしの通り名を知っていると言う事は、さては貴様も『
始末屋が手斧を構えたままそう言って問い掛けると、その小柄な体格とは不釣り合いなサイズの楽器ケースを背負った赤毛の少女は胸を張りながら、まるで勝ち誇ったかのような口調でもって自らの素性を明かす。
「如何にも、あたくしの名はボニー・パーカー。始末屋、あなたと同じ『
まるでホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥き、不敵にほくそ笑みながらそう言ったボニー・パーカーに対して、始末屋は警戒を怠らない。
「それで、そのボニー&クライドのボニー・パーカーとやらが、一体何の用だ? もしや貴様、あたしの獲物を横取りしようと言う魂胆じゃないだろうな?」
そう言って警戒する始末屋に、獰猛な獣を従えた赤毛のボニーは肩を竦めながら呆れ返る。
「まさかまさか! あたくしだって、獲得報酬ランキング第十二位の立派な
「ならば尚更、一体何の用で来た? 殺害対象であった
始末屋はそう言って手斧を構えながら腰を落とし、眼の前の赤毛の少女を、尚の事警戒した。ボニーに付き従う正体不明の獣がぐるるると唸り声を上げ、今にも始末屋に襲い掛からんと臨戦体制に移行し、始末屋はそちらにも警戒せざるを得ない。するとより一層肩を竦めたボニーは、始末屋に提案する。
「あらあらあら、獲得報酬ランキング第四位にしては、ちょっとばかり血の気が多過ぎやしません事かしら、始末屋? 確かに今回の合同コンペティションの勝者はあなたですし、その事実に異論を挟む気は毛頭ありません事よ? ですがあたくしは、その勝者たるあなたに、一つだけ提案がありますの」
「提案だと?」
「実の事を言いますと、あたくし、今回の合同コンペティションの勝敗には興味がありませんの。興味があったのは、依頼者の素性でしてよ?」
「依頼者の素性?」
「ええ、そうですの。実はあたくし達二人は、
「同行してどうする?」
ボニーの提案を耳にした始末屋はそう言って、重ねて尋ねた。
「申し訳ありませんけれど、それは秘密ですの。でも安心してちょうだい、決してあなたに迷惑は掛けないし、それなりの報酬を支払う用意もありましてよ?」
そう言ったボニーに敵意は無いと判断した始末屋は、手斧の構えを解く。
「ならば、貴様の好きにしろ。勝手について来る者を一々追い払っているほど、あたしも暇ではない。しかし繰り返し言っておくが、今回の依頼の達成者はあくまでもあたし個人であり、報酬を山分けする気は無い」
「ええ、その点は安心してちょうだい、始末屋。何度も言うようですけれど、あなたに迷惑を掛ける気は毛頭ありませんし、決して損はさせなくってよ?」
ボニーはそう言うと、始末屋に向かって右手を差し出した。すると始末屋は、暫し無言のまま逡巡した後に、その手を取る。
「これで、契約成立ね」
始末屋と握手を交わしながらそう言ったボニーは、やはりホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥きながら、にやりとほくそ笑んだ。するとそんな彼女を無視して、始末屋は背後の
「おい
「う、うん」
戸惑いつつもそう言って頷いた
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