第三幕


 第三幕



「……頼む……どうか殺さないでくれ……俺は未だ死にたくない……」

 ぶつぶつと命乞いの言葉を呟き続ける黄冠宇ホァン・グァンユーに先導されながら、ハオジアン有数の絢爛豪華さを誇るホテル媽閣マーコウの最上階へと辿り着いた始末屋は、彼が案内するロイヤルスイートルームの扉の前で足を止めた。

「ふん!」

 やはり何の感慨も無く扉を蹴り開けると、始末屋はロイヤルスイートルームの中へと足を踏み入れ、ぐるりとこうべを巡らせながら周囲を見渡す。さすがは名の知れた一流ホテルのロイヤルスイートルームだけあって、広壮な室内には当代きっての職人による金細工が施された豪奢な家具や調度品が並び、この部屋に寝泊まりした客が享受する快適さは語るに及ばない。

「な、何だいあんたは? ここはあたし達の部屋だよ! 関係無い奴は今すぐ出てっておくれ!」

 するとリビングに相当する部屋の暖炉の前に設置されたソファの上で寝転んでいたぶくぶくに肥え太った醜い中年女性、つまり黄美玲ホァン・メイリンが血相を変えながら立ち上がってそう言うと、始末屋に出て行くよう命じた。しかし当然の事ながら、駱駝色のトレンチコートに身を包んだ始末屋は顔色一つ変えず、その言葉に従わない。更には削ぎ落とされた右耳の断面から鮮血を滴り落とす黄冠宇ホァン・グァンユーの姿に気付くと、さすがの黄美玲ホァン・メイリンも全てを察し、ローテーブルの上に置かれていた彼女のハンドバッグへと手を伸ばす。

「さてはあんた、あの老いぼれ爺に雇われた殺し屋だね! 覚悟おし!」

 黄美玲ホァン・メイリンは趣味の悪いバーキンのハンドバッグの中からケル・テック社製の護身用の小型拳銃を取り出したかと思えば、その銃口を始末屋に向けながら警告しつつ、照準を合わせた。そして続けざまに七回引き金を引き絞って銃弾を発射するものの、所詮は素人でしかない彼女の腕前では只の一発たりとも命中せず、ロイヤルスイートルームの壁や家具に無意味な弾痕を刻むのみである。

「ちいっ!」

 弾倉内の残弾を全て撃ち尽くしてしまった黄美玲ホァン・メイリンは舌打ちを漏らし、予備弾倉を求めて再びハンドバッグを漁るが、そんな彼女をのんびりと傍観しているほど始末屋も暇ではない。彼女はトレンチコートの懐から一振りの手斧を取り出すと、冷静に狙いを定めながら振りかぶり、それを投擲した。投擲された手斧は眼にも止まらぬ速さでもって空を切り、ようやく予備弾倉を探り当てた黄美玲ホァン・メイリンの小型拳銃を持った右手の手首から先をすぱっと切り落としたかと思えば、部屋の向こう側の壁にどすんと突き刺さる。

「ぎゃあっ!」

 手首から先を切り落とされた黄美玲ホァン・メイリンが、ピンク色の筋肉と乳白色の骨が覗く切断面を凝視しつつ、屠殺される豚の様な苦痛と驚愕が入り混じった悲鳴を上げた。彼女の足元には切断された手首から先が小型拳銃を握ったまま転がり、一拍遅れて傷口から噴き出した真っ赤な鮮血がぼたぼたと零れ落ちて、床に敷かれたペルシャ絨毯をしとどに濡らす。

「そこまでだ、黄美玲ホァン・メイリン。それ以上その肥満体を切り刻まれたくなければ、そこから一歩も動くな。一歩でも動けば、その時は容赦無く貴様を切り殺す。さあ、貴様ら夫婦が連れ去った黄俊明ホァきン・ジュンミンはどこに居るのか白状しろ」

 狼狽する黄美玲ホァン・メイリンに警告しつつ、始末屋は改めて、今回の依頼の標的ターゲットたる黄俊明ホァン・ジュンミンの居所を尋ねた。すると手首から先を切り落とされた黄美玲ホァン・メイリンは彼女を睨み付けたまま微動だにしないが、既に観念し切ってしまっている黄冠宇ホァン・グァンユーは眼を伏せたまま、ロイヤルスイートルームの一番奥の部屋を指差す。

「なるほど、そこか」

 そう言った始末屋はずかずかと室内を縦断し、黄冠宇ホァン・グァンユーが指差した寝室の扉の前に立つと、その扉を蹴り開けた。

「誰だ?」

 扉を蹴り開けて入室してみれば、真っ暗な寝室のベッドの上から誰かがそう言って問い掛けて来たので、始末屋は眼を凝らす。

「お前、美玲メイリンでも冠宇グァンユーでもないな? 誰だ? 奴らに雇われた手下か何かか?」

 ロイヤルスイートルームの寝室のベッドの上から繰り返しそう言ったのは、年端も行かない一人の少年であった。背はさほど高くなく、比較的痩せ型で、どこにでも居るような平凡な顔立ちの少年である。そしてその少年は、身動きが取れないように鋼鉄製の手錠によって左手首とベッドの天蓋の柱とが連結されており、つまり彼こそが誘拐されたと言う黄俊明ホァン・ジュンミンその人に相違無い。

「貴様が黄俊明ホァン・ジュンミンだな?」

 寝室に足を踏み入れた始末屋はベッドの脇へと歩み寄り、やはり顔色一つ変えずにぶっきらぼうな口調でもって、そのベッドの上に横たわる黄俊明ホァン・ジュンミンに問い掛けた。すると少年はもぞもぞと身をくねらせながら半身を起こし、未だ声変わりしていない性別不詳の声でもって返答する。

「そうとも、僕が黄俊明ホァン・ジュンミンだ! それで、お前は誰だ? もしかして、僕を助けに来てくれたのか?」

「ああ、そうだ。待ってろ、今すぐ自由にしてやる」

 そう言った始末屋は、自らが黄俊明ホァン・ジュンミンである事を認めた少年の左手首に嵌められた手錠の輪っか状の部分に指を掛け、それを力任せに引き千切った。鋼鉄製の手錠を、ばきんと言う破断音と共に素手でもって容易く引き千切って見せるとは、常人離れした膂力を誇る始末屋らしき芸当である。

「ふう、助かった」

 手錠から解放された黄俊明ホァン・ジュンミンは、左手首に出来た擦過傷を撫で擦りつつそう言うと、ほっと安堵の溜息を漏らした。

「貴様の祖父である黄金龍ホァン・ジンロンの依頼により、貴様を助けに来た。さあ、立て。行くぞ。依頼主がフォルモサで待っている」

「なるほど、お前はお爺様に雇われて、僕を助けるためにここまで来たんだな? 道理で、警察の人間にしては奇妙な風貌だと思った」

 ベッドから床へと降り立った黄俊明ホァン・ジュンミンはそう言うと、始末屋に付き添われながら寝室を後にする。彼が誘拐されてからおよそ十日間、満足に出歩く事も出来なかったせいか、その足取りは覚束無い。そして寝室からリビングへと二人揃って足を踏み出せば、右手首から先を切り落とされた黄美玲ホァン・メイリンと、左耳を削ぎ落された黄冠宇ホァン・グァンユーの夫婦が、互いの身を寄せ合ったまま二人を睨み据えた。

美玲メイリン! それに冠宇グァンユー! お前らよくも、この僕をこんな所に閉じ込めてくれたな!」

 夫婦を眼にした黄俊明ホァン・ジュンミンはそう言って詰め寄り、子供ながらに怒りを露にすると、今度は始末屋に眼を向ける。

「おい、そこの黒んぼの大女! こいつら二人に、眼にもの見せてやれ!」

 黄俊明ホァン・ジュンミンが重ねて命じれば、彼に命じられた黒んぼの大女、つまり始末屋は「心得た」と言いながら夫婦の元へと歩み寄った。そしてトレンチコートの懐から二振りの手斧を取り出し、互いに身を寄せ合いながらがたがたと震えるばかりの夫婦に照準を合わせると、その手斧を頭上高く振りかぶる。

「ひいっ!」

 悲鳴を上げる間も無く、始末屋が振り下ろした手斧の丹念に研がれた切っ先が、黄冠宇ホァン・グァンユーの頭部から胸部にかけてを頭蓋骨ごと真っ二つに叩き割った。中枢神経系を完全に破壊された黄冠宇ホァン・グァンユーは蛇に睨まれた蛙の様な表情を浮かべたまま絶命し、髄液で濡れた頭部の断面から、鱈の白子の様な脳髄がぼろりと零れ落ちる。

「あんた! あんたあああぁぁぁっ!」

 眼の前で夫を殺された、しかも頭部を真っ二つにされると言った無残な惨状を見せつけられた黄美玲ホァン・メイリンが恐れおののき、やはり屠殺される豚の様な悲鳴を上げた。そして恐慌状態に陥った彼女は失禁し、腰が抜けてしまって立つ事が出来ない下半身を小便でびしょびしょに濡らしながら、命乞いをする。

「お、おおおお願いだよ! あんた、あたしだけは殺さないでおくれ! 金なら幾らでも払うし、何なら土下座でもするし靴だって舐める! だからお願いだよ、命だけは、命だけは助けておくれ!」

 黄美玲ホァン・メイリンは始末屋のトレンチコートにすがり付きながら何度も何度も懇願し続け、涙交じりの命乞いに余念が無い。

「あたしは連れ去られた黄俊明ホァン・ジュンミンを救出し、同時に貴様ら夫婦の息の根を止め、亡き者とするよう依頼されている。悪いが、一度引き受けた依頼は何があろうと完遂するのがあたしのモットーだ。例外はあり得ない」

 しかしながら始末屋はそう言うと、再び手斧を振りかぶり、その照準を恐れおののくばかりの黄美玲ホァン・メイリンの頭部に合わせた。

「ま、待っておくれ! ほら、ほら俊明ジュンミン! あんただって、あたしが殺される瞬間に立ち会いたくなんてないだろう? なんてったって、あたしはあんたの実の伯母さんだ! そうだよ、血を分けた親戚同士だよ! 親戚同士なんだから、こう言う時は助け合わなくちゃ! ね? そうだろう?」

 実の甥である黄俊明ホァン・ジュンミンを次期会長の地位目当てに誘拐しておきながら、この期に及んで、その甥に助けを求める黄美玲ホァン・メイリン。そんな伯母の姿を見つめる黄俊明ホァン・ジュンミンの瞳は、歳頃の少年らしからぬ冷酷な光を湛える。

「いいよ、大女。もういいから、こいつもやっちまってよ。……やっちまえって言ってるだろ!」

 無情にもそう言い放った黄俊明ホァン・ジュンミンの言葉に従い、駱駝色のトレンチコートに身を包んだ始末屋は、躊躇う事無く手斧を振り下ろした。

「ひんっ!」

 アーカンソー州産の天然砥石によって丹念に研ぎ上げられた手斧の切っ先が、必死に命乞いを繰り返す黄美玲ホァン・メイリンの頭部を真っ二つに叩き割り、力無く崩れ落ちた彼女の肢体は香水の匂いをぷんぷんと漂わせながら床を転がる。

「本当に、これで良かったのか?」

 獲物を屠り終えた始末屋は、隣に立つ黄俊明ホァン・ジュンミンに問い質した。冷静沈着を旨とする彼女にしては、実に珍しい事である。

「ああ、そうとも。これでいいんだ。こいつら二人は次期会長候補の僕に表では媚び諂い、裏では延々と嫌がらせを繰り返してばかりいた、本当に性根が腐ったどうしようもない馬鹿夫婦だったんだからな! だからこいつらは殺されて当然なんだ! そうだそうだ、ざまあ見ろ!」

 実の伯母とその婿の殺害現場に遭遇しながらも妙に興奮し、鼻息荒くそう言った黄俊明ホァン・ジュンミンは、まるで土下座をするような格好のまま絶命した黄美玲ホァン・メイリンの死体の頭部を蹴り飛ばした。蹴り飛ばされた衝撃でもって、真っ二つになった黄美玲ホァン・メイリンの頭部の断面から、やはり鱈の白子の様な脳髄がぼろりと零れ出て絨毯を汚す。するとその零れ出た薄灰色の脳髄を、勢い余った黄俊明ホァン・ジュンミンは高価そうな靴が汚れるのも厭わずぐちゃぐちゃに踏み潰すが、この蛮行に対して始末屋は静観を決め込むばかりだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 やがて積年の恨みを晴らし終えたのか、黄俊明ホァン・ジュンミンは実の伯母の脳髄を踏み潰すのを止めると、呼吸を整える。

「気は済んだか?」

 呼吸を整え終え、脳漿まみれの靴を絨毯に擦り付ける事によって汚れを拭き取ろうと試みている黄俊明ホァン・ジュンミンに、始末屋が尋ねた。すると靴の汚れを落としながら、彼は尋ね返す。

「うん、そうだね。もういいよ、気は済んだ。それで大女、お前はお爺様に言われて、僕を助けに来たんだろう? だったらこれから僕を、お爺様の所まで送り届けてくれるんだろうな?」

「ああ、安心しろ。言われずともそのつもりだ。あたしが引き受けた依頼は、貴様をフォルモサのホァン財閥本社ビルまで送り届ける事によって完遂される」

「そうか。だったらこんな所は、とっとと出て行こう。こいつらの血と香水の匂いが強烈過ぎて、これ以上我慢出来そうもない」

 鼻を摘みながらそう言って廊下へと続く扉を指差した黄俊明ホァン・ジュンミンは、そのつぶらな瞳から一筋の涙を零れ落とし、静かに泣いていた。その涙が如何なる感情の発露として流されたものなのか、俗世とは乖離した価値観が支配する世界で生きる始末屋に、知る術は無い。

「よし、行くぞ。ついて来い」

 やはりぶっきらぼうな口調でもってそう言った始末屋が、背後に黄俊明ホァン・ジュンミンを従えながらロイヤルスイートルームから廊下へと続く扉に足を向けた、次の瞬間であった。その扉が室内へと向かって勢いよく弾け飛び、ずしんと言う轟音と共にペルシャ絨毯が敷かれた床を転がったかと思えば、何者かが侵入して来て口を開く。

「あら? もう喧嘩は終わってしまったのかしら?」

 錠前や蝶番と共に飛び散った扉の残骸を乗り越え、入室すると同時にきょろきょろと周囲を見渡しながらそう言ったのは、縦に細長い楽器ケースを背負った一人の小柄な少女であった。

「貴様、誰だ?」

 たとえ相手が年端も行かない少女であろうと侮らず、決して容赦も油断も手加減もしない始末屋が、左右一振りずつの手斧を構えながら問い質した。

「あら始末屋、まさかあなた、あたくしの顔を忘れたなんて事は無くってね?」

 そう言ってペルシャ絨毯を踏み締めながらロイヤルスイートルームへと足を踏み入れた少女は、二つ結いにした赤毛の頭髪にそばかすが浮いた赤ら顔が特徴的な白人の少女であり、その傍らには鎖で繋がれた一頭の大型犬が付き従っている。いや、よく見れば、その毛むくじゃらの動物は犬ではない。犬に似てはいるが微妙に犬とも狼とも虎とも熊とも違う、何とも形容し難いが、見るからに獰猛そうな一頭の獣であった。

「あたしの通り名を知っていると言う事は、さては貴様も『大隊ザ・バタリオン』に所属する執行人エグゼキューターの一人だな?」

 始末屋が手斧を構えたままそう言って問い掛けると、その小柄な体格とは不釣り合いなサイズの楽器ケースを背負った赤毛の少女は胸を張りながら、まるで勝ち誇ったかのような口調でもって自らの素性を明かす。

「如何にも、あたくしの名はボニー・パーカー。始末屋、あなたと同じ『大隊ザ・バタリオン』に所属する執行人エグゼキューターの一人であり、同業者達からは『猛獣使いとその下僕』と呼ばれたボニー&クライドの、ボニー・パーカー様よ!」

 まるでホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥き、不敵にほくそ笑みながらそう言ったボニー・パーカーに対して、始末屋は警戒を怠らない。

「それで、そのボニー&クライドのボニー・パーカーとやらが、一体何の用だ? もしや貴様、あたしの獲物を横取りしようと言う魂胆じゃないだろうな?」

 そう言って警戒する始末屋に、獰猛な獣を従えた赤毛のボニーは肩を竦めながら呆れ返る。

「まさかまさか! あたくしだって、獲得報酬ランキング第十二位の立派な執行人エグゼキューターでしてよ? 決して昨日今日になってからこの世界に足を踏み入れた新参者ではない事くらい、あなたにも察しが付くのではなくて? ですから始末屋、ランキング第四位のあなたよりは格下で、たとえ今回の依頼が合同コンペティションであったとしても、既に屠られてしまった他人の獲物を横取りするほど落ちぶれてはいません事よ?」

「ならば尚更、一体何の用で来た? 殺害対象であった黄美玲ホァン・メイリン黄冠宇ホァン・グァンユーの二人は既に亡き者となり、標的ターゲットである黄俊明ホァン・ジュンミンはあたしが保護した。これ以上、貴様らが関わる事は無い。去れ」

 始末屋はそう言って手斧を構えながら腰を落とし、眼の前の赤毛の少女を、尚の事警戒した。ボニーに付き従う正体不明の獣がぐるるると唸り声を上げ、今にも始末屋に襲い掛からんと臨戦体制に移行し、始末屋はそちらにも警戒せざるを得ない。するとより一層肩を竦めたボニーは、始末屋に提案する。

「あらあらあら、獲得報酬ランキング第四位にしては、ちょっとばかり血の気が多過ぎやしません事かしら、始末屋? 確かに今回の合同コンペティションの勝者はあなたですし、その事実に異論を挟む気は毛頭ありません事よ? ですがあたくしは、その勝者たるあなたに、一つだけ提案がありますの」

「提案だと?」

「実の事を言いますと、あたくし、今回の合同コンペティションの勝敗には興味がありませんの。興味があったのは、依頼者の素性でしてよ?」

「依頼者の素性?」

「ええ、そうですの。実はあたくし達二人は、ホァン財閥会長の黄金龍ホァン・ジンロンとはちょっとした因縁がありましてね? それでどうしても彼に直接会うか、少なくとも、ホァン財閥本社ビルの内部まで足を踏み入れたいと思ってますの。ですから今回の依頼はそのための良い機会だと思っていましたのですけれど……始末屋、あなたに先を越されてしまったからにはこのあたくしも共闘したと言う事にして、これから黄金龍ホァン・ジンロン会長の元へと赴くあなたに同行させてもらえないかしら?」

「同行してどうする?」

 ボニーの提案を耳にした始末屋はそう言って、重ねて尋ねた。

「申し訳ありませんけれど、それは秘密ですの。でも安心してちょうだい、決してあなたに迷惑は掛けないし、それなりの報酬を支払う用意もありましてよ?」

 そう言ったボニーに敵意は無いと判断した始末屋は、手斧の構えを解く。

「ならば、貴様の好きにしろ。勝手について来る者を一々追い払っているほど、あたしも暇ではない。しかし繰り返し言っておくが、今回の依頼の達成者はあくまでもあたし個人であり、報酬を山分けする気は無い」

「ええ、その点は安心してちょうだい、始末屋。何度も言うようですけれど、あなたに迷惑を掛ける気は毛頭ありませんし、決して損はさせなくってよ?」

 ボニーはそう言うと、始末屋に向かって右手を差し出した。すると始末屋は、暫し無言のまま逡巡した後に、その手を取る。

「これで、契約成立ね」

 始末屋と握手を交わしながらそう言ったボニーは、やはりホオジロザメを髣髴とさせる真っ白なギザ歯を剥きながら、にやりとほくそ笑んだ。するとそんな彼女を無視して、始末屋は背後の黄俊明ホァン・ジュンミンを急かす。

「おい俊明ジュンミン、そろそろ行くぞ。こんな所でいつまでもぐずぐずと油を売っていては、ホテル側が雇った警備員達と一戦交える事になりかねん。さあ、あたしについて来い」

「う、うん」

 戸惑いつつもそう言って頷いた黄俊明ホァン・ジュンミン、それにボニー&クライドのボニー・パーカーと正体不明の獣を背後に従えながら、トレンチコートに身を包んだ始末屋はロイヤルスイートルームから廊下へと続く扉に足を向けた。勿論そこに有った筈の扉そのものはボニー&クライドが破壊してしまったがために存在せず、その残骸であるドア枠を潜ると、始末屋を先頭とした三人と一頭はホテル媽閣マーコウの廊下を足早に渡る。

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