第6話 対決

 領域探知スキルに何かが引っかかったらしい。

 調べてみると、複数の影がこちらに向かっている。

 相手は、高レベルのステルススキルを使用しているようだ。

 このダンジョンでこれほどのステルスを使う種はいない。


「モンスターじゃない?……じゃあ、冒険者!?」

 アナスタシアとともにそちらへと向かうと、コールスの予想通り、いや、予想以上だった。


 黒いローブを纏い、杖を携えた女性の姿が見えた。

 やってきていたのは、ギルドで監察官をしているレイチェルだった。


「あ!キミは、コールス・ヴィンテ!生きていたのか!?」

 まさか、本当に?という表情のレイチェル。


「はい、コールスです。正直、自分でも信じられないのですが、なんとか生きています」

 レイチェルに同行している数人の人間も、あっけにとられた様子だ。


「というか、すごい武器を持っているな。いや、君が力持ちなのは知っていたが……」

 レイチェルはコールスが携えている巨大な戦斧に目を見張った。


「あぁ、これですか。ギガントウォーリアのものなんですが、見た目のわりに使いやすくて」

「ギ、ギガントウォーリアぁ?」

 常に冷静沈着なレイチェルから、聞いたこともないような声が飛び出した。

 本当に目の前にいるのが、あの探索師なのか、と疑ってすらいるようだ。


「それと、そこの女の子は?」

 レイチェルの視線に、アナスタシアは警戒するような目のまま会釈した。


「あぁ……何があったのか、僕からお話しします」

 そうして、コールスは、ここまでの顛末を全て話した。


 話を聞き終わったレイチェルは、うーんと唸って腕を組んだ。

「そうか……スキルレベルの上昇か。加えて、無限にスキル複製ができる女の子……確かにそれで説明はつくが……」


 レイチェルは細い顎に手を当てながら、思案している。

「それと……君の転落についてだが、部下が酒場で聞いた話だと、逃げている途中に、モンスターどもの重さで、つり橋が落ちて、君が巻き込まれた、ということだったんだが」


 ウォレスたちが冒険者たちに慰められているときに、酒場をそっと離れた男は、レイチェルの部下だったのだ。



「ちょっと!何それ、そんなわけないじゃない!」

 怒り心頭、といった感じでアナスタシアは会話に割り込んだ。

 

 コールスが“暁の鷹”からどんな仕打ちを受けたかは、既に彼女に話してあった。

 アナスタシアはコールス以上に怒り、絶対に真実を明らかにして、彼らに謝罪させよう、と言ってくれていた。


 レイチェルは冷徹な瞳でアナスタシアを見た。

「そんなわけがない、はずがない、などという憶測で私たちギルドの監察官は判断しない。例えそれを言ったのが王侯貴族であろうとね。だからこそ、私は自分の目で現場を見るためにここまで来たのだ。そして――」


 レイチェルは自分の後ろを指さした。

「さっき、君が落ちたというつり橋の跡を私たちは見てきた。残っていた吊り縄の切れ端はすべて、自然にちぎれたような形になっていた」


「そんな!」

「どうして!?」

 コールスとアナスタシアは同時に声を上げた。


「それはきっと、偽装工作です!」

「そうかもしれない。後から縄を切りほぐして引きちぎれたように見せかけているのかもしれない。しかし、その判断ははっきりいって難しい」


「そんな!それじゃあ、コールスがウソつきだって言いたいの!?」

 思わずアナスタシアは、レイチェルに詰め寄ろうとする。

 

 レイチェルはふぅっと静かに息をついた。

「そうは言ってないよ。

 いや、私もコールスがウソつきなどとは思わない。君がこれまでどれほど“暁の鷹”のために働いてきたか、ギルドや街の皆のためにがんばってきたか、それはちゃんと見てきたつもりだ。

 だから、君が意味もなくパーティを貶めるようなことを言うとは思わない」


 そう言って、監察官は微笑んだ。

「レイチェルさん……」

 コールスは今までの自分を認めてもらえたことに温かな気持ちになっていた。


 レイチェルは長い髪をかき上げた。

「とは言うものの。君たちの言葉が真実である、という証拠がなければ、どのみちギルド長たちを納得させることはできない。どうしたものかな……」


 コールスたちは一計を案じることにした。


*          *         *


 その日の夜のうちに、コールスとアナスタシアは密かに街へと帰っていた。

 そして、レイチェルに取ってもらった宿で身体を休めた。


 あくる日の早朝。

 街はずれにある、1本の杉が立つ丘の上にコールスは立っていた。


 今、この場にアナスタシアはいない。

 恐らく、彼女を危険にさらすことになるからだ。

 そのため、今は別の場所にいてもらっている。


 やがて、馬に乗って街の方からこちらに駆けてくる一団が見えた。

 それは、ウォレスたち“暁の鷹”だった。


 彼らは丘の上に来ると、青ざめた顔でコールスを眺めた。

「信じらんねぇ……ほんとにお前かよ!?」

 ギリアムの声は震えている。


「お疑いは無理もありませんが、正真正銘のコールス・ヴィンテですよ」

 と、コールスは抑えた声で答えた。


「どうやって生き延びたんだ?」

 リュートが疑問を投げかけてくる。


「答えは、これです」

 コールスは自分のスキル画面を開いて拡大し、皆に見せた。


「な!レベル99ぅ!?」

「嘘、なんで?」


 一様に驚いているパーティに、コールスは説明した。

「原因は、あの呪いです。

 スキルの使用回数が1になった代わりに、全てのスキルが上限レベルになったんです。

 レベル99の緊急身体強化によって僕は無傷でした。

 その後は、持っているスキルをやりくりして、ここまで戻ってきたんです」


 スキル画面には、気配遮断、透明化、領域探知などのスキルが並び、それらは“Lv.99 使用済”となっている。


「なるほどな……納得した」

 ウォレスは頷いた。


 コールスは5人の顔を眺めた。

「ちゃんと全員で来てくださったんですね」


 昨夜、コールスは“暁の鷹”宛てに一通の手紙を書いていた。

 人に頼んで、その手紙をウォレスたちが泊まる宿まで運んでもらった。


 手紙には、

「明朝、一本杉の丘で、一人で待っています。全員でいらしてください。もし来られなければ、ダンジョンであなた方がしたことをギルドに報告します」

 と書いておいた。


「何かの罠だろうから自分一人で行く、ってリーダーは言ったのよ。

 けど、罠だったらなおさら危ないからって、あたしたちも行くことにしたの」

 と、マーサが言った。


「そうですか」

――やっぱり、仲間同士の絆があるんだな

と、コールスは思った。


「そっちこそ、ちゃんと一人なんだろうな?」

 ギリアムが低い声で問いただしてくる。


「お疑いでしたら、どうぞ調べてください」

 すると、リュートとミリアが杖で周囲を調べ始めた。


 もし誰かがスキルを使って身を隠しているなら“術探知”のスキルで分かるからだ。


 ほかのメンバーも馬の上から周囲を見渡した。

 草丈が短く、見晴らしの良いこの丘に身を隠せる場所はない。


「異常なしだ」

 とリュートが報告した。


「よし、いいだろう」

 ウォレスが頷く。


「……で?犬っころの分際で俺たちを呼び出して、どうしようってんだ、あぁ!?」

 馬を降りながら、ギリアムは露骨に態度を変えて威嚇してきた。


 ギリアムは周囲に他人がいないと、すぐにこうして高圧的になる。

 怯むことなく、コールスはウォレスを見据えた。


「一つ、聞きたかったんです。

 どうして、あの場所で僕を見捨てたんですか?

 どうして、わざわざ縄を切ったんですか?

 モンスターに追いかけられていたとはいえ、あんまりじゃないですか!?」」


 馬を降りるとウォレスはコールスに向き直り、

「簡単なことだ。助ける価値がない、と判断したからだ」

 と、言った。


「確かに名前は売れ始めていたとはいえ、君を雇う前の我々は、まだまだ金が足りなかった。探索師を雇うにしても、あまり金はかけられなかった。

 

 だから、安い給料で働いてくれる獣人の探索師が必要だった。

 ……まぁ、悪くはなかったよ。君を仲間扱いしていれば、“獣人を大切にする人権派パーティ”として、我々の株も上がったからね。しかし――」


 ウォレスはため息をついた。


「呪いで役立たずになったのでは、もう意味がない。 

 解呪するにしても、どれだけ金がかかるか見当もつかない 


 だが、解呪しないまま君をクビにするわけにもいかない。

  パーティのために不利益を被った者について、何の補償もせずに解雇すれば、ギルドの規約違反になるからな」


 例えば、メンバーがほかの誰かを庇ってケガをした場合、ちゃんとパーティ側が治療費や賠償金を払わないといけない、と定められている。

 

 そうでなければ、『冒険者を雇って、どんどん盾や捨て駒に使おう!使いもにならなくなったら、また補充しよう』などという悪質なパーティが出てくるからだ。


「だが、古くからの仲間でもない君のために、そんな金を使いたくはなかった。だから切り捨てたのさ」


 ウォレスは平然とそう言ってのけると、コールスの方に歩き始めた。


「さて、聞きたいことはそれだけかな?」

 ウォレスは持っていた槍の覆いを取ると、コールスへと穂先を向けた。

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