第5話 予感

 それからしばらくして、宿に戻った“暁の鷹”は、貸し切ったフロアに集まっていた。


「周りには誰もいないな?盗聴はされてないか?」

 ウォレスがたずねると、杖を使って辺りを探っていたリュートとミリアが振り返った。

 二人は、のぞき見や盗聴の魔術が行われていないか、探っていたのである。


「問題ない」

「ばっちりよぉ~」

 そう言ってリュートとミリアが頷くと、


「っはぁああ~~~!しんどかったぜぇ~!」

 ギリアムはソファに仰向けになってもたれた。

 コールスが転落したのは“事故”である、と周囲に思い込ませるための芝居は、案外うまくいった。


「なかなかの名演技だったぞ」

 とリュートが笑うと、ギリアムも笑みを漏らした。

「へっ、そっちこそ、素人役者とは思えなかったぜ?」

 

「ミリア、あんたも頑張ったよねぇ」

「泣き真似くらい、なんてことないわよぉ~」

 マーサのねぎらいに、ミリアはけろっとした顔をしている。


 くつろいだ雰囲気の中、ウォレスだけは険しい顔のままだ。

「酒場の連中はあの芝居でごまかせるとして、後はギルド上層か。今後、直にギルド長たちが話を聞きに来る可能性がある。しっかり口裏合わせをしておくぞ」



「そうだな。それに、恐らく現場の様子も確認するだろう。つり橋の縄はあれで大丈夫だろうか?」

 リュートの呟きに、ギリアムが答える。


「問題ねぇよ。両方ともナイフでしっかりと切りほぐしておいたからな。ちゃあぁんと自然に切れた風に見えるようによ」

 剣士はへへっと笑って酒瓶に口をつける。


「全く……アンタがつり橋の縄を最初に切ったときは、何をするのかと思ってビックリしたけどね!」

 マーサがにらみつけると、ギリアムは片眉を上げる。


「仕方ねぇだろ。急に思いついちまったんだよ。今なら、あいつを厄介払いできるってな。だいたい、リーダーだって後から切っただろうが」

 仲間の抗議に、ウォレスはため息をついた。


「そうするより他にない、と思ったからだ。全面的に賛同したわけじゃない!」

 そう言いながら、あの時を思い出す。

 つり橋を落とした自分を、信じられないという目で見ていたコールスの顔。


 魂を振り絞るようなコールスの絶叫は、今も耳の奥に残って離れない。

――オレとしては、地上まで連れ帰ってから解雇したかった。当然だ、故意に仲間を落としたなんてこと、バレれば一巻の終わりだ!


――だが、あいつの呪いを解こうとすれば、かなりの金がかかったことは事実だ。その分の経費が浮いた、とは言えるか……


「いずれにせよ、起こったことは仕方がない。一度決めた道は貫き通すぞ、いいな!」


「おう!」

「あぁ!」

「えぇ!」

「はぁ~い」


 4人の返事を聞きながら、ウォレスはどこかで胸騒ぎを感じていた。

――大丈夫、俺たちがコールスを落としたという証拠は残っていない、ギルドの信頼も厚いし疑われる余地はない……計画に穴はない。


 なのに。

 どうしても、全てが崩れてしまうのではという懸念を拭えないのだった。



*       *       *



「ふぅ、結構、進んできたかな?」

 そう言いながら、コールスは滴る汗を拭った。

 彼は今、アーマーミノタウロスの胸板の上に立っている。


「よっ……と!」

 巨大なモンスターの体に食い込んだ斧を引き上げた。

 ギガントウォーリアから奪った斧は、コールスの背丈よりも大きいが、腕力強化(lv.99)を使えば片手で簡単に回せる。


 コールスが今いる空間には、他にも3体のミノタウロスが倒れている。

 合計4体。ということは、おそらく、あのとき“暁の鷹”に襲い掛かってきた奴らだろう。


――パーティ6人でこいつらから逃げ回っていたのがウソみたいだな……

 とコールスは思い返す。

 だが、感慨に耽って油断するようなことはしなかった。

 念のため、探索スキル(lv.99)を使って、辺りを確かめる。


――これ以上、敵はいないみたいだな……

 そう判断したコールスは


「ナーシャ!」


 と岩陰に声を掛けた。

 すると、そこからひょこっとアナスタシアが顔を出した。

 少女は手に護衛用の槍を握りしめながら、こちらに歩いてくる。

 

 モンスターの角を加工して、コールスが作ってあげた槍だ。

 白い足には、革製の靴を履いている。 

 「足、痛まない?結構歩いてきたけど」

 そういって、コールスは少女へと駆け寄った。


「ううん、大丈夫!コールスが作ってくれた靴のおかげよ!」

 アナスタシアは微笑んで、自分の足元を見た。


*        *        *



 数時間前。

 裸足の少女のために、コールスは足を採寸した後、手持ちの布や、モンスターから取った革などを使って即席で靴を作ってあげたのだ。

 完成した靴を履いたとき、アナスタシアは目を円くして驚いていた。


「すごい!ぴったりよ、コールス!探索師ってこんなこともできるのね!」

「えへへ。探索師だからってわけじゃないけど。実家にいたときは、やんちゃな弟たちが、すぐに靴に穴を開けてたからね。修理するのは割と得意だったんだ」


「へぇ~。フフッ、もこもこしててなんかカワイイ!ありがとう、コールス!」

 少女の満面の笑みに、少年は思わず赤面した。



*        *        *



――こうして見ると、普通の女の子にしか見えないんだけどなぁ

 コールスは不思議な面持ちで、アナスタシアを見つめる。

 だが彼女は、500年前に生み出された魔法生命体なのだ。


 ここまで階層を上ってくるときに、二人はお互いの身の上話をした。

 それによると、魔術師アルクマール・ムルガルが、彼女自身の魔力核の一部をベースに生み出されたのがアナスタシアだという。


 アルクマールは当時「白竜の魔女」と呼ばれ、各国の宮廷や政府が召し抱えようとしたほどの実力を持っていたが、ある時ふと姿を消してしまった、と伝えられている。


 ただ、その後でも、「アルクマールらしき姿を見た」という情報は絶えることなく世界中にあり、今でもそれは続いている。


「まぁ、アルクは半妖精族だからね。それだけ長生きしていてもおかしくないよ」

 とアナスタシア。

「会いたい?」

 コールスは聞いた。


 何と言っても自分の生みの親だ。

「うん!……でも、あの人もかなりの変わり者だし、忘れっぽいからなぁ。……500年も経ってるんじゃぁ、私のこと覚えてるかなぁ?」


 少女が困ったような、寂しそうな笑顔をしたので、コールスは胸が痛んだ。

「……会いに行こうよ!」

「え?」

 少年の言葉に、少女は目を円くした。


「ここを抜けたら、アルクマールを探そうよ。その、一緒に。……僕もパーティを追い出された身で、行くところもないから――」

 言っている途中で、アナスタシアが涙ぐみはじめたので、


「あ、ごめん!ダメ、だよね?」

 コールスは慌てたが、アナスタシアは首を振った。

「うぅん、違うの、嬉しいの。ありがとう!そう言ってくれて」

「ナーシャ……」


 そのとき、コールスの頭に通知音声が響いた。

『探知領域に感あり』

「!モンスターか!?」

 コールスは身構えた。

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