第4話 芝居

 ふいに足音がしてコールスは振り返った。

 アナスタシアがこちらに駆けてくるのが見えた。

 コールスもまた、慌てて少女に駆け寄る。

 勢いあまって抱きかかえるようになってしまう。


「大丈夫でした!?」

 と、息せき切ってアナスタシアは聞いてきた。

 その勢いにコールスの方がおされそうになる。


「え、えぇ、もちろん!……あなたのおかげで助かりました!」

 コールスの答えに、少女は心底ほっとしたような表情をした。


「よかったぁ~!……ごめんなさい、私の大声のせいであなたを危険な目に遭わせてしまってたから……」


「いや、まぁ無理もないですよ。確かに、いきなりレベル99って出たら誰でもびっくりします」

 そう言いながら、コールスは自分のステータス画面を開いた。


「こうなったのには訳があって。ついさっき、トラップに引っかかってスキルが1回しか使えないようになったんです。それが原因なんじゃないかなって……」


 すると、アナスタシアは途端に目を輝かせた!

「あぁ!それなら分かります!それは“代償効果”ってやつです!」


「代償効果?」

 コールスは首を傾げた。初めて聞く言葉だ。


「はい。何らかの理由でスキルや魔術に不具合が起こったとき、それを埋め合わせるようにスキルや魔術が変化するんです」

「埋め合わせる、ですか?」


「本来、制限なく使えるスキルが1回しか使えないとなったら、それは“マイナス”ってことですよね。だから、その代わりに”プラス“になる効果がスキルに加わるんです」


「……それが、僕の場合はスキルレベルの上昇、ということですか?」

 アナスタシアは頷いた。


「その通りです!あ~、なんだか仲間を見つけたみたいで嬉しい!」

「仲間?」

「はい。実は私も呪いのせいで、“自分では自分のスキルを使えない”んです」

「え、あれだけスキルを持っているのに?」


 コールスが驚くと、アナスタシアは眉を下げて苦笑した。

「そう、ものすごい”マイナス“でしょう?でも、だからこそ、ものすごい”プラス“を得られたんです」


「なるほど。それが、スキルの転写と無限複製……でも、どうしてこんなことを知ってるんですか?」


 アナスタシアは小さく首を振った。

「知ってるってほどではないんですけどね。私もアルクが大雑把に話していたことしか知りませんから」


「アルク?」

「あぁ、ごめんなさい、アルククマール=ムルガルのことです」

「アルクマール?」

 コールスは心底驚いた。


 なぜなら、魔術師アルクマール=ムルガルは500年前の人物だから。

――そんな歴史上の人物と知り合いだなんて、この子は一体、何者なんだ?

 そう思ったとき、


 ブオオオオオオオオ!!!


 再び、凶暴な声が聞こえてきた。

「またか……」

 血の匂いは、新たなモンスターを呼ぶ。全く、際限がない。



――とりあえず、話はあとにしよう。

「アナスタシアさん、また力を貸してもらえませんか?」

 コールスがそういうと、アナスタシアは琥珀色の瞳を細めて頷いた。


「もちろん!あ、あと、言いにくいと思うから、私のことはナーシャって呼んでくれたら……それと、もっとフランクに話してくれたらうれしいかなって」


「あ、わかりまし、じゃなくて、わかったよ、ナーシャ!」



 *        *       *



 コールスとアナスタシアがモンスター相手に奮闘しているころ。

 ウォレスたちは、自分たちのギルドがある冒険者の街に戻ってきていた。

 ギルド経営の酒場の戸をくぐると、たむろしている冒険者たちが口々に声を掛けてきた。


「“暁の鷹”だ!」

「ずいぶん早かったな!」

「ミリアちゃん、元気?」


 パーティ5人は男たちの言葉に構わず、彼らの間を通り抜けると、カウンターの前で立ち止まった。


「よぉ、おかえり……」

 と、酒場のマスターはけげんな表情で、カウンターの向こうから出迎えた。

 それもそのはず、いつもなら意気揚々としているウォレスたちが、今は一様に暗い顔をしていたからだ。


「どうかしたのか?」

 黙っている“暁の鷹”にマスターがたずねると、


「うぅ……あぁああああぁん!!」

 突然、ミリアが泣き崩れた。


 いつもぼ~っとしていて、泣き顔など見せたことのない魔術師の号泣に一同はざわついた。

 ウォレスは重々しく口を開いた。


「……コールスを、失った」

 冒険者たちはどよめいた。


「え、コールスって、あの獣人の探索師か!?」

「そういや、ここにいないな」


「失った、ってどういうことだ?」

 とマスターが問いかけると、リュートが答えた。


「第20階層で、アーマーミノタウロス5体と遭遇。退却する際、空堀にかかったつり橋に来た時に、敵の重みで縄が切れて橋が落ちた。それにコールスが巻き込まれたんだ」


「くそっ、俺がもう少し早く手を伸ばしていたら……!」

 ギリアムが悔しそうな表情で叫ぶ。


「いや、あの状況では無理だ。下手をすれば、君の命も危なかったんだ」

「それがなんだってんだ!!仲間一人助けねぇで何が冒険者だ!」

「君だって仲間だっ、もちろん彼も!だがどちらかしか選べなかった!」


 言い争う男たちの後ろで、ミリアは顔を覆って泣き続け、マーサがそれを慰めている。

 ざわつく空気の中で、


 ドン!


 と地響きがした。

 片膝をついたウォレスが拳で床を叩いていた。


「……俺はリーダー失格、いや、冒険者失格だ!」 

 そう言って懐を探り、一枚のカードを取り出した。


「おい、ウォレス……」

「仲間の放棄は、重大な規約違反だ。ここでギルド会員証を返上する!」

「リーダー!」

「ウォレス、そんなっ!!」


 会員証を返そうとするリーダーに駆け寄り、仲間たちが口々に叫ぶ中、

「だが、罪は俺だけが被る、だからほかの仲間は見逃してくれ!」

 ウォレスは必死の形相だ。


 マスターは慌てて「落ち着け!」と手を振った。

「仲間の放棄といっても、やむを得ない場合だってある!お前たちの話を聞く限りは、避けようがない事態だったんだろう?そんなところまで罰せるわけがない」


「マスター……」

「いいから、カードはしまえ!事情は分かった。とりあえず、ギルド長には俺から話しておく。とにかく、お前たちは休め」


「っ、ありがとう……すまねぇ!」

 ウォレスはじめ、ギリアムたちも頭をがっくりと垂れた。


「そうだ、よくやったよ、お前たち!」

「お前らが仲間思いなのはよく知ってるぜ!」

「しっかし、ミノタウロス5体なんて、聞いただけで恐ろしいな!」

「しばらくは、ダンジョンに近づけねぇな」


 冒険者たちが、“暁の鷹”を慰めたり、ダンジョンの様子を心配している中、じっと一人の男がウォレスたちを見つめていた。


 そしていつの間にか、ふらっと酒場を出ていったのだが、ウォレスはじめ、誰一人それには気づかなかった……

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