第3話 アナスタシア

 モンスターの唸り声はさっきより近づいている。


――早く隠れないと!


 そう思ったコールスは少女に手を差し伸べた。

「と、とにかくここから離れましょう!モンスターが来てます!」


 この女の子は、どうして宝箱の中にいたのか。

 いつからここにいるのか。

 ほかの仲間はどうしたのか。

 謎ばかりが頭に浮かんでくる。


 だが、コールスの中で確信できていることは一つあった。

 それは、彼女をこのまま一人で放っておくわけにはいかない、ということ。

 

「え?あ、ええ!」

 意識がはっきりしてきたらしい少女は、コールスの手を取って宝箱の中から出ようとする。


 でも、よく見ると彼女は裸足のままだった。

 これでは瓦礫ばかりの地面を歩かせられない。


「あ、待ってください!身体を横向きにしてもらえますか?」

「こう?」

「そうです!……それじゃ、っしょと」


 コールスはお姫様抱っこで少女を持ち上げた。

 すると、彼女が「きゃっ!」と声を上げた。


「すみません!どこか痛みましたか?」

 と聞くと、少女は首を横に振った。


「ううん、全然!あなたが力持ちだから驚いただけ」

「そ、そうですか?全然軽いですよ?」


 実際、コールスにとっては、普段担いでいる、というかパーティメンバーに担がされている荷物から比べたら、なんてことのない重さだった。


「ホント?フフッ、嬉しい!」

 少女は白い頬を微かに赤くして笑った。


――か、可愛い!

 コールスもまた、少しだけ胸を高鳴らせてしまっていた。


 ズン、ズンと地響きが聞こえてくる。

「っと、呑気に話している場合じゃない!」


 急いで隠れられそうな場所を探す。

 少し離れた所で、倒れた岩槍が幾つも折り重なっている。


 コールスは小走りで駆けると、少女を抱えたまま、岩と岩の隙間に潜り込んだ。

 幸い、中は2人が入るには十分な空間だったし、地面も細かい砂に覆われていた。


「降ろしますよ?」

 と断って砂地に少女を降ろすと、すぐに外の様子をうかがう。

 ちょうど、岩の林の陰からモンスターが現れるところだった。


「あれは……!」

 現れたのはギガントウォーリア。


 このダンジョンだと、だいぶ下の階層に生息している奴だ。

「ということは……」

 かなり下まで落ちてきてしまっている、ということか。

 コールスは改めて、厳しい現実を突きつけられた思いがした。


「あの、これからどうするんですか?」

 と少女が聞いてきた。

 別に責めているわけでもなんでもない、純粋に疑問を呈している、という感じの素朴な声。


「……とりあえず、様子を見ます。そのあと隙を見ながら気づかれないように逃げようと思うんです……すみません実は僕、戦闘スキルを持ってないから」


 申し訳ない、と頭を下げるコールス。 

 しかし、少女は微笑んでこう言った。


「だったら、私があなたのお手伝い、できると思うわ!」

「え?」


 驚くコールス。

 少女が祈るような仕草をすると、彼女を包むように、球状の光が現れた。

 そこに表示されているのは、幾百ものスキル画面。

 コールスは目を見張った。


「あなたは、一体……」

 少女は静かに言った。


「私は、アナスタシア。“移木(うつしき)”のアナスタシアといいます。

 ここにあるスキルを、あなたに移してあげられますよ。

 お望みのスキルはどれですか?」


 コールスはあっけにとられていた。

「どういうことですか?」


「私が所有しているこれらのスキルをあなたに移すことができるんです。スキルは無限に複製されますから、無くなることはありません」

 と、アナスタシアは言った。


“スキルが複製される”

“スキルを他人に付与できる”


 どちらもコールスには初耳だった。

 だから、にわかには信じられなかった。


――騙されてるんじゃないか?

 今の彼は、パーティに突き落とされたこともあって、少し人間不信になりかけていた。


 しかし一方では、

――今さら何をビビるんだ?

 とも思った。


 わけの分からない呪いのせいで、(いくらレベルが高いとはいえ)自分の探索スキルは実質使えない。

 このままの状態で、ダンジョンを無事に抜けられるとは思えない。

 ならば、この少女の提案に乗るのも一手じゃないか?


「分かりました、それじゃあ……」

 コールスはアナスタシアを取り巻くスキル画面を眺めた。

 あのギガントウォーリアに対抗するなら、どれがいいだろうか?


 今、コールスが身に着けている武器は、片手ナイフ1本。

 後は探索に使う小型ハンマーくらい。

 いくら戦闘用スキルがあっても、これで巨大モンスターに立ち向かえるとは思えない。


――だから、武器も代わりのものを用意しなくては

 目を付けたのは、辺りに転がっている岩の槍だ。

 槍状に尖った岩を奴に投げつける作戦でいきたい。


――そのために必要なスキルは……これだ!

「“腕力強化”と“投てき強化”をください」

「分かりました!」


 アナスタシアの声に合わせて、球状に並んだ幾百のスキル画面はぐるっと動き、その中で2つだけ、白く輝くスキルが現れた。

 そして、2つの画面は、コールスのほうにせり出した。


“腕力強化”と“投てき強化”だ。

「その画面に触れてください」

 アナスタシアの言葉に従い、指で触れると画面は消えて、代わりにコールスの身体が一瞬強く光った。


「確認してみますね」

 とコールスは言って、ステータス画面を開いた。

 スキル項目を開くと……あった!


“腕力強化” レベル99 使用可能1

“投てき強化” レベル99 使用可能1


「きゅ、99?」

 驚きの声を上げたのは、アナスタシアのほうだった。


 グルルルルル!!

 唸り声とこちらに向かってくる地響き。


「マズい、気づかれた!」

 コールスは急いで岩の隙間から這い出た。


 巨大な斧を振り上げて狂戦士は襲い掛かってくる。

 少年はスキルを発動させ、手近にあった岩の槍に手をかけた。

 岩槍は身長の何倍もの長さがあるのに、まるで羽根でも持っているかのように軽い。


「よし!」

 岩槍を担ぎ上げて、モンスターと向き合う。


 グオオオオオ!!

 奴が斧を振り上げ、ガードがなくなった瞬間。


「やあああああああっ!!」

 コールスは思い切り槍を投げた。


 ズン!!

 高速で上空へと飛び出した槍は、低い響きとともにギガントウォーリアの腹を貫いた。


「グア……」

 うめき声も空しく、モンスターは槍ごと遠くへと吹き飛び、向こうの壁へと叩きつけられた。


 ズダァアアアン!!

「うわあぁ!!」

 衝撃が地面を揺らした。


 やがて、揺れは収まったが、コールスは目の前の光景が信じられなかった。

「す……ごい……」


 はるか先で、岩壁に磔になったモンスターの巨体。

 それはアーマーミノタウロスより数段強い奴だ。


――“暁の鷹”でも到底かなわない相手を、一瞬で、このボクが?

 コールスは震える両手を見つめた。

 何の変哲もない自分の手。


 けれど、この手は、コールスの“世界”を一瞬で変えていたのだ。

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