第2話 谷底での出会い

「退却だ!マーサはミリアとリュートを連れて先に!」

 ウォレスの指示で、後衛の3人は列の先頭へと移動する。

 ウォレス、ギリアムは敵をけん制しながら、後ろ向きに走っていく。



 ミノタウロスが棍棒を振り上げると、

「はっ!」

 ウォレスは槍に力を込めて一気に突き出す。



 槍の穂先から円錐状に剣気が飛び出して、敵の腕へと飛んだ。

「グ……!」

 手甲にひびが入り、ミノタウロスは怯んだ。


 スキル”突撃強化”と槍術を組み合わせたウォレスの技。

 一撃でここまでアーマーミノタウロスに傷を負わせられる人間は、ギルドではウォレスとギリアムくらいだ。


 それでも奴にはかすり傷程度でしかなく、たいして血も流れていない。

 原因は奴らの全身を覆う長い体毛だ。

 一本一本が針のように固く、下手な冒険者が斬りつければ剣のほうが刃こぼれしてしまうだろう。


「このまま戦ってもらちがあかない!とにかく走れっ!」

 とウォレス。


 必死に走っていると、やがて前方に光が見えてきた。

 この階層の出口だ。

 出口の先には水のない大きな谷があって、つり橋がかかっていた。


「向こう岸についたら、奴らが渡ってくる前につり橋を落とすぞ!」

 ウォレスの言葉に一同は頷いた。


 まずはマーサ、ミリア、リュートがつり橋を渡っていく。

 続いてギリアム、ウォレス。

 コールスが一番最後に橋を渡り始める。

 橋の中ほどに来るときには、もう先頭のミノタウロスはつり橋を渡り始めていた。



 そして――


 ブヂヂッ

 と音を立てて、つり橋の敵側の縄が切れ始めた。


――イヤだ嫌だ!僕が渡りきるまでもってくれよ!

 コールスがそう祈りながら走っていると、


 ザンッ


 橋を渡り終えたギリアムが、つり橋の縄を剣で切断した。

「え?うわっ!」

 橋が傾き、反射的に手すりの縄を掴む。


――なんで!?どうして、僕まで落とされようとしてるんだ!?

 縄が切れた衝撃で吊り橋は大きく揺れて、先頭のミノタウロスは谷底へと落ちていった。


「ひぃ!!」

 振り返って闇に吸い込まれていくモンスターを見つめていると、


 ザンッ


「えっ!?」

 再び縄が切られる音に向き直る。


 つり橋のたもとにはウォレスが立っている。

 彼の槍が振り下ろされている。


――まさか、今のは、ウォレスさんが……?


「っ……ああぁあああっ!!」

 目の前の出来事を拒絶するように。

 虚空に向かって助けを求めるように。

 絶望的な声が喉奥からほとばしり出た。


 体が完全に空中に放り出されて、真っ逆さまに落ちていく。

――あぁもう死ぬんだ!


 恐怖で、すうっと気が遠くなる。


『オートスキル、“緊急身体強化”を発動します』

 脳内に音声が響く中、コールスの意識は途切れた。



*       *       *



「!!」

 反射的に起き上がって、コールスは辺りを見回した。


「ここは!?」

 両側にそそりたつ岩壁。

 地面からそそり立っている岩の槍。


 少し離れた地面には、つり橋の残骸。

 残骸を見たとき、先ほどの光景がフラッシュバックした。

「……!そうか、つり橋ごと落とされて……」

 記憶がよみがえり、コールスは肩を落とした。


 “暁の鷹”のメンバーと折り合いが悪いことは分かっていた。

 古くからの仲間同士である彼らと、所詮は“雇われ”の自分との間に溝があることも承知していた。


 そして彼らが、獣人である自分に差別的感情を持っていることも、受け止めているつもりだった。


「だけど!」

 だからといって、一応は仲間である者を切り捨てていいわけではない。

 冒険者としては恥ずべきことだし、何よりギルドの規約に対する重大な違反行為だ。


――ボクを追い出したければ、地上に出てから好きにすれば良かったのに……

 だが、彼らは明らかに自分を殺すつもりだった。

 幸いにして、今のところは生きているけれども。


「……というか、ボク、なんで生きられてるんだろう?」

 今さらのような疑問が浮かんだが、


――いや、ひょっとして死んでいるのか?

 念のため、全身を触ってみるが、骨が折れたり内臓がつぶれたりはしていないようだ。


 それでも、擦り傷などで、痛み自体はちゃんと感じる。

――痛みがある、ということは、死んで魂だけが抜けてしまった、というわけではないんだよね?


「でも、あの高さから落ちてどうして無事なんだ?」

 意識を失う前、頭の中に流れた音声を、コールスは思い返す。


「そういえば、オートスキルが発動したって……」

 ダンジョン内では岩が落ちてきたり、自分が落っこちたりという不測の事態に備えて身体強化のスキルをオートで発動できるようにするのが常識だ。

 

 ダンジョンに入る前にやっていた準備が役に立ったというわけだが――

「でも、フツー、こんな落差で地面に叩きつけられて生きていられるほどのスキルではないんだけど……」


 一体何が起きたのか確かめるため、ステータス画面を開く。

 そこから操作すると、スキル表示画面が展開される。


「何これ!?」

 スキル表示画面を見て驚いた。

『オートスキル“緊急身体強化” レベル99 使用回数1』

 と画面には表示されている。


「レベル99?って最高レベルじゃないか!そんなバカな!」


――いや、確かにこれだけ身体強化ができたのなら、僕が助かったのもうなずける。

 最高レベルになっているのは、緊急身体強化だけではなかった。

 全てのスキルのレベルが99に達している。


 そして、その横にあるのは「使用回数1」

 この異常状態は、

『全てのスキルの使用可能回数が残り1』

 という、さっきの”呪い”のせいなんだろうか?


「グ、オ……」

 そのとき、後ろからしわがれた声が聞こえて、コールスは振り返った。


「うぁ……!」

 そこにいたのは、アーマーミノタウロス。

 おそらく、彼よりも先に落ちたあの個体だ。


 奴の胸を、岩の槍が貫いている。

 円錐形の太い岩を真っ赤な血が濡らしている。

 大きな口から舌をだらんと垂らしたモンスターは死の淵にあった。


 荒い呼吸を繰り返し、跳ね上がった心臓を押さえるようにしながら、コールスは自分の周りを見た。

「ハァ……ハァ……」

 谷底には同じような岩の槍がいくつもあって、さながら針山のようだ。


「危なかった……」

 身体強化のスキルで皮膚を固くしていなかったら、こいつと同じように串刺しになっていたに違いない。


 アーマーミノタウロスの目から光が失われた。

 だが、安心している場合ではない。なぜなら――


 グルルルル……

 遠くから別のモンスターの唸り声が聞こえてきた。


「くそっ、やっぱり来たか!」

 血の匂いを嗅ぎつけて、やってきたのだ。


 急いでどこかに隠れないといけない。

 いくらスキルレベルが99だろうとも、そもそもコールスは戦闘スキルを持っていない!

 なるべく音を立てないようにしながら、唸り声と反対の方向へ歩く。


「うわっと!!」

 あやうく岩にけつまずきそうになった。

 

「いや、これは岩じゃないぞ?」

 地面からわずかに顔を出しているのは、宝箱だ。


 もちろん、今のコールスにお宝に構っている暇はない。

 けれど。

――こんな谷底に、宝箱?


 という疑問から思わず手を伸ばした。すると――

『“アンロック”を発動します』

 自動音声が頭に響いた。


「あ、ちょっと……!」

 うかつだった。

 最高レベルに達したアンロックが、手をかざすだけで自動的にカギを開けるほど強力だなんて!


 蝶番がきしんだ音を立てて、表面に積もった砂を押しのけながら宝箱の蓋は開いた。

 中には、一人の少女がよこたわっていた。


「……!」

 コールスは思わずぎょっとした。

 死体だと思ったからだ。


 だが、長い銀髪の下に見え隠れしている肌は、死体の色に見えなかった。

 ゆったりとした衣をまとった肌は抜けるように白いけれど、その下にはしっかりと血が通っているようだ。



「う……ん……」

「!」

 少女は微かに声を出した。


「い、生きてる!」

 尻もちをついたコールスの目の前で、少女はゆっくりと身体を起こした。


「ふあ、ぁ……」

 小さくあくびをすると、寝ぼけ眼で辺りを見回している。

 そして、二人の目と目が合った。


 少女の琥珀色の瞳は徐々に焦点があってくる。

 瞬きをすると、長い睫毛が上下した。


「……ここは?」

 少女の桃色の唇から言葉がこぼれる。


「あ……ディークソン軍事研究所跡、です」

 このダンジョンの名前を伝えると、少女は形の良い眉を寄せて、記憶の糸を手繰るような顔をした。


「……ディークソン?」

 そういって小首をかしげる。そのときモンスターの声が聞こえた。


『グルルルル……』

「マズい!こんなところで立ち止まってる場合じゃない!」

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