第7話 逆転!

 ウォレスは槍を携えながら、コールスに近づく。

 ギリアムもニヤニヤと笑いながら、剣を鞘から抜いた。

 マーサは弓を構え、リュートやミリアも杖を掲げている。


「ここまで戻ってきたことは称賛に値するが、たった一人でここに来るとは、あまりにも間抜けだったな」

 ウォレスはそう言って口元をゆがめた。


「へへっ、飛んで火に入るなんとやらってな。今度こそきっちりあの世に送ってやるぜ!」

 ギリアムは目をギラギラとさせている。


「くっ!」

 コールスは、じりじりと後ろに下がる。

 だが。

 今のコールスの胸の中にあるのは、恐怖でも、後悔でもなかった。

 

 ただ、落胆していた。

 ただ、失望していた。


 自分を落とそうとしたことについて、後悔する気持ちを、彼らも少しは持っているに違いない。

 と、コールスは思っていた。


 だから、自分が戻った姿を見れば、悔い改めようという気持ちが起きるかもしれない。 

 “コールスがギルドに事の顛末を報告するだろう”と観念して、自首してくれるかもしれない。

 

 そう思っていた。

 しかし、まったくの期待外れだった。

 バレなければ何でもやる、自分たちのメンツを保つためには殺しもやる。ということらしい。


 “暁の鷹”はそんな外道の集まりだと、はっきり思い知らされた。

――レイチェルさんの言う通りだったな……

 

 心の中でため息をつきながら、

――しかたがない、最後の手段を使おう。


 コールスは指をパチン、と鳴らした。

 すると、丘の周囲がぱっと光り、次の瞬間には何人もの人間がコールスたちを取り囲んでいるのが分かった。


 そこにいたのは、レイチェルとその部下たち十数人。

 そして、ギルドに所属する冒険者パーティのリーダーたち数人。


「え……?」

「は……?」

 ウォレスたちは事態が呑み込めず、ぽかんとした顔をしている。


「そこまでだ、“暁の鷹”」

 レイチェルが低い声で告げた。


「ど、どういうことだ?」

 ウォレスたちの顔は、すっかり血の気が引き、真っ白な顔をしている。


「話は聞かせてもらった。ダンジョン内での仲間の意図的放棄、ギルドへの虚偽報告、加えて隠ぺいのために殺人まで考えるとは……もはや、救いようもないな」


 レイチェルはサッと右手を掲げた。

「緊急措置として、ウォレス・ボレッド以下5名の身柄を拘束するっ!大人しく武器を捨てろ!」


「うわあぁああああああああああああ!!!!」

「うぉおおああああああああああああ!!!!」

[いやあああぁぁあああああああああ!!!!]

「きゃああああああああああああああ!!!!」


 ウォレス以外の4人の喉から、絶叫がほとばしり出た。

 ダンジョンでコールスが上げた叫びをはるかに上回っていた。

 ミリアとマーサは顔を覆ってその場に伏せ、リュートは放心して尻もちをついている。


「おぉい、どうなってんだよぉ、誰もいねぇんじゃなかったのかよぉお!!」

 ギリアムが喚きながら、リュートに掴みかかる。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……」

 リュートは虚ろな目でぶつぶつと呟いているだけだ。


「……それは、僕から説明します」

 と、コールスは言って、再びスキル画面を開いた。


「このスキル画面、使用時間が新しいものから表示されるようにソートを変えてるんです。“気配遮断(ステルス)”、“不可視化(インビジブル)”が上に来てますよね?


 すみません、実は、この2つはダンジョンの中で使ったんじゃなくて、ついさっき、あなた方が来る前にこの丘で使ったんです。レイチェルさんたち全員の気配と姿を隠すために」


「な……!全員を隠すだと?そんなこと――」

 ウォレスは口をぱくぱくさせている。


「それができるのが、レベル99ということです」

 コールスはさらりと言った。


「リュートさんやミリアさんが使える“術探知(スキルサーチ)”のスキルレベルはせいぜいで20から30ですよね?それでは、レベル99のスキルが発動していても、感知することはできません」


「お前たちの言動は、ここにいる全員で全て見届けさせてもらった。……どちらが間抜けか、これではっきりしたようだな」

 レイチェルが冷たく言い放った。


「ちっきしょぉおおおおおおおあああああ!!!」

 ギリアムが再び絶叫するなか、ウォレスは、ガックリと膝をついた。

 槍が落ちてカラン、と乾いた音が響いた。



“暁の鷹”全員が武器を放棄したのを確認すると、レイチェルは5人全員を拘束した。


「くそっ、離せ、離しやがれぇ!!」

 3人がかりで押さえつけられて、ギリアムが大声を上げる。


「黙れ、ギリアム。次に口を開いたら骨を折るぞ」

 レイチェルは氷のような視線を向けた。


「んだとぉ、おぐあああああぁいででででで!!」

「次こそは、本当に折るぞ?」

 女監察官が、凄みの効いた声で再び脅すと、剣士は「うっ」と喉を引きつらせた。


「いったっ、痛いじゃないのよ、この変態っ!」

 マーサが抗議の声を上げ、


「やだやだやだ、助けてよぉ~!」

 ミリアは泣き叫んでいる。


「私のキャリアが……未来が……」

 リュートは呆然としている。


「なんで、なんでお前たちまでここにいるんだ?」

 ウォレスは、拘束されながら、周りを取り囲んでいる冒険者たちを見渡した。


 皆、一様に口を結び、武器をウォレスたちに向けて、妙な動きをしないようけん制している。

 彼らは誰もが、“暁の鷹”に対する侮蔑と失望の表情をしていた。


「私が招集したのさ。コールスや私たちの護衛、そしてこの場の証人としてな」

 と、レイチェルが言った。


「監察官から話を聞いたときは、まさかと思ったが、本当に仲間を殺そうとしていたなんてな……!」


「おまけに、あんな芝居までうって俺たちを騙しやがって!」


「Aランクパーティが聞いてあきれるぜ。今までも隠れてさんざんあくどいことやってきたんじゃねぇのか?あぁ?」


 冒険者たちは裏切られたという怒りから、次々と罵声を浴びせる。



 唇を震わせながら、それを受け止めていたウォレスは

「コールス・ヴィンテ!!」


 突然、名前を呼ばれて驚いているコールスに、

「申し訳なかった!非道な真似をして本当にすまなかった!」

 そう言って頭を下げた。


「……!」

 コールスは息を呑んだ。


「フン……」

 今更何を、とレイチェルが鼻で笑う。


 ようやく、ようやく、謝罪の言葉が聞けた。

 コールスはそれを噛みしめるように目を閉じる。


「あ、あたしも悪かったよ、あんたを見捨てたりして!ほ、ほら、ミリアも!」

「う、うぁああ、ごめ“んなざい~~~!!」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、ミリアは突っ伏した。


「ギリアムっ、ぼーっとしてんじゃないわよっ!!」

「お、オレもかよ?」

「あったり前よ!アンタが一番、コールスにひどいことしてたでしょうが!」


「ぬ、ぐ……」

 プライドの高い剣士は、歯ぎしりしながら唸っていたが、


「わ、悪かった。……その、殴ったりして……悪かったよっ」

 絞り出すような、投げつけるような言い方ではあるが一応は謝った。


「ケッ、土壇場になってから頭下げるのかよ、みっともねぇなぁ!!」

「最初からそうしとけよ、馬っ鹿じゃねえの!?」

 相変わらず、冒険者たちは辛らつな言葉を次々に投げつける。


 コールスは瞳を開いたが、何も言わずに黙っている。

 レイチェルは深く息をついた。


「皆の言うとおりだ。最初に正直に過ちを認めていれば、少しでも罪が軽くなっていただろうがな」


「罪?」

 ウォレスの声が震える。


「そうだ。私が裁可するわけではないがな、極めて重い刑になるはずだ、覚悟しておけよ」


「は?け、刑ってなんだよ!Aランクから降格させられるくらいじゃねぇのかよ!」

 とギリアムが聞き返した。


 レイチェルは呆れてモノが言えない、という表情で

「バカなのか、お前は!?ここまでのことをしておいて、どうして今まで通り仕事ができると思ってんだ?

 ギルドの規約違反どころじゃない、お前達はれっきとした犯罪者だ!

 ……重罪を問われた冒険者がどうなるか、知っているか?」


 レイチェルが昏い瞳をすると、ウォレスはビリっと身体を震わせた。

「……ま、まさか、冒険囚?」

 その言葉に一同は戦慄した。


 冒険囚とは、囚人の一種で、通常は刑務所や鉱山などで服役して労働するが、冒険囚はダンジョン探索などを労働の代わりに行う。


 それ以外は他の囚人と同じく監獄の中で過ごすが、その実態は刑務所以上に過酷だ。

 難度の高い場所に送り込まれ、どんな危険があろうとも逃げることは許されない。


 刑期を終える前に命を落とすことも珍しくない「冒険者の墓場」である。


「冗談じゃねぇよぉおお!!」

「嘘っ、ウソよぉぉぉお!!」

 ギリアムやミリアは喉も裂けんばかりに叫ぶ。


 地位を奪われるどころか、冒険者人生そのものが終わってしまうほどの処分を受け止められないようだ。


「無論、私がお前たちの処罰を決めるわけではない。だが、ギルド上層部は今言ったことに近い内容の処分を言い渡すだろう」


「そ、それって、ど、どれくらい長いの……?」

 震える声でマーサがたずねる。


「さぁ……だが、少なくとも10年、お前たちは刑に服するだろう」

 レイチェルは冷たく宣告した。

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