第四話 そして玉の輿へ

「ヒトデに連れてくるように言われてるの。ほら、私魔導士だから魔法が使われるとわかるのよ」

「あ、そうなんですか……え? ヒトデさんも来るんですか??」


 お姉さま改めねこさんに引っ張られるようにして道に出ると、人の流れにそって歩き出した。今更だが、こう着飾った人たちに混ざると及び腰になりそうになる。


「そうよ~、いぬも来てるし、たこもえびも、わにさんも珍しく参加だって。

 あ、これがガラスの靴ね。ほらやっぱり綺麗じゃない」


 現実でいぬ、たこ、えび、わにと聞くと、なんとも変な会に参加するようで微妙な感じがした。でも、ちょっとほっとした。知った人がいるというのは安心だ。


「びっくりしました。ねこさんって、その、お耳が」

「猫獣人なのよ。こっちでは珍しいでしょ?」


 小首を傾げてピコピコと耳を動かし見せてくれる。妖艶なのに可愛いってどういう事ですか、属性盛りすぎですよねこさん。


「もしかして……いぬさんも?」

「犬獣人よ。見たらすぐにわかるわ。獣人で参加しているのは私たちだけだろうし。

 あ、獣人の耳とか尻尾は触っちゃだめよ? 触っていいのは番だけ」


 私の手がわきわきしたのを感じたのだろう、止められた。無念。


「うん? あの、もしやたこさんやえびさんは……」

「たことかえびの海人じゃないわよ。言っておくけど」

「あ、そうなんですね」


 ちょっとほっとした。ねこさんは妖艶なバラのような美女だが、たこやえびはどう着飾っても無理がある。ヒトデも然り。


「あの名前ってどうやって決まってるんですか?」

「私やいぬはまぁこの見た目ね。たこは私と同じで魔導士なんだけど、とにかく器用な奴で手が八本あるんじゃないかって言われてそこから。えびは……何でだったかしら、たしか活きがいいから?」

「いきがいい……」

「わには昔は獰猛だったらしいわ。いまじゃただのおじいちゃんだけど」

「そ、想像できないですね……あの落ち着いた口調からは」

「そうよねぇ。ま、みんなあなたに会えるの楽しみにしてるから」

「あ、ありがとうございます。一応来たものの、結構緊張していたので助かりました」

「それに、あなたエスコート役が必要なのも忘れてたでしょ?」


 真っ赤な唇で少し背を屈めて上目遣いに見られ、ドギマギする。やめてねこさん、刺激が強い。ええと、えすこーと? そういえば、そういうものが要ったような?


「普通は父親とか兄とか、血縁関係がやるんだけどね」

「ねこさんがしてくださるんですか?」


 胸を押さえて動悸を鎮めながら聞くと、首を横に振られた。あ、髪がふわりふわりと綺麗。


「やあね。いくら私でも男じゃないからエスコートは出来ないわ。出来て付き添い。それにヒトデがやるって言ってるから甘えなさいな。あいつなら鬼に金棒よ」

「ヒトデさん……」

「ヒトデの海人とかいないからね? ヒトデは人間よ」


 思わず想像しかけた私を止めるねこさん。美人の上に出来るとは。

 二人して王宮の外門までくると、招待客の確認の列に並んだ。先ほどからちらちらと視線を感じるが、そりゃこれだけ妖艶な美女がいたら見たくもなる。私もついつい胸元に視線がいったり可愛い頭の耳に吸い寄せられたりしているのだ。


「カードを確認させていただいてよろしいでしょうか」

「どうぞ」


 ねこさんが白いカードを渡すと、役人なのかそれとも従僕なのか、二十歳前後の男性が恭しく受け取り確認する。と、そこで目を見開きバッと顔を挙げた。


「く、紅の魔導士様でございますか?」

「ええ。ラファトリシアからの大使として参りました。何か不備があって?」


 にっこりと唇を笑みの形にしてねこさんが尋ねると、青年は赤面して直立し頭を下げた。


「し、失礼いたしました! どうぞお通りください!」

「ありがとう」


 さ、いくわよ。と耳元で囁かれた私は腰が砕けそうだった。ねこさん、全方位に破壊力向けないで。なんかすごい肩書があったような気がしたが取り繕うので精一杯になってしまう。


「お、きたきた~。こっちこっち」


 内門までの途中、広がる庭園の隅で手を振る男性とその横で控え目に手をふる男性がいた。両方とも背が私たちよりも高く軍服のような姿だ。ぶんぶん手を振っている方の男性は橙色の髪色で頭にぴょこんと生える耳があったので、誰かすぐにわかった。もう一人は白……じゃなくて、銀色? の髪で人間のようだ。


「どうも、いぬさん。新人です」

「おー待ってた……ぞ」


 手を振っていたいぬさんが、近づくとだんだんと手の力を無くしていきポカンとしていた。まあねこさん綺麗だからね、そうなるよね。


「久しぶりね、わにさん」

「はい、おひさしぶりです。新入りさんは初めまして。わにです」


 え? と、思わずねこさんを見る。さっきねこさんはおじいちゃんだと言ってなかった? 戸惑う私にねこさんはクスクス笑っていた。


「わにさんはこれで百超えてるわよ」


 うそ!? どう見ても二十代の青年に見える……皺もないし、声だって若々しい。義理の姉たちが見たら飛びつきそうな正統派美男子なのに……


「は……初めまして。新人です」

「ほら、あんたも呆けてないで」

 

 ガスっといぬさんの足を蹴るねこさん。ちらっと見えた足首も白くて艶めかしかった。やだもう全身凶器よこの人。


「お、おう、よろしく」


 いぬさんは日に焼けた肌で、わにさんよりがっしりしている。着ているものが立派な軍服みたいな形なので、どこかの将軍ですとか言われても納得してしまうかもしれない。わにさんは軍師とか似合いそう。あ、眼鏡かけたら腹黒軍師とかとても似合いそう。


「たことえびは中に。ヒトデが捕まらないようにガードしてる。早くいくぞ」


 いぬさんはやや早口で言うと歩き出した。その後ろをわにさんが続き、いぬさんの袖を軽く引いた。そして歩調を緩めて、御令嬢に合わせてくださいと言うのを強化した聴力が拾った。

 紳士がおる。わにさん不幸ルームでも落ち着いたええ人やったけど、紳士や。

 実際、私は硝子の靴という激しく履きなれないものを履いているのでゆっくりだとありがたい。まぁ走れと言われたら走れる気もするし、硝子といえど強化しているのでそのへんのレンガぐらいなら破壊出来るぐらいには頑丈だ。だがそこはわにさんの配慮を受け取っておこう。ねこさんは「これだからいぬは」とまたいぬさんを煽って楽しんでらっしゃるし、いぬさんも「なんだと!」とワンパターンだ。はいはい、仲いいのは知ってますから。

 内門を潜って会場へ向かうと、すでに多くの人が集まっていた。私とは縁遠いシャンデリアやら天井の絵画やら凝った細工の壁紙やらカーテンやら、そして居合わせる着飾った人々に一瞬気後れした。だが、ねこさんはそんなものおかまいなしに中へと入ると、ざわっと人がこちらを見てざわめいた。

 見た目美男子のいぬさんとわにさん。妖艶な美女のねこさん。そしてストーンとした白のドレスの地味な私。わあいたたまれない。今更ながらこのメンバーの中にいる事に白目を剥きそうになったが、ねこさんは許してくれなかった。

 ぐいぐいとよりにもよって人が密集している方に引っ張っていかれ、彼女の威光なのか人垣が割れる中を突き進んでいくと、いぬさんやわにさんと同じく高身長の二人と私たちより少し低い背が一人、中にいた。

 一人はいぬさんよりも肩幅の広いガチムチの男性で、三十代ぐらい。短く刈った麦のような色の髪に、がっつり帯剣してらっしゃる姿からして武人なのがわかる。顔もどことなく厳めしい。

 一人はわにさんよりもひょろりとした薄紫色のローブ姿の男性で、私よりも背が低く年齢も幼く見える。グレーのやわらかそうなふわふわした髪が可愛らしい、顔立ちもどこか幼い感じの優しそうな男性。

 最後の一人は、いぬさんより少し背が高く体格は同じくらい。歳は二十代後半だろうか。黒髪に黒い目、黒い服装なので全身真っ黒だ。金糸で刺繍がほどこされているので華やかではあるが、どこか固い印象を受ける。表情は先ほどからいろいろな人に声を掛けられているのに全く動かず、表情筋死んでいるのだろうかと思うぐらいの無表情。普通にこわい。


「珍しいですわね。このような遠く離れた地で、ジルニアス帝国の皇帝陛下に相まみえる機会を得るとは思いませんでしたわ」

「紅の魔導士か」


 紅の魔導士と、黒髪の男性が答えるとざわっと周囲の人間がざわめいた。

 いやまって、私あなたの肩書にもざわつきたい。外野でざわつきたい。なに、皇帝って。ジルニアス帝国って、エラントスとは商業連合国を挟んだ向こうの大国じゃなかったけ?? っていうかこの三人ってあれでしょ、えび、たこ、ヒトデのどれかでしょ。どれがどれ、ねこさん教えてプリーズ!


「お久しぶりでございます」

「ラファトリシア国の大使で来たか」

「左様でございます。陛下におかれましてはご健勝の事お慶び申し上げます」

「よい。それにしてもラファトリシアの将軍に塔の主も来ているのか。珍しい」


 将軍、塔の主と、新しい情報に周囲のざわめきが強くなっていく。たぶん、後ろにいるいぬさんとわにさんの事ではないのかと思うのだが、ねこさんに習って必死に腰を低くして頭を下げる淑女の最敬礼をしているのでよくわからない。

 ん? いやまて、塔の主? って、どっかで聞いた覚えが……


「そちらは?」


 と私に注意が向いたらしい。周囲も誰だ? と囁きあっているのが聞こえる。


「こちらは私のお友達のエラ・アインホルン男爵令嬢ですわ。今宵がデピュタントなのですけれど、エラはご両親がお亡くなりになって……本来ならば男性親族がエスコートするところですけれど頼る相手もおらず、見かねて私が連れて参ったのです」


 え? そうなの? そういう設定だったの?


「ふむ……」


 すっと手を取られて顔をあげると、ニヤリと笑う黒髪の男性がいた。あ、この人顔面凶器系の人だ。笑うと凶器。やばい。見れない。でも逸らしたら不敬だよな。

 するりと手を誘導されて腕に組まされる。え、これ、エスコートの態勢では? でも何故だろう。誘導されているというより、捕獲された気持ちになるのは。目が怖いんですけど、目が。めっちゃ見られてるんですけど。


「ならば私がその役を引き受けても問題あるまい」


 きゃーっと黄色い悲鳴が上がった。あ、このお方を狙っているお嬢様方がいるんですね。すごい、皇帝にアタックする勇気尊敬。代わってほしい。いやまて、ねこさんはヒトデさんがエスコートしてくれるって言ってたから、この人……


「……ヒトデさん?」


 小声で尋ねると、男性は笑みを強くして行くぞ、と私の手を引いた。

 どうやらあっているらしい。っていうか、不幸ルームどうなってるんだ!? 不遇な環境を脱却した者たちだっていう感じだったけども、まさか皇帝がいるとか、将軍がいるとか、そんな事だれが想像するよ!


「新入りは俺に任せておけ」

「いや、あの、激しく不安なのですが」

「問題ない。お前は俺がもらい受ける」

「は?」

「三食昼寝付き、給料も将軍クラスと同等。どうだ」

「まじっすか」

「まじだ」


 意外とノリのいいヒトデさんに笑ってしまう。


「かなり魅力的なお話なのですが、さすがに男爵家を放って国外へは出れないです。今日は爵位返上のつもりでもあったので」

「それもこれから片付ける」


 気づけば、何やら王冠とティアラを頭に乗っけたとってもゴージャスな人の前についていた。


「おお、アルベルト殿。楽しんでおられますかな」


 白い口髭が意外とかわいらしい王冠を被ったおじさんが、ヒトデさんに柔和に話かけた。アルベルトさんと言うのか。


「ええ、とても。こちらの令嬢に出会う事も出来ました」

「そちらは……」

「エラ・アインホルン男爵令嬢。今宵がデピュタントです」


 ヒトデさんに促され、私は最敬礼を取った。


「お目にかかれて光栄でございます。陛下」

「なんと美しい娘だ。アインホルンといえば、財務に長く勤めている者ではなかったか」

「陛下、アインホルン男爵は昨年、流行り病で儚くなられましたわ」


 そっと隣の王妃様が王様に囁いた。

 王様は眉間に皺をよせ、痛ましそうな顔で私を見た。


「あまり大きな声では言えないですが。アインホルンは今商家出身の後添いが仕切り令嬢は顧みられていないのですよ」


 ヒトデさんは声を潜め、いきなりぶっこんだ。


「ですので、彼女はこのまま私の国に連れ帰ろうと思いますが、よろしいでしょうか」


 よろしくないです。展開早すぎです。でも、王と皇帝の会話に口を挟めない……


「………アインホルンは代々良い官吏を出してくれる家であったが。あいわかった。そういう事であれば、許可しよう」

「礼を申し上げる。ところでご子息のお相手は決まりそうですか?」

「あぁ、無事にな。少々息子も幼いところがあるが、立場を自覚したようだ。アルベルト殿のような方が息子であったならばこのような苦労もしなかったであろうが」

「ご冗談を。ご立派と噂で聞いておりますよ」

「ははは。であればよいが」


 和やかに見えるが、これ、なんか裏の意味あるのかな。

 なんかもう微笑みを浮かべているのが辛いんだけど。私、どっかいっていいですか。

 王様と王妃様への挨拶が終わると、あちこちへと連れまわされて強制挨拶周りをするはめに。そして私はヒトデさんの国にドナドナする事が決定していた。

 途中で継母やら義理の姉たちも見かけたのだが、さすがに隣にいる皇帝に気後れしたのかぼうっとした顔で突撃してくる事は無かった。とてもほっとした。あの人たち、皇帝だろうとおかまいなしに無礼を働きそうな気配があるから肝が冷えるのだ。

 そろそろ宴もたけなわといったところで、どこかで鐘の音が鳴り響いた。

 そういえば、シンデレラといえば12時になったら魔法が解けるから急いで帰ってガラスの靴を落とす事になるのだが……


「これもガラス細工か?」

「ああはい。青色は酸化コバルトです。加工すればそれなりに見れるでしょ?」

「ああ。なかなか綺麗だ。工芸品として成り立つだろうな。そのドレスの飾りもか?」

「はい。こっちは小さなガラス玉です。それに糸を通して縫い付けて模様にしてるだけで、全然お金掛かってないですよ」

「この布は?」

「蚕っていう虫が吐く糸をとって布にしてます」

「光沢があって触り心地もいいな」

「それが売りですからね、この布地」

「そのレースも自分で作ったのか?」

「はい。実は布地が足りなくて、苦肉の策です」

「なかなかいいと思う。こういう透ける素材はあまり多くないからな……ここまで細かく編むと時間がかかりそうだが」

「私の場合操糸術でごり押ししましたから。手でやってたら二か月ぐらいいるかも?」

「やはりそうか……だが、時間がかかるならその分希少価値は上がるな」


 ヒトデさんの馬車の中、二人して商談まがいのような事を頭突き合わせてやっています。どうでもいいがヒトデさん、ひとが着てるドレスを触ってじっくりしっかり確認するのどうにかなりませんか。人目が無いからって遠慮なさすぎですよ。


「あのー、ところでさっきのお二人ってえびさんとたこさんですよね?」

「ああ。でかいのがえび、ちびがたこだ」


 雑な説明に、だけどわかりやすくて理解する。


「ヒトデさんって、何でヒトデなんですか? 他の方は聞いたんですけど」


 ヒトデさんは私の髪飾りを手に取ってしげしげと回して眺めながら答えてくれた。


「それは俺が人でなしと呼ばれていたからだ」

「ひとでなし?」


 目の前の人物と単語が繋がらなくて疑問符が浮かぶ。それに気づいたのか、ヒトデさんは続けてどういう事か教えてくれた。


「ジルニアス帝国には俺の上に二人の皇子がいた。どっちも頭の悪いガキで後ろについた貴族どもにいいように操られて争い、それで共倒れした」

「はぁ」

「面倒くさい皇位が俺のところへ転がり込んできて、どうせなら楽に仕事がしたいと政争で犯罪に手を染めたものを一切合切切り捨てた」

「おぉ」

「母も姉も、叔父だろうとな。それで周りは俺の事を人でなしの皇帝だというわけだ」

「……もしかして、ヒトデって、あの不幸ルームの人がつけた名前ですか?」

「ああ。あいつらは人でなしがどこにいると言って、俺の事を勝手に人で人でと言い出して、いつの間にかヒトデになった」


 なんという変換マジック。

 唖然とした私に、ヒトデさんはにやりと笑って言った。


「新人の名前ももう決まったな」

「え? そうなんですか?」

「サギだ」

「さぎだ?」

「サギ。見た目と中身が釣り合ってないという事だ」


 ……詐欺ってことですか? しかし見た目と中身って……そこそこの見た目に、普通な中身だと思うんだが……どの辺が詐欺なんだ?


「お前をこの国の王子の前に出せばその場で求婚されるぐらいには外見がいいのに、その中身は将軍並みの武力に魔導士並みの魔力、大抵のものは自作して賄うどこへ放り出しても生きていける化け物だろ」


 化け物って言われた。いや、それよりうちの王子ってその場で求婚とかしちゃうあっぱらぱー系なのか? そっちが驚きだ。


「で、王の承認も得たわけだし、俺が貰っても構うまい?」

「で、ってそこ繋げるんですか……いや、まあ労働条件としては良さそうなんですけど、私にも一応都合ってものがありましてね。母の遺産の事もあるし」

「それならお前の家の執事にまとめてジルニアスに送らせている」

「え? おじいちゃんが?」

「その孫とメイドの二人もな。来るかと聞いたら即答したぞ」

「え……ええ!?」

「で、どうする?」

「いやどうするもこうするも、そこまでされたら行かないとダメじゃないですか」


 降参すると、ヒトデさんはにやりと笑って髪飾りを返してくれた。


「遺産の他に持って行くものがあれば運ばせるぞ」


 私は額に手を当てたまま、首を振った。


「いやそれはもう亜空間ポケットに全部入れてきたので大丈夫ですけど……

 手回し良すぎじゃないですか?」

「まぁな。いぬとねこをラファトリシアに取られたんだ。今度はエラントスなんぞに取られてたまるか。こっちは万年人手不足なんだ」


 あぁ、先例があったのね……それでこんな用意周到に……

 それから私は宮廷魔導士という待遇でジルニアスに招かれたのだが、硝子細工を作ったり、合成繊維による強化服を発明したり、少ない材料で安全な薬を開発したり、魔導士というより職人の仕事みたいな事をさせていただいた。

 家は城の近くに用意してもらって、一人暮らしには不釣り合いな大きさだったがおじいちゃん執事も孫君も、リリスもおばちゃんも頑張ってくれてジルニアスの人も雇い入れ快適に過ごさせてもらっている。

 で、それはいいのだが、問題なのはいつの間にか私がヒトデさんの婚約者という話が出回るようになった事だ。

 まぁエラントスから直接お持ち帰りされたわけだし、家も用意してもらったり使用人も連れてきてもらったり、かなりの優遇措置を取っていただいたのでそう思われても仕方がないかなぁ、とは思わないでもない。

 問題なのは、それをヒトデさんが否定しない事だ。

 人を虫よけにしないでいただきたい。おかげで、仕事柄出席しないといけない式典とかの後の宴会では、お年頃の女性からビシバシと敵意を向けられる向けられる。別に実害はないし殺気もないので怖くもないのだが、たまーに毒を仕掛けてくる奴がいて困る。目の前で毒入りを食べて平然としていたら驚いてグラス取り落とすし。キャッチして渡してあげたらさらに驚いて青い顔して逃げていくし。


「あのー、ヒトデさん。確かに私、鋼鉄の胃袋持ちだし毒耐性あるので平気っちゃ平気なんですけどね、いいかげんちゃんと相手を決めていただけませんか? これって仕事の範囲外ですよ? いわばサービス残業ですよ」


 ある日いい加減面倒になって執務室におしかけ直談判したら、ヒトデさんは不思議そうな顔をした。


「さーびすざんぎょうとはなんだ?」 

「決められた時間外に無給で働く事です」


 完結に説明すると、なるほど、とヒトデさんは呟きペンを走らせていた手を止めた。


「ならさっさと片づけるか」

「ええはい。そうしてください」


 翌日、私は何故か専属の侍女と教師を付けられ半年の間にやらなければならない事、覚えなければならない皇室行事を一覧にして見せられた。ちなみにスケジュールの一番最後には婚礼式典の字があった。

 ちがう、そうじゃない。ヒトデさん、そういう事じゃない。っていうか私の同意は? 同意はいらないという事か? なんというパワハラ……前世の上司も真っ青だ。

 そうして再度ヒトデさんの執務室に突撃する事になったのだが、なんだかんだと言いくるめられ同意するはめに。ヒトデさんって私より多くのスキル持ちだし、それもほぼカンストしているし、ステータスも上だしで突き崩す隙がないのだ。おまけに真面目に帝国式のプロポーズをあの顔面凶器でやられたら、ねぇ。ダメ押しでヒトデさんに取っておくよう言われていたポイント20万を使えば自分から逃げて他の国でやっていく事も出来ると言われ……

 ヒトデさんがそう悪い人でもない事はわかっているし、どちらかというとおせっかいなところがあるぐらいだし、ここへきて実は寂しがりやだというのも分かってきたことで……

 そんな事言うなら使ってやらぁと啖呵きって全ポイント幸運に振ってやった。これでもう1ポイントも得る事はないだろう。

 つまりどういう事かというと、まぁ、絆されたというわけだ。

 でもまさか婚礼衣装を作るために蚕を乱獲してくる事になると思いませんしたけど。普通、花嫁が自分で糸紡いで布作る? と、不幸ルームで愚痴ったらそりゃサギだしと言われて終わった。その後も布地が足りないとお針子さんに尻たたかれて蚕をさらに乱獲する事に。養殖してる奴じゃダメらしい。天然ものの方が光沢があるとかなんとか。ねぇ、お針子さんに尻たたかれる花嫁っている? 後略。を、繰り返すこと数十パターン。なんとか式典までこぎ着けた頃には精も根も尽き果て、げっそりしていた。式典当日に久しぶりに顔を合わせたヒトデさんは眉を顰め、痩せたか? の一言。いや、普通はこの婚礼衣装について感想を述べるところではないでしょうか。まじで苦労したんだぞ、仕事の合間にここまでの布地作るの。しかもレースの部分もデザイナーが押しかけてきて希望通りに作ってくれって出来るまで解放してくれなくて夜なべして……あ、思い出したら涙が。化粧崩れるから出さんけど、涙が出そう。

 周りが、まぁ陛下御心配もわかりますがまずは妃殿下のご衣裳についてご感想を。と促しているのが聞こえる。ごめんなさい、それはどうでもいいです。ただ苦労を思い返してよくここまでたどり着いたなと思っただけなので。

 ヒトデさんも周りの声はスルーして侍女にスケジュールを確認して何か指示をしていた。後で気づいたが、これは式典の後の衣装直しの時間に休憩を挟めるよう調整してくれていたようだ。

 大聖堂で宣言を行い、民衆へのお披露目でパレードで見世物になりつつちょくちょくくる暗殺者っぽい人達を操糸術で拘束して転がし、衣装直しと休憩を挟んで宴の席へと移り大量の挨拶攻撃とちょっとした嫌味攻撃を受け流しようやく下がれたのは日付を跨いだ夜中過ぎだった。


===

不幸ルームに入室しました

===

不幸なサギ:

おわったよ~


不幸ないぬ:

!!


不幸なわに:

おやおや。


不幸なたこ:

あらま。


不幸なえび:

わはは。なんで来てるんだ?


不幸なねこ:

あのね、あなた初夜でしょ。何してるの。


不幸なサギ:

いやー、だって来てくれてたのに全然話せなかったから。


不幸なねこ:

ヒトデは?


不幸なサギ:

風呂。


不幸なねこ:

戻りなさい。いいから、戻りなさい。後が怖いから。


不幸なサギ:

まあまあ。あのさ、ちゃんと言った事無かったと思うんだけど、ここまでこれたのってみんなのおかげだから、御礼を言いたくて。


不幸なねこ:

サギ……


不幸ないぬ:

そっか……


不幸なわに:

いいえ、あなたの頑張りがあったからですよ。


不幸なたこ:

そうですよ。私たちはただ言いたい事を言っただけ。実行したのはサギですから。


不幸なえび:

まあみんな通った道だからな。気にするな。


不幸なサギ:

ありがとうございます。


不幸なねこ:

それはいいから、早く戻りなさい。


不幸なサギ:

ハハハ。実は背後から冷気が漂ってきてるんですよね~


不幸なえび:

そりゃまあ初夜に妻が他の野郎と話してると思ったらなぁ


不幸ないぬ:

ひえっ! お、俺、何も言ってないからな! じゃ!


不幸なねこ:

あ、いぬ逃げたわ。ほら、あんたもさっさと後ろのと対峙なさい。


不幸なサギ:

はぁーい。それじゃあ、今日は本当にありがとうございました。失礼します。

===

不幸ルームを退室しました。

===


 不幸ルームを退室した途端、背後から漂っていた冷気は消えた。


「話は終わったか」

「はい」


 ちょっと不機嫌そうなヒトデさんに苦笑してしまう。

 いやぁ、シンデレラの世界に来たときはまさかと思ったし、その後の展開からどんどんシンデレラから乖離していって別の世界かとも思ったけど、こうやって職業皇帝のヒトデさんと結婚する事になるとは。これぞ世界の修正力? それともやっぱりシンデレラとは全然別の話なのだろうか。


「何を考えている?」

「いやぁ……ここまでこれたのは誰かに導かれていたのかな。と」


 遠方の国の下級貴族が皇帝陛下の相手になれるわけがないから。

 そう言ったらヒトデさんは笑った。あ、わかった。その笑いは自分が導いたという奴だ。確かにそういう節はあったけど、でも選んできたのは私だ。


「と思ったけど、やっぱり私の努力の賜物ですね」

「ほう?」

「あ、うそ。ヒトデさんのおかげもちょっとは」

 

 にっこり笑顔を受けて慌てて言えば、満足そうに笑われた。くっそこの顔面凶器め、かわいいな。

 物語のようにめでたしめでたしと終わるわけではなく、この先も人生は続いていくけれど、少なくとも本家シンデレラよりも技術も力も付けた自負はある。ヒトデさんとならば職業妃殿下にも不安はなかった。


「ヒトデヒトデと、いいかげん名前を呼んでくれないのか」


 不安は……


「なあ、エラ?」


 不安……別の意味で、不安が……

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