第三話 いざ参らん!
シンデレラではお馴染みのカボチャの馬車やらなんやらを叶えるには妖精魔法か召喚魔法と聞いたので、試しにそれも見てみたのだが、なんと驚きの5万ポイントをどちらも必要とする事がわかった。高い。高すぎる。
いくらなんでもそれにポイントを多量つぎ込むのは早計だ。他のスキル、例えば鋼鉄の胃袋とかは1000ポイント、火魔法や風魔法などの属性魔法は100ポイント、時魔法や空間魔法のちょっと特殊なやつは5000ポイント。むしろこっちの時魔法や空間魔法の方がポイント高いのではないのかと思ったがこの必要ポイントは人によって上下するらしく、適正的なものが関わっているらしい。
ひょっとしたら本家シンデレラはポイント全額つぎ込んだのか? 残りでもち肌とか、透き通る肌とか、絹の髪とか取って。だからこんな生活環境で見れる見てくれになったのだろうかと想像して、本家すげぇと思った。純粋に私にはそんな博打のような真似出来ない。石橋を叩いて渡るタイプなので、ゲームなんかでも無駄にレベルを上げて物理で殴って突き進んでいた。そして突き進み尽きると、こんどはミニゲームやら回収できるアイテムやら職業やらカンストするのが常だった。
そう、私は気づいた。このポイント制を使ったらひたすら上を目指せるのではないかと。今は無き両親にやってあげられる事はもう無いのだが、せめてあなたたちの娘はすごい奴だぞと知らしめる事ぐらいは出来るのではないか。否、それこそが私が前世の記憶をそのままに生まれてきた意味なのではないか!? 天啓を得た私は、俄然やる気が出た。
そこからはそれこそ自分からポイントをいただけないかとウロウロしたりしたけど、そうやって得ようとすると得られないのがポイントだった。あくまでも、自然に受けた仕打ちでなければポイントは獲得出来なかった。だからもう継母のぐちぐちねちねちした口撃や義理の姉たちの嫌がらせも、ポーンという音とともにポイントになると思わず「ありがとうございます!」と言いそうになるぐらいだった。ただ、そうやって私が平気になってくると獲得できるポイントは低くなっていくので、なかなか思うようにはいかないものだ。かといって、私は別にマゾではないのでどんどん激しくなられても困る。マゾに目覚めたらどうしてくれる。
そんな葛藤を抱えつつ日々を過ごしていき、得られるポイントがめっきり減ってしまった今日この頃。
「シンダーエラ、お前の食べるものなんてこの家にはないよ」
あ、了解です。っていうか、そもそも今までまともに私の食事の準備をさせてくれなかったけど。きっちり三人前しか作らせてもらえないし。とりあえず外に生えてる木でもなんでもガジガジ食べれるので兵糧攻めは平気だ。食べないけども。普通に夜中に出ていって狩して解体して干し肉まで作ってるけども。転移で隣国まで行って売りさばいたりしてるけども。おかげでそっち関連のスキルの伸びがいい。ちなみに、これで得られたポイント3。しょぼい。
「シンダーエラ、お前が使う薪なんてこの家にはないよ」
了解です。っていうか、そもそもそんなに薪使わせてもらってなかったけど。今まで通り冷耐性と保温魔法でやらせてもらいます。ちなみに、ポイント1。だろうな。
「シンダーエラ、掃除ができてないじゃないか、本当に愚図だねお前は、さっさとやるんだよ」
目の前で水の入ったバケツをひっくり返されて言われるが、継母の姿が消えた瞬間無魔法でこぼれた水をバケツに回収。火魔法と風魔法で乾燥、あとはMAXまで高めた掃除スキルと高いAGIでものの数分で仕上げを完了させた。忘れ物をしたらしい継母が戻ってきた時は慌てて床を拭いてる振りをした。ちなみに、ポイント4。食事抜きより多いのね。
「あらこんなところに貧相な棒きれがっだっ!」
階段を上ったところで義理の上の方の姉に足をひっかけられたが反対に蹴っ飛ばしてしまって、あわてて回復魔法を。やばいやばい。あれ骨折してたわ。ボキッって聞こえたし。目を瞑ってたしすぐに直したから気づいてないよね? せーふ。ちなみに、ポイントなし。むしろ向こうにポイントが加算されたのでは……
「やだあ花瓶の水が腐ってるわ」
と言いながら、2階から水をぶっかけてくる義理の下の方の姉。持ってたバケツで綺麗に回収したら絶句された。あ、やべ。多少は被弾しといた方が良かった。濡れてもないが「きゃっ冷たい!」と言って泣きそうな顔をしてみたら、首を傾げたがとりあえず満足そうに去っていった。せーふせーふ。もちろん、ポイントなし。かと思ったら、ポイント1。
あれだ、私が相手の悪意をきちんと認識して受けたものに関しては少量だがポイントが入るようだ。それから彼女たちの動向を見逃すまいと必死で探っていたら、ギラギラしすぎたのかあんまり関わってくれなくなってしまった……
それでも継母だけはなんだかんだと私にポイントをくれるので、さすが継母と持ち上げておく。心の内だけで。
そんな平穏な日常を過ごしている中でも、毎日夜になると不幸ルームへと入る事は一番の楽しみだ。
その時間を捻出するために錬金に手を出して睡眠薬を作ったりもした。依存性も副作用もない実に出来のいい薬が出来た時には小躍りしてしまった。他にも出来た薬を隣国でうっぱらったら相当な金額になってウハウハだ。それもこれも、途中から話に加わるようになったヒトデさんのおかげだ。どうやら彼は私と同じ最上位の格の持ち主で多くのスキルを得ているらしく、どういう効果のあるスキルなのか、どんなスキルを取っていけば効率がいいのか、スキルのレベルを上げるのは努力すれば出来るので多くのスキルを取った方がいいなどの数多くの助言をくれた。まさにケネス先生以来の私の先生と言える人だ。本人は忙しいという事を言わないが、周りの様子からするとかなり仕事が大変なようで、いつも相手をしてもらって申し訳なく思っている。最近えびさんやたこさんが来ないのも、ヒトデさんを手伝っているかららしかった。
===
不幸ルームに入室しました。
===
不幸な新人:
こんにちは。
不幸なねこ:
こんにちわ~
不幸なわに:
こんにちは。今日もボロは出しませんでしたか?
不幸な新人:
えー……髪におもちゃのクモをつけようとしていた義理の姉の手を鷲掴みにしてしまいました。久しぶりにやってくれたのに、止めてしまい勿体無い事をしました……
不幸なねこ:
残念に思うところ違うわよ。それとどれだけステータス上げてるのよあなた……
不幸なわに:
誤魔化せましたか?
不幸な新人:
咄嗟に、とてもかわいいアクセサリーですねと言って義理の姉の髪につけてみました。
不幸なねこ:
うわ……
不幸なわに:
予想できますが……反応は?
不幸な新人:
逃げていきました。
不幸なねこ:
でしょうね。むしろ義理の姉に同情するわ。いえ、あなたに突っかかっていこうとする蛮勇に尊敬すらするかも?
不幸なわに:
……そろそろ限界なのでは。
不幸なヒトデ:
今日もやってるようだな。
不幸な新人:
あ、どうも。ヒトデさん。
不幸なヒトデ:
わにの言う通りそろそろ取り繕うのも限界だろう。
不幸なねこ:
限界っていうか、既に恐れられてるでしょ。
不幸な新人:
いやぁ……あともうちょっとで成人なのでそこまでは踏ん張りたいですよ。母の遺産を私個人に移しているので成人にならないと自由に動かせなくて。
不幸なヒトデ:
今のステータスはどうなっている?
不幸な新人:
ステータスはこんな感じです。
HP 254/254
MP 101/122
STR 84
VIT 72
INT 81
DEX 91
AGI 90
LUC 9
称号 灰かぶり
スキル 料理 8/10 習得率23
掃除 10/10 MAX
洗濯 10/10 MAX
裁縫 9/10 習得率49
話術 7/10 習得率10
儀礼 10/10 MAX
算術 7/10 習得率52
体術 10/10 MAX
格闘術 10/10 MAX
柔術 10/10 MAX
蹴撃術 10/10 MAX
短剣術 10/10 MAX
長剣術 10/10 MAX
暗器術 10/10 MAX
棒術 10/10 MAX
操糸術 10/10 MAX
弓術 10/10 MAX
投擲術 10/10 MAX
光魔法 7/10 習得率88
闇魔法 8/10 習得率54
火魔法 10/10 MAX
水魔法 10/10 MAX
風魔法 10/10 MAX
土魔法 10/10 MAX
無魔法 10/10 MAX
回復魔法 8/10 習得率73
付与魔法 7/10 習得率23
時魔法 5/10 習得率69
空間魔法 7/10 習得率20
魔法陣 7/10 習得率19
採取術 8/10 習得率45
採掘術 2/10 習得率98
熱耐性 10/10 MAX
冷耐性 10/10 MAX
毒耐性 10/10 MAX
鋼鉄の胃袋 10/10 MAX
鋼鉄の身体 10/10 MAX
鋼鉄の精神 10/10 MAX
視覚強化 10/10 MAX
聴力強化 10/10 MAX
嗅覚強化 3/10 習得率11
味覚強化 3/10 習得率71
熟成 3/10 習得率22
発酵 3/10 習得率
乾燥 10/10 MAX
粉砕 10/10 MAX
結晶化 10/10 MAX
錬金 10/10 MAX
解体 10/10 MAX
栽培 10/10 MAX
調合 10/10 MAX
木工 7/10 習得率11
硝子工 9/10 習得率23
陶工 8/10 習得率21
彫金 7/10 習得率39
鍛冶 1/10 習得率11
舞踏 3/10 習得率2
歌唱 2/10 周到率10
演奏 3/10 習得率2
鑑定 10/10 MAX
本当はステータスをきりよく100に揃えたかったんですけど、最近は全然ポイント入らなくて……ステータスの方は努力で上げるとして、スキルの方どうするかですよね。
不幸なねこ:
あなた何を目指してるのよ……
不幸ないぬ:
おーやってる…な……? なんだこれ……
え? これ新入り? 新入りなの?
不幸なねこ:
まぁ目を疑うわよね~。私INT抜かれちゃったし~
いぬはSTR抜かれてるんじゃない?
不幸ないぬ:
え!? あ、いや……え、あ、う
不幸なヒトデ:
ポイントは20万、残しているな?
不幸な新人:
はい。最初に言われた通りそれは残しています。
不幸なヒトデ:
スキルは必須と思われるものは取れているから、あとは趣味で取ればいい。
それよりも芸術関連のスキルが伸び悩んでるな。
不幸なねこ:
まだ育てる気だわ……どこまでやるつもりよ。
不幸な新人:
舞踏とか歌とかって生活に直結しないのでどうにも……
不幸なヒトデ:
それがあると役に立つ。特に交渉事には力を発揮する。
不幸な新人:
話術はまだわかりますけど、舞踏とか歌とか影響します?
不幸なわに:
しますよ。舞踏は儀礼よりも優雅な立ち居振る舞いになりますし、歌は声の出し方のアシストがあるので話術の効果があがります。演奏はまぁ会食の時などの話題になりますからやっていて損はないです。
不幸なねこ:
突っ込み不在なのね。わにまでそっち側だともう行くとこまで行くしかないわ……
不幸な新人:
うーん……そんなものですか。
不幸なヒトデ:
そんなものだ。
成人になるのならデピュタントがあるはずだな。
不幸な新人:
あれ? 私が貴族って話しましたっけ?
不幸なヒトデ:
いや。最初から儀礼のスキルを持っていたから、貴族か大店かどちらかだろうと思っていた。
不幸な新人:
あぁなるほど。
不幸なヒトデ:
いつだ?
不幸な新人:
えーと、どうなんでしょう? あの人たちが私のデピュタントを準備するはずもないので、いつそういう夜会が開かれるのか、そもそも私の家が入っていた派閥がどうなっているのかもよくわからなくて……
不幸なわに:
……ヒトデ、実行に移すので?
不幸なヒトデ:
……新人、お前のいる国はどこだ?
不幸な新人:
国はエラントス王国です。
不幸なねこ:
エラントスだったんだ……
不幸ないぬ:
結構遠いな……
不幸なわに:
確か成人予定の王子がいますね。でしたら王宮で例年よりも大きな会が開かれるはずです。
不幸な新人:
あぁそういえばそうかもしれません。小さい頃、王子様と同い年なのよーと母が言っていた記憶が。
不幸なヒトデ:
風魔法を使ってその日時を確認しろ。
不幸な新人:
風魔法ですか? 噂話を集めるのなら精霊魔法系じゃないと難しいのでは。
不幸なヒトデ:
やって出来ないことはない。声を魔法で運ぶだけだ。
不幸なねこ:
やだわ。ヒトデが魔導士にも難しい事をさらっと要求してる。
不幸な新人:
やってはみますけど……あ、出来た。再来月みたいです。あーなんか、国中の令嬢を集めるみたいな……それであの人たちあんなに瘦せなきゃとか言ってたのか……
不幸ないぬ:
魔導士にも難しい事をさらっとこなしてやがる……
不幸なわに:
それはエラントス恒例の嫁探しという名の出来レースですね。
不幸なヒトデ:
なんだそれは?
不幸なわに:
相手は決まっているんですが、王家は分け隔てなく相手を探し公平正大に王妃となる者を決めるという伝統行事です。国難の時には他国の姫を貰うのでやらないときもあるようですが、今はあちらは平和ですから。
不幸なヒトデ:
無駄なことを……だが、まあ都合はいい。
新入り、それに参加しろ。
不幸な新人:
えー……
不幸なねこ:
やる気なさそうなこの反応、確認するけどあなた乙女であってるわよね?
不幸な新人:
あってますけども……そういうの昔から面倒くさいなぁって思ってたので……
不幸ないぬ:
うわーすげーやる気のなさ……
不幸なヒトデ:
デピュタントさえすれば貴族社会では成人とみなされる。そうすればお前の望みだったら母の遺産も動かせるぞ。
不幸な新人:
あ! ……そうでした。そういうルールでした……
じゃあ面倒くさいですけど、いきます。
不幸ないぬ:
待て、行くっていっても準備があるだろ。
不幸なねこ:
そうよ、アクセサリーとかドレスとか、何にもないでしょ?
不幸な新人:
グレイファルナで冒険者登録して口座開設してお金貯めてあるので問題ないですよ。
あ、でもあっちは海洋文化でこっちとは合わないか。目立つのやだな……
布は山に蚕いるし操糸術でなんとか作ればあとはどうにか出来るか? 装飾品は硝子を加工すれば見れるようにはなる……か。
不幸なねこ:
ちょっと待って、冒険者登録の件も初耳なんだけど。それにグレイファルナってエラントスとは海路でしか通じてなかったわよね? 毎日夜しか時間ないんじゃなかったの? いやそれより一から全部作るつもりなの? 私の認識違い?
不幸な新人:
あ、靴はどうしよう……皮の靴はさすがにミスマッチだろうしなぁ……
不幸ないぬ:
あ、じゃあさ
不幸な新人:
硝子でいけるかな? 中に滑り止めをしておけばそう簡単に脱げないだろうし、足型とって型に流せばとりあえずは形になるか。
不幸なねこ:
合ってた。この子、全部作る気だわ……スキルを見直してみたら確かに出来そうなのが怖い。でも硝子の靴が気になる。すごく見てみたい。綺麗な気がする。
不幸な新人:
あ、図らずもガラスの靴になってしまう……ま、いっか。
綺麗ですかねぇ? 実用品としては付与魔法で強化しとかないとすぐに割れると思いますよ。
不幸なねこ:
おしゃれなんてそんなものよ。
不幸な新人:
はぁ。でもまだやってみないと透明度がどうなるかとか、履き心地がどうかとか全くわかりませんから……
不幸なねこ:
それでも面白そうじゃない。
不幸な新人:
はあ……まあ頑張りますけども。
不幸なわに:
いぬ、相手は我々の中でも普通じゃないですから。落ち込まず。
不幸ないぬ:
全然問題なさそうだもんな……
不幸なヒトデ:
準備が整うならいい。問題があればわにに話せ。私はしばらくは入れなくなる。
不幸な新人:
あ、忙しいところをありがとうございます。わにさんもすみません。
不幸なわに:
いえいえ。私は余生を送っている身なので構いませんよ。
不幸な新人:
ところで、前々から不思議に思っていたことがあるんですが。
不幸ないぬ:
なんだ?
不幸なねこ:
スキルやステータスじゃないわよね。さんざんヒトデに聞いてたし。
不幸な新人:
いえ、今更なんですけど、この部屋とか称号とかステータスとか、何なんだろうと思いまして。
ほら、不幸ポイントも別に私たちだけが不幸ってわけじゃないですか。世間には私たち以外にも不幸な方っていると思いますし。
不幸なわに:
あぁその事ですか。まずこの部屋に関しては、私が先代から引き継いで維持管理しています。称号を得た者たちを結び付けて世界の損失を防ぐ事が目的ですね。
不幸な新人:
???
不幸なわに:
新入りさんの言う通り不幸なのは我々に限った話ではありません。
私にもハッキリした事はわかりませんが、先代からはこう聞いています。
ヒトは生まれてから死ぬまでで良い事悪い事が丁度釣り合うように設定されている。ところが、どう頑張ってもそうならない運命の者がおり、その中で世界に認識された者に称号が与えられる。つまり、称号を得られるかどうかは世界の気まぐれだ。と。
不幸な新人:
はぁ……じゃあ不幸中の幸いな人って事ですかね?
不幸なわに:
さあどうでしょう。先代がこの部屋を作るまでは突然頭に響く音やメッセージに発狂する者もいたというので、必ずしも幸いというわけではないと思いますよ。
不幸な新人:
そう言われると……確かに、最初は驚いたから……
不幸なねこ:
そうよ。新入りさんは平然としていたけど、私なんか悪魔の声かと思っちゃったわ。この部屋にしたって変な名前が羅列してるから怪しかったし。
不幸ないぬ:
俺はわけがわからなくて話が出来るようになるまで一週間ぐらいかかったな。
不幸な新人:
ははぁ……警戒。確かに、そうなるかもしれないですね。
不幸なわに:
新入りさんの場合はスムーズに進んだので逆にこちらが驚きました。
不幸な新入:
いや、まあ驚いてはいたんですけど……
あ、こっちから振っといてすみません。ちょっと準備の段取り始めるので今日はそろそろ失礼しますね。
不幸なわに:
ええ。気を付けて。
不幸なねこ:
がんばってねー。
不幸ないぬ:
まぁやれるだけやってみろ。
===
不幸ルームを退室しました。
===
ふうと息を吐く。危ない。あれ以上話していたらボロが出ていた。
さて、準備の段取りもやらなければ。あと二か月しかないと考えるとそうのんびり出来ない。
とりあえず布を作って、裁断してドレスを作って、あとは硝子で靴とアクセサリー。材料になりそうなものを頭に浮かべて、まぁやってみるかと隣国との国境沿いにある秘密基地に空間魔法で覚えた転移を使って移動する。
グレイファルナとエラントスとの国境になる天尺山脈(天のものさしで図らなければいけないぐらい高い山々という意味らしい)の、人の来ない標高の高い場所に隠れ家を建てているのだ。
寝泊りや調理が出来るように母屋を一つ。ガラス工房や、鍛冶場や錬金小屋、調合小屋、細工物とかの作業部屋、大物を狩ってきたときの解体スペースなどなど。その時その時で必要なものを継ぎ足していったので配置は無茶苦茶だが、何でも出来る。
こつこつ木工鍛えて家具も整えたし、実はこっそりと売り払われた調度品を買い集めているので、実家のような懐かしさもある。
さて、母屋で一服して寛ぎたいところだが、時間に余裕はない。確か蚕は隣山の方がいたよなと記憶を探り、転移を繰り返しながらどんどん籠に集めて行った。洗うのと同時に脱色し、MAXまで上げた操糸術で布をとにかく作っていくが作りながら思った。これ、布面積少ないタイプのドレスしか作れないなと。
とりあえずある分だけ布にしたところで朝日の気配がしたので屋敷に戻り、いつもの雑用を済ませる。そして夜になりまた戻ってくる。これを繰り返すこと半月。
広がった真っ白い絹の布を見下ろして考える。やはり、プリンセスラインのような布地を多く使うデザインは無理だ。義理の姉たちのドレスを見る限り、その手のものが流行っているのだろうが、仕方ない。ここはエンパイアライン系のストンとした奴にしよう。幸い私は背が高いし細身だ。エンパイアでも見栄えはするだろう。胸は詰めとくか。……おかしいな。シンデレラって胸あったよな? まぁいいか。
蔦の模様を描くようにビーズのようなごく薄い青のガラス玉を縫い付け、胸元から首元まではレースでカバーしたので肌の出し過ぎにならないよう注意。デピュタントではあんまり肌を見せないとケネス先生に教えられたのをちゃんと覚えている。
耳飾りは涙型の垂れさがるガラスに濃い青色を差し込んだもので、髪飾りにも同様の刺し色で水仙をモチーフにした飾りを作った。そして問題の靴だが、これもどうにこうにか完成した。最初私の足型を作ってそこに流し込むスタイルで作ったのだが、まあ見事に失敗した。表面ガタガタで全然綺麗じゃないのだ。これは駄目だなと、私は流し込みで作る事を辞めた。そして次善策としていたごり押し方式を行った。足型は使うのだが、流し込むのではなく重力魔法と無魔法を併用して熱したガラスを直接型に張り付かせるのだ。全魔力を込めて完成した靴は、なんとか綺麗に形になった。その日はそれで休み、次の日にちょっとやそっとじゃ壊れないよう付与魔法を付けて完成だ。出来たー! と、喜んだところでハッとした。
そういえばシンデレラって作ったドレスをずたずたにされるんじゃなかったっけ? あれ? 動物が作ってくれるんだっけ? いやでも私動物と親しくないっていうか狩る対象なんだけど……そもそもガラスの靴自分で作るってありなの? なんか妖精がくれるんだったような……あぁでも妖精はポイント高いから今更無理だし……
まあいいか。と、一応ドレスも飾りも全てちょっとやそっとじゃ壊れないように付与魔法を付けて空間魔法で作る亜空間ポケットに入れておく。ここならば私が死なない限り誰にも取られる事はない。ヒトデさん曰く、術者が死んだらその場に亜空間ポケットに入っていたものがバラまかれるらしい。過去には大賢者と呼ばれたおじいちゃんが不慮の事故で亡くなった時、エロ画集が乱舞して大惨事になったという事件もあったとの事だ。こわいこわい。私は死んでもせいぜい干し肉やら細々した家具やら薬やらしかないので平気だが。
さてあと半月、それでこの屋敷ともおさらばになるのかと思うと、なんだか感慨深かった。それに日々罵詈雑言浴びせてくる人との暮らしが終わるというのも、不思議な感じだった。毎日毎日(最近はご無沙汰だが)飽きもせずよくやってくれたものだ。そのおかげでここまでステータスを充実させる事が出来たのだから、多少塩を送ってもいいかという気にもなる。そう思って特性のダイエットメニューにしたら、まずいと投げつけられた。反射的に皿を掴んで鶏肉のサラダを回収、野菜たくさんスープをボールで受け止めたが、ちょぴりエプロンにこぼしておくことも忘れない。私は学習するのだ。そしてポイント5。久しぶりに4を超えた。
とりあえずダイエットする気がないならこれでいいかと、高カロリーメニューをドーンと出してやったら初めからそうしなさいよと言われた。姉の方はまだドレスが着れるかもしれないが、妹の方はかなりのお直ししないと難しいかもなー。
数日後、珍しく継母が義理の姉たちに苦言をこぼしていた。食事に気をつけなさいと。どうやら仮縫いのドレスがサイズアウトしていたようだ。大急ぎで手直しさせられる針子さんに同情します。それにしても食事に気をつけろって、あの高カロリー食を一緒に食べてたのに説得力ないというか。いやでもこの継母、体形変わってないから本人わかっていないのかもしれない。姉の方はまだ体質を引き継いでいるのかもしれないが。残念、妹。
彼女たちの事はまあどうでもいいとして、本格的に身辺整理と考えると我が家が拝領している領地持ちでなくて本当に良かったと思う。下手したら領民にえらい迷惑をかけていたかもしれないのだ。
巻き込みたくなくて纏まったお金を送って以降全然連絡をとっていなかった元使用人達にも、そろそろ連絡の一つでも取ってみようか。おじいちゃん執事は最後まで悔しそうだったしなぁ。出来れば私が名実共に当主の力を握れたらいいんだけど、あの継母は絶対にさせないだろうし……ま、そうなったら私に出来るのは一つだ。デピュタントで成人と認められるし、都合よく我らが主の王家もそこにいる。爵位返上はそのタイミングでしか出来ないだろう。
夜には不幸ルームという名の雑談室でねこさんやいぬさんと他愛無い会話を楽しみ、そうして当日がやってきた。
継母はそれまで私に王宮で開かれる大規模な夜会の事は言っておらず、ドレスアップする二人の娘とともに勝ち誇った顔で馬車に乗り込んでいった。が、その二人の娘の化粧があまりに道化じみていて噴出さないよう必死にこらえていた。目元に赤を入れすぎて赤パンダの姉と、妹は青を入れすぎて青パンダになっていたのだ。ひょっとしたらあの化粧が最新式なのかもしれないが、ちょっと私には無理。
最新式こえーと呟きながら、秘密基地に行って鏡の前に座る。私が持っている化粧は錬金で作ったものと調合して作ったもので、前世の化粧品に近い。肌に負担が少なく馴染みがいいものだ。でも私に化粧の技術はないので、さらっと下地を整えた程度で眉と紅をひいて終了。顔に布を被せて化粧が付かないようドレスを着て、髪をくるくるっと巻いて飾りの水仙をグサッとさして留める。学生がよくボールペンとかでやる髪留めのアレだ。そしてガラスの靴に足をつっこんで準備完了。
いざ参らん! と、気合十分に王宮近くに転移して、そっと様子を覗う。
時刻は月が出始めた頃。招待客がどんどんと集まってきているようで、これに紛れれば大丈夫だろうか。と、思ったその時だった。
「見つけたわ! 新入りさんね!」
後ろから声をかけられてびっくりして振り向いたら、びっくりするほどの美女がいた。
くるくるとした紅の巻き毛を垂らした、豊満なボディをお持ちの推定年齢二十台半ばのお姉さま。胸のぱっかり開いた真っ赤なドレスを見事に着こなしておられているのだが、私の視線は胸からその頭へと移って固定されてしまった。
なんと、そのお姉さまの頭には、耳が、モフモフの、耳が、ピコピコと動いているのだ。
「新入りさんでしょ?」
にょきにょき伸びた私の身長に負けず劣らず、なかなかの背丈があるお姉さまはするりと近づいてきて私の手を取ると腕を絡ませてきた。
あ、なんかエロい。そして、いい匂い。おっぱい柔らかい。
「え、ええと……もしかして、ねこさん?」
「はーい、正解よ」
ハートが飛びそうな可愛らしいウインクを貰った。
まじか。ねこさんって、まんま、ねこさんだった。
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