第6話

「断固はんたーーーーいっ!!」

 僕の人員増員、メニュー値上げに、ニートン店長が腕でバッテンマークを作り叫ぶ。


「じゃあ、俺も辞めるっす。おつかれっしたー」

 俺は裏口のドアへと向かう。

 きっと今なら元いた世界に帰れる気がする。

 まっそれなら、それでいいや。


「あっ、ちょっ・・・、片方だけ条件を飲むから、片方だけ飲めばいいでしょっ。ユーイチ!!」

「どっちっすか」

 俺は振り返ると、俺の目にでかい身体をもじもじ小さくさせながら、ちらちら上目遣いをしていくる店長。


「えーっと、店員を雇う方・・・?」

「おつかれっしたー」

「ちょちょちょ、今絶対どっち選んでも駄目だったでしょ!?」

 必死に俺の腕を掴む店長。

 顔には出さないけれど、さすがにその逞しい腕から逃げようとしたら、俺の手なんて簡単に折られてしまいそうだ。


「いえ、値上げの方だけならなんとかできると思ったんで。店員増やしても料理を店長レベルにできる人が増えるならいいっすけど・・・」

「けど?」

 店長が調子に乗らなきゃいいけど、言わなきゃ始まらない。


「残念ながら噂によると店長の腕はこの世界で一級品らしいみたいっすし、人増やしても料理ができなきゃ意味ないじゃないっすか。それなら、逆に高級料理店みたいにすれば、俺と店長の2人でも回せると思ってるんで・・・」

「えへっ・・・そうかな・・・むふふのふーーーっ」

 肩をすぼめながら、イモムシみたいにくねくねしている。

 やっぱりキモい。


「あっ、そうっす。賄い食わしてください」

「マカナイ?」

「そっか、知らないんすよね。えっと・・・店員に多めの食材とかで料理をタダで振る舞うんすよ」

「へーっ、そんなのがあるんだ。まっ、言ってくれればいつでも作ってあげるよ」

「マジっすか」

「その代わり、いつでも働いてね、ユーイチ氏☆」

「・・・」

「あれっ?返事がないぞ?」

 調子に乗せると店長はうざい。

 この上から目線の笑顔が憎たらしいけど・・・まぁいいや。


 多分店長は逆に相手から言われても、二つ返事でいつでも働くと言えるのだろう。

 無類のタフネス。

 やりがい搾取でもオッケー。


(逆に経営者じゃなくて、社畜としては超有能なのでは?)

 そういうところも残念なところなのかもしれない。


「いいから、俺が働いてもいいって思う料理・・・おなしゃす」

「もー、ユーイチは甘えんぼさんなんだから。ふふふっ。まっ、肩慣らしに作っちゃうから。待ってて」

「うぃっす」

 そういうと、店長は鍋に油をさっと入れて火をつける。

 待っている時間も無駄にしない。

 寸分たがわず野菜を刻み、鍋が高温になったのを見て、野菜を順番に入れていく。

 

 炎と野菜と戯れるように鍋を振り、野菜を炒めていき、そこに肉や米を入れていく。

 店長の顔が生き生きとしていて、不覚にも、カッコいいと思ってしまった。


(まっ、一つくらいみんないいところはあるからな)

 俺はちょっと悔しくなりながら、俺には何があるかな~と考えていたけれど、あることに気づく。


 食事の第一印象は見た目じゃない。


 匂いだ。


 その暴力的な香ばしい匂いは俺の胃を奮い起こし、俺の胃は血液を集めて興奮しながらウォームアップをして、早く飯をよこせと唸っている。


「はいっ、お待ち」

 店長がすーっと、皿を俺の目の前に出してくれる。

 ふわっと湯気が匂いを乗せて僕の顔を覆う。


 この国では何系料理と言って、何と呼ぶかは知らない。

 綺麗な半円球。

 油でピカピカ光る黄金色のお米たちに様々な具材が散りばめられている。


 これは間違いない。


 中華料理、チャーハンだ。


「いただきます」

 俺は置いてあったレンゲでその半球を削り取る。

 まずいチャーハンはレンゲで触った瞬間にねっちょりとベトつくするか、パラパラ崩壊する。

 しかし、このチャーハンはお米一粒一粒が独立しつつも、粘度を保っていた。


 俺はゆっくりとその温かいチャーハンを口へと運ぶ。

 旨味が弾ける。

 俺の唾液が待ち構えていた唾液が洪水のようにお出迎えをする。


(噛むのが止まらない・・・っ)

 俺はどんどんチャーハンを口の中に放り込んでいく。


(でも・・・)


「働いてもらうから・・・ビールは駄目だけど飲み物いる?」

 食台に肘をつきながら俺の顔を見ていた店長が優しい瞳で俺に尋ねてきた。

 腐っても酒場の店長だ。

 俺の顔を見て、俺の欲しいものがわかってしまったのだろう。


 そういえば、店長は初日。

 俺がお客たちのオーダーを聞くよりも前に料理に取り掛かっていたような気もする。


 その時は常連もいればそんなもんかと思っていたが、残念なブラック企業社長か、社畜のような変態だと思っていたが、意外と食に関しては敏感なのかもしれない。


 このチャーハンの味付けは暴力的で味付けは塩気がやや強めで、ビールがあれば堪らないだろうと思っていた。


(いや、公明の罠か・・・?)

 

 わざと、味付けを濃くして飲み物で稼ごうとしているということもありうる。


(でも、今は・・・美味しく食べたい!!)


 俺は店長の質問に激しく何度も頷くと、「りょーかい」と笑顔で答える店長は立ち上がり、床下を開けて、太い縄を引っ張っている。

 

 その床下は井戸のようになっていたようで、縄の先には木製のバケツが付いていた。

 店長はそれを水差しに移し替えて、ジョッキに注いでくれる。

 透明だったジョッキにキメの細かい泡を作りながら赤い液体が注がれていく。

 トマトジュースをビールで割ったレッドアイよりも赤みを深くしたような飲み物。


「はい、ハジけるから気を付けてね?」

 

 俺はグビっと飲む。


(そうくるのかっ!!?)


 コクがすごい。


 深みのあるコクが口の中で蓄積していった脂っぽさや熱気を弾けながら分解し、マンネリを感じていた舌をリフレッシュさせた。


「くううううううっ」


 チャーハンの奴隷となっていた俺を解放し、心地よい爽やかなコクに包み込んでくれた。


「ふぅーーーー・・・っ。店長、この飲み物の名前は?」


「はははっユーイチ、君ってそんなキャラだっけ?」


「いいから教えないと毛と言う毛をむしり取るぞっ!」


「んーっとね、マグリッシュっていう飲み物だよ」


「マグリッシュか・・・もう一杯っ」


「はいはいっ、そんなに急かさないの」


 そのあとメチャクチャ、チャーハンとマグリッシュを味わい尽くした。


「ふーーーっ、食った、食ったぁ~。もう帰るかな」


「いややの、いやーーーっ」

 店長はいつものうるさい声で叫んでいたが、料理の余韻に浸っていた俺は全開より苦にならなかった。


「まっ、一食の恩義は果たすのが日本人だ。とりあえず、色々俺に任せてくれ」


「うっ、うん」


 店長は俺のやる気を心配そうな顔をしていたけれど、店を開ければプロ。

 店を開ければ生き生きした顔でどんどん料理を作っていた。

 

 俺も客に怒られながら、シカトしながら、この店に、いや・・・俺がこの店で楽に働けるには何が必要かを考えながら、店の手伝いをした。


「おい、兄ちゃん、早く飯持って来いよ!!!」


「ふふふっ、やっぱり俺のハーレムを作るか・・・。くっくっく」


 俺はクールに顎に手を当てながら、周りを観察する。


「おいおい、だから早く俺の飯を持ってこい!!!」


「おい、お前さん。おいらにマグリッシュ一つくれだーよ」


「こいつ悦に入ってるくね・・・?」


 身体の大きさがバラバラな三人組の喋るノイズに耳を傾けずに、策を模索する。

 

「まっ、失敗したらとんずらすればいいし、気楽にやるかな」


「ユーイチ、気楽にじゃないし、今絶賛失敗中だよ!?早く料理持って行って、あそこ片づけて、お客様を案内してえええええっ」


 その日は、客の怒号と店長の野太い悲鳴が酒場「ユニバ」で叫びやまなかったという。

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バイトに行くのだりーと思って玄関出たら、異世界ってやつでしたわ。たははっ 西東友一 @sanadayoshitune

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