第3話

 ガチャ


「馬鹿なんすか?」

「あっ、ユーイチ。こんにちは。また来てくれたんだっ・・・って、挨拶代わりに馬鹿呼ばわりはいただけないよっ!?」

 文句を言いに行かなければいかないと玄関を出ようとしたら、またニートンの店の裏口に繋がった。


「ちっ、また会っちまったか・・・」

「えーーーっ、絶対自分から会う気満々だったよね?逆に僕に会えないのに「ふっ、馬鹿かなんすか?」どやっ、って誰に言うつもりだったのさ、ユーイチ」

 俺の真似をするニートン相変わらず能天気なおっさんだ。

 

「これっ、ふざけてんっすか?」

 俺は台に昨日貰った現金袋を乱暴に置く。


「ふっ、ふざけてないよ?そんな、人を殺すのに一切の躊躇もない顔でそんな風に言うのやめてよ・・・おじさんのピュアハートが・・・っ」

「親指をしゃぶらないでくださいよ・・・きもいっす」

 ニートンはガビーンっといった顔をするけれど、はっきり言って困ってしまう。こんなに距離感が近い人は東京に上京してから会ったことがない。


「これ、質屋に持って行ったら、数百万になるって言われたっすけど、さすがに経営なめてるっすか?」

「えっ、お金を質屋に持ってったのっ!!?ユーイチ、君、クレイジーだよっ!!?」

(てか・・・ここは東京じゃないんだろうな・・・)

 そろそろ、認めなくてはならないようだ。

 これだけ、会話がかみ合わないのは異世界と言う奴なのだろう。


(俺は職場が近くなればいいと思っただけなんだけどなぁ・・・)

 ホストじゃないんだから、1日数百万も稼いでも罪悪感しかない。


「ちょっと、町見てきていいっすか」

「うん、もちろんだよ。あっ、でもちゃんと開店時間には帰ってきてね☆」

「ういっす」

 もう一度店の裏口を開けると、やはり自分の部屋ではなく、昨日見た石畳の中世ヨーロッパみたいな街並みが広がっていた。


「あれっ、てか何で俺、ニートンに許可貰ってんだ?それに、あいつもまた、俺をこき使おうとしてたよな・・・」

 俺はドアを閉めながら、独り言を呟くとニートンがその隙間からこちらを覗いていた。


「うわっ」

「駄目じゃないか、ユーイチ。お金、持ってないんだろ?ほら、ちゃんと持って行かないと」

 ジト目のニートンが昨日の現金袋を渡そうとしてきた。


「いやいや、そんなに貰えないっす」

「いいから、いいから。これからも頑張ってもらうんだから。最初くらい気前良くいかないと」

「いやいや、今後も働くとは一言も言ってないっすよ」

「えーーーっ、あいたっ」

 ニートンは立ち上がったときにドアノブに頭をぶつけたようだ。

 鍛え抜かれた太ももで思いっきり立ち上がろうとしたんだ、かなりのスピードが出ていただろう。かなり頭が痛いに違いない。


「だから、手を合わせて拝まないで。死んでないからっ」

「あっ、そうだったっすか。残念っす」

「残念ってどういうことっ!!?あれっ、おかしいな、ユーイチに恨まれるようなことしてないんですけれどぉおお!?」

「でも、性格が残念っす」

「フェフェフェのフェーーーっ」

 出た。

 また出た。

 この世界でのリアクションはみんなこうなのだろうか。


「それに、そんなに持っていたら小悪党に絡まれそうで嫌っす」

「えー、そんなことないよ。僕一度も絡まれたことないもん」

 俺はマジマジとニートンを見る。

 下手すれば、俺の体積の二倍くらいある筋肉質の身体に、男性ホルモンむんむんの毛深さ。

 こんなガチムチのおっさんを襲っても返り討ちに会うのが関の山だろう。


「そりゃそうっすよ、怖えーっすもん」

「エエエのエーーーっ。衝撃の真実。僕怖くなんてないよっ。それに怖いとかいいながら、最初から冷たい目をしているユーイチの方が怖いからね。急に笑顔で包丁を背後から刺してきそうな顔しているからねっ!!?」

「サイコパスじゃねーんっすから、そんなことしないっすよ。するなら、ヒ素を少しずつ料理に入れてじわじわやるんで、だいじょーぶっす」

「うっ、うん。わかった・・・?」

 ニートンはわかっていないだろうが、まぁ、いいや。


「小銭入れみたいなものないっすか?」

「うん、えーっと、じゃあこれで」

 棚へ走っていったニートンは皮の小袋に少量の硬貨を入れてくれる。


「うん、これぐらいなら・・・」

 じゃらじゃら、音をさせるといい音が鳴る。

 あんなに大きい現金袋だと、自分の物ではなく他人のお金を仕事で運んでいる感覚になる。まぁ、アルバイターの俺にはこれぐらいの方が自分の物だという実感が湧くので嬉しくなる。


「じゃっ、いってきま~す」

「うん、いってらっしゃい」

「・・・っ」

「んっ、どうしたの?ユーイチ?」

 満面の笑みで見送ろうとするニートンの顔を見て、本当にこいつはいい奴なんだろうなと思った。

(まっ、言わないけど)



 ◇◇


「あいつは最低よ」

 さっきまで気さくだった酒場のおばさんがニートンの名前を出すと、急に豹変して憎しみを込めた言葉を発しながら、機嫌が悪くなった。


「へっ?」

 俺はあまりに唐突過ぎてびっくりして変な声が出てしまった。


「もしかして・・・あんた・・・。ニートンのとこの関係者じゃないでしょうね?」

「違うっす。嫌っすよ、俺もあんな毛むくじゃら」

 そう言うと、おばさんはまたニッコリと優しい笑顔になった。


「にしても・・・どうしてニートンは最低なんすか?あっ、いえね、近づかないためにも理由が知りたくて・・・っ」

 質問をして、出された発泡酒を飲む。

 口の中で、ベリー系の酸味とほどよい甘さが広がる。

 実に美味い。


「あいつは偽善者なんだよ。利益度外視の安い値段で酒と肉を振る舞うから、一仕事を終えた冒険者はみーんな、あいつの店に行っちまって、あたいらの店にはまったくこないんよ。来たとしても、狩が上手くいかなかった冒険者しかこないからちーっとも飲み食いしていかない」

「あーーー」

 確かにニートンは利益とか計算とかせず、笑顔が見れればそれでいいみたいなタイプだろう。


 ニートンの店からこのおばさんの酒場に来るまで、そこまで人にすれ違わなかった。人口だってそんなに多いわけではないだろうこの街で、なんであんなに人が集まってくるのか理由がようやくわかった。

 

「それに、あいつ無駄に腕だけは良くてそこもむかつくんだが、冒険者も肉をあの店に持って行くといい値段で買い取ってくれるって言って、肉の流通もあいつのとこばっか。農家のみんなは私ら普通の店の味方だけど、冒険者もニートンも全体を見てないからね、人のことなんかより、自分が気持ちよければいいって輩どもだから困ったもんなんだよ」

 俺はメニュー表を見る。

 確かに、ニートンの店の肉は安かったと思うが、この店の値段はかなり高い。


「独占禁止法っすね」

「はいっ?」

 俺は野菜をつまみながら考える。

 うん、野菜はみずみずしくて美味い。


「でも、一人で切り盛りしているのはなんでですか?」

「あんた・・・あの筋肉戦車と一緒に働いて持つと思うのかい・・・?自分ができることはみんなもできるよねって、頭の中はラブ&ピースの変態料理人よ?」

「はははっ、おもしろいっすね」

 良かった。

 俺の価値観がズレているわけでも、この世界がおかしいのでもなく、ニートンがおかしいのだ。俺はホッとした。


「でも・・・食ってみたいっすね。そこまでの味なら・・・あっ」

 おばあさんが親か子を殺されたんじゃないかっていうくらいの鬼の形相で見てきた。


「おねえさん、野菜炒め追加でおなしゃす」

「・・・へい、まいど~」

 おばさんはプンスカしながら、調理場の方へ向かった。

 俺は虫とか毒とかいれられるんじゃないかとそわそわしながら様子をチラ見していたが、変なそぶりはなかった。


「へいっ、お待ち」

「ありがとうございます・・・あっ」

 出された野菜炒めは肉など一ミリも入っていない、本物の野菜炒めだった。

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