第4話
「ごちそうさまっした~」
「またのおこしを~」
酒場のおばさんは腕を組みながら俺を外まで見送ってくれた。
なんとなく、バツが悪かった俺はニートンの店の方向に向かおうとすれば、ニートンの回し者だと勘違いされて殺されそうな気がしたので、敢えて逆の道へ進む。
ニートンのせめてもの情けとでも言えばいいのだろうか。
飲食街ではさっきのおばさんの店しかり酒場であっても、夕方から店を開けていていて、パラパラと人が入っている。
しかし、小物の獲物で狩を切り上げたような感じの冒険者や、老人などが大半で、金を持っていそうな気概のある冒険者は見受けられなかった。
「ただいま~」
「あっ、おかえり。ユーイチ」
街の散策を終えて、ニートンの店に帰ってくると、嬉しそうな顔で笑顔を向けてくるおっさんのニートンの顔を見て、なんで、自分は「ただいま」なんて言ったのだろうと気恥ずかしくなる。
(こいつが・・・嫌われているんか)
学生時代に正義感が強い勘違いしていた時期もあったが、高校生くらいからはいじめに対して、俺は加害者にも被害者にもならないよう傍観しながらマイペースに生きてきた。
まぁ、友達も少ないし、愛想笑いもしない俺だったから、いじめられる側になりうる存在だったと思う。
だから、まぁ・・・。いじめられている奴と仲良くして俺までいじめられるのも、いじめらめる対象がそいつから俺に変更になるのも御免だから、距離を取っていた。
でも、いじめられる奴らは声をかけると嬉しそうに、そしてどことなく必死に笑顔を作っていたような記憶がある。
(でも・・・、俺に期待されても・・・なっ)
俺は救世主じゃない。
ただのどこにでもいる冴えないアルバイターだ。
いい意味でも、悪い意味でも替えが効く存在。
だから、ニートンが俺を必要以上に求めるなら俺は二度とここに来たくないし、ダルい。
俺は適当に、無責任に働いて、ちゃんと自分の時間を確保して、遊びたい時に遊べるだけ稼げればいい。
「まっ、無能だから何にもできねーけど」
「ん?どうした?悩んでいるのかい、ユーイチ?相談に乗るよ?」
まぁ、こいつはいじめられる側の人間じゃないんだろうけど、優秀で残念な異分子なのかもしれない。
「なぁ、ニートンさん。ちょっといいっすっか」
「あれっ、急にさん付けっ!?距離ができて僕は寂しいよ、ユーイチ・・・っ。それに、その顔をぴくぴくさせて笑顔だと物凄い怖いんですけどぉ!?」
他人に、それも下手したら歳も倍くらい上の年上に諭そうと教えるのは優しくゆっくり話さないといけないかと思ったが、このおっさんには余計な気遣いだったようだ。
「やっぱいいっす」
「いや、ごめん、ごめん。なんだい?」
ニートンは下ごしらえをしていた手を止めて、俺の方に体を向けて、話を聞く体制になる。
こういうところを見るとニートンも立派な大人で、俺がまだまだ甘ちゃんな若者な気がしてなんだか気恥ずかしくなった。
「いや、作業は続けてくれっす。大した話じゃないんで」
「あっ、うん。そうかい?ちなみに・・・ユーイチも・・・」
「やらないっす」
「あぅぅぅっ」
(やっぱり、訂正。こいつはあくまでアホなおっさんだ。身体のでかいおっさんがそんな小動物とかわいい女の子だけ許されるような仕草をすなっ)
「こほんっ」
俺は咳払いをして気持ちを整える。
「いいっすか?俺のいた世界のある国の話っす」
「ふふっ」
出鼻をくじくようなニートンの笑い声。
「何がおかしいっすか?」
「ううん、ごめんごめん。同じ世界にいるのに別の世界から来たみたいな言い方するから」
ツッコミを入れると話が逸れてめんどくさいからやめておこう。
なんなら、ニートンはツッコミを入れられて、リアクションしたがっている芸人みたいなところがあるから要注意だ。
「・・・学校ってわかるっすか?」
「うん、わかるよ。僕だって学校を出てるからね」
とりあえず、普通の飲食店の店主でも学校に行くくらいの余裕が国家にあるということに安心した。
さすがに、戦争が頻繁に起きているような国だったら、まだ死にたくないからこちらの世界には来たくない。
「じゃあ、学校の掃除って誰がやってます?」
「そんなの学生みんながやるに決まっているじゃないか」
「へー、ヨーロッパっぽいこの世界もそんな感じなんですね」
金髪に青い瞳。
日本人ではなかなかいない逞しい身体。
「やだ・・・、ユーイチ・・・っ。そんなに見つめられると、僕・・・っ」
「俺の国でも学生が掃除をやるんすけど、違う国だとやらない国もあるんすよ」
「???」
ニートンは興味を持ったみたいだ。
すぐに茶化してお笑いに持って行こうとするニートンはある意味、子どもみたいなものだ。話をしていてもすぐに集中力が途切れてしまうから、掴みが大事になると思っていたが、成功したみたいだ。
「アメリカ、フランス、中国とかそんな名前の国々が他国にあるんですけど、学校の掃除は大人が仕事でやるんすよ」
「へー、でも自分のことをは自分でやるべきだと僕は思うけどなー」
「逆に子どもがやると、怒られるらしいっす」
「えっ、なんで!?自分で掃除するの偉いじゃん!?」
うんうん、いい食いつき方だ。
きっと、こんな純粋な子どもだらけだったら今の先生たちも授業がしやすいに違いない。
「掃除をしている大人の仕事を奪っちゃうからです」
「???」
あっ、そこはわからないんだ。
もしかしたら、ニートンがこっちの世界に召喚されたら、ブラック企業の社長として素質があるかもしれないぞ?
「できる奴・・・とは言わねーっすけど、頑張りすぎると他の人の役目を奪っちゃうよってことっす。ちゃんと、他の人にも役割を残しておくのがさっき言った国で生きるコツってことっす」
「へーーーっ」
ニートンは大根みたいな白い根野菜の皮を巧みに包丁で剥いていく。
響いたのかどうなのかはよくわからない。
ニートンはそのまま作業を続けていき、俺はそれをずーっと見ていた。
「・・・でもさ、みんなが頑張って助け合える社会の方が僕は好きだな」
寂しそうに笑いながら、ニートンは作業を続ける。
きっとそれはニートンの考えであり、生き方。
ただ、どっかの暑苦しい馬鹿が昔言っていたようなそのセリフは俺を何とも言えない気持ちにさせた。
「みんながみんな・・・ニートンみたいに強くないんすよ」
「そうかな・・・」
「それに大事なものは人によって違うっすよ、ニートン。今日行ったおばさんだって子どもたちを養うために働いているって言ってたし、飲み屋にいた兄ちゃんは女の子を侍らせるために金を稼ぐって言ってたし・・・そうっす、そういう生き方だってあるっすよ」
「働くのも楽しめたら、人生ハッピーじゃない?僕はこの店でお客のみんなが笑顔になるのがハッピーさ」
親指を立てて、笑顔のニートンは絵になるくらいかっこ良かった。
けれど、人間は弱いものだと俺は知っている。
楽したい、怠けたい、遊びたいと思うのが人間だ。
ニートンの言い分は正論かもしれないが、偽善者の理論だという街の人々の意見も今の俺はわかる。
「とりあえず、楽して、無責任に俺は働きたい。ニートン。そんな俺を雇う気あるっすか?」
ニートンは目をパチパチさせた。
「あっ、はい」
「じゃあこれからは、店長って呼ぶっす。よろしくっす、店長」
「えっ、なんか、今の流れだと・・・てっきりダメかと、えっどーしよ、なんか・・・あれれっ」
店長は目から流れる涙に困惑する。
「今の圧迫面接ってやつなので、店長のストレス耐性見てたっす」
「えっ、普通逆だよ~ユーイチ・・・っ、店長を店員が面接するってなんだよぉ~それ、はははっ。それに、圧迫ってなんだよぉ~」
笑いながら泣いているせいか、いつものようなツッコミリアクションにキレがない。
「キレが悪いのは尿だけにしてくださいっす」
「あっ、もしかして、ボケた?ユーイチ?それも、そんな真っ赤な顔してテレながらボケたの?はははっ」
「うるさいっす。そーだ、一応俺を雇うなら条件があるっす。いいっすか?」
「えっ、そんなのあるの?」
「当たり前っす。昨日の感じだったら、俺死ぬから無理」
「いける、いける。ユーイチなら」
こうやって、笑顔で求めるから店員が辞めるんだろうな。
「いくつか条件を出して行くっす。それを飲めるうちは俺はこの店の店員っす」
「なんだか、怖いなぁ。僕の純ケツはそんなに安くないからね。
ケツという言葉に悪寒がしたけれど・・・ほっておこう。
「まずは、店員を増やして、メニューの料金をあげるっすよ」
「ホゲゲゲのホゲエエエエエーーーっ」
ニートンは目が飛び出るのではないかというくらい目を見開き、俺が聞いた史上一番野太い声で叫び、店が震えあがった。
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