第2話

 カタカタッ、カタッ、タタタタタッ


「よっしゃ、はい、俺完全勝利ぃ~」

 ヘッドフォンを外しながら、パソコンに映る戦績に満足する俺。


「いや~、あそこで、背中を取れたのはでかかったなぁ~、10キル、ノーデスとか神っしょ」

 コメントも俺に『8888』や『神』や、『ありがとうございます』などの崇める言葉や、感謝の言葉がどんどん来る。


「令和のジャンヌダルクとは私のことだっ!!」

 俺はファーストパーソン・シューティングゲーム、通称FPSの使っている女性キャラにコメントをさせると、またまた俺を崇めるコメントがどんどん来た。


 俺は時計を見る。

 時間はまだ深夜1時30分。


「時間はまだまだあるんだ。次行くぜぇ」

 いつもなら、バイトが終わって帰ってくるのが2時半くらいだが、今日はバイト(?)みたいなのをして帰ってきたのが、1時0分。通勤時間が驚異の0分だ。


 ピーーーッ


 試合終わりの遅れたホイッスルではないけれど、ヤカンが沸いた音がする。


「さてさて、カップラーメンでも食いますか」

 いつもなら、バイトの帰り道にコンビニとかで弁当を買うのが楽しみだったりするが、今日はまさにドアトゥードア。

 通勤時間0分は大変魅力的ではあるけれど、寄り道ができないのは弊害だなと思う。


 まぁ、今日はゲームの方が絶好調だから良しとしよう。


 箸を洗うのが面倒くさいからたくさん買ってあった割りばしと、お湯を注いだカップラーメンを持って、ゲーミング用の椅子に座る。

 この椅子が最近買った高級品だ。


「にしても・・・」

 俺は給料替わり?にもらった硬貨の入ったドルマークの描かれた現金袋を見る。


「中世ヨーロッパのような景色に、西部劇の銀行強盗が盗みそうな現金袋って・・・。ふっ」

 その袋があるのだから、決して夢落ちではない。


 こんなに疲労感があるんだから、夢であって溜まるかと思う気持ちもあるので現物があるのはほっとする・・・と言いたいところが、スマホの着信履歴の多さを見たら、夢であってくれとも思う俺がいた。


「まぁ、いっか。クビになったら、別の場所探せば」

 オンラインには俺の居場所がある。


 けれど、バイトなんて取って代わるような存在だし、バイト先も星の数ほどとある。

 お互いが期待しすぎない関係がベストだ。


 正社員になって働かないと将来が不安だと思わなきゃ、別にアルバイター生活は案外楽しいものだ。若いうちが一番体力的に遊べるんだろうから、遊ばなきゃ損だということをみんな知らないのだろう。俺は劇的なことはないけれど、今の人生に十分満足している。


 きっと、悪いおっさんやオバハンたちが将来を煽って不安にさせた若者を終身雇用という安定をちらつかせて、安い給料で家畜のように働かせているんだ、と勝手に思っている。

 

 まぁ、アルバイターだから知らんけど。


「行けっ、野郎ども!!」

 と言いながら、ゲームキャラを煽って他のキャラを特攻させる。


「でも、もったいないよなぁ、俺も自殺はするかもしれないけど、遊びつくしてから自殺するわ」

 1キルもしないで死んでいくやつはないが楽しいのだろうか。

 一応、労いの言葉は打ち込んでおくけれど、労いの言葉なんてその場限りの言葉で、戦績には何も反映されない。


 頑張れよ、期待している、お前ならできる・・・そんな言葉で頑張って死んでいく。あとは舞台から強制退場を喰らって、影から活躍しているプレイヤーを傍観しているだけ。


 クビになって自殺、先行きが不安で自殺、仕事を抱えきれなくなって自殺。

 絶望して死ぬくらいなら、多額の借金して、遊びつくして死にゃーいいのに。


 責任感がないって言われるかもしれないけど、金融会社もくいっぱぐれを加味した金利を用意しているんだから、その金利を下げてくれなきゃフェアじゃねーよと俺は思う。


「自分が一番、他人からのお返しを期待している時点で、オワコンだよ」

 俺のキャラは誰にも背中を預けない、孤高のキャラだ。

 

 YOU WIN


「はいっ、いただき~イェス!!」

 今回もキル数トップで生き残ったぜ。


「あっ」

 忘れてた。

 

 右を見ると、ラーメンが伸びていた。


 カタカタカタカタカタタ―――


「んーーーーっ」

 俺は背伸びをする。

 

 掛け時計を確認すると、時刻は明け方3時。

 あれから、時々集中力に欠くプレーもしてしまったが、高水準の成績で戦い尽くした。

 大分、みんないなくなってきたし、俺も寝るかな。


 ◇◇


 嫌な夢だった。


 金髪マッチョのギャランドゥーのニートンが全裸で歌を歌いながら店内清掃しているのだ。


「1、2、マッソー、2、2、筋肉、3、2、マッソー、4、2、筋肉・・・ふふふ~ん」

 

 その後、その姿と歌が頭の中でループして苦しくなった。


「おっさんは嫌だ、おっさんは・・・」

 今度はニートン戦車団がぞろぞろやってくる。右見ても左見てもニートン。

 むさくるしい。


「なはっ!!!」

 最低な夢だった。


 ◇◇


「よし・・・っ」

 俺は恐る恐る玄関のドアを開ける。


「ふーっ、良かった」

 俺はドアの外がアパートの廊下で額を拭ってホッとする。


 昨日みたいにドアの向こうがマッチョなおっさんだったら、また悪夢を見るに違いないし、そんなナイトメアが続いたら、引きこもり予備軍の俺は外と繋がるそのドアを開けることができなくなり、引きこもれる自信があった。


 俺は自転車のカギをくるくる指で回しながら、景色を見ながらアパートの廊下を歩き、自転車に乗る。

 背中のバックにはとりあえず、昨日貰った硬貨が入っている。

(まっ、さすがにゲーセンのメダルではないよな)

 平日の午後。

 風が気持ちいい。

 主婦たちが買い物をしながら、主婦友達と談笑している。 


 多くの野郎どもが堅苦しいスーツを着て、あくせく働いている中、俺みたいに外の風を味わって心地よくなっていれる男は何人いるのだろうか。

 

 俺は自由だ。


◇◇


「いらっしゃい・・・」

「こんにちは・・・」

 俺は渋い引き戸を横に動かしてゆっくり閉めるが、隙間が空いてしまう。

 店長と思われる和服のおじいさんの顔色を伺うが特にリアクションしないので、そのままにしておいた。

 

 店内は貴金属やショーケースがピカピカ光るような店ではなく、骨董品が多い。そっちの関係の知識は全くないが、古そうな壺や絵画、鎧や日本刀なんてものもあった。


(かっけーっ)

「触っちゃいかんよ」

 俺が日本刀に触れようとすると、先ほどのおじいさんがぼそっと言うので俺は振り返る。びっくりもしたが、そのおじいさんが生きていることにほっとした。


「それは妖刀だからねぇ・・・ひっひっひっ。お前さん、殺人鬼になっちまうよ」

 人の好さそうなおじいさんだったが、いやらしい笑い方をして、歯並びの悪い歯が顔を覗かせる。


「へーそうなんっすね」

 俺は他の商品を見ながらばつの悪さを濁す。


(本当に噂通りだ)

 さっきの日本刀が本当に殺人鬼にする妖刀かはわからないが、この店にはグレーや、完全な裏の人が訪れるとネットに書き込まれていた。それぐらい胡散臭いものが数多く並んでいると言っても過言ではない。


 そんな危ない場所に来たのは、なんとなく価値も出どころも怪しさ満載のこの硬貨を売る場所として相応しいと思ったからだ。


 防犯カメラとかがあって、責任を持ってお客様対応をするようなハキハキした店員がいる質屋に行けば、通報されかねないと思ったからだ。


 なので、浅知恵かもしれないけれど、店主がとやかく持ってきたものについて多くを聞かないお店で検索をしたらこんな胡散臭い店がヒットしたのだ。


 まぁ、お店の外観も内装も大分ガタが来ていて、半世紀以上改築していないんじゃないかっていうくらいオンボロの店なので、裏の人と取引があるなら、もう少しマシになっていると推理した俺は、裏の人たちが訪れるというのはデマ情報だと勝手に思っている。


(まっ、どっちにしても、長居は無用だな。なんでも、深く付き合うことはいいためしがない)

 俺はおじいさんのところに歩いて行き、背負ったバックから昨日ニートンから貰った現金袋をカウンターに置く。


「これ、いくらになるか見てほしいんですけど」

 そう言うと、おじいさんは俺の目を見ることなく袋を開けて中身を確認し、袋を傾けてカウンターに数枚の金銀銅の銀貨を出す。


 何か聞かれるのかドキドキしながら待っていたが、おじいさんは何も言わず、真剣な目で硬貨を調べていく。


「なにか、証明書とかあるかい?」

「えっ、あっ」

「ないならないでいい・・・ちょっと待ってくださるかい?」

「えっ、あっはい」

 店主は店の奥へと言ってしまう。


 僕は通報されるのではないかとそわそわ待っていた。

(悪いことしてないのに、なんでこんな思いしなきゃいけないんだろ)

 ニートンがちゃんと、日本円の現金で払ってくれれば、こんな思いをしなくて済んだし、これがまずいものだったり、おもちゃみたいなものだったらそれこそ踏んだり蹴ったりだ。


「待たせたね」

 おじいさんは水の入った器や、薬品、それと機器などを持ってきた。

 そのあと、おじいさんが色々した試した後、スマホを弄っていた僕に声をかけてきた。


「お前さん・・・ちょっといいかい」

「はい、なんでしょうか」

 僕はスマホのスイッチを消して、カウンターに座っているおじいさんの傍まで来る。


「こんなもんでどうだい」

「はっ!!?」

 僕はおじいさんが提示してきた電卓の金額を見てびっくりしてしまった。

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