第1話
◇◇
「こほんっ、えーっとつまり君はなんだ、その~バイトってやつに行こうとしたら、うちの裏口に出てきたと、そう言いたいんだね?」
「こんな威厳のないおっさん初めて見た」
「えっ」
「あっ、すいません、心の声が。うっす、そうっす。マジビビったっす」
なんか、哀れみの目で見られているが、慣れっこだ。別に気にしない。
逆にそういう人間だと思われた方が、面倒事を持ってこられないから安心だ。
「うーん、まぁいいや。じゃあ、帰ってくれる?ここ僕の店だから」
「うぃーっす、おつかれっした」
俺は帰ろうと振り向いてドアに向かう。
「うーん、言葉の乱れって恐ろししいな」
ぶつぶつおっさんが言っているが、まぁ気にせずに帰ろう。遅刻の理由は、玄関を開けたら変な露出狂のおっさんに汚いイチモツを見せられたから、とたまには正直に言おう。
ガチャ。
「ん?」
もう一度ドアを閉めて、もう一度開ける。
ガチャ。
見知らぬ天上ならぬ、見知らぬ石畳の道路と中世のヨーロッパのような街並み。
(うーん、整備された道路の方が自転車漕ぎやすいよな)
「あの~、さーせん。ここってどこっすか?」
「ん?僕の店。ユニークバー。通称『ユニバ』だよ?」
「ユニバっすか、チョーウケますね。なんか楽しそうっすね」
「ほっ、本当に?ありがとう」
おっさんが俺を目をパチパチさせて、ちらちら見てきている。きっと、この店で一番ユニークなのが俺の目の前のこのおっさんだろう、うん、間違いない。
「帰りたいんすけど、どうやったらいいっすか?」
「えっ、知るわけないじゃん」
「ですよねー」
僕は両手で指を差す。
「ちょっと、指を差さないでくれるっ!?一応年上だから、僕っ!!」
「ですよねー」
「その声の感じに似合わない、無表情の顔やめてーーーっ」
うん、こんなタイプの上司だったら、サボり放題だな。
「とりあえず、迷子なのかな、君は?名前は?」
「ユウイチっす」
おっ、やっぱり仕事はできなそうだけど、優しいタイプのおっさんみたいだ。
「ユウイチくん?なんか、変な名前だね?」
「おっさ・・・おじさんは、何て名前なんすか?」
「こほんっ。あー、お兄さんはねぇ、ニートンって名前だよ?」
「ぷっ」
(ニートとか、マジウケんだけど)
けれど、助けてくれそうなおっさんなのでとりあえず、すぐに失礼のないように無表情に戻す。
「ファファファの、ファーッ。今笑ったよね?」
「笑ってないっす」
(てかなんだよさっきからその、ファファファのファーって)
「あっ、また笑ったっ」
「いえ、気のせいっす」
「そっかぁ~、気のせいかぁ~・・・って、ならないから。おじさんそういうのには敏感だからっ。そういうのに敏感なお年頃だからっ!!」
「あっ、そうですか。おじさん。失礼しやっした」
「なななのなーーーっ。なんで、そんなに嬉しそうにおじさんって言うのさ。鬼の首を取ったみたいに言うのやめてーーーっ」
そろそろ、このおっさんを弄るのも飽きたな。
それに、バイト先で賄いを食べる気満々だったから、お腹もすいてきた。
俺は自分のお腹をさする。
俺の腹もかわいそうに、何も食べさせてもらえないでいて。
「ごめんなっ」
「えっ、あっ、うん。わかればいいんだよ?うん、意外と素直じゃないか・・・君」
自分のお腹に謝っていたのにニートルは勘違いしているようだ。
でも、素直な奴が好きってことなら、合わせてやるか。
「お腹空いてるから、賄いくださいっす」
「・・・ん?マカナイ?」
ニートルは意味が分からないと言った顔をしている。そういえば、さっきはアプリの時も意味が分からない顔をしていたな。
「もしかして、タイムリープ?」
「たいむ、りーぷ?」
「いやいや、タイムリープは知ってるっしょ?タイムは時間で、リープは離れる。おじさん、ヨーロッパ人でしょ?そんぐらい常識っしょ。てか、日本語、流ちょう過ぎだし」
ニートルはSF小説も読まないし、日本で生まれたヨーロピアンのようだ。きっと、心は大和魂。うんうん、俺としたことが見た目で偏見を持ってしまった。きっと世間知らずのマッチョマンなのだろう。
「ごめん、ヨーロッパ人ってどこの人?」
おっと、もしかしたらテレビも見せてもらえないご家庭で育ったようだ。
「それに、日本語って・・・何?」
「いやいやいや・・・いいっすよ、そういうの。僕そういうの、興味ないっすから」
やれやれ、ニートルは僕のことを漫画やアニメ、ライトノベルが好きな奴だと勘違いしているようだ。僕は若干ヒョロガリ気味ゲーマーだが、そういう異世界転生とか異世界召喚みたいなのは面倒くさそうだから興味がない。
責任なくだらだら生きて、だらだら死んでいく。それが俺のモットーだ。
「ここは、ゲンカーン国で、僕が喋っている言語は、ニーゲル語だよ?」
「はいはい、ごちそうさまっす。そっち関係はもうお腹いっぱいっす。できれば、物理的に食える賄いおなしゃす」
「おなしゃす?なんか・・・卑猥な響きだねぇ・・・」
いや、そんな変な目でアゴヒゲを触りながら見ないでほしい。
「おっと、もうそろそろ店を開けないと。あっ、そうだ。ユーイチ、暇そうだし、店を手伝ってくれないか?」
「いや、俺忙しいっす。てか、呼び捨てとか無理っす。キツイっす」
「えー絶対嘘・・・絶対暇じゃんっ!?てか、こんだけフレンドリーに話をしてたのに呼び捨てダメとか、おじさん凹むよ?凹んじゃうよ?いいの?・・・あぁっ、もうっ、来ちゃう、来ちゃう・・・っ。いいから手伝って」
ニートルのくせに仕事にはサボらないのか。
俺は腕を引っ張られて行く。先ほど出てきたドアがどんどん遠くなっていく。
「俺、バイト行かないといけないんだけどなぁ~」
◇◇
「おっ、包丁の使い方が上手いね。もしかして、料理店で働いてた?」
「料理店っていうか・・・ファミレスのキッチンやってたっす」
「うっ、うん。なんかもう、よくわかんけど、頼りになるね、ユーイチ」
俺はなぜか、ニートンのおっさんと食材の下ごしらえを行っている。
俺の時計は19時を過ぎていた。
バイトには完璧遅刻だし、時給980円が失われた。
「これ、バイト代出ますよね?」
「バイトダイ?ナイスから何もでないっすよ?」
俺は目線を落とすと、紫色の立派なナスがまな板の上にある。
「そういう、親父ギャグっぽいの寒いっす」
「モモモのモーーーっ。なんなの、せっかく君の語尾を真似して、親密度、好感度アップさせようとしたのにっ、ふん、だ。あと、君辛辣な言葉言うときだけちょっとほくそ笑むの止めて!?おじさんのぷりっぷりのピュアハートがさっきからズタズタに切り刻まれてるんですけど!!!?」
うーん、そういえばバイトだかアルバイトだかは、英語圏の人たちには通じないってきいたことがあるな。でも、ニートルは大和魂なはずなのに、よくわかんないってことは可哀想なおじさんってことだな、うんうん。
「バイト代ってのは給料のことっす。」
「あぁ、給料ね。それならそうと早く言ってよ、これでどう?」
ニートルがパーを見せてくる。
(5千円か・・・)
「何時間っすか?」
「えーっと、お客様次第かな?」
やれやれ、ニーゲルは計算も苦手なようだ。
「それ、労基に連絡すれば一発アウトっすよ?」
「ローキ?」
本当に困ったものだ。
こんなにいい人そうなのに、まだ嘘をついている。
いや、それとも本当に生粋のお馬鹿さんなのだろうか。それにしては、レトロな雰囲気のいいお店に見える。
雇われ店長なのだろうか。
カランコロンッ
「いらっしゃい・・・、さっ、来たよ。どんどん行くよ」
「いや、だから・・・俺、帰りたいんっすけど。できれば、23時に」
まぁ、今日行くはずだったバイトは深夜1時までで、帰れば2時なのだが、今日は早く帰りたい。今やっているゲームがイベントをやっていて、深夜にぶっちぎりたいからだ。
だから、今日は帰りが深夜2時とかオールとかだったらマジ勘弁だ。
「まっ、ニートン一人で切り盛りしてるなら・・・余裕か」
「んっ?なんか言った?」
「何でもないっす」
「あっ、ちなみにうち、客層荒いから、命の危険を感じたら大声で叫んでね♡」
「はっ?」
「おい、飲み物はまだか!!?」
「おい、ビア2つ」
「おい、早くこのテーブル片づけろよ!?」
「おい、さっき頼んだ、サラマンダーのステーキはまだか!!!?」
怒涛のように客たちが入り込み、怒号のような声で叫びまくる。
(馬鹿の一つ覚えみたいに、おいおい、おいおい、うっせーな)
モグラたたきのモグラみたいな頭をしているおっさんたちの頭を叩いて、黙らせて回りたかったが、社会保障も不安定なバイト戦士の俺は我慢して注文を聞いて回る。
「はーい、ただいま~」
「おいっ!!!!なんだそのやる気のない対応はっ!!!!!!」
「うぃ~っす」
(うわっ、ハモってきた。キモっ。どいつもこいつも、いかついおっさんばかりだし、言葉遣い荒いなぁ)
「ユーイチくんっ、できあがったお皿を持って行ってっ」
「ういーっす」
(いや、バイト先が近くなったのはいいけど、その分忙しくなるのは・・・やだなぁ。てか、これはドッキリ・・・なのか?)
◇◇
「ふぅ~」
ニートンがいい汗をかいているが・・・。
「いや、おっさんの汗とか無理っす」
「フェフェフェのビッフェーーーっ。急に働かせたのはごめんだけどっ、許してよぉ~」
この人のこのノリはなんだろうか、というか。
「無能上司だな」
「ファファファのファーーーっ」
「・・・にしても、どうしてこんなに繁盛してんっすか?てか、こんだけ忙しいのになんでニートンしかいないんっすか?」
「えへへへっ、忙しくてみんなやめちゃって・・・」
「はあ~~~っ、シフトが悪いんじゃないっすか?」
「えっ、シフト?」
「・・・」
まぁ、別に経営とかバイト経験しかない俺にはわからないし・・・まいっか。
「深夜手当もマシマシでおなしゃす」
時間は深夜1時。5時間働いたけど、22時以降の深夜手当もきっちり貰わないと。
「シンヤテアテ?」
あっ、こいつ深夜手当を払わないつもりだな。
「もう、いいっすから、僕帰るんで。早く出すもん出してください」
「えっ、痛くしないで・・・ねっ?」
急に脱ぎ出そうとするニートン。また、引き締まった腹と腹毛がチラリズムしてくる。
「いや、誰得っすか。それ・・・」
「えっ、違うの・・?」
「なんすっか、その物欲しそうなうるるした目は。きもいっす」
四つん這いになって凹むニートン。
「あぁ、わかった、給料ね。はいはいっ、ちょっと待ってね」
わかりやすそうなドルマークの描かれた現金袋。たんまり入っている。
盗まれないか心配だ。
(というか、忙しいならキャッシュレス決済導入すればいいのに。ここアトラクション施設なんかな?独自通貨みたいなの使ってたし、それとも地域限定のコミュニティー通貨かなんかな)
周りを観察する暇も無かったけど、知らない料理というか中二っぽい名前の料理名も多かったし、服装だって、山賊かよって感じのおっさんばかり来ていた。
(おっさん限定のアトラクション施設とか、センス無さすぎだろ・・・。いや、でも案外人気なのかな?)
少子高齢化のことを考えるが、そもそもそんなに勉強してこなかったからよくわからんし、回らない頭よりも僕は肩を回して、肩こりを和らげる。
(まっ、どうでもいいや。一期一会だし。ニートンって名前もニートに似てたから覚えられたけど、すぐ忘れるだろう。それにしても忙しかった。あの現金袋・・・うーん、3割ほしい・・・なーんて、責任なく、ただ指示されたことだけやってたんだから、まっ、それなりでいいや)
俺は手を出す。
「はいっ」
「はっ?」
純真無垢なおっさんの笑顔。
「いやいや、これどーいうことっすか?」
「えっ、足りない・・・?じゃあ・・・」
また脱ぎ出そうとするニートン。
「しつこい、キモイって嫌われてるでしょ、ニートン」
「ムフフフのフーーー」
「いやそれはチョーキモいっす。一番キモイ。キモイオブキング・・・そうじゃなくて、この金額はなんなんすか?なめてんすか?」
俺は震える手をしまう。
重いのだ。
ニートンのバカは現金袋ごと俺に渡してきやがった。
つまりは、今日の売り上げ全部だ。
「じゃあ、じゃあ、どーすればいいのだよぉ~、ユーイチ殿ぉ~」
「いや、ユーイチどの~とか、絶対ネットも詳しいでしょ」
現金袋を開けると、金銀銅の硬貨がきらきら光っていた。
「・・・仕入れとかどうするんすか?」
「あぁ、それは大丈夫。今月分はもう支払ってあるから。なんかそっちの方がお得にしますよって言ってくれたし」
いや、定期購買の方が安くなるような気がするけど、この性格だと騙されていそうな気がする。
「ざる勘定だと税金とかどうするんすか」
「ゼーキン?」
こいつは不法労働者なんじゃないだろうか。それともアトラクションの管理者にいいように使われているのか・・・。使われているとしたら、このよくわからない硬貨を貰うのは横領とかになるのだろうか?
「責任者に確認取った方がいいんじゃないっすか?」
「責任者は店長なんだから、僕さぁ~」
ユーイチったら、何言ってんの、かわいらしいなぁ、みたいな顔で笑ってくるニートン。
俺は頭を抱えたくなる。
「てか、気持ちは嬉しいっすけど、ちゃんと現金で欲しいっす」
「ユーイチはときどき面白いことを言うよね、それが現金じゃなかったら、何が現金なのさ?」
「現金って、ほら紙に過去の偉人が描いてある・・・」
「紙っ?プククのクーーーっ。紙なんかに価値なんてないでしょっ、やだなーユーイチはっ」
ニートンは僕の背中をバシバシ叩く。
無駄に筋肉質だから結構強めだ。
(これだから、体育会系は・・・)
まっ、とりあえず、貰えるものは貰っておこう。
深く考えないのも、アルバイトの仕事だ。
正社員や、店長が悪さをしてても、気づかなかったっすで済ます責任感がバイトには必要だと思っている。
それに、こいつと話しても現金が出てくる気配がないし、意外とこいつは理解力が無いように見えて、社員のクレームに一切応じないあざといブラック店長なのかもしれない。
(たまにあんだよなぁ~、こういう給料未払いの店)
バイト代や時間帯で選んだバイト先で、残業させられて残業分は現物支給っていうところもあった。文句を言ったが、逆切れされて、作業にケチを付けられて、減額されたときもあった。
バイトに高望みしてるんなら、ちゃんとした金を払えよと言いたくなったが、めんどくさかったから諦めた。一番面倒くさい、そういうの。
そのせいで、俺がやる気のない奴になったかと言えば、まっそんなこともないけれど、このいかついおっさんのニートンも怒らせたら怖い奴かもしれないし、ひとまずよくわからんから、これで帰ろう。
「とりあえず、上がりますね。おつかれっした」
「あっ、うん・・・お疲れ・・・様」
ニートンは寂しそうな顔をしている。
(いや、タフガイのあんたはいいけど、普通の奴がこんな仕事をしていたら身体壊すわ。すまんね、ニートン。貯金もあんまないから、身体壊したらこちとら終わりなんで)
とりあえず、店内裏口のここにやってきたドアの扉を開ける。
(さてさて、石畳と中世の町からどうやって帰ればいいんだろう・・・てか、スマホあったじゃん)
「あっ」
カバンをごそごそやりながら、前を見ると自分のアパートの玄関だった。
振り返るとアパートの廊下だった。
「どゆこと?」
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