7.
放課後。今日も駄菓子屋に寄って、VIP席でもんじゃを焼く。小さなお座敷にソースの焦げる匂いが充満する。二学期の中間テストが近い。サッカー部も手芸部も休止期間に入っていた。
僕とユキツグはトウタに勉強を教えてもらうつもりだった。数学の成績がちょっと、いや、だいぶよろしくないんだよな……。ユキツグにいたっては数字に加え英語と社会も壊滅的だ。
トウタは成績優秀な生徒で、先生達からの評判もいい。眼鏡キャラは伊達じゃない! とでも言いたげだ。知らないけど。
勉強と一緒に、今夜の『狩り』の打ち合わせもする。
最近、火星人の数が減っている。地道な駆除活動が実を結んだ……とかではなくて、出没場所が変わったのだ。駅とは反対側にある、大きな川の河川敷に移動したらしい。そこで、目撃情報が相次いでいる。
「今夜は、例の河川敷に行ってみよう」
僕の提案にトウタとユキツグが「そうだな」「うん」と肯く。
「待ち合わせ場所は、トウタの家で問題ないよね?」
「大丈夫だ」
トウタがスマホをいじりながら答える。何かを調べているようだ。
「何、見てるの?」
ユキツグの言葉にトウタは「ちょっとな……」と答えた。ユキツグは興味を失ったのか「ふーん」とだけ返す。
僕はコーラを飲みながら残りのもんじゃを食べる。トウタはスマホをいじり続ける。ユキツグは通学鞄から漫画を取り出して読み始める。店主のおばーさんは、僕達の会話に今日も無関心を貫く。ニャオーン。店の外から猫の鳴き声が聞こえた。僕はあくびを一つする。勉強は……まぁ、いいか。
その日の夜。夕食後のリビングで。
「かーさん、今日もトウタの家で泊まりね」
「あら、また?」
「テストが近いから勉強会。明日は日曜日だから、いいでしょ?」
「はいはい。了承です」
とーさんは今夜も留守にしていた。ここのところ、仕事が忙しくて、会社に連泊している。なんというブラック企業! 我が家の家計はとーさんの尊い犠牲によって支えられていた。
かーさんはのんきな人だから、多少心配することはあっても、そこまで深刻になることはなかった。クッキーやお煎餅をかじりながら「どうせ、そのうちヒマになるわよ」と言うのが常だ。
「いってきます!」
「いってらっしゃーい」
かーさんが手のひらをヒラヒラさせながら言った。
僕は自転車でトウタの家に走った。そこでユキツグと合流して、三人揃って新しい狩り場に向かう。蒼白い月の光が、夜道と僕達を照らした。
今夜も僕は、ホームレスに擬態した火星人を殺す、殺す、殺す、殺す。
金属バットで、ボロ布にくるまって眠る火星人の頭を、ひとつひとつ丁寧に叩き潰す。
ゴキャ、バキ、グチャ、ゲチョ。
うぎゃ、うご、うが、うげぇぇ。
破砕音と呻き声。異星の生命が散っていく。頭のあった場所に赤黒い花を咲かせながら。
ユキツグとトウタもそれぞれの武器を使って『狩り』を行う。二人とも手慣れた様子だ。
頭に突き刺さった鉄梃が、首を絞めるテグスが、火星人を次々と殺戮していく。
じーちゃんの仇を取るために。いつか辿り着く『約束の場所』を目指して。
僕達は獲物を求めて真夜中の河川敷をうろつく。僕は橋の下に小さな小屋を見つける。段ボールで作られた粗末な小屋だった。僕は足音をたてないように注意して、ゆっくりと火星人の住処に接近する。橋の上を電車が走る。激しい音と振動。こんなところで寝るとか正気を疑うな。やっぱり火星人はクソだ。僕は容赦なく段ボールの小屋に金属バットを振り下ろした。何度も、何度も、繰り返し振り下ろした。
ゴキ。バットに何か硬いものがあたる感触。それと同時。小屋の中から「うぎゃ」という叫び声が聞こえた。どこかで聞き憶えのある、男の人の声だった。
潰れた小屋から這い出してきた影にバットを叩き付ける。鈍い音。そして、何かが砕けるような感触が伝わる。
「がぁぁぁぁぁ!!」
気持ちの悪い叫び声。影は僕の攻撃から逃れようとする。虫のように地面を這いまわる。
その背中をバットで殴る。再び、何かの砕ける音と感触が伝わってきた。
絶叫が河川敷に響き渡る。やっぱり聞き憶えのある声だ。
思ったよりもしぶとい。早くとどめを刺さないと。僕が後頭部に狙いを定めたその時だ。
火星人の顔を照明灯の光が照らした。逃げるのを諦めたのか、火星人は仰向けになって顔を晒した。それは、僕のよく知った顔だった。
「遅かったな……」
とーさんの顔でそいつが言った。
僕の頭の中で大きな音が鳴り響いた。
それは、僕にしか聞こえない僕だけの音だった。
僕の世界の関節が外れる大きな音――。
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