6.


 遠くから、歌声が聞こえる。あれは僕にしか聞こえない、僕だけの歌声だ。懐かしい、けれど、一度も行ったことのない、遥か未来に行くことになるかもしれない、あの赤い星から届く歌声。昔、じーちゃんが、口ずさんでいたのを聞いたことがある。とーさんだったかもしれない。全く知らない人が口ずさんでいたのかもしれない。記憶はどこまでも曖昧だった。あの歌が聞こえてくると、僕はアルミホイルで作った帽子をかぶって布団の中で丸くなる。こうやって、火星人に体を乗っ取られるのを防ぐんだ。あいつらは、電波に乗ってやってくる実体のない存在だ。もう何世代か後には物理的な肉体を獲得するとされているけど、この時代ではまだ定まった形を持たない。自分達の存在強度を高めるために、時間を遡って、過去の地球に侵攻している。じーちゃんが教えてくれた、『世界の秘密』の一つだ。

 

 誰も、じーちゃんが語る『世界の秘密』を信じなかった。とーさんも、かーさんも、病院のセンセイも、看護師さん達も。みんな、困ったような表情を浮かべて、じーちゃんの言葉を聞き流していた。とーさんに至っては、じーちゃんの蔵書を「オカルト」と言って全て処分してしまったくらいだ。僕だけが、じーちゃんの言葉に耳を傾けた。影のように揺らめくライターの火を見つめながら。あの火を見ていると、何故か心が落ち着いた。じーちゃんの言葉がすっと頭に入ってきた。僕はじーちゃんの指示に従って、火星人と戦う『同志』を探した。小学校では秘密を打ち明けるに相応しい人間を見つけることができなかった。中学校で仲良くなったトウタとユキツグからは可能性を感じた。僕は二人に秘密を打ち明けた。半信半疑の表情で僕の話を聞いていた二人は、最後には僕の受け継いだ崇高な理念に同調してくれた。僕はライターの蓋を閉じ笑顔を浮かべた。そして、三人で未来からの侵略者と戦うための自警団を結成した。姿を見せない『協力者』達もいる。僕達と同じ『世界の秘密』に触れた人々だ。彼・彼女らは、駅前の監視カメラの破壊などで、僕達の活動をサポートしてくれる。いつか、直接会ってお礼を言いたい。

 

 じーちゃんが『世界の秘密』を知ったのは、ただの偶然らしい。今から三十年くらい前に発生した大災害で、じーちゃんはばーちゃんを、とーさんは母親を亡くした。そのときのショックで、たまたま『チャンネル』が合って、天からの『声』を受信したそうだ。その『声』の主は、火星人と敵対関係にある未来人だった。未来人は、やがて迫りくる地球の危機に備えよ、と警告を発した。過去の地球を守護まもることで、火星人に対抗しようとしていたんだ。体よく未来人に利用されてる気がしないこともないけど、今更、後戻りはできない。ここまでき来たら、突き進むしか道はない。僕達はずっとアクセル全開だ。このまま、じーちゃんと先に逝った『同志』が待つ『約束の場所』を目指そう。たとえ、辿り着いた先でギロチンの刃が待ち受けていたとしても、止まることは許されない。止まることは、決して、ない。

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