5.

 僕は朝ごはんを食べながらテレビを観ている。今日はとーさんも一緒だ。メニューはバタロールとハムエッグ、夕飯の残りのポテトサラダ、それとぶどうゼリー。テレビのニュース番組が、最近多発しているホームレス殺傷事件を報じる。かーさんが「あら、怖いわねぇ」と、わたあめみたいにふわふわした感想を述べた。とーさんが「そうだな」と、興味なさそうに言った。僕は目の前の朝ごはん黙々と片付ける。

「ロールパン、もっと食べる?」

「いらない」

 僕はそう言うと、椅子から立ち上がって、食器をキッチンのシンクに運んだ。

「お弁当忘れないでねー」かーさんの声。「了解ー」僕は答える。

 キッチン用ワゴンの上に青いランチクロスに包まれた弁当箱が置いてあった。

 僕はそれを持ってリビングに戻る。

「あ。俺、今日も仕事で泊りだから」

 とーさんの眼鏡はコーヒーの湯気で白く曇っていて、表情が分からない。

「最近、多いわねー」

 母さんの少し心配そうな声。

「忙しい時期だからな。来月には落ち着くさ」

「そう? ならいいけど……」

 かーさんはそう言うとコーヒーを一口すすった。

「いってきまーす!」と僕。

「はい。いってらっしゃい」かーさんが言った。

「気を付けてな」とーさんが言った。

 

 学校までは歩いて十五分。

 途中でトウタと合流する。ユキツグはサッカー部の朝練で先に登校している。トウタとゲームや漫画、ネットの話をしながら通学路を歩く。反対側から、パトカーが徐行運転で走ってきた。赤いランプがライターの火に見えた。ああ、そうだ。今夜も火星人を殺さないと。アイツらを根絶やしにしないと。僕は制服のズボンのポケットの中で手を握る。掌の内側がじっとりと汗ばむ。横目でトウタの顔を見る。眼鏡のレンズが光を反射していて、表情が分からない。助手席のお巡りさんが、一瞬、僕らを見たような気がしたけど、特に声をかけられることもなく、パトカーはすれ違っていった。僕はポケットの中の握り拳をほどいた。「行ったな……」トウタが安心したような声で言った。しばらく歩くと、フェンスに囲まれた校庭が見えてきた。運動部が朝練をしている。トウタと二人で、サッカー部の練習をぼんやり眺める。ユキツグが僕達に気付いて、軽く手を振った。僕とトウタも手を振り返して、教室に向かった。自分の席に座って、スマホをいじる。僕らが通う中学は、スマホの使用を禁止していなかった。生徒の自主性を尊重する方針らしい。放任主義とも言う。さすがに、授業中に使ったら没収だけど。あと、テストの時も先生がまとめて預かる。カンニング対策だ。適当にネットを見ていると、火星人に関するニュースがあった。さっそく読んでみたけど、期待外れの内容だった。何が陰謀論だよ馬鹿馬鹿しい。この記事を書いたヤツも、じーちゃんを信じなかった連中と何も変わらない。そう、誰も火星人のことを信じなかった。だから、じーちゃんはあんなことに……。

「……どうした?」

 トウタが心配そうな顔で聞いてくる。

「別に」

「そうか……。ならいい」

 そうこうしているうちに、ユキツグと他のサッカー部員のクラスメイトが教室に戻ってきた。

 身長180センチオーバーのユキツグは、クラスでも当然目立つ。椅子に座る姿が、窮屈そうに見えた。

「みんな、スマホしまえよー。出席取る前に大事な話があるぞー」

 続けて教室に入ってきた担任の梶原先生が、教卓を出席簿でトントン叩きながら言った。

「えー、知ってる人も多いと思いますが、この町では最近、物騒な事件が続いてます。駅前を中心に発生している、ホームレス殺傷事件のことです。警察が捜査にあたっていますが、犯人はまだ捕まっていません。もし、学校や家の近くで怪しい人を見つけたら、絶対に近付いたりせず、家族の方か先生に教えて下さい。それと、塾などの特別な用事がないときは、夜八時以降の外出を、なるべく控えるように。警察もパトロールを強化するそうです」

 梶原先生の言葉を、僕とトウタとユキツグは虚無の表情で聞き流した。

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