第114話 天運?

 ゆっくり進軍していくアルカディア軍に対して、敵は全く攻撃を仕掛けてこない。


「敵も少しは頭を使うみたいだな」


 ザッジが厳しい顔をして敵陣を見つめている。


 敵は長城前に横陣を引いていた。敵に接近すれば城壁の上から矢と魔法で攻撃されてしまうだろう。


 もう少しで予定している地点に到着するらしい


 すると突然、昨日と同じ強風が西から東に吹き始めた!


「全軍止まれぇーー!!!」


 ザッジが慌てて号令を発した。


 ピタリと全員、進むのをやめた。


「騎士団長! 今の風ならこの位置が最善との事です!」


 建築部隊からザッジに伝令があった。


 風は止む気配が無く、強く吹き続けている……


「これは天運じゃないぞ!」


 ザッジから驚嘆の声が上がった。


「ああ、精霊の加護のようだな……」


 こんなに都合良く、ぴったりの距離で風が吹き始めるわけが無い。


「最初から吹いていれば驚かなくて済むんだが……」


「精霊は気まぐれらしい」


「突然、風向きが変わるのも頭に入れておくか……」


 空は快晴で風向きが急変するのは考えられない。だが、無風から強風に急変したんだ。心配するのは当然だろう。


「各部隊は近くに旗を立てて、風向きを常に注意しろ!」


 ザッジから的確な指示が出された。さすがだな。すぐに対応している。


「攻撃準備! 弓隊構え! 火球装填!!」


 ルナ隊とヒナ隊は横陣だ。矢倉も設置された。


 攻城兵器が飛ばすのは油の入った丸い壺だ。それに火をつけて敵にぶつける。敵は密集した横陣で城壁前に張りついているのでまた火計に弱い。

 アルカディア軍の陣からでは通常の攻城兵器ではとても敵までは届かないだろう。しかしこの兵器は特別製だ。さらに追い風まで吹いている。

 城壁の上からこちらを攻撃しても全く届かないような距離がある。


「城壁に当てるなよ! あれはこれから俺達が使うんだからな!」


 建築部隊が慎重に風を計算して攻城兵器の位置を確認している。そして各員が小さな旗を上げて準備が整ったのを知らせた。


「いくぞ!! 火球放て!!!」


 油の詰まった大きな壺に火がつけられて、一斉に敵陣に向けて火球が放たれた!!


 敵陣で次々に炎が上がっていく。敵が炎上しているのが小さく見える。火球の飛距離は全く問題無いみたいだ。次の火球が準備出来た所からすぐに火球が放たれた。位置に問題があった兵器は多少移動してからまた火球を放った。


 敵は動かずにしばらくじっとしていたが、こちらの攻撃は激しさを増していくので数隊が突撃してきた。


 ヒナとルナの部隊が弓を構えて待っている


 まだ敵は遠く離れているのだが……


「弓隊! 放て!!」


 ザッジから号令が発せられた! 今日も弓隊は3列に並んでいる。次々に交代しながら矢を放つ。


「弓隊! やめぇ!!」


 突撃してきた敵は風に乗った矢により、遠く離れた場所で全滅した。

 矢は止まったが攻城兵器は止まっていない。火球は止まる事なく次々に放たれている。


 アルカディア軍の後方から荷馬車がやってきた。大量の壺と矢をセレス隊が運んできたのだ。そして、すぐに空の荷台を引いて戻っていく。


 次第に敵陣の火が大きくなってきた。多分、油が地面に広がったのだろう。


「来るぞ!! ここからだ!」


 敵が慌てて突撃陣形を組んで次々に向かってきた。このまま動かなければ焼け死ぬのが分かったのだろう。


 ジェロ隊とビッケ隊も弓を手にして応戦している


 ヒナとルナは矢倉の上から矢を的確に放って、確実に敵を倒していた。ザッジと俺は後方から戦局を見つめているので全体がよく分かる。


「左側の矢弾が薄いな」


 ザッジにそう伝えると


「精鋭部隊! 左に行き、矢を放って援護しろ!」


 すぐに大きな声で指示が出された。声が大きいのも戦場では重要だな。


 全体的に敵を寄せつけず頑張っている


 だが敵の突撃も激しさを増している


 このまま最後までいけるのか?


「火球! やめぇ!! 特殊弾装填!!」


 特殊弾だって? 聞いた事が無いな


 小さな旗が全て上がったのを確認する。敵はかなりの数が接近してきていた。


「いくぞ! 特殊弾放てぇ!!」


 火もつけずに丸い壺が敵陣に飛んでいく


 壺が突撃してくる敵の上を通る時に矢倉から矢が次々に放たれて壺に命中した。矢が当たった壺は弾けて中から何かが飛び散って落下していく。


「ザッジ、あれは何が入っているんだ?」


「東の国で用いられるマキビシと呼ばれる物にフグ毒が塗ってある物だ」


「マキビシ? 聞いた事が無いな」


「簡単に言えばトゲみたいなものでアレを踏むと多分死ぬ」


 見ていると落下してきた物が刺さって死んでいる魔物もいるみたいだ。


「特殊弾は重いからあまり飛距離は出ないんだ」


 矢倉に上がっている弓の名手達が特殊弾を確実に射抜いていく。特殊弾も驚いたがこっちの方が驚きだ。あんな高速で飛んでいく壺に矢を当てるとは……


 突撃してくる魔物達は足の裏を抑えて痛がっている


 そして痺れて死んでいく……


「マキビシはアオイが教えてくれた」

 

 作ったのもアオイだな。


 敵は毒マキビシのせいでこちらに近づけない。動きを止めれば単なる矢の的だ。


「よし! 火球装填! 準備出来次第放て!」


 敵は進む事が出来ずに引き始めた。そこにまた火球が降り注ぐ。

 後方からセレス隊がまた矢弾の補給にやって来た。


 敵は進む事も出来ない


 留まる事も出来ない


 アルカディア軍の矢弾は尽きる事無く補給される


 もう勝敗は決していた

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