第111話 ファリスの書

まだ朝日が登るまでは時間がある


 薄暗い空に明るい輝く星が見える


 大事な日には必ずあの星が見守ってくれる


 あの星が見えるのは明け方のほんの短い時間だ


 日が登っていないのに外はかなり暑い


 さらに……


 西から東へ強い風が吹いている


 東に向けて攻め込むアルカディア軍には追い風だ。ここに来てからこんなに強い風が吹いた事は無い。


 天がアルカディアに味方してくれている


 もしかしたら精霊の助けなのかもしれないが、どちらにせよ有利な状況なのには変わりない。


 初戦は奇襲攻撃だ


 北側の森を攻めるビッケ隊は南側より遠い


 すでに音も無く出撃していた


 ファリスが真っ赤なローブを纏って馬に乗っている


「あの……1人で大丈夫って言いましたよね?」


 ファリスの周りには剣聖ミルズ、剣豪アオイ、指導者候補達、そして自分も馬に乗って出撃準備を整えていた。


「実はビッケから心配だから護衛をつけて欲しいと頼まれたんだよ」


 これは全くの嘘だ。ビッケに相談したら正反対でファリスは強いから護衛なんていらないと言われたのだ。

 しかし、ビッケ以外の隊長達はみんな心配なので護衛をつけた方がいいと進言してきた。


 ファリスは頑張りすぎるからな


 今まで戦いに直接参加出来なかった分をここで挽回しようと張り切っているのだろう。


「ファリス、愛する奥さんを心配しての事だから断ってはいけないよ」


「そ、そう言われると断りにくいですね」


 ファリスの弱点は分かっている。頑固なファリスもこう言えば固辞することは出来ない。

 いくら強くても大事な軍師を初戦で負傷させるわけにはいかないのだ。

 ファリスを先頭に出撃する。

 砦の周囲には堀があるので城門は橋を兼ねている。静かに城門が降ろされて堀に橋が架った。


「ここに来てからアルカディア軍が攻撃をするのは始めてです」


 ビッケ隊が情報収集に出る以外は全く砦から出ていない。


「こちらは十分に偵察を重ねて敵の情報を知っていますが、敵はこちらの事を全く知りません」


 敵は完全に研究されている。対してこちらは戦力を隠している。大きな違いだ。


 ファリスの担当する南側の森に近づいてきた


「せっかく皆さんが来てくれたので一緒に戦いましょう」


 ファリスは馬から降りて脇に抱えていた本を持った。アルカディアの持っている技術を全て注ぎ込んで作った『ファリスの書』だ。


 ファリスが両手で本を持っている


 パラパラと本のページがめくられてピタッと止まった


 地面に巨大な赤い魔法陣が浮かび上がる


「サラマンダー 召喚!」


 赤い体をした見た事もない巨大な火竜が突然、目の前に現れた。皆、驚いて言葉も出ない……


「サラマンダー 召喚!」


 さらにファリスは召喚を続けて実行した!


 巨大な火竜が2匹も並んでいる。


「パワーライズ!」


 本のページがファリスの詠唱と同時に自動的にめくられていく。パワーライズは火属性の魔法だ。強化魔法が火竜と自分達にかけられた。


「スピードライズ!」


 また本がめくられて魔法陣が色が緑に変わり強化魔法がかけられた。スピードライズは風属性の魔法だ。


「プロテクト!」


 魔法陣の色が茶色に変わり強化魔法がかけられた。プロテクトは地属性の魔法だ。


 攻撃力、敏捷性、防御力が上がった事になる


「実はビッケ隊に頼んで事前に木に油を塗ってもらってるんです」


「それじゃあ、ちょっと火をつけただけで?」


「はい、一気に燃え上がります」


「恐ろしい計略だな……」


「さらに地面に油の入った壺を沢山埋めてもらってます」


「とんでもないな……」


 ビッケが自信があったのはこれか


 ファリスは頭脳と魔法を兼ね備えている。1人でも1部隊分以上の働きが出来るだろう。


「逃げて出た敵も全て殲滅する事にしましょう」


 ファリスの指示でミルズとアオイの隊を編成し、2手に分かれて攻撃をする事にした。自分だけファリスの横で護衛をする。


「いきます! ファイアブレス!」


 サラマンダー達が炎を森に向けて放った!


 間もなく森から爆炎が上がって一気に燃え上がった。凄まじい魔物の叫び声が上がっている。


「左右に展開して逃げた敵を殲滅して下さい!」


 炎に包まれた魔物達がギャーギャー叫びながら飛び出てくる。それをミルズとアオイ達が楽々と殲滅していく。


 立ち昇った炎は強風によって瞬く間に拡大していく。森は完全に火の海になった。サラマンダー達はゆっくり前進しながら炎のブレスを吐いている。


「ファイアボール!」


 ファリスも魔法を次々と詠唱する。手前側は燃える物もなく、すっかり灰になっている。


 ファリスは2匹の火竜を引き連れて堂々と前進する


 北側の森からも炎が上がっている。アルカディア軍が2つの炎の間を進軍しているのが見えた。これだけの炎が上がれば明るいので移動も楽だろう。


「ファリス! 敵が突撃陣形で突っ込んでくるわ!」


 アオイが森の中を指差して叫んでいる。


「了解です! ファイアウォール!」


 突撃してくる魔物達の前に巨大な炎の壁が現れた!


 魔物達は進む事が出来ない。ただ炎に包まれて燃えるだけだ。


 森はすっかり灰になってしまった


 森に布陣していた敵は全滅した


 ファリスを先頭に布陣を終えたアルカディア軍に合流した


 2匹の火竜は姿を消した


 ずっと召喚している事は出来ないらしい


 ようやく朝日が登り始めた


 あの輝く星はまだ輝いていた

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