第110話 2人だけの秘密

 険しい山と山の間に南北に長い城がある。そこには大きな門があり、ここを通らないと東の国には行けない。アルカディア軍の砦が発見されるまで門は開かれていた。今、その門は閉ざされている。敵も馬鹿では無い。門を開けたままでは長城を守る事は出来ない。

 門は長城の東側と西側にあり、その間にトンネルのような通路があるそうだ。以前、長城の前までは行ったが中に入る事は出来なかった。中には関所があったそうだが今は魔物の支配下なので壊されているだろう。


「城壁に上がって敵を殲滅しないといけません」


 城壁を上がるには外壁をよじ登るか、門を破りトンネル内にある通路から登るしか方法が無い。


 長い梯子や攻城用の兵器を使うのが通常らしい。だが危険なのでアルカディア軍は使用しない事にした。


 もしそんな物を使えば大量の死者が出てしまう


 遠隔攻撃で狙い撃たれてしまうからだ

 

 砦や平地の陣と城では防御力が全く違う。高所からの攻撃は有利だし威力もある。


 なるべく長城を壊さずに占拠したい。それが出来れば今度は自軍が長城で東から来ると言うアンデッド軍を迎え撃つのに断然有利だ。

 まずは城の外にいる敵を殲滅する事に集中する。ここまで来て急いで失敗するのは愚かだ。


 ダンジョンの水路から続々と物資が運び込まれてくる。遠征で補給の心配をする必要が無いのはとても大きい。この補給を支えてくれているのはアルカディアに残っている人達だ。


 戦闘に参加している者だけが頑張っているのではない


 国に残っている者も必死に支えてくれている


 多くの若者が戦いに出ているのに収穫量を落とすどころか増やしてくれている。食料の供給が遅れた事が全く無いのだ。


 兵士達は皆、この意味を分かっている。自分達が腹をすかす事無く日々戦えるのは国民の支えあっての事だと。


 兵士達の気力、体力は充実している


 平和を求める強い心がある


 全軍が集結し装備も整った


「2日間、休養を取った後に攻撃を開始する」


 しっかりと体調を整えて最高の状態にする。長城の門は閉ざされたままだ。もし、アンデッド軍が到着していたら門は開かれ、こちら側に雪崩れ込んで来ているはずだ。


 まだ時間はある


 この2日間で体調の良し悪しを見て、優れない者は砦に残って防衛についてもらう。退却する場所を失うわけにはいかない。


 負けた時の事も考えておかないといけない


 敵の数は数えきれない程多いのだ


 アルカディア軍の数十倍はいるだろうか


 だが、この戦いは数の勝負ではない


 今まで積み重ねてきた事が多い方が勝つ


 アルカディア軍には絶対の自信がある


 

 休養の1日目には酒と肉が提供された。あまり多くはなかったけど久しぶりにみんなで楽しく過ごした。

 ジェロが復帰したので自分はクレアの隊に戻った。ずっと一緒に戦ってきたのでこちらの部隊の方が落ち着く。今でこそ最強部隊と言われているが戦闘が苦手だった者が多い。自分に似ているので通じるものがあるみたいだ。

 ステラ達(美少女騎士)が援軍に来て異常な盛り上がりをしているクセ者揃いのジェロ隊よりも大人しいクレア隊の方がいい。


「ナックさん、アルカディアには精霊の加護があるんですよね?」


「ああ、アルカディアの国全体に加護が効いているよ」


「もしかしたらフロンティア村で苗木を育て、植えたのが良かったのかもしれませんね」


「それだけでは無いとは思うけど、自然を大事にするみんなの気持ちが精霊達を動かしたのは間違い無いな」


 こんな形で恩恵が得られるなんて思いもしなかったが、植樹は確かに大きな事かもしれないな。



 休養2日目は体を軽く動かして装備の点検をした。それから医者として体調に不安がある者の診察を行った。人数が多いのでルナにも手伝ってもらう。少しでも悪い者は残ってもらう事にした。


 戦いは何日続くか分からない


 今回の戦いは今までとは全く違うのだ


 今は参加出来なくても交代で参加すればいい


「ルナ、女性にはくれぐれも無理しない様に言ってくれ」


「ええ、交代で参加すればいいと伝えてあるわ」


 ルナと俺は秘密を抱えている。


 アルカディアには戦う以外の選択肢が生まれた


 恐れていた『聖竜』は封じている。


 自国に籠り、防御に徹すれば数年から数十年、もしくは俺が死ぬまで守りきれるかもしれないのだ。


 この事は誰にも言わない事にした


 2人だけの秘密だ


 2人共、未来の為に今、敵を倒す事を選んだ。


 アルカディアはまだまだ発展出来る。さらに国力を増してから改めて攻撃に転じる事も考えた。だが、それではアルカディア国以外の人々は滅んでしまう。


「今、私達には追い風が吹いているわ」


「ああ、全てが整っている」


「この機会を逃してはいけないと強く感じるの」


 俺はいろいろ考えて迷っていたが、ルナは全く迷い無く戦う事を選んだ。エルフ族のルナと俺では時間の捉え方がまるで違う。俺の数倍は長く生きるルナが今、この時に勝負に出なければいけないと感じている。


 先送りする事は出来ないのだ


 明日の早朝から攻撃を開始する


 絶対に負けられない戦いが始まる

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