第107話 想定外

 東の国の軍勢は予想通り俺を狙って出撃して、アストレーア軍とアルカディア軍の待ち伏せ攻撃によって一刻も持たずに降伏する事になった。


全て想定内でしたね」


 本物の本陣に全隊長が集まって作戦の総括を行っていた。


「ほぼって何か想定外の事があったのかい?」


 全て順調に進んだはずだ。分からないから聞いてみた。


「一点だけ想定外がありました。護衛対象者が敵の精鋭部隊を一瞬で蹴散らしたそうです」


「うう……」


 俺か……俺が想定外だったのか……


「護衛の者は何をやっていたのですか? ミルズさんから護衛の訓練を受けて太鼓判をもらったと聞いていたから任せたのに……しかもビッケ隊までいたのにです」


「護衛が時間を稼いでいる間にビッケ隊が包囲して敵を倒す段取りだったはずね?」


 ルナが段取りを説明してくれたが始めて聞いたぞ!


「そんな段取りだったのか……知らなかったんだ。護衛の者達は悪くない。すまなかったな……そもそも護衛とすら思っていなかったんだ」


「ひょっとして誰もナックに説明してなかったの?」


 カナデが驚いてみんなに聞いた。


「…………」


「これは私の失敗ですね……まさか『王』が真っ先に動くとは思ってもみませんでしたので段取りを説明しませんでした」


 ファリスは眉間を指で押さえている……


「くくくっ。やっぱり来て正解だったぜ。面白すぎて傷が痛いぜ……」


 なぜかジェロがいるぞ。重傷のクセにわざわざ出てきてニヤニヤしている。


「ファリスちゃん、コイツには1から10まで説明しておかないと大変な事になるぜ? ノコノコと1番危険な所に近づくのが好きだからな。多分、自分が皆を守るとでも言って突っ込んでいったんだな。簡単に想像が出来るぜ」


「ぐっ……」


 図星で何も言い返せない。


「まぁみんなそう言うな。ある意味凄いじゃないか。本当に民を守る王が居るって事だ」


 ザッジがフォローしてくれたがいまいち嬉しくない。


「だが、あれが精鋭部隊なのか? アオイの方が数段強いぞ?」


「確かに精鋭部隊です。ただ、多くの者から敵が弱かったとの声が上がっています。アルカディア軍の訓練が効果を上げているという事かと思います」


 『剣聖』ミルズと『剣豪』のアオイが特訓の相手になっているからな。各村から集められた指導者候補達も時間があれば騎士団に戻って早速、指導していると聞いている。


 だが……


「アストレーア軍は同じ様に感じているんだろうか? 敵が弱いと……」


「いえ……手強かったと言っていました……」


 おかしい……何かがおかしいぞ


 いくら必死に訓練したからって急に強くなるはずがない。


「アルカディア村に戻る必要がありそうだな」


 犯人に心当たりがある。


「投降兵の情報をまとめて、急いで準備を整えています。敵軍が集結する前に進軍するつもりなのであまり時間はありませんよ。多分、アストレーア軍は間に合わないのでアルカディア軍だけで長城へ向かう事になります」


 アストレーア軍は大量に生じた投降兵への対応でしばらく動けないだろう。


「分かった。すぐに戻るよ。何が起きているのか知らずに戦うのは危険だ。確認はした方がいい」


「私も行くわ。その方がいい気がするの」


 ルナも一緒に行く事になった。何か感じているみたいだ。


 時間が無いので急いでアルカディア村に戻った。


 行き先は当然、ダンジョンだ。


 ルナと一緒にマスタールームに入ると羊娘と見た事の無い若い女性がいた。


「おい、羊娘。その女性は誰だ?」


「あ、あら? マスターは北で戦争中のはず……想定外ね。まぁいいか! キャハハハ!」


 テーブルの上には見た事の無い飲み物の瓶が沢山並んでいる。またおかしいな物をダンジョンポイントで交換したな。

 

 どう見ても酒だな


 かなり酔っ払っているみたいだ


「そのお酒は何だ?」


「ああ、これ? これは泡の出るワインよ! 超美味しいのよ! 当然ね! 私が選んだんだから」


「で、その女性は誰なの? 見た事無い人だわ。紹介しなさい」


 確かに見た事が無い。アルカディア国の者では無いな。いや……そもそも人か? 何だか半透明に見える。


「ああ、私の昔からの友達よ! 失礼の無い様にね!」


 ルナと顔を見合わせた。昔からの友達だと? コイツはダンジョンから出た事が無いはずだ。昔など存在しない。友達だっているはずが無い。ごく最近生まれたんだからな。


 おかしいぞ


 コイツ……


「彼女は精霊の代表よ! 精霊達はマスターを支援する事にしたんですって!」


「それはありがたいな。どういう支援だ?」


「それは、あれよ。精霊の加護よ! 常に強化魔法が掛かっている様なものね。凄すぎ!」


「俺だけではなくてアルカディア軍全体に加護が与えられたのか……」


「当然違うわね! マスターの支配下全てよ。アルカディア国の全てに精霊の加護が効いているのよ! こんな事3000年ぶりくらいかしら?」


「そうね。確か3000年前の賢王の時代に加護を授けた様な気がするわ」


 精霊の代表という女性が始めて口を開いた。透き通った美しい声だ。


 3000年前の話を普通に語る『羊娘』は何者だ?


 羊娘は3000年以上生きている事になるんじゃないか?


「なぜそんな凄い加護をアルカディア国に? こんな極小国を支援しても効果があまり無いのでは?」


「土の精霊達があなたを強く推薦したのよ。とても気に入っているらしいわ」


 無償で支援してくれるのか? 大変な代償を払う事になるんじゃないか?


「支援してくれるのは嬉しいのですが、こちらから精霊達に返せるものがありませんよ?」


「気にしなくていいのよ。勝手に支援するんですから。精霊達はあなたをこの地の『王』と勝手に認識して、勝手に支援する事にしたの。単なる気まぐれだから代償などいらないわよ。勝手に止めるかもしれないですけど。フフフ……」


 精霊の加護か……これが急に強くなった原因だな


 精霊よりも


『羊娘』の方が問題だな


「ナック、私、いい事を思いついたわ」


「俺もだよ、ルナ。とてもいい案だ」




「「羊娘を処分する」」



 2人の声が重なった

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