第70話 我が名は

 北の防衛から少しだけ離れて、アルカディア村に戻ってきた。育てている野菜等はデミールさん達が交代で面倒を見てくれていた。


 まずダンジョン砦の横に訓練用のオークの小部屋を作った。これでオークとの戦いに慣れる事出来る。


「羊娘。オークのジョブでナイトは無理なのか?」


「設定がないわね。マスターが戦ったのはレッドキャップみたいな上位種かもね!」


 上位種か……だから部隊のリーダーが出来るのか。


「セントラル村付近の洞窟に鉱石を出したか?」


「さぁ? もう分からないわ! 常に魔力が溢れ出ていてドンドン最適化されているのよ。マスターが必要と思っている所に自動で注がれているわね。少しなら把握出来たけどもう無理!」


 把握しきれない程か……いいぞ。これでいい。


「マスター。フグスライムはまだ帰って来ないの?」


「何でだ? 寂しいのか?」


「ち、違うわよ! 寂しくなんかないもん……シクシク……」


「フグスライムは北側の守りについているからな。しばらく帰って来ないぞ……」


 面倒な事になりそうな雰囲気だぞ。


「……分裂させてよ! スライムは分裂して増えるわ」


「そんな技、持って無いぞ。やり方が分かればフグスライムに頼んでやるが……」


 確かにスライムは分裂して増えるはずだけど、フグスライムは特殊だから他のスライムとは違うかもしれない。


「レベル10よ! レベル10になれば分裂のスキルを覚えれるわ」


「レベル10になる方法が無いんだよ。なぜか9から上がらないんだ」


「簡単よ! マスターがフグスライムに名前を与えればいいのよ!」


 名前を与える? 名前をつけるじゃなく、与える……引っかかるな。特別な意味があるんじゃないか?


「説明が足りない。しっかり教えてくれないと可否の判断が出来無い」


「マスターを魔王に置き換えれば簡単よ! 魔王は特別な魔物に名前を与えて幹部にするわ。名前を与えられた魔物は強くなって当然レベルの上限も上がるわ。そしてダンジョンフロアのボスになるのよ!」


「フグスライムが強くなるならいいな。だが代償が無いとは思えない。何が必要なんだ?」


「名前に応じた魔力が必要よ。魔力なら溢れているし、神や邪神の名前をつけなければきっと大丈夫よ!」


 きっとだと? 曖昧だな……凄い名前を与えたらごっそり魔力を持っていかれるって事か。


「名前にはそんなに意味があるのか?」


「当然ね! 名前を絶対に明かさない魔物もいるわ。マスターはもう既に特別な名前を与えた事があるわ」


 俺が特別な名前を与えた事があるだと?そんな事あったか?


「人にも魔物にも名前を与えた事なんてないぞ?」


「生き物だけじゃないわ。この世の全てが対象よ。特別な名前は特別な意味を持っているわ。とても大きな影響を与え続けているのよ!」


 俺が名前をつけたのは……


 『アルカディア』


 神話の本にあった言葉だ。『理想郷 アルカディア』そう名付けた時から全てが始まっていたのか。名前にそんな大きな意味があるとはな。


「フグスライムのマスターはビッケだからビッケが名前をつけるのが普通じゃないか?」


「あの子では駄目! ダンジョンマスターが名前を付けた魔物。それがフグスライムが限界を突破する唯一の方法よ。当然、このダンジョンでも幹部って事になるわ。あの子が考えてマスターが名付ければいいのよ」


 まあ、それならいいか……まさか名前を付けるだけで今まで苦労して探していたレベルアップの道が開けるとはな。

 これで後はセレスを口説くだけだ。

 フロンティア村に向かいセレスに会いにい行く。

 セレスは建築中の館にいた。アルカディア村の館に改良を加えた物を各村に建築中なのだが、セレスはそこで村人達と一緒に作業をしていた。時間を取ってもらい話をする。


「頼みがあるんだ。アルカディア国を一緒に守ってくれないか?」


「……私に戦えというの? 正直、向かないのよ……剣で斬ったりするのが。好きになれないの」


「それなら大丈夫だよ。君に頼みたいのは回復と敵の魔法解除だ。役割としてはヒーラーだ。君には間違いなく素質があるはずだ」


「それなら……私のジョブは内緒にしてくれるのよね?」


「君が望むならそうしよう。知っているのは俺とファリスだけだ。アルカディア村の村長は君が特別なのは気付いているけど、ジョブまでは知らない」


「分かったわ。でもここの仕事は続けたいわ。途中で投げ出すのは嫌なのよ」


「もちろんいいさ。ビッケの特殊部隊に入って訓練してくれ。北側の防衛に時々参加してくれれば助かるよ」


 セレスが小さく頷いた。戦いを好まないのに申し訳ないけど、使えるもの全てを使わないと対応出来ない状況だ。了承してくれて良かった。

 クレアの住む牧場にも行って防衛参加を依頼した。

 これで北側の防衛は何とかなりそうだな。

 

 アオイの様子を見てからダンジョン砦に戻った。アオイにも防衛に参加して欲しかったが、鋼の武器への切り替えが優先だ。新しい素材を得てかなり大変そうなので参加は依頼しなかった。

 オーク達は必ず食料を求めて動き出す。それまでに万全の準備を整えて置かないとな。


「ビッケ、フグスライムの名前を考えてくれないか? それを俺が名付ければフグスライムのレベルが上がるようになるそうだ」


「ええ? そんな簡単な事で良かったのかー」


 楽しそうにビッケとファリスがフグスライムの名前を考えている。


「フグミンでいいよー」


「簡単な名前だな……いいのかい?」


「素敵な名前です。さすがですね、ビッケ」


 そ、そうか? 素敵とは思えないが……本人が良ければいいか


 フグスライムの所に行って名前を与える事にした。フグスライムはずっと対岸の畑で見張りをしている。本当に真面目なヤツだ。


「おーい フグスライムちょっと来てくれ!」


 橋の上からフグスライムを呼んだけど反応が無い


「おーい! フグスライム!」


「あ! 寝てたみたいだよー 今起きたって」


 ズルズルとダルそうに動いて来た。真面目に見張っているかと思って損した気分だ。寝ていたとはな。


「なあ? ビッケ。フグスライムも寝るのかい?」


「フグスライムはほとんど寝てるよー 起きている方が少ないかな」


 全く見張りになって無いじゃないか……カッコいい名前は勿体ないな。フグミンで丁度いい。


 フグスライムがようやく目の前まで来た。


「フグスライム!お前に名前を与える。今からお前は『フグミン』だ」


 ズドン!


 爆音がしてフグスライムから太い虹色の光柱が立ち昇った。フグスライムは強烈な光を発している。


「え!?」

「何!! 大袈裟な事になっているぞ!」

「でも、綺麗ですね。虹が架かっているみたいです」


「ナック兄。ごめんよー。『フグミン』はフグ界伝説の英雄の名前なんだってさー」


「え、英雄? フグに英雄がいるのか?」


「うん。1日に1万個の貝を食べたと言われる伝説のフグだってさー」


 大食いの英雄かよ! 食べ過ぎだろ!


 危なかったな……神とか邪神では無くて良かったが……


 名前を与えるのがこんなに危険とはな


 英雄でも相当、魔力を消費したかもしれない


『フグミン』にはしっかり働いてもらわないとな!

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