第64話 最高の準備

 防衛計画をすぐに実行に移した。設計図は既に出来上がっていて、それを魔石に読み込ませた。


 これで北の国境の橋近くまで真っ直ぐの幅広い道が出来上がった。


 ダンジョンを利用した地下道だ。終点近くにとても大きな部屋があり、そこが砦になる。そこから細い道が3本伸び、その先に出口がある。出口は北側から見えない様になっていて巧妙に隠されている。

 国境の橋近く、森の入り口にある出口には小さな小屋が建てられた。その下には大きな部屋が作ってある。ベッドが30個並べられた。

 北側から見たら人がいても2〜3人しか居ない様に見えるだろう。 


 道に溝が4本あり、荷馬車の車輪が嵌る様になっていた。これなら対面通行が出来るし、洞窟の壁も気にせずにスピードが出せる。どんどん物資が北の砦に向けて運ばれて行く。


 会議室にてファリスと現状確認をする。


「荒技ですが、既に砦は完成したと言っていいでしょう。後は森の中に見えない様に塹壕と矢倉を作ります。もし侵攻して来たら森に誘い込み、囲んで撃退します。罠も仕掛けますね。アルカディア軍は森の中の方が強いですから」


 恐ろしいな……


 一瞬で矢の餌食になって蜂の巣にされそうだし、木陰から不意に襲ってくるのもあるな。普段から森で狩りしているし、ゴブリンと森で戦った経験も多い。想像しただけでも怖い。


「森全体が城みたいなものだな……」


「はい。強力な軍隊で力押しでもしない限りは村に近づく事は難しいでしょうね。羊娘さんに確認したところ、まだまだ魔力が溢れているそうなので砦に風呂、厨房、トイレまで設置しましたが、まだ大丈夫だそうです」


 天然の要塞だな。熊を素手で倒すアルカディア村民のホームグラウンドである森に入って勝負を挑むなんて、倍の戦力で来ても無謀だ。


「訓練を兼ねて各村の騎士団を招集しました。森で演習して万全の態勢を整えます。アルカディア村民はいつでも出撃可能です。既に森に入って自主的に訓練をしています」


「逆に君がアルカディア村に攻め込むなら何人必要だと思う?」


「そうですね……仮に森を抜けたとしても矢倉付きの外壁があります。村の中に入っても年配者が本気で抵抗したら計り知れません。精鋭部隊500人で足りるかどうか。ただ、敵には情報がありませんので1000人でも無理かも。正直、計算出来ません」


 こちらの戦力を知らずにノコノコと森に入ったら、何人いても一緒かもしれないな。森の細い道を長い隊列で進めば、すぐに分断されて包囲される。かと言って森を進めば、どこに兵が潜んでいるか分からない。


「多大な犠牲を払ってまでここを落とす意味がないな」


「はい。全く割に合いません。アルカディア国はアルカディア国であるからこそ豊かな国なのです。他国の支配下で同じ豊かさは維持出来ないでしょう。単なる田舎村の集まりになってしまいます」


 

「ちょっといいかしら?」


 カナデが会議室にやってきた。大きな緑色の布と小さな包みを持っている。


「今、アルカディア国にある技術を集結して仕上げた製糸工房、渾身の作品よ」


 アルカディア国の豊かな森を表す緑色を基調として、真ん中に白色で大きなローリエの冠が刺繍されている。


 アルカディア国旗だ


「素晴らしい出来だね。よくここまできたな……」


 何も無いところから始めて、今、目の前に全てがアルカディア国産の大国旗がある。


「これは行軍用ね。小さいのは結構出来ているから各村に配るわね」


「ありがとうございます。目立つ所に設置する様にして早く国民に認知してもらいますね」


「それからこっちが狩人向けの迷彩服の見本とビッケ専用の黒装束よ」


 森に溶け込む様な色のついた迷彩服は相手から発見されにくい。これを森で守備に当たる者に着てもらう。ビッケは闇に紛れて動けるようにアサシンの定番色、黒色の服を着てもらう。


「これだけでも数段戦闘力が増しますね」


「ああ。カナデ、よくやってくれた。製糸工房の人達に感謝しないとな」


「みんな、アルカディア国の為に必死よ。戦えない分、何とか貢献しようと頑張っているわ。フロンティア村の人達は特に頑張っているわね」


 そうか。フロンティア村の人達が……セレスが中心になって畑もしっかりやっているのに、さらに製糸工房でも頑張っているのか。元貴族でどう生きればいいか分からなかった人達が前向きに頑張っている。

 

「ナック様、服だけで無く、細かな装備までしっかり整えて準備しています。統一出来る部分は統一しています。量産もしやすいので効率がいいです。もちろん個人的に工夫するのは許可しています」


「準備は大丈夫そうだな。何か問題になっている事はないかい?」


「やはりステラ達の抜けた穴は大きいですね。各村の騎士団を率いるだけの力量がある者がいません。これから育成するしかないのですが、経験不足はどうにもなりません」


「難しい問題だな……ステラ達はゴブリンとの激戦の中で成長していった。それと同じ事はもう出来ないからな」


 経験だけはどうにもならない。しばらくすればリーダーに適した人を見出せるかもしれないが……


 カン!カン!カン!


 急に鐘の音が館に響き渡った。


 館の横に増設されたダンジョンの入り口の方から村民が走ってきた。


「急報だ! 北から早馬が来た! 2日後、夜明け前にアルカディア国を攻撃する命令が出たと隣り村の者が手紙を持って来たそうだ!」


「何! 馬鹿な事を!」


 手紙を見せてもらう。軍の将校が2名、村に来て食料をアルカディア国から略奪して来る様に命令された。将校2名と一緒に村人が50名程、向かう事になった。すぐに行くと言われたが準備すると言って2日後に伸ばしてもらったそうだ。


 全くの無駄死にだぞ……


「こちらの戦力が全く分かっていませんね。50名では森に入る前に全滅でしょう。昔の外壁がない村なら略奪可能だったのかもしれませんが」


 ファリスの言う通りだろう。あえて森に誘い込んで確実に仕留める方法もある。


「村人ですって……顔馴染みもいるわ。村人に略奪させるなんて」


 来るなら軍が来ればいい。それを善良な村人にやらせるだと! カナデだけでは無く、みんな親しい者が隣り村にはいるだろう。


 許せない!


 愚かすぎて 絶対に許せないぞ!


 ゴブリンより愚かだ!

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